ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

153 / 273
第126話「黒の強襲者」

痛みはなかった。

それが不思議だった。

目の前には斬り裂かれた青い翼がある。

なのに自分には痛みがない。

それで、ようやくセシリアは事態を理解した。

「フェザァァァァァァッ!」

あの悪夢のような眼前の黒いプラズマソードから、ブルー・フェザーが翼を操って守ってくれたのだということを。

『申……し訳……あり、ません……』

セシリアの叫びに対し、途切れ途切れにそう答えてくるブルー・フェザー。

しかし、セシリアにはパートナーが守ってくれたことが理解できている。

なのに何を謝るのか。

そう思っていると、身体から力が抜け、セシリアは地面に引っ張られるのを感じ取る。

「墜ちるッ?!」

その言葉に、ブルー・フェザーが応えてこない。

それほどのダメージを受けてしまったということをが理解できる。

このままでは地面に叩きつけられる。しかし、セシリア自身、パートナーであるブルー・フェザーの翼を操ることができていない。

今の一撃で、ブルー・フェザーは飛ぶ力まで失ってしまっていた。

そこに。

「一夏ッ、任せたッ!」

「わかったッ!」

一夏と諒兵の声が聞こえてきたかと思うと、墜ちかけていた自分の体がふわりと止まり、さらには金属同士がぶつかり合うような轟音が響いた。

「無事かセシリアッ!」

「私は平気ですっ、でもフェザーがッ、フェザーがッ!」

自分を抱きとめてくれた諒兵にセシリアは冷静さを失い、必死に訴える。

自分の大切なパートナーが深く傷ついた。

そのショックがセシリアの心を激しく乱してしまっていた。

「落ち着けッ、今地面に降りるッ、レオッ!」

『ええっ、ホンネッ、整備室の準備をしてくださいッ!』

[わかったよ~ッ!]

「ラウラッ、シャルッ、生徒会長ッ、セシリアを頼むッ!」

レオと共に指示を出す諒兵に、すぐに全員が反応し、飛び上がってくる。

即座に刀奈が指示を出してきた。

「デュノアさん、オルコットさんをお願いできる?」

「はいっ、すぐに戻ってきますっ!」

シャルロットはすぐに諒兵からセシリアを受け取ると、整備室に向かった。

ラウラと刀奈は諒兵に問い質される。

「俺ら以外におんなじヤツがいたのか?」

「だんなさま、あの少女は……」と、そこまでいってラウラは口を噤む。

一夏と諒兵は蛇を模した黒い機体の操縦者、すなわち『まどか』のことをいまだに知らないのだ。

どう説明すればいいのか、ラウラにはわからない。

刀奈はそんなラウラの心情を察し、別の話題を振った。

「ヴィヴィのシールドはそう簡単には破れないわ。あの子がどうやって侵入してきたかのほうが重要よ。諒兵くんは織斑くんを手助けして。あの子、明らかに織斑くんに殺気を向けてるわ」

「……わかった」

納得は出来ない。

しかし、確かに刀奈のいうとおり、まどかは一夏に対して本物の殺気を向けている。

このまま捨て置いていいわけがない。

「私たちは後衛に回るわ。悔しいけど、あの子にはそう簡単には勝てない」

「倒す、のか?」

「止めるのよ」

「更識刀奈?」

「そろそろ、この問題を解決する時期に来たってことだと思うから」

だから、まどかから、そして事情を知るすべての者から話を聞く必要がある。刀奈はそう考えていた。

 

 

