ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第129話「二つの家族」

まどかが襲来してきた翌日。

セシリアは整備室で昨日のブリーフィングの内容を聞いていた。

「なるほど。まどかさんは一夏さんと織斑先生の妹なのですね?」

「でさ、亡国機業で諒兵のお母さんに面倒を見てもらってたらしいのよ」

「確かにそうなると、諒兵さんのお母様は亡国機業にいたことは間違いありませんわね」

そういってため息をつく。

セシリアへの報告は鈴音が行っていた。

実のところ、一夏や諒兵ははっきり行ってこの件では説明などうまくできるはずがない。

ラウラはもとより口下手でうまく説明できない。

シャルロットは今回の情報のまとめ役を買って出ている。

今は亡国機業について、刀奈と共に残っている情報の洗い出しをしているところだ。

簪は、今回の件を箒に説明している。

そして本音は。

「おりむーもひーたんも~、このことじゃ何もできないね~」

仲良く並んで横になり、修復を受けている鈴音とセシリアの整備を行っていた。

状況が状況なので、鈴音は自然回復を待つわけには行かなくなった。

ある程度は修復を進める必要が出てきたのである。

同じことがセシリアにもいえる。

「世話をかけますわね、本音さん」

「しょうがないよ~、フェザーのダメージ大きいから~」

ダインスレイブの一撃を受けたブルー・フェザーは現在は猫鈴同様に応答ができない状態だ。

猫鈴と違い、純粋に自身のダメージが大きいためなのだが。

「ダインスレイブはかなり厄介な剣だね~。戦闘できるようになるには数日かかるよ~」

脳の治療を行っている猫鈴と違い、傷ついた自身の修復なのでそこまで時間はかからない。

それでも、今の状況で『数日』はけっこう長い時間である。

「我慢しますわ。私は鈴音さんほど落ち着きがないわけではありませんし」

「言ってくれるじゃないの」

しれっと皮肉をいうあたり、セシリアもなかなかに性格がひねてきていた。

まあ、鈴音を心配しての言葉であることは間違いないのだが。

それはともかく。

「しかし、気になる点もありますわね」

「どこ?」と、セシリアの言葉に鈴音が反応する。

セシリアとしては、諒兵よりも一夏と千冬のほうに気になる点があるらしい。

無論のこと、諒兵にもはっきりしない点はまだいくらでもある。

「諒兵さんのお父様の件、それにお母様が亡国機業で何をしていたのか」

「まどかの面倒を見てたって……」

「そこではありませんわ。もともとどんな役割、任務をする人間だったのかというところです」

例としてあげるなら、まずは実働部隊。

つまり指導官としてまどかに接していた可能性が考えられる。

「要するにラウラと千冬さんの関係?」

「そういえます。ただ、そんな人をママと呼ぶかといわれると疑問を感じざるを得ません」

「そうね。ラウラのことを考えても、教官とか、先生とかになるわ」

まどかは諒兵の母親をママ、つまり母親と認識していることは間違いない。

そうなると指導というより、育てていたと考えるほうが正しい。

実働部隊の指導官とその教え子の関係ではないだろう。

「それにこれでは諒兵さんを産んで、その……お捨てになった経緯がまったく見えませんわ」

「どうして~」と、本音も口を挟んでくる。

「もし、お相手が同じ亡国機業の人間だとしたなら、諒兵さんは間違いなく亡国機業の実働部隊に入っていたはずですわ」

「そう、ね……」と鈴音は感心したような声を出した。

セシリアの推測は正しい。

母親も父親も亡国機業の人間だとするなら、諒兵を捨てる理由がないのだ。

むしろ、組織に忠誠を誓う人間として育てることもできただろう。

それなのに、諒兵は生まれたばかりの状態で孤児院の前に捨てられていたという。

そうなると。

「亡国機業を脱走してきたことが考えられますわ」

何らかの理由で亡国機業を抜け出してきた。

そうなれば、外で子を産んだことも説明がつく。

一般人を装って普通の男性と結ばれ、その結果として生まれたのが諒兵だと考えられるのだ。

だが、そうなると別の問題が出てくる。

「そうなると、諒兵のお母さんは追われてたってこと?」

「はい。諒兵さんを自分と同じ境遇にしないために、孤児院に捨てた。でも……」

「また捕まっちゃったってことかな~?」

