ある日の放課後のIS学園。
その武道場で鈴音とセシリアが真剣な表情で話し合っていた。
「つまりね、相性を考えると、遠距離型だからこそ近接対処は重要なのよ」
「確かに一夏さんのような方だと、どうしても近接戦闘は避けられませんわね」
「離脱用の移動技術を鍛えるにしても、きっかけがないと離脱できないしね」
どうやらセシリアの戦闘スタイルを補強するためにはどうするかということで意見交換をしているらしい。
ショートブレードを使用した防御技術を鍛えてはどうかと鈴音は意見しており、セシリアも納得している様子だった。
「おい」
一夏と諒兵もまた、武道場で手合わせをしていた。
互いに決して攻撃を当てないようにしているところを見ると、寸止めらしい。
二人が手を休めたころに、見物していた本音が声をかける。
「どうして当てないの~?」
「寸止めで当てないようにするのは、相手との距離とかでけっこう神経を使うんだ、のほほんさん」
「当てねえようにして、間合いってか、距離感を養う意味もあるんだよ」
「へー」
剣による近接主体の一夏、元来は格闘戦を得意とする諒兵にとって、間合いを計るということは重要なのである。
間合いを無視できる武器を持っているとはいえ、それに頼るようでは使いこなせているとはいえないのだ。
「おい、お前たち」
すると鈴音が一夏に声をかける。
「一夏、セシリアに短刀の使い方教えてあげられる?」
「う~ん、セシリアの持ってるショートブレードなら、警棒使える諒兵のほうがいいんじゃないか?」
ナイフでは短すぎるが、一般的な警察官が持つ警棒はセシリアの持つ近接武器と長さが近いだろうと一夏はいう。
「でしたら教えていただけませんこと?諒兵さん」
「いいぜ。篠ノ之、短い竹刀貸してくれ」
と、諒兵が箒に声をかける。
すると。
「お前たちッ、我が物顔で武道場を使うなッ!」
堪忍袋の緒が切れた箒が爆発したのだった。
「だいたい今は部活中だッ、鈴音ッ、セシリアッ、部活はどうしたッ?」
「ラクロス部は今の時期はトーナメントに向けて、ほとんど開店休業状態よ」
と、編入後、ラクロス部に入部した鈴音が答える。
スポーツは身体が鍛えられるので入部したのだが、今の時期はほとんどやる気がない様子だ。
「テニス部員は最初からやる気がありませんわね」
そもそもIS学園の部活は生徒同士のコミュニケーション手段というほうがあっており、インターハイなどを本気で目指す部はほとんどない。
偏差値、身体能力ともに高い生徒が集まるが、IS学園はあくまで代表候補生や国家代表を目指すIS操縦者を鍛える学園なのである。
「日野ッ、格闘技がしたければ空手部や柔道部ッ、レスリング部にでも行けッ!」
「空手はともかく、女と柔道やレスリングするような外道じゃねえぞ、俺は」
柔道には寝技、レスリング部にはグラウンドと呼ばれるマットに押さえ込む技がある。
男性が女性にやるものではないだろう。
若いとはいえ、そのあたりの常識は持っている諒兵だった。
「一夏ッ、年中竹刀を借りるならいい加減剣道部に入れッ!」
「いや、入ると大騒ぎになるだろ、箒」
後ろのほうで「篠ノ之さん頑張って!」という剣道部員たちの声が聞こえてくる。
やはりたった二人しかいない男には自分の部活に入ってほしいようだ。
とはいえ、一夏と諒兵が部に入ると他の部との争奪戦が起きかねないので、二人ともいまだに帰宅部である。
「布仏ッ、このアホどもをちゃんとまとめてくれッ!」
「えー?」
本音はあくまで見物に来ているだけである。
「剣道やる気がないなら出てけぇぇぇぇぇぇぇッ!」
結果、五人は武道場の外へと放り出されてしまったのだった。
放り出された五人は仕方なく、中庭を歩いていた。
「ピリピリしてんな、篠ノ之のやつ」