轟音が響くや否や、千冬はすぐに指令室に向かった。

現在はそう簡単には侵入できないIS学園のシールドを破って侵入してきたとなると、相手は相当な強さを持っていることが理解できていたからだ。

「布仏ッ!」

「侵入者です。データがありません。また私も見たことがありません。今、モニターに映します」

虚はあくまで冷静に、侵入してきた機体を解析したが、それが何故かデータベースに存在しない。

そうなると肉眼で確認するしかないのだが、コンソールの小さいモニターに映る姿を見てもわからない。

そうなれば、判断は千冬や束に委ねるしかない。

その行動に何一つ間違いはない。

しかし、束が必死に止めてくる。

「待ってッ、ちーちゃん見ないでッ!」

「何をいっているッ!」

その要求はどう考えても理不尽なものでしかない。

司令官である自分が状況を把握できなければ、前線に立つ者に何も指示を出すことかできない。

「かまわんッ、出せ布仏ッ!」

「はいッ!」

千冬の指示にそう応えた虚は、素直にモニターに映像を出す。

そこに現れたのは、蛇を模した大きな翼のある黒い鎧を纏った、黒髪の少女の姿。

「映像を拡大しろッ!」

「はいッ!」

その少女の顔をよく見るために、千冬が出した指示もまた間違いではない。

何も、そして誰も間違っていない。

ただ虚は指令室にいることが多いために、千冬に情報が漏れることを恐れた者によって、真実を知らされることがなかった。

また千冬は意図的に隠されていたために知らされていなかった。

何かが間違っていたというのであれば、それが間違いだったのかもしれなかった。

「なッ?!」

「お、織斑先生……?」

千冬は始めてまどかの顔を見た。

自分によく似た、でも、まだ幼い顔。

あまりにも自分に似すぎた、まるで血のつながった妹のようなその顔を。

「あ、あぁ、あぁああぁあぁああぁああぁぁあッ!」

とたん、千冬は頭を抱えて悲鳴を上げる。

脳が何かを拒絶しているような強烈な痛み。

同時に深い深い悲しみ。

頭が、心が、ただ泣き叫んでいるような痛みに襲われた千冬は、そのまま意識がブラックアウトした。

「織斑先生ッ!」

「ちーちゃんを医務室に運んでッ!その前にあの子たちに指示を出しといてッ、とりあえず撃退するようにってッ!」

「はっ、はいッ!」

「あとワタツミの彼氏に指令室に来させてッ!」

倒れた千冬を前に慌てる虚だったが、すぐに束から出た指示を実行する。

だが、千冬が倒れたなどといえるはずがないため、今は別件で動けないとごまかした。

そうしながら虚は思う。

(これが解決できなかったら、使徒と戦うどころではないですね……)

現れた少女は、いまだ表面化していなかった大きな問題を呼び起こすためにIS学園にきたのだ、と。

 

 

少女、まどかの剣を捌きつつ、一夏は思う。

驚くことに眼前の少女は剣に関してとんでもない才能を持っている。

(千冬姉並だ……)

『でも、あらっぽいね』

白虎の評価は正しい。才能では間違いなく千冬と互角。

しかし、太刀筋が粗く磨かれた様子がない。

何より、眼前の少女には気になる点がある。

剣が殺気にまみれているのだ。

殺すための剣。

そういう言い方もできないわけではないが、もっと正確に言い表すなら、暴力として剣を振るっている。

もしザクロがこの少女と剣を合わせたなら、『未熟也』とばっさり切り捨てただろう。

単純にいえば、癇癪を起こして物を振り回しているような剣だったのである。

ただ、それでも。

『イチカ、心を強くもって。あの剣、気を抜いたら白虎徹を折られるからね』

(わかってる)