諒兵の母親は亡国機業から逃げ回っていた可能性が考えられる。

そんな中で生まれた子を巻き込まないために捨てた。

その後、亡国機業に捕まって、連れ戻されたということが考えられる。

「そこでまどかさんに出会ったというなら、辻褄が合いますわ」

「なるほどね。でもそうなると、何で抜け出したのかってことが気になるわ」

「はい。こればかりは個人の考えですから、私も簡単には推測できませんけど」

「でも~、普通の生活に憧れてたって可能性はあるよ~?」

本音の言葉に、鈴音もセシリアも肯いた。

要は自分の現状に不満を持ち、普通の女性としての人生を望んで脱走したのではないかということである。

そして、そう考えるならまどかの面倒を見ていたということも説明がつくとセシリアは語る。

「諒兵さんを置いていった後悔から、まどかさんをわが子として面倒を見ていたと考えるなら、ママと慕われるのも十分に考えられます」

「そっか。罪滅ぼしみたいなもんだったってことね?」

「はい」

そう答えるセシリアだが、これはあくまで諒兵の母親の善意を信じての言葉でもあると付け加える。

そうでない場合も十分に考えられるのだ。

そうなると、気になるのは諒兵の父親となる。

「今の段階ではまったく見えてきませんわ。情報がほとんどないんですから」

「まあ、仕方ないか。なんとなく諒兵をそのまま大人にしたようなイメージ持ってたけど」

「はい。ただそうなりますと、諒兵さんのお母様と離れた理由が見えないのですが……」

今の諒兵の性格に似ているとするなら、むしろ亡国機業に乗り込んで奪い返すくらいの豪胆な人間であるイメージになってしまう。

「その方が納得いくのですけど……」

「……それってさ、諒兵のお父さん、死んでるってことにならない?」

「はい……」

諒兵の母親が逃げなければならない状況になったのは、諒兵の父親が何らかの理由で殺されたということが一番考えられる。

つまり、諒兵は生まれる前に父を失っていた。

諒兵の母親は未亡人として子を産んでいたということが考えられるのである。

「ちょっと、重すぎ……」

「はい……。正直なところ、これが真実だとするなら相当不幸な人生を送ってらっしゃいますわ」

その場の空気がしんみりとしてしまう。

普段は冗談を言い合ったりするような仲だ。

重いものを背負っていたとしても、それを笑い飛ばせるような関係を築いてきた。

ただ、それは知らなかったからだということもできる。

真実を知って、なお、今の関係を保てるかどうか、鈴音は不安に思ってしまう。

ゆえに話を変えるため、セシリアが気になっているという一夏と千冬の話を振った。

「こちらに関してはある意味はっきりしてますわ。ご両親が何故一夏さんと織斑先生を置いて蒸発したのかというところです」

「まどかは?」

「ここではまどかさんの話は置いておきますわ。ただ、個人的には幼すぎて手放せなかったという刀奈さんのお言葉は間違いないと思いますけど」

わかりやすくいえば、まどかは両親の行動に巻き込まれただけだ。

まどか自身に問題があったわけではないとセシリアは語る。

「もし、問題があるなら、一夏さんや織斑先生にも何か問題があるはずですわ」

「そっか。まどかだけって考えるのも不自然ね」

「ん~、でも~、ISのこと考えると問題あるといえなくもないね~」

と、本音が苦笑するのを見て、鈴音もセシリアも苦笑してしまう。

確かにその通りだからだ。

ISを開発したのは束であり、直接問題があるわけではないが、千冬は最強のIS操縦者、一夏は男性のIS操縦者と確かに問題といえる点もあるのだから。

「あ~、話の腰折っちゃってってごめんね~」

「いえ、少し気持ちが軽くなりましたわ」

重い話をしているだけに、いろいろと気が滅入りそうになるので、本音の言葉は確かにありがたかった。

「話を戻しましょう。実は先ほどの諒兵さんのお母様の話で推測できたことがありますわ」

「えっ、なに?」

「追われていた、という部分ですわ。一夏さんと織斑先生のご両親も、何かから逃げていた可能性が考えられます。以前、お聞きしましたけど、一夏さんが六歳ごろまでの写真がないのでしょう?」

「うん。全然残ってないって聞いたわ」

一夏のみならず、家族の写真自体がないと鈴音は聞いていた。

普通に考えて異常である。

家族の写真をまったく残さない親がいるだろうか?

