ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第130話「過去に縋る。今を見据える」

鈴音がセシリアの推測を聞いている頃。

箒は簪から話を聞いていた。

「一夏に妹がいたのか……」

「やっぱり興味が湧くのはそこなんだ……」

と、簪は半ば呆れた様子で呟く。

箒が関心を寄せる部分に関しては、正直にいって予想がついていたとはいえ、まず気にする部分がそこであることに簪としても呆れてしまう。

ブリーフィングルームでの話を総合して考えるならば、まず気にするべきは千冬の記憶封鎖。

そして諒兵の母が亡国機業の人間だったらしきことであるだろう。

それよりもまず、一夏に血のつながった妹がいたことを気にするあたり、根本的な部分が治ってない気がする簪だった。

一つのことに集中するという意味では、箒はある意味で良い才能を持っているということができる。

うまくいった結果が、八つ当たりとはいえ剣道全中日本一だ。

しかし、他のことをまったく考えないので、こういった良い面を相殺してしまう。

「別に興味を持ったからといって私にはどうすることもできないだろう?」

「確かに私たちにできることはないけど、考えもしないのはダメだよ」

いつになく、簪は強い口調で告げた。

いささか普段と違う雰囲気に箒は驚いてしまう。

ただ箒のいうことも間違いではない。この問題で箒にできることはほとんどないといえるだろう。

ただできないからといって何も考えなくていいということではない。

何故なら。

「織斑先生は実の姉だし、日野くんは織斑くんにとって大事な友人だよ」

「まあ、そうだが」と、答えつつも渋い顔になる箒。

簪は気にせず話を続けていく。

「その二人が悩んだり、苦しんだりしてるとき、織斑くんはどう思ってるだろうって考えない?」

仮に一夏中心にものを考えるのは何も悪いことではない。

ただ、織斑一夏という人間は単体で成り立っているわけではない。

環境、人間関係は人を形作る上で重要なものだからだ。

その中でも、上位に位置するだろう千冬と諒兵にこれだけの問題が起きていれば、一夏も一緒に悩むだろうことは想像に難くない。

一夏自身にも関わるからではなく、大事な姉や友人が悩んでいれば一緒に悩むのが一夏という人間だからだ。

「たいして話してない私でもそう思うよ。そのくらい、わかりやすい人でもあると思う」

それを優しいというべきか、優柔不断、もしくは甘いというべきかは意見の分かれるところではある。

自分にどうにもできないことでも、一夏は悩むだろう。

もし、そこに相談相手がいなければ、一人で暴走してしまう可能性もある。

今、一夏に諒兵や弾、数馬といった友人がいるのは非常にいいことであるのだ。

一人ではどうしようもできないことも、仲間がいれば手が見つかる可能性は広がるからだ。

一夏は誰かのために悩むことができる。

その一夏と一緒に悩んであげられる友がいる。

ただ、今はその一人が渦中にいる。

なら、一夏はどうしようもなくても、一緒に悩み、苦しむだろう。

それは、決して悪いことではないのだ。

「それが、『今』の織斑くんだと思う。でもね」

「……何だ?」

「篠ノ之さんはその『今』の織斑くんを見てないと思う」

図星だった。

箒にとって理想は正しい剣を使う、自分に優しい男の子のままなのだ。

だから、一夏が自分以外の人間と親しくしていることが気に入らない。

その中に、諒兵と天秤にかけるような鈴音がいることが気に入らない。

それを、一夏が受け入れていることが気に入らない。

あのころと、変わってしまったと思えてしまうのだ。

「違う」

「何がだ?」

「変わって見えるのは当たり前だよ。篠ノ之さんが良く知っているころより、成長してるんだから」

それこそが簪がいいたいことでもある。

一夏はあのころと違い、成長しているということだ。

その成長を箒は認められないのだ。

 

何故なら、その成長の過程に自分がいなかったから。

 

