ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第125話「青き翼が墜ちるとき」

いつものメンバーはアリーナでパートナーと共に空を舞っていた。

いまだアメリカから戻らないティナと基本的に参加しない簪、そして謹慎中の鈴音を除いて。

 

ティナはしばらくアメリカで訓練すると伝えてきた。

実のところ、シャルロットに遠慮しているのである。

シャルロットは頭がいい。

ここでいう頭がいいというのは、情に囚われず理を考えられるということで、必要であれば敵とも手を組むことを選択できるのがシャルロットという少女だった。

ただ、ティナの場合、相手がヴェノムであることが問題だった。

かつて、アラクネがオニキスに進化したとき、そのきっかけとなったシャルロットはひた隠しにしてきた感情を暴かれてしまっている。

ゆえにオニキス、つまり今のヴェノムに対してだけはどうしても感情が勝ってしまう。

そこで、冷却期間を取ることを千冬が提案し、ティナも承諾したのである。

 

簪の場合は、彼女が考えている第3世代兵器制作において、他のASたちが使う第3世代兵器の影響を受けるべきではないということが理由だった。

これは千冬も承諾している。

これからは如何に発想できるかが勝敗を分けていく。

だが、簪も十分に頭がいい。

そうなると、周りに合わせ、足りないものを補うようなものを作ってしまうだろう。

それは正しいことなのだが、発想を狭めてしまうことにつながる。

「被ってもかまわんから、自由に創れ」

ゆえに、千冬はそういって簪が別行動を取ることを容認していた。

 

そして。

「くッ!」

『セシリア様、羽に意識を割きすぎです』

ブルー・フェザーの忠告を、セシリアは素直に受け止める。

まだ、セシリアは羽根をすべて分離させることができていない。

最近になって、ようやく四枚の羽を分離させ、総数二十枚を操れるようになったが、まだまだ到達すべきレベルには程遠い。

そんな気持ちが焦りを生んでしまっていた。

何故なら、千冬から新たな脅威についての解説があったからだ。

 

 

