ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第132話「一介の平刑事」

その日、孤児院『百花の園』を一人の赤い髪の刑事が訪れた。

見た目は若く、まだ二十代だろう。

ちょっと冴えない雰囲気だが、身なりはそこそこきちんとしていて、それなりに気を使っていることを窺わせる。

右目に小さな青あざができているあたり、けっこういいパンチを貰ってしまったらしい。

その刑事は苦笑いしながら、右手でしっかりと小さな手を握って、孤児院の園長に声をかけた。

「毎度どうも。丈太郎くんを連れてきました」

「あらあら。いつもすみませんねえ」

優しい声音で品良く答えてきた女性こそがこの孤児院の園長である。

ただ、見た目でわかるほど、十分に年をとっていることがわかる。

既に還暦は超えているだろう。

そんな彼女は、優しく諭すように丈太郎と呼ばれた少年に話しかけた。

「丈太郎、日野さんを困らせるのは良くありませんよ」

「俺のせーじゃねーやい。コイツが勝手にかまってくるんだ」

「公園でケンカしてたら誰だってかまうよ、丈太郎くん」

「フンッ!」と、丈太郎は不機嫌そうな顔を隠しもしない。

しかし、園長の前で暴れる様子はなく、ただ「ばーか」と日野に向かって吐き捨てると、そのまま建物の中に入っていった。

「なかなか、信じてはもらえませんね」

「あらあら。私から見れば十分信頼されているようですよ」

「そうなんですか?」

「一時期は本当に誰も信頼してませんでしたからねえ」

「そうなんですか。事故でご両親を失っただけじゃなく、遺産も取られたと聞きましたが」

少し悲しそうな顔で園長は肯いた。

丈太郎の両親はそれなりに優秀な科学者だった。

しかし、丈太郎が八歳のとき、二人一緒に研究所に向かう途上、交通事故に遭い、亡くなってしまった。

丈太郎にとってはそれだけでも十分不幸だが、それだけに留まらず、両親が残していたなけなしの遺産を、親戚に奪われてしまったのである。

そのうえ、引き取られることもなく、孤児院『百花の園』に押し付けられたのだ。

ゆえに一時期、丈太郎は人間不信に陥っていた。

刑事の日野こと、日野諒一は、まだ交番勤務であった頃に、その交通事故の検分をしていて丈太郎のことを知った。

以来、仕事の合間に気にかけるようにしていたのである。

「お時間があるときでかまいませんから、気にかけてくださいな。それだけで十分喜びますよ」

「はい、そう致します。それに……」

「それに?」

「少なくともここに引き取られたことは、丈太郎くんにとっていいことだったと思います。園長先生のような方に面倒を見ていただいているんですし」

ふふっと穏やかな笑みを見せた園長に頭を下げると、諒一はそのまま孤児院を後にした。

 

署に戻った諒一はそのまま自分の机に座る。

そんな彼に話しかける者がいた。

「また、例の坊主かい?」

「ああ、徳さん、いえ、なんだかほっとけなくて」

「青タンこさえてまで人のいいこった」

「将来はボクサーですかねえ。ケンカに割って入ったらいいの貰っちゃいました」と、諒一は苦笑いを見せる。

そこに。

「コロシだ」と、課長からの言葉が来て、その場にいた刑事全員の顔が引き締まる。

「○○丁目の廃倉庫だ。行って来い」

「はいッ!」

そう返事をして部屋を出て行く中に、諒一の姿もあった。

 

 

制服を着た警察官が進入規制をしている中、諒一は同僚たちと共に現場に入る。

既に鑑識が現場検証に入っていた。

死体はまだ剥き出しのままだ。みると、胸の辺りに銃創のような穴がある。

「最近多いですね」と、思わず呟いた諒一の言葉に、先刻、徳さんと呼ばれた同僚の刑事が反応した。

「だなあ。どっかで銃の密輸でもやってやがんのか」

「シゲさん、銃弾は体内に残留してるんですか?」

「それがねえ、ないんですわ」

シゲさんと呼ばれた、死体を検証していた鑑識が困惑したような答えを返してくる。

「貫通してんのかい?」

「いんや。してないのに、銃弾がないんですよ」

「どういうことです?」

「つまり、コレ、銃創に見えるけど、銃で撃たれた痕じゃないんですわ」

どういうことなのかと諒一も徳さんも困惑してしまう。

銃創に見えるということは、普通は拳銃で撃たれた痕だと考えるがそうではないというのだから。

「衣服や身体の焦げ方を見ると拳銃が一番考えられるんですがねえ。銃弾が体内に残ってる様子がない。というか、消えてしまったみたいなんですわ」

「消える弾丸って、小説じゃないんですから」と諒一は苦笑してしまう。

「でもそうなんですわ。何か、銃弾のような塊を体内に撃ち込まれて、それが体内で消えたとしか言いようがなくてねえ。検死も大変ですわなあ」

暗に、これ以上は鑑識でいえることはないとシゲさんは説明してくる。

検死結果待ちかと諒一や徳さんは一つため息をついた。

「んじゃ、聞き込み行くか」

「そうしますか。ん?」

「どしたい?」

「いえ」と、諒一は言葉を濁しつつも、視線をある場所に向ける。

誰かがじっと見つめているような、そんな気がしたからだった。

 