「何かあったのかなあ?」
と、男二人が首を傾げる。
自分たちがその原因であるとは微塵も感じていない辺り、見事な鈍感であった。
「剣道部だって別にインターハイ目指してるわけじゃないんでしょ?」
「根がマジメなのでしょう、箒さんは」
と、鈴音の疑問にセシリアが答える。
そもそも箒が堅物なのは彼女の行動や言動を見ていればよくわかるので、鈴音も納得した。
「そういえば聞いた~?転校生の話~?」と、本音が最近の話題を振ってきた。
「聞いてるわ。2組でも話題になってるのよ。どっちも1組に入るのよね?」
鈴音が答えると、「そーそー」と、本音が肯く。
明日、1年1組に転校生が二人も来るという話が、ここ最近、1年生の間で噂になってしまっていた。
もっとも、一夏は千冬から聞いていたので、そのつながりで諒兵、鈴音、セシリアは知ることとなったのだが、こういった噂というものはどこからともなく漏れてしまうものである。
「専用機持ちらしいですわね。各クラスの戦力バランスを考慮しなかったのでしょうか?」
本来、専用機を持てるということは相当な実力者だということができる。
そもそもISコアは467個しかないと公称されているからだ。そのうちの一つを専用として持てる時点で、並みのIS操縦者ではない。
となれば、一人は現在、代表候補生も専用機持ちもいない3組に入るのが普通である。
「千冬姉がいうには一人はともかく、もう一人は1組、ていうか千冬姉じゃないと押さえ切れないらしいぞ」
「千冬さんの知り合いなのか?」
「そうみたいだ」
聞いていたのはそこまでで、どんな人間なのかまでは聞いていない。
さらに、もう一人についてはまったく聞いていなかった。
「でも、この時期だとトーナメントに出るわね。ライバルが増えるのは嬉しいわ」
「確かにな。おもしれえやつならいいんだけどよ」
「実戦に勝る勉強はありませんものね」
「強い相手と戦えるのはわくわくするよな」
と、根っからの武闘派となった四人が楽しそうに笑い合う。
「みんな楽しそうだね~」
本音はそんな四人を見て、ほわほわと笑っていた。
そして翌日。
噂の転校生がやってきた。
扉を開けて入ってきた一人目を見て、クラスが一気に沸き立つ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」
「デュノアさんはフランスで見つかった三人目の男性操縦者だそうです。皆さん仲良くしてくださいね」
と、真耶が紹介する。
美しい金糸の長い髪を軽く流すようにまとめており、さらに紫銀の瞳、線の細い姿に高い声と一見すると少女のようにも見える美形の男子生徒だった。
男っ、三人目は受けっぽい美少年っ!
イケメンっ、ワイルドっ、ショタああああああっ!
三拍子揃ったああああああっ!
不穏な言葉も聞こえてくるが、クラスの大半はシャルル・デュノアなる少年を受け入れているらしいことがよく理解できた。
そんな声を聞きながら、セシリアが訝しげな視線を向ける。
(デュノアということは、デュノア社の関係者、社長令息?しかしデュノア社長夫妻や親類にこの年の男子がいたという話は聞いたことがありませんわね)
セシリアはイギリスの貴族階級。それなりに社交界に顔もだしている。
当然フランスの社交界にも顔をだしていた。
デュノア社といえば世界のトップシェアを握ったIS開発会社であり、社長は当然社交界でも有名人である。
だが、以前会ったデュノア社長に息子がいるとは聞いたことがなかった。
ちなみに一夏と諒兵は。
「仲間が増えてよかった……」
「生贄が増えたような気がしねえか……?」
その方面の知識などからっきしなので、あっさり受け入れていた。というか、増えてくれるほうがありがたいのである。
おかしいなあ?