もし、箒が一夏と幼馴染みとして、長く一緒にいられたなら今の一夏を受け入れていただろう。

逆に、一夏に恋慕の情を持たなくなったかもしれない。

すべては可能性の話でしかないが。

ただ、箒の問題は一夏と離れていた時間が長すぎて、もう『幼馴染み』といえる関係ではないことだ。

そのことを、箒自身が受け入れることができないのが問題なのである。

「私はッ!」と、そこで言葉に詰まってしまう。

好きで一夏と離れたわけではない。

無理やり引き離されてしまったのだ。

その責任が箒にあるというのは酷だろう。

それでも、簪の言葉に反論できなかった。

「私ね、織斑くんは篠ノ之さんのことを受け入れてると思う」

「えっ?」

「今の篠ノ之さんのことを幼馴染みって呼んでくれるのは、離れていた時間が長くても、再会してからまた始めようとしてくれてるってことだよ」

だから、一夏は箒を突き放さなかった。

離れていた時間の相手のことを知らないのは一夏も同じだ。

箒がどこで、どんな想いで生活していたのかなど、一夏は何も知らない。

ただ、だからこそ、一夏は再会してから関係を作ろうとしている。

まずは幼馴染みとして。

だが、箒がそれに応えないのだ。

今、すなわち高校一年生という時間から、一夏との関係を始められていないのだ。

失った時間は取り戻せない。

でも、これから作っていくことはできる。

それができないままでは箒は本当に全てを失ってしまう。

簪としては、箒の友人としてそんなことになってほしくない。

正直にいえば、鈴音よりも箒を応援したいのだ。

ただ、今のままでは勝ち目がまったくない。

鈴音の強みは『今』をちゃんと見られることだからだ。

だから諒兵とラウラの関係も受け入れている。

自分が一夏と出会うより前の幼馴染であった箒のことも受け入れている。

今を受けいれ、足場をしっかりと固めて前に進む。

それができる鈴音と、過去に縋る箒では勝負にならないのだ。

(正直言うと、『今』に引きずられてる気もするけど……)

と、それは口に出さなかった。

何故か、今をちゃんと見据えられる鈴音だが、それが欠点でもあるように感じることがある。

あぶなっかしいというか、本来ならば今の鈴音と一夏と諒兵の関係は危ういものだ。

しかし、それを好んでいる気がする。

危険に飛び込む性癖でもあるのかと思えてしまうのである。

ただ、そんな考察をいったところで意味はないので、考えを戻す。

「篠ノ之さんは今の織斑くんのいったいどこがイヤなの?」

今の一夏に感じる不満があるなら、吐き出させなければならない。

昔と違うからというのは違う。

今の、距離をとって見ていてもわかるように、あまり悪印象のない織斑一夏という人間に不満が本当にあるのか、と。

「だって、わ……」

そう呟いて、一瞬絶望的な表情を見せた箒に簪は驚いてしまう。

「篠ノ之さんっ?!」

「違うッ、そうじゃないッ!」

そういって箒は『ナニカ』を否定する。

簪は直感した。

今の質問は、箒の根幹に触れてしまった、と。

「すまない、少し時間をくれ。頼む更識……」

「うん……」

うなだれる箒に対し、簪がいえたのはそれだけだった。

傷口に塩を擦り込むどころか、膿んだ傷口に刃物を突き立てるような気がしたからだった。

 

 