物陰で、一人の屈強そうな男が殺人事件の現場の様子を窺っていた。

スーツを着た刑事たちが各々散開していく様子を見て、おそらくは聞き込みにでも行くのだろうと判断する。

それを見て、男はため息をついた。

「チッ、スコールめ。死体の処理もしないとは。バカが。特殊部隊出身が聞いて呆れる」

どうやら、この事件について知っている様子だが、犯人というわけではないらしい。

舌打ちした上に悪態をつく。

「このままだとあの死体は警察行きか。手間が増える。指示を仰ぐか」

そう呟く。

どうやら男の目的は死体を処理することにあるらしい。

そうなると、警察が集まっている状況は決していいものとはいえないだろう。

スッと物音も立てずにその場を離れる。

ただ……。

「あの刑事、俺の視線に気づいたのか……?」

顔を向けてきた若い赤髪の刑事に、油断ならぬものを感じていた。

 

 

某所にて。

そこは男が拠点として使っている場所だった。

もっとも、部屋の中には簡素なベッドと机程度しかない。

男にはこれでも十分らしい。

そんな場所に、妙齢の美女が一人。

ベッドに腰掛けて妖艶に微笑んでいる。

「遅かったわね、ティーガー」

「人のケツを拭くのは趣味じゃないんでな」

「こんな美人でも?」

「男だろうが女だろうがごめんだな。それにスコール、貴様が男に拭かれたがるとは思わん」

「中でも貴方じゃ最悪だわ」

そういってスコールと呼ばれた女性は笑う。

対して、ティーガーと呼ばれた男性はつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。

「処理を任せたのは悪いと思っているのよ?」

「できなかった」

「えっ?」

「この国の公僕に発見されたぞ。おかげで手間が増えた」

「しくじったわ。悪かったわねティーガー」

真剣な表情で頭を軽く下げると、スコールはすぐに通信機を取り出し、どこかに連絡を取る。

幾つか遣り取りをした後、納得したように肯き、スコールは通信を切った。

「戻るわ。おそらく凶器の特定は無理だから、そのまま放置してもいいそうよ」

「奴が持っていた情報は回収しているのか?うちの兵器の横流しをしていたんだ。漏れは許されんぞ」

どうやら、殺された男は彼らを裏切ったらしい。

制裁として殺されたのだろう。

そして、おそらく実行犯であるスコールは、ティーガーに厳しい意見を提示されても、なお笑っている。

「この国の警察が死体の頭の中身を調べる方法を確立しているなら腐るほど残っているわね」

「なるほど。なら戻るとしよう」

そう答えて、ティーガーはため息をつく。

物証の類は残していないという意味なのだと納得したからだ。

「一安心だわ」

「今後、こんな仕事に俺を呼び出すな」

「そうね。少し油断したわ」と、意外なほど素直にスコールは頭を下げる。

実際、自分のミスであるということは理解しているらしい。

もっとも、この話はこれでおしまいとばかりに笑みを浮かべていた。

「そうそう。『スノー』のことだけど」

気が緩んだのか、それとも自分のミスの話を続けたくないのか、スコールは別の話を振ってくる。

「……どうかしたのか?」

「誕生から四年で十分な戦闘力を示しているわ。あと二、三年すれば任務を任せられるわね。さすがは貴方の『娘』ってところかしら?」

「……俺は遺伝子を提供しただけだ」

ぶっきらぼうにそう答えると、ティーガーは手早く荷物をまとめ始める。

用がなくなった場所に長居するつもりはないという意思表示なのだろう。

スコールは少し苦笑いを見せると、謝礼のつもりか荷造りを手伝うのだった。

 

 

 