普通の親であるならば、我が子の成長は嬉しいものであるはずなのだから。

「そうなると、痕跡を残さないようにしていたと考えるほうが自然ですわ」

「それって……」

「織斑家の痕跡です。つまり、織斑家という一つの世帯自体を見つからないように隠蔽していた可能性が考えられます」

写真を残すと証拠として残ってしまう可能性がある。

かつてはフィルムで。

今はデータで。

ネットにつながっているパソコンに専用の画像フォルダを創ってしまっていたら、クラッキングされる可能性もあるのだ。

「それをするとしたら織斑先生は考えられません。確実にご両親の手で行われていたはずです」

一夏が六歳以降、つまり両親が消えてからの写真は残してあるのだから間違いのない推測だといえた。

つまり、千冬は何も知らず、普通の家庭だと信じていたということがいえるのだ。

「ですが、実際にはそうではなく、ご両親には何らかの秘密があったと考えられます」

「だから、自分たちの痕跡を残さないようにしたってっこと?」

「はい。そして自分たちの子どもたちの痕跡も残さないようにしていた。ゆえに何かから逃げていると考えられますわ」

「でも~、それって何から~?」

「推測ですけど前例に関してはお話ししましたわ」

そういわれたことで、尋ねた本音にも、そして鈴音にも理解できた。

「まさか、一夏のお父さんやお母さんも亡国に関係あったっていうの?」

「実のところ、諒兵さんのお母様より可能性が高いと思ったくらいです。諒兵さんのお母様よりも行動が怪しすぎますから」

家族でありながら、家族としての痕跡を残さない。

単純に赤ん坊を捨てたというだけの諒兵の母親よりも、怪しい行動をしていることは間違いないのだ。

「だとしたら……」

「おそらくは織斑先生の誕生に関わるはずですわ。それが、何らかのきっかけになったのでしょう」

諒兵の母親同様に、亡国機業を抜け出して、家庭を持ったというのであれば、一番考えられるのが千冬である。

生まれてくる千冬のために、亡国機業を抜け出してきたと考えるのは自然だろう。

「根拠は?」と、鈴音が問う。

この考えに至るならば、それなりの根拠が必要なのは当然である。

しかし、一夏と千冬にはそういった両親の情報がほとんどない。

痕跡も残さずに消えたといっても過言ではない。

痕跡があるとすれば。

「織斑先生が記憶を封じられているという情報です。このような技術、一般家庭にはありません」

「そうだね~、全然ピンとこないし~」

本音が納得すると、鈴音も肯いた。

確かに記憶を封じる技術など一般家庭にあるはずがない。

まして相手は千冬だ。

スペックを考えれば、チート級の千冬。

それが中学生のころであったとしても、並の人間には押さえ込めないだろう。

逆に考えれば、一夏と千冬の両親はそれだけの技術、技量を持っていたということができる。

「もちろん、親だからということも十分に考えられますが、それでも普通ではありません」

「それに、忘れさせられないよう千冬さんが抵抗したことも考えられるわね」

「そう考えるとなおさらなんですわ。正直、織斑先生を押さえられる人間なんて、片手で数えるほどでしょう」

今ならば、丈太郎、束あたりだろうか。

それでも片手で足りてしまう。

そのくらい、千冬のスペックは高いのである。

ただ、それも根拠になるとセシリアは説明してくる。

「織斑先生は生まれながらにあのスペックですわ。でも、突然変異的にそこまでの人間が生まれるでしょうか?」

「ゼロじゃないけど、一に届くとは思えないわね」

一パーセント未満ということになる。

鳶が鷹を生むという諺があるが、実際にはほとんどありえない。

遺伝子が違うのだから。

「そこです」

「どこよ?」

「ベタなギャグだね~」

「何度も話の腰を折らないでくださいまし」

マジメに話をしてるのだからとセシリアが鈴音と本音を窘める。

セシリアがいいたいのは『遺伝子』という部分だ。

千冬のチートスペックは、遺伝されたものではないかといいたいのである。

「つまり、一夏と千冬さんのお父さん、お母さんもチート級?」

「あそこまでのチートは考えにくいのですが、それでも戦闘能力などが高い人間であったと考えるほうが自然ですわ」