同じころ。

一夏は武道場で誠吾と仕合っていた。

一夏は剣士だ。

迷いがあるとき、剣を振ることで意識を研ぎ澄ますことができる。

研ぎ澄まされたとき、自ずと行くべき道が見えてくる。

その相手と考えるなら、誠吾は千冬に次いで相手として申し分ない剣士だった。

ただ。

「二つの問題を同時に解決するのは難しいみたいだね」

「そうでもないよ。答えは見えてるんだ。ただ、その答えとどう接していけばいいのかわからない」

誠吾の言葉に一夏はそう返す。

二つの問題とは、すなわち千冬と諒兵の問題だ。

その答えとはまどかに他ならない。

ただ、一夏は今まで自分たちは二人姉弟だと思って生きてきた。

しかも、千冬のようにはっきりとしたまどかの記憶を持っていない。

もし、持っていたならば、一夏も記憶封鎖をされているはずだからだ。

暗示程度ですんでいたのは、一夏の中のまどかの記憶自体がおぼろげであったことの証左である。

ゆえに、どう接すればいいのかわからない。

生き別れの妹となるまどかにとって、どういう存在であればいいのかがわからないのだ。

「そうだね」と、そういって誠吾は構えを解く。

ある程度の道筋が見えてきたのなら、身体を痛めつけるような修行は無意味だと考えたのである。

「まず織斑さんのことから考えよう」

「千冬姉?」

「織斑さんは記憶封鎖をされてる。つまり、思い出せば三人兄弟の関係をすぐに作れるはずなんだ」

千冬の年齢を考えれば、まどかのことを覚えていないはずがない。

当時、まどかがせいぜい二、三歳だったとしても、その面倒を見る姉としての記憶があるはずである。

まして千冬だ。

厳しい側面ばかりが目立ってしまうが、実は千冬は相当に母性が強い。

一夏への接し方を見れば、それがよくわかる。

当時、幼児であったまどかに対して、その母性が発揮されなかったとは思えないのだ。

「まどかさんがいなくなったことでその母性が一夏君に全部向いてしまった。結果、過保護な姉の出来上がりだと思うんだ」

「そうか。千冬姉の気持ちが俺とまどかって子の二人に向いてれば、ちょうどいいくらいなのか」

以前にも語ったが、弟を守るためとはいえ、二千発のミサイルに立ち向かう姉などいるはずがない。

それほどに過保護な千冬である。

だが、それが一人の弟ではなく、家族に対してというのなら、なくはないのかもしれない。

千冬は一夏一人を守ろうとしたのではなく、心の中に残っていた父、母、妹を含めた家族を守りたかったのではないかと誠吾は語る。

極端であることに変わりはないが。

「家族を想う母の愛というのなら、まあ、なくはないかなって思うよ」

まして実の両親を失った直後だ。

それでなくても強かった母性が、とんでもない勢いで成長した可能性がないわけではないのだ。

ただ、一夏としては苦笑する他ない。

「母性が強い女性って、もっと優しい気がするなあ」

「母は強いものだよ。織斑さんみたいな女神様もいるしね」

「えっ?」

「入谷の鬼子母神は、異常なほど強い母性を持つ女神なんだ。元は鬼だけど」

以前、諒兵が千冬を指していった言葉は、むしろ的を射ていたといえる。

とはいえ、まさかこんなところで同じ名前を聞くことになるとは、と、一夏は思わず「ぶはっ!」と吹き出してしまう。

理由を聞いた誠吾も、ついプッと吹き出してしまった。

「諒兵君はなかなか人を見る目があるね」

「うまく言ったもんだなあ」

そういってお互いに笑ってしまう。

それはともかくとして。

「この点で問題なのは一夏君自身なんだ」

「俺は、まあ、妹だっていうなら、そう付き合うように努力するよ。一からやり直しになるだろうけど」

「うん、それでいいと思うよ。ただ、一夏君も完全に忘れてしまったわけではないと思うんだ」

「そういうことか……」

忘れてしまったとはいえ、おぼろげに覚えている可能性がある。

千冬は封鎖されている記憶が戻れば、すぐに姉妹の関係に戻れるが、一夏の場合は違う。

思い出せたり、逆に完全に忘れていたりする記憶の矛盾に苦しめられてしまう可能性があるのだ。

「無理をいうけど、うっすらと覚えていたりしないかい?」

「俺は……」

 

今日■ら■■もお■い■■んだな

 