一時間前、ブリーフィングルームにて。

千冬はいつものメンバーを集め、敵勢力の進化について説明してきた。

「サーヴァントって手下だったっけ?」

「サフィルスの野郎の子分だったよな?」

「まあ、その認識で間違いではないが。お前たち、もう少し勉強しろ」

と、休眠状態から覚醒して戦闘能力は上がっても、おつむのレベルは微妙に残念なままだった一夏と諒兵に千冬はこめかみを押さえる。

「改めて説明します。サーヴァントはサフィルスが自身のビットである『ドラッジ』を使い、量産機を進化させた使徒であり、サフィルスの分身というべき存在です」

何故か、説明しているのは虚だった。

本来は真耶の役割なのだが、いまだに布団に包まって出てこないらしい。

すっかりダメ先生になってしまった真耶である。

それはともかく。

サーヴァントは量産機がサフィルスのドラッジによって強制的に進化させられて誕生した使徒である。

サフィルスの命によって行動するようになっているため、手下や子分というのも間違いではないが、サフィルスに言わせれば『臣下』というのが一番正しい表現といえるだろう。

「武装はレーザーカノンのみ。機動力は刀奈お嬢様の機体とほぼ同レベル。使徒には劣りますが、十分に脅威といえる存在です」

「それは理解していますわ。でも、それがどうかしたんですの?」

「オルコット、今のところ成功していないが、サーヴァントの鹵獲作戦については覚えているな?」

そう千冬が聞いてくるので、セシリアは当時休眠状態で聞いていなかった一夏と諒兵に説明する意味も込めて、サーヴァントの鹵獲作戦について説明する。

とはいっても名前の通りでしかないのだが、説明してもらったことで一夏と諒兵も一応は理解したらしい。

「捕まえて調べるつもりだったのか」

「まあ、敵を知りゃあってやつだな」

とりあえずそれだけでも理解していればいいと判断した千冬は話を続けた。

「当初の目的はサーヴァントを覚醒ISに戻せるかどうかを調べる意味があったのだが、束には別の目的もあったらしい」

「目的、ですか?」と、ラウラが問い返すと千冬は肯き、言葉を続けた。

「サーヴァントは覚醒ISを強制的に進化させた機体だ。当然、ISコアが載っている」

「……織斑先生」と、千冬の説明を聞くなり、震える声でシャルロットが呟くと千冬はため息をついた。

「やはり、お前が一番最初に気づいたか。デュノア」

「デュノアさん?」と、刀奈が問いかけるとシャルロットは一旦深呼吸した上で口を開いた。

「二次進化とでもいえばいいですか?」

「そうだな。それが一番近い」

「何なんだ千冬姉?」

「サーヴァント本来のISコアには、まだ進化する可能性があるということだ」

「まさかっ!」

「そうだオルコット。サフィルスの臣下であるサーヴァントは今の状態からさらに独自に進化する可能性がある。恐れるべきことに、サフィルスの臣下のままでな」

現在、サーヴァントのISコアはあくまでサフィルスのビット、ドラッジの力で強制的に進化しているだけである。

そして、束や丈太郎は、ドラッジが外れれば元の覚醒ISに戻ると推測している。

サーヴァント自身が持つISコアは自力で進化したわけではないからだ。

だが、逆にいえば、サーヴァント自身のISコアが自力で進化してしまう可能性があるということがいえる。

今の、サフィルスの劣化分身というべき状態ではなく、まったく別の力を得る可能性があるということだ。

しかも、サフィルスの命によって動くというサーヴァントの特性はそのままで。

「今、サフィルスはサーヴァントに経験を積ませるために戦闘を繰り返しているが、単に経験値を稼ぐためではなく、サーヴァントの進化を狙っているかもしれないと束が説明してきたんだ」

「それは、全機が一気にって可能性もあるんですか?」と刀奈。

「ああ。最悪の場合は、だが」

ただ単にサフィルスの分身であるサーヴァントが、未知の使徒へと進化する。

それは、人類側にとってはかなりの脅威である。

「そこで、今後はまずサフィルス戦をもっとも重視する」

「篠ノ之博士の調査によりますと、ドラッジを外せば経験値はリセットされるそうです」

「逆にコアを抜いてもいい。新しいサーヴァントはやはりゼロから経験値を稼ぐ必要があるそうだ。だから、今後はサフィルス戦はできる限り総力戦で行く」

同時に、個々人が戦闘力を鍛え、早いうちにサフィルスを倒すか、凍結に持っていくようにすると千冬は続ける。

その言葉に、全員が強く肯いたのだった。

 

 