「そっか。亡国の実働部隊出身なのは、一夏と千冬さんの両親っていいたいのね?」

なるほど理に適っていると鈴音は納得した。

今の千冬のスペックを考えると、両親が相当な兵であったというほうが納得がいくのである。

強い親から強い子が生まれた。

それは自然な流れといってもいいだろう。

「片親であった可能性も考えられます。もう片方は普通の人であったかもしれません。それでも、どちらかは確実に、特に戦闘能力が高い人間だったと考えられますわ」

「だから、ああいった裏組織に関係があった」

「確かに納得いくね~」

そして、その両親が亡国機業に関わっていたのなら、当然狙われていた可能性もある。

ゆえに隠蔽してきたのだ。

織斑家という一見すると普通の家庭にしか見えない家族を、誰にも知られないようにするために。

「その限界が一夏さんが六歳のころに来てしまった」

「だから、一夏と千冬さんを置いていった。まどかは幼すぎて連れて行くしかできなかったけどってこと?」

「まどかさんが実働部隊として育てられたことを考えると、捕まってしまったら織斑先生や一夏さんもそうなった可能性が十分に考えられます」

千冬なら最高の兵士になってくれるだろう。

一夏とて、今の実力を考えればかなりの兵士になれる。

もし、一夏と千冬の両親が、娘と息子がそうなることを望まなかったとしたら、ただの一般人として暮らしていけるように置いていくのが一番良かったかもしれない。

「織斑先生の記憶を封じたのは、今の一夏さんとの関係を築くためとも考えられますから」

「そっか。一夏だけに目を向けるようにしたって考えられるんだ……」

「織斑先生~、情が深いからね~」

もし、両親との関係が良好であったとするなら、千冬の性格を考えると、必死に探そうとするに違いない。

見つけたとしたら、なんとしても取り返そうとするに違いない。

しかし、亡国機業に限らず、何らかの裏組織にいただろう一夏と千冬の両親としては探されると困るのだ。

巻き込みたくないと考えていたのだとしたならば。

「自分たちを探さないよう、あえて恨むように仕向けたと考えられるのですわ」

「自分で一夏を育てる。そう思うようにってことね?」

両親が消えてから、千冬は一夏を育てることに意識を向けてきた。

その極端な例が、白騎士事件である。

もっとも、この場には白騎士を纏っていたのが千冬であったこと知る人間はいないが。

だが、いくらなんでも、大事な家族を守るためといっても、多数のミサイルに立ち向かっていく人間はそうはいないだろう。

普通なら逃げようとするのだ。

しかし、千冬は立ち向かうことを選択した。

一夏を守るという、その意志で。

しかし、その意志すら、操られていたから生まれたものだとするなら、千冬は哀れである。

両親の手のひらの上で踊らされていたということもできるのだから。

「今、篠ノ之博士が織斑先生の記憶封鎖を解こうとしてらっしゃるのでしょう?」

「そうらしいわ。思ったより時間かかってるみたいだけど」

「織斑先生が何を覚えているかで、話は変わってきますわね」

セシリアの論はあくまで推論だ。

正しいかどうか証明はできない。

ゆえに、今は束が千冬の封じられた記憶を解放するのを待つしかない。

ただ、鈴音は沈んだ表情で呟く。

「怖いわね……」

「組織のことですか?」

「ううん。記憶を取り戻した千冬さん、人格が変わったりしないかなって思って……」

あ、とセシリアも本音も声を漏らしてしまう。

鈴音としては、それが一番怖い。

姉弟として一夏と千冬が築いてきた関係が崩れてしまう可能性があることが怖いのだ。

結果として一夏自身が変わってしまう可能性があるのだから。

「諒兵もそう。お父さんお母さんのことを知って変わったりしないかな……」

そう呟く鈴音に、セシリアは微笑みかけた。

そんな彼女を見て、鈴音は驚く。

「祈るしかありませんわ。それに……」

「それに?」

「今まで私たちが築いてきた絆はそんなに脆いとは思いませんわ」

「だね~」

そういってセシリアと共に本音も微笑むと、鈴音はどこか安心したような笑みを見せたのだった。

 

 

 

 


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