隠し事をしてますね、あの子
ふと、そんな声を感じ取ってなんだか微妙な顔になるが。
そしてもう一人。
今度は普通に女生徒だったのだが、持っている雰囲気がシャルルとは正反対だった。
銀糸の長い髪に小柄な身体、赤い瞳と一見するとビスクドールのように可愛らしくもあるのだが、動きにまったく隙がない。
最大の特徴は、左目を隠すアイパッチ。
何より、他者を寄せ付けないような、まるで刃物のごとき雰囲気を持っていた。
当然クラスも静まり返ってしまう。
その少女は一夏と諒兵の前まで来るといきなり尋ねてきた。
「織斑一夏はどっちだ?」
「えっ、俺?」と、一夏が反応するといきなり手を振り上げる。
だが、見事なまでにスカッと空振りした。
「なにっ?」
「理由もわからずに叩かれる趣味はないぞ」
わずかに顔を下げ、一夏が避けたのである。
自分の手を押さえる少女。
驚くべきは二点。
(こいつっ、ギリギリで避けた。しかも……)
諒兵が弾いた消しゴムが、自分の手首にぶつかって一瞬の隙を作ったのだ。
「おいおい、一夏の知り合いなのかよ?」
「いや、会ったことないぞ」
何事もなかったかのように、一夏と諒兵は話している。
ここまで息の合ったコンビネーションを見せるとはと少女は驚愕していた。
そこに千冬が声をかけてくる。
「何をしているラウラ。自己紹介しろ」
「はい、教官」
「ここは学校だ。織斑先生と呼べ」
「了解しました」
千冬の言葉にそう素直に答えたラウラと呼ばれた少女は、教壇に戻って名乗る。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
それだけだった。
真耶が困ったような顔をしてしまい、必死にフォローし始める。
「ボーデヴィッヒさんはドイツからこられた優秀なIS操縦者なんですよっ!」
がんばれ、と、必死な真耶に心の中でほろりと涙を流す一夏と諒兵だった。
ホームルームが終わると、千冬が号令するかのように口を開く。
「一時間目は2組とともに訓練機を使った授業を行う。各自、ISスーツに着替えてアリーナに集合!」
声を聞くなり、生徒たちは立ち上がり、更衣室に向かい始める。
そんな中、千冬が一夏と諒兵に近づいてきた。
「織斑先生?」と、一夏。
「貴様らは着替えずに更衣室でデュノアとともに待っていろ」
「なんでだ?」と、諒兵。
「いいな」
それだけをいうと、千冬は教室から出て行く。
気にしても仕方がないかと思い、一夏と諒兵はシャルルを連れて更衣室に向かおうとして……。
おとこっ、美少年っ、絡みっ!
今度の薄い本は売れるわっ!
一千部は堅いわよっ!
眼前の女豹の群れに冷や汗を垂らした。
「え~っと、どうするの?」
と、シャルルは困惑したような表情浮かべていたが、一夏がいきなり彼を小脇に抱えて走りだした。
「なんでええええええええっ?」
「諒兵っ、パスっ!」
「おうっ!」
女子生徒が立ちはだかると、一夏はシャルルをそのまま諒兵のほうに放り投げた。
あっさり受け取った諒兵もシャルルを小脇に抱えて走る。
その後も女子生徒が立ちはだかるたびに、二人はシャルルを放り投げ、受け取りながら走り続けた。
「僕はラクビーボールじゃないよおおおおおおっ!」
シャルルのそんな声を無視して、一夏と諒兵は廊下を駆け抜けていったのだった。
更衣室にたどり着いた一夏と諒兵はやり遂げたような笑顔を見せる。
「ああ、いい汗かいたぜ」
「今日も生き延びたな」
「毎日やってるの?こんなこと……」
IS学園の突っ込みどころ満載な異常性にシャルルは呆れたような顔を見せていた。
まあ、更衣室にたどり着いた以上は着替えなければ、と、シャルルは二人が着替えるのを待つが、一向に着替えようとしない二人に首を傾げる。
「授業に遅れちゃうよ?」
「いや千冬姉に待ってろっていわれたんだ」
「織斑先生に?」
「更衣室まで来るみてえだぜ」