そして時は戻る。

セシリアは今の精神状態のまま続けても成長にはつながらないと考え、一旦休憩を取ることにした。

ロッカールームまで戻り、長椅子に腰掛け、深呼吸をする。

すると、ブルー・フェザーが声をかけてきた。

『サーヴァント進化の可能性は確かに脅威ですが、己の精神状態を乱してはなりません』

「まったくですわね。敵が増えようが私たちは負けられない。常に精神を強く持たなければ」

そうパートナーの言葉に答えるものの、そう簡単に精神の乱れは直らない。

セシリアの悩みは、サフィルスとサーヴァントだけではないからだ。

むしろ、仲間のことが気にかかって集中しきれないというほうが正しい。

謹慎中の鈴音もそうなのだが、やはりシャルロットのことが気にかかっていた。

進化に至る状況が似通っていたからだ。

「ティナさんは良い人ですし、ヴェノムが仲間になったことは決して歓迎できないことではありませんが、シャルロットさんの気持ちを考えますと素直には喜べませんわ」

『サフィルスにはその心配はほぼありませんから、余計にそう感じてしまいます』

そこが一番の問題である。

自分の仇ともいえるサフィルスは倒すか凍結することになるだろう。

味方になる可能性がほとんどないからだ。

しかし、そうなると仇が味方になってしまったシャルロットに対して、抜け駆けしているような気分になってしまう。

倒せたとしても素直に喜べる自信がなくなってきているのである。

セシリアはシャルロットに対して負い目を感じてしまっていた。

『シャルロット様は理解できないような人間ではないと思いますが』

「その通りですわ、フェザー。ただ、単純に割り切れないのが人間というものでもありますわ」

頭のいいシャルロットでもヴェノムに対する感情だけは割り切れないだろう。

そう思うと、彼女が心配になってしまう。

大事な友だちなのだから。

そんなことを考えていると、頬にぴとっと冷たい何かがつけられた。

「ひゃんっ♪」

思わず変な声が出てしまう。

「どう?」

「シャルロットさん……。ええ、いただきますわ」

そういって、セシリアが差し出されてきた冷たい紅茶を受け取ると、シャルロットは彼女の隣に腰掛けてきた。

そして一つため息をつくと、口を開く。

「ごめん、心配かけちゃってるね」

「何のことです?」

「ごまかさないでいいよ。セシリアが僕のことを気にしてるの、わかってるから」

その言葉にセシリアは苦笑を返すことしかできなかった。

「倒したくても倒せない。シャルロットさんが我慢を強いられていると思うと、倒せる相手が仇といえる私は恵まれすぎていると思いますわ」

「確かに我慢しなきゃならない部分はあるけど、だからといってティナは嫌いになれないし、戦力増強は歓迎すべきことだもん。仕方ないよ」

「それで、耐えられますの?」

シャルロットは少し思案した後、黙ったまま首を振った。

耐えられる自信などない。

少なくとも一人では。

そう考えると、セシリアの存在はありがたくもあるのだという。

「こういっちゃなんだけど、一夏や諒兵はこういうことでは中立になっちゃうからね。使徒や覚醒ISにはいい人も悪い人もいるって思ってるから味方になってくれたなら歓迎するタイプだもん」