少女が振り回す黒いプラズマソードは、恐ろしいほどの力を秘めていることが理解できた。

ISを殺すための剣とでもいえばいいだろうか。

いうなれば殺人の道具として作り上げられた、まさに凶器なのである。

その凶器を、全力の一撃を以って振るってきた相手に対し、一夏は強力な一撃で弾き返し、距離を取った。

「貴様ッ……」

「誰なんだ、お前は。何で千冬姉そっくりなんだ?」

インターバルを利用して一夏はまどかに問いかける。

実のところ、それが一番の疑問だった。

眼前の少女は小さいころの千冬に似すぎているのだ。

「その名を出すな織斑一夏」

「俺のことも知ってるのか?」

「うるさいッ、お前には関係ないッ、ここで殺すッ!」

「穏やかじゃないな」

全身から殺気を撒き散らしているようなまどかに、一夏は内心呆れてしまう。

自分を殺すためにここに来て、セシリアを斬り捨てたというのなら許したくない。

ただ、千冬に似すぎた少女の外見が、一夏の剣を迷わせてしまう。

そこに別の声が聞こえてきた。

『落ち着きたまえマドカ。しかし、さすがにザクロを倒しただけはある。なかなかに見事な剣だオリムライチカ』

「えっ、男っ?!」

そうはっきりわかるほど、低い男性の声に一夏は驚いてしまった。

『男性格のISは私以外にもいるがね。タテナシなら聞いたことはあるだろう?』

確かにタテナシについては目覚めてから聞いている。

簪と刀奈にとっては怨敵ともいうべき相手。

それが男性格であったということは知っている。

しかし、それ以外にも男性格がいるとは思わなかった一夏は驚いてしまう。

だが、一夏以上に驚いた者がいた。

『あなた、あのときの……』

「白虎?」

『おや、思い出してくれたかな?受験以来か、ビャッコ』

「受験だあ?」と、そこに飛び上がってきた諒兵が口を挟んだ。

応えたのは彼のパートナー。

『思い出しました。リョウヘイ、イチカ、私たちが出会ったあの会場にいた三機目です、この方は』

「なっ、マジかッ?!」

「あのときの、もう一人……」

忘れるはずもないIS学園受験日。

一夏と諒兵が白虎とレオに出会った運命の日。

その日、脇に追いやられていた三機目の打鉄。

それが目の前のAS。

『今の名はヨルムンガンドだ。覚えおきくれたまえ』

ヨルムンガンドであった。

だが。

『む、どうしたねマドカ?』

その声に全員がまどかを見ると、肩を震わせて俯いている。

何かを我慢しているのだろうか。

そんなことを考えていると、まどかの表情がまさに一変した。

年相応に、幼い少女のように、満面の笑みを浮かべ、黒いプラズマソードを消して両手を広げて抱きついてくる。

 

「会いたかったよっ、おにいちゃんっ!」

 

「何だあぁっ?!」

さっきまで一夏と斬り合っていたときとは正反対の、可愛らしいといえるような表情と態度で諒兵に抱きついてきたのだ。

『何するんですかっ!』

そうレオが怒った様子で叫ぶが、まどかの耳にはまったく聞こえていない様子で、猫のようにごろごろと抱きついたまま離そうとしない。

その様子を見て。

「諒兵、お前、妹いたのか?」

「この状況で何いってやがるっ!」

一夏が思わずトンチンカンな質問をするので、諒兵も思わず突っ込んでしまう。

『すまないヒノリョウヘイ。マドカはずっと君に会いたがっていたのでね』

『リョウヘイの一番のパートナーは私ですッ!』

『レオ、怒られても困るのだが……』

本当に困った様子で応えてくるヨルムンガンドの声に、諒兵も一夏もどういえばいいのか悩んでしまう。

そこに背中から別の衝撃がきた。

「…………ラウラ?」

「この娘だけ抱きつくのはズルい。だから抱きついた」

「混乱を助長させんなっ!」

『すまんリョウヘイ、レオ。止めたんだが』

『……あなたもラウラには甘いですよね』

『いろいろすまん……』

オーステルンがたそがれているような声で謝ってくる。

話が明後日の方向に進み始めていた。

 

 

シャルロットが戻ってくるのとほぼ同時に、簪もアリーナに出てきた。

突然の襲来者に対応するためである。

だが、呆れた様子の刀奈を見て、思わず足が止まってしまう。

「おねえちゃん?」

「どうしたんですか、刀奈さん?」

「どうしようかと思って……」

そういって指差した先には、カオスな光景が広がっている。

「何あれ?」と、思わずシャルロットがこぼす。

「あの子、さっきまで織斑くんと斬り合ってたんだけど、そこに諒兵くんが近づいたら、別人みたいになって「おにいちゃん」っていって抱きついたのよ」

『ホントね。襲ってきた子とは思えないわ』

「そこにボーデヴィッヒさんも混ざって、レオが怒ったり、一夏くんが混乱してバカな質問したりで、今アレ」

確かに、どうしようか迷うというか、どうすればいいのかさっぱりわからない状況である。

「あ、そうだデュノアさん、オルコットさんは?」

「今修理と治癒を始めてます。詳しくは本音さんが後で説明するそうです」

「そう、良かった……」

「ただ、修復には数日かかるそうです。フェザーはダインスレイブの一撃を受けてしまったので……」

「以前は変身しないと使えなかったみたいだけど、あの子、強くなったということかしらね……」

そういったことを考えると、このまま何もしないというわけにもいかない。

それに、今ならまどかもいろいろと話してくれる可能性もある。

まどかが持っている情報は相当に重要なものばかりのはずだ。

この状況を利用しない手はない。

「とりあえず、近くまで行きませんか?」

「そうね、あの子がまた暴れたらマズいし」

「私もいいよ」

とはいえ、慌てる必要もないだろうと感じた三人は、とりあえずまどかを刺激しないよう、ゆっくりと飛び上がっていった。

 