唐突に頭に浮かんできたフレーズに、一夏は身を強張らせてしまう。

『イチカっ、無理しないでっ!』

どうやら白虎も気づいたらしい。一夏が無理をしないように止めてくる。

「一夏君っ?!」

「大丈夫だ、せーごにーちゃん。白虎も心配しないでくれ」

そう答えた一夏は、目を閉じ、フレーズを何度も反芻する。

すると、別のフレーズが浮かび上がってきた。

 

■より強く■らないと、■■■を守っていけ■いぞ

 

「グッ!」と、唐突に痛む頭に、思わず声を漏らしてしまう。

『イチカっ!』

心配そうな声を出す白虎に申し訳ないと思いつつ、一夏は一旦深呼吸をして気持ちを整える。

「覚えてないわけじゃないみたいだ。あの、まどかって子は、たぶん俺が強くなること、守ることに拘る理由につながってる」

「そうなのかい?」

「正確にいうと、まどかって子を守ってやれっていわれた記憶があるみたいなんだ。すごい虫食い状態だけど」

ただ、あのフレーズを口にしたのが誰なのかはわからない。

イントネーションや口調からおそらくは。

「千冬姉からいわれたんだと思う」

「なるほど」

『チフユなら言いそうだね』

確かに千冬なら一夏にいって聞かせる可能性がある。

一番上の姉として、兄になった弟にしっかりした人間になってほしかったのだろう。

「一夏君が強くなろうとした原点がそこなら、心配することはないかな」

「せーごにーちゃん?」

「兄妹になるのは難しいと思う。でも、仲間として受け入れることはできるかもしれないね」

何より、肝心のまどかが諒兵を兄と呼んでいるのだ。

誠吾のいうとおり、兄妹になるのは難しいだろう。

でも、仲間としてなら、これから一緒に戦っていく戦友としてなら、一夏自身はまどかの存在を受け入れられないこともない。

後はまどかの問題だ。

これは一夏にはどうすることもできないことだ。

まどか自身がなんとかするしかないのだから。

そして。

「そこで考えなければならないのが、諒兵君だね」

「……きっと、相当苦しんでるはずなんだ」

親友だから、それがわかる。

自分を捨てた母親が育てた少女。

そんなまどかを、諒兵が妹として受け入れられるだろうか。

単純に小さい子の面倒を見るというのなら、諒兵は既に孤児院での兄貴分としての経験がある。

だからすぐに馴染めるだろう。

だが、まどかは違う。

諒兵の実の母を知っているだけに、その存在そのものが諒兵の心の傷を抉ってしまうのだ。

「でも、だからって同情するのは違うと思う」

そう口にした一夏の表情を見て、誠吾は微笑む。

諒兵のことを理解していなければ、出ない言葉だとわかるからだ。

今回のことで、諒兵に同情するような態度をとれば、諒兵自身は侮辱されたと思うだろう。

何より。

「彼は決して弱くないからね。今やるべきことは、同情じゃなくて、一緒に考えることだろうね」

「うん。あいつは必ず一番いい答えを出せるはずだから」

一緒に考えることで、まどかのこと、そして両親のことに関して一番いい答えを見つけ出すこと。

それが、親友兼ライバルとしてできることなのだと一夏は理解していた。

すると、ピピピとメロディアスな電子音が鳴る。

一夏の携帯だった。

どうやらメールが届いていたらしく、誠吾に断ったうえで内容を確認する。

「何かあったのかい?」

「蛮兄と数馬からだ。日本に着いたみたいだ」

こっちに来るという話自体は聞いていたので驚くことはない。

ただ、丈太郎は諒兵に関して知っていることがある。

すなわち。

「真実を明かしに来たってことかな」

「うん。束さんもそうだけど、俺たちと諒兵のことで知っていることがあるから全部話すって書いてあるよ」

 

明日、IS学園に行く。

 

最後にそう書かれたメールを見て、一夏はまず自分が心を強く持たなければと決意するのだった。

 

 

 

 

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