「鈴さんも、ですわ」

「そうだね。それにラウラはさすが軍人だけあって、割り切りがうまいよ」

鈴音は一夏や諒兵に考え方が近いため、あっさり割り切った。

ラウラの場合は感情を割り切るというより、軍人として人間関係の計算が出来るのだ。

その計算で出した答えに素直に従うことができる。

ゆえにヴェノムの存在をあっさりと受け入れている。

だが、シャルロットはその点ではあくまで民間人。いかに頭が良くてもラウラのようには割り切れない。

「だから、セシリアが僕のことで悩んでくれてることは嬉しいんだ」

「そういわれると気恥ずかしいですわ」

セシリアも割り切れない。特にサフィルスとの確執があるだけになおさらだ。

この点ではシャルロットの側に立ってしまうのだ。

それが、シャルロットにとっては救いになっている。

「こうして相談ができるだけありがたいよ。織斑先生も気にしてくれてるし」

「織斑先生は司令官として大局を見なければなりませんものね」

「うん。だから僕の気持ちも気にしてくれてる。それにブリーズは僕の味方だって断言してくれたし」

『当然でしょ』

「うん、ありがとう」

今まで口を開かず、黙っていたブリーズの一言にシャルロットは照れくさそうに笑う。

少なくとも一人だけで悩むよりは、悪い状況ではないということを実感できるからだ。

「私もそうですし、フェザーも比較的こちら側といえますわ」

『やはり、私たちには明確に敵といえる相手がいますから。ただ、それでも多少なりと私の存在もシャルロット様の救いであれば幸いです』

「多少なんていわないで。すごく嬉しいんだから」

少なくとも同じ側に立ってくれる人がこれだけいるということは、シャルロットにとって嬉しいことでもある。

孤独に立つ。

すなわち孤立。

それが一番、特に今の状況では恐れるべきことだ。

仲間と手を取り合うことが、唯一にして絶対の勝利条件といえる今の戦争の最中では。

「だから」と、シャルロットが口を開こうとすると、ピピピとメロディアスな電子音が鳴る。

鳴っているのはシャルロットが私用で使っている携帯だった。

「あれ?メールだ」

「確認してかまいませんわ」

「ありがとうセシリア」

そう答えてシャルロットはメールの内容を確認し始める。

その表情が少しずつ明るくなるのを見て、セシリアは不思議に思う。

何か、いいことでもあったのだろうか、と。

「どなたからかお聞きしてもよろしいですか?」

「あ、うん。お父さんと数馬と、後、カサンドラさん……」

意外な名前が出てきたことにセシリアは驚く。

愛人の娘であるシャルロットにとっては血のつながらない母となる、父セドリックの正妻であるカサンドラ。

かつてシャルロットを憎んでいた彼女がわざわざメールなど送ってくるとは思わなかったからだ。

「ちょっと驚きました」

「うん、僕も」

「失礼と思いますけど……」

実のところ、その内容にも興味が出てしまったのだが、さすがに口に出すのは憚られる。

ただ、気にしてくれたのかシャルロットのほうから説明してきた。

「お父さんと数馬は、ヴェノムが味方になったことで僕が気にしてるだろうと思って、自分たちは僕の味方だからってわざわざ送ってきてくれたみたい」

「あらあら」

「カサンドラさんは、『敵だった相手と一緒に戦うのがイヤなら逃げ出して家に引きこもってれば。耳元で情けない娘だとなじってあげるわ』だって」

と、そういってシャルロットは苦笑する。

カサンドラは相当に捻くれた人だとセシリアも苦笑した。

意訳すると、『かつての敵と共闘するのが辛いならば家に帰ってくればいい。私が傍にいてあげるから』といっているのだ。

「たくさんいますわね」

「うん。本当に嬉しい」

そういって明るい笑顔を見せるシャルロットに、セシリアはちょっとイタズラしたくなってしまう。

「でも、私用のメールアドレスを数馬さんにも教えていたんですの?」

「あっ、だって、その……、ぼ、僕も開発者目指してるし、いっ、意見交換のためだよっ!」

「あらあら、そうだったんですのね」

と、笑うと、シャルロットが必死になって言い訳してくるので、セシリアは余計に笑ってしまったのだった。

 

 

いくらか気分を持ち直したセシリアはシャルロットと共に再びアリーナに出る。

その場にいたのは一夏、諒兵、ラウラ、刀奈。

「井波さんは?」とシャルロットが問うと一夏が答えてきた。

引きこもったままの真耶の代わりに訓練プログラムを組まなければならないらしい。

『ダメダメネー♪』と、ワタツミが厳しい評価をしていたが、真耶は真耶で苦しんでいるのだからしょうがないと誠吾が代わりにやっているのである。

もっとも苦しんでいる理由が自分にあるとはつゆとも思っていないようだが。

「とりあえずはフリーで考えましょ。どんな小さなことでもきっかけになり得るわ」

「そうですわね」

刀奈の言葉に肯いたセシリアは空を舞う。

人間もこれだけ集まれば、互いの思惑の違いは当然出てくる。

それをうまく摺り合せることができるかどうかが勝利に至れるかどうかの分岐点となる。

ただ、そのためには刷り合わせをする側となる精神的にフリーな、本当の意味での中立者が必要となる。

まず、刀奈がそこに納まるだろう。

しかし一人では足らないというのなら、自分もそこに納まるべきだろうとセシリアは思う。

(若輩の身ですし、私自身にも悩みはある。それでも皆様の力になれれば)

『微力ながら私もお力添え致します』

(お願いしますわ、フェザー)

使徒や覚醒ISが何を思って人類と戦っているのか。

今はただ人間憎しだけではないように思えてきているセシリアとしては、今の争いが別の争いを呼び起こさないようにしたい。

今の戦争は人が一段階成長するための試練と思えるからだ。

クリアすれば確実に人という種が進化するだろう。

そこまでの思いを抱えてセシリアは空を舞い、羽を舞い上げる。

 

だから、最初はまったく気づくことができなかった。

 

「誰だッ?!」

一夏の声が、いったい誰のことをいっているのか。

センサーで確認しても、それが誰なのか気づけなかった。

いや、気づくことを拒否していたといっていい。

ここに、いきなり現れるはずがないからだ。

蛇を模した黒く、そして大きな翼のある鎧。

千冬を小さくしたようなまだ幼い外見の少女。

その手にある黒いプラズマソード。

その刃が自分に襲いかかってくることに、気づくことを拒否してしまう。

『セシリア様ッ!』

ブルー・フェザーの慌てたような声に、ようやく頭が働くようになったセシリアだが、回避が間に合わないと気づく。

致命傷だけは避けようと身体を捻るセシリアよりも速く、否、迅く、悪夢のような閃光が閃く。

 

アァアアァッ!

 

響いたのは、聞いたことのある何者かの悲鳴だった。

 

 

 

 


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