 

整備室にて。

弾はブルー・フェザーにエネルギーを送り、本音は器具を用いて無残な傷跡を丁寧に、かつ、丹念につないでいく。

「自力じゃ塞げねーのか?」

「あの剣はIS殺しなんだよ~。すべての機能を停止させちゃうの~。だから死んだ組織を取り除いてくっつけてるの~」

「何て厄介な剣だよッ!」

今は眠って修理と治癒を受けているセシリアの顔を見ると、さすがに弾も怒りを顕わにしてしまう。

以前、セシリアはシドニーで動けなくなったまどかを守っていた。

そのことを思えば、まさに恩を仇で返したのだから。

だが、相手は女だ。

それも、まだ中学生になるかならないかくらいの少女だ。

そう思うとあまり責めたくもない。

女性に甘いのは弾の欠点でもあるといえた。

そう考えることで冷静さを取り戻したのか、別のことが気になった。

「しかし、あいつどーやって侵入したんだ?」

「わかんないね~、シールドが破られた形跡もないし~」

「ヴィヴィのシールドは並みの相手には破れないんだよな?」

『今も破れてない』

そう問いかけた弾に答えたのは、本音ではなかった。

「エル~?」

『つまり破ってない』

「どういうことだ、エル?」

『そもそもフェザーが『斬られるまで』あいつはあそこにいなかった』

正確にいえば、レーダーにまったく反応しなかったということだ。

エルにも気づけなかった。

こう見えてエルは侵入者を敏感に感じ取れる。

それなのに、フェザーが斬られるまで、あの場所にまどかとヨルムンガンドいることに気づけなかったのだ。

『あそこにあったのはフェザーの羽』

「待てよ、それじゃフェザーの羽がフェザーを斬ったみてーだぞ?」

『にぃに、それが正解』

「何?」

自分の言葉の意味がわからず、弾は頭を捻ってしまう。

『あいつは置き換えた』

「……それって~、自分とフェザーの羽を~?」

『うん。情報置換。自分とフェザーの羽のすべての情報を置き換えた』

すなわち、ヨルムンガンドは自身と操縦者であるまどかをフェザーの羽のデータと置き換えたのだ。

つまり羽が一枚だけヨルムンガンドのデータを保持し、ヨルムンガンドはブルー・フェザーの羽のデータを保持した。

結果として、羽を展開したセシリアとブルー・フェザーは自らヨルムンガンドと化した羽をシールドの外に追い出し、逆に羽と化したまどかとヨルムンガンドを呼び込んだのである。

「よく思いついたな、そんな方法」

正直いって、弾は感心してしまう。

並みの発想力で出てくる方法ではない。

そうなると、まどかという少女は相当な発想力を持っていることになる。

だが、エルは否定した。

『考えたのはヨルムンガンドだと思う』

「おい、お前たちにはこういった発想力はないんじゃなかったのか?」

「これ~、普通の人間じゃ考えつかないよ~?」

かなり捻くれたモノの見方をしていない限り、人間でもなかなか考えつかないだろう。

それをASであるヨルムンガンドができるとなると、これまでの常識が覆されてしまう。

『あいつは発想してない。もともとモノの見方が異常に捻くれてるだけ』

「何だそりゃ?」

『あいつの個性基盤は『皮肉屋』、思考形態が普通とは違ってる』

「単に性格が捻くれてるだけ~?」

『うん』と、エルは答える。

それこそがヨルムンガンドの強みでもあった。

データに対して正しいモノの見方ができるISコアたち。

ゆえに変わった見方ができない。独創性といったものがほとんどない。

しかし、何事にも例外がある。

正しいモノの見方が『できない』個性がある場合だ。

普通とは考え方が違う。

考え方が異なる。

捻くれ者。

皮肉屋。

変わり者。

そういった個性であるならば、モノの見方も他者とは異なる。

正しくないモノの見方をすることが、その個性の持ち主にとっては『正しい』からだ。

『あいつは厄介。でも……』

「でも?」

『あいつを倒せるほど発想力を鍛えられれば、それは大きな力になる』

このタイミングで、ヨルムンガンドが襲来してきたことをプラスにできるかどうか。

ヨルムンガンドの存在は、この後の戦いを生き延びるための最高の試金石でもあるとエルが語るのを、弾も本音も呆然と聞いていた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。