そう答える二人にさらに首を傾げるシャルル。
何か用事でもあるのかと思うが、一夏も諒兵もそのあたりは何も聞いていないらしい。
「まあ、いくら千冬さんでも着替えを見せたくはねえ死ッ?」
ズドォンッという音が響く。千冬であった。
「何が『でも』だ。失礼だな貴様は」
「ぐおぉ……」
「雉も鳴かずば撃たれまいに……」
と、一夏がのた打ち回る諒兵を見ながら合掌していた。
三人が見せる寸劇に苦笑しながらも、シャルルは自分も着替えるわけにはいかないかと千冬の言葉を待つ。
「ちゃんと待っていたようだな。その点は評価する。それと『シャルロット・デュノア』、お前に話がある」
「あ、はい」と、そう答えてシャルルは蒼白となる。
今、千冬はなんといったか。
そもそもその名をこの学園にきてから名乗った覚えがないのに、何故彼女は知っているのか。
もし知られているのであれば、自分が受けた任務そのものが破綻する。
そう思うと身体が震えるのを止められなかった。
「IS学園を舐めるなよ。お前の素性に関してはすべて把握している」
「な、なんで……?」
「把握した上で、編入を許可したということだ」
そんな話をしていると、二人の会話の意味がわからない一夏と諒兵が尋ねた。
「シャルロットって何のことだ?」
「それ、女の名前じゃねえのか?」
「そうだ。この『娘』の名は『シャルロット・デュノア』、デュノア社の社長『令嬢』、つまり女だ」
「「なにいッ?」」
と、一夏と諒兵は声をそろえて驚いたのだった。
とりあえず、と呟き、千冬は近くにあったテーブルに、手にしていたタブレットを立てる。
そこに諒兵が声をかけた。
「待ってろっていったのはそれでかよ」
「私『でも』着替えを見せたくないのだろう?年頃の娘の前では着替えられまい?」
「いや、そうじゃなくてさ」
何故、女子のシャルロットが男子のシャルルとして編入してきたのかということが問題なのである。
「僕は……」
「いう必要はない、デュノア。お前が受けた男性用ISのデータ取得という任務はダミーだからな」
「えっ?」と、シャルロットは意外そうな表情を見せた。
千冬は語る。
シャルロットは父からIS学園から外に出ない一夏と諒兵のISのデータを盗んでこいと命じられていた。
女の身で篭絡するには、IS学園は女子の数が多すぎる。
そこで男子として一緒にいる機会を増やすため、シャルロットは『シャルル』となって男子として編入したのである。
「実の子に何てことさせるんだ」
「いくらなんでも酷くねえか?」
と、一夏と諒兵は憤る。
だが、ちゃんと理由があるとシャルロットは語る。
「僕は愛人の子だからね」
断ることなんてできないんだ、と、シャルロットが呟くと、一夏と諒兵はばつの悪そうな顔になった。
既に母はなく、父に引き取られたとはいえ、デュノア社長には妻が存在する。
つまり、デュノアの家において、シャルロットは命令に逆らうことなどできないのである。
「でも、ダミーってどういうことですか?」
シャルロットにとってはそれこそが重要な点だ。
意を決し、わざわざ男装して潜り込んできたのに、それ自体が意味のないことだったというのでは、何のために日本まで来たのかわからない。
しかもわざわざ日本における男の言葉遣いを学んできたのだから。
「それについては本人から聞いたほうが早かろう」と、千冬はタブレットを起動した。
そこに、少し疲れたような、それでいて優しげな紳士の顔が映った。
「お、とう、さん……」
シャルロットが震える声で呟くと、画面の中のシャルロットの父はいきなり頭を下げた。
その姿に、シャルロットも、そして一夏と諒兵も驚いてしまう。
「すまなかったシャルロット。そして協力に感謝するブリュンヒルデ」
「あまりその名で呼ばないでください、セドリック・デュノア社長。それと、ご説明を」
「わかった」と、そう答えてセドリックは説明を始めたのだった。