そこまでを話したところで、丈太郎に質問をぶつけてきたのは、当然一夏だった。

「蛮兄、『スノー』って……」

「お前の予想通りだ一夏。もっとも私もついさっき知ったばかりだが」

一夏の疑問に答えたのは丈太郎ではなく、憔悴した様子で扉を開けた千冬だった。

心配そうな表情で束も一緒にいる。

「千冬姉っ、大丈夫かっ?!」

「ショックは受けたが持ち直している」

「それと……」

「まどかのことも思い出したよ。一夏、まどかは間違いなく私たちの実の妹だ。あの子が生まれてから、別れてしまうまでのこともちゃんと覚えてる……」

そう答えた千冬がフラッと倒れそうになる。

すぐに、丈太郎が抱き止めた。

「とにかく座れ織斑。篠ノ之、おめぇ介抱してやれっか?」

「束さんを何だと思ってるのさ。ちーちゃんは一番の親友だよ。ちゃんと面倒見る」

「すみません博士。それとありがとう束」

普段と違い、驚くほど弱々しい千冬の姿に、今回の件が一大事であることを誰もが理解する。

ゆえに、きっちり説明しなおしたのは丈太郎だった。

「改めていっとくが、今から二十年前の話だ。織斑はもう生まれてる。そして亡国機業で『スノー』と呼ばれてたのは、……織斑だ」

「それは、教官が亡国機業の少年兵だったということですか?」

と、ラウラが驚愕した表情を隠すこともできずに問いかけると、丈太郎は重々しく肯いた。

「正確にゃぁその候補生だ。戦場に出る前に『スノー』ぁ『織斑千冬』になったかんな」

「戦場に出る前?」と、鈴音。

「そのあたりの経緯ぁこれから話す。その前に織斑がどう生まれたかも説明しねぇとな」

そう話しつつ、チラッと千冬の様子を見て一つ息をつくと、丈太郎は話を再開した。

 

 

 

『スノー』

亡国機業の中でそう呼ばれる少女は、否、少女と呼ぶには幼すぎるまだ四歳の子どもには、親はいなかった。

遺伝子提供者、及び母胎という意味での両親はいたが、親子として触れ合うことはなかった。

表向きは。

 

資料としての書籍や紙束が山積みになった小さな部屋。

そこで、一人の女性が小さな女の子を膝に乗せて話し合っていた。

「かあしゃま」

「うん、どうしたの?」

「きょうね、きょーかんにほめられたよ。わたしいいこ?」

「そう、すごいわね。でも、母様は何もしてなくても『千冬』はいい子だと思うわ」

「えへへー」と、千冬と呼ばれたコードネーム『スノー』は年相応に、照れくさそうに笑う。

そんなスノーを見て、話し相手をしていた女性は悲しそうな顔をした。

女性のコードネームは『アスクレピオス』

だが、スノーに対しては自分のことを『母様』と呼ばせていた。

余談だが『お母さん』と呼ばせようと思ったら、何故かスノーは『母様』という言葉を覚えてしまった。

これはこれで可愛くていい♪

などと、親バカ全開な考えを持つアスクレピオスだった。

スノーとアスクレピオスは血のつながった親子である。

組織内での言い回しをするなら遺伝子上での親子だが、アスクレピオスは組織に隠れ、スノーを本当の娘として扱い、暇を見ては触れ合うようにしていた。

この少女がいずれ戦場で人を殺すようになることを、アスクレピオスは望まなかったからだ。

兵士、否、兵器のような精神を持つ、歪んだ人間になることを望まなかったからだ。

腹を痛めて産んだ子供が不幸になることを望む親がいるだろうか。

血がつながっていても親になれない者もいる。

だが、アスクレピオスは少なくともこの小さな少女の親でありたいと心から望む女性だった。

 

アスクレピオスは、そのコードネームで呼ばれるようになる前は医学者だった。

正確には薬学を専門としていた。

そのころの彼女の研究テーマは、如何にして障害を持たない子どもを産むようにするか。

すなわち、母体が常に健常児を産むようにするために、両親の優性遺伝子を子に受け継がせられるよう、妊娠時に服用できる薬を作ることがテーマであったのである。

障害児を持つ親の苦労、障碍児自身の苦労を、身内にそういう家族を持つというかたちで知った彼女は、それを防ぐための研究を行っていたのである。

だが、それは発展のさせ方によっては、軍事方面でも非常に有用だった。

その発展とは、優秀な兵士の子に、優秀な兵士の能力を受け継がせることができるということである。

頭脳、肉体いずれも優秀であれば、強力な兵士になる。

しかも、人間の女性を母胎にすれば、人工子宮を作る手間が省ける。

設備投資がいらなくなるのだ。

このことを見いだしたのが亡国機業であったのが、アスクレピオスの不幸だった。

亡国機業に拉致された彼女は、望まないにもかかわらず、その研究をさせられた。

唯一の意地として、最初の実験体に自分がなることでささやかな抵抗を試みたが、結果として得られたのは、可愛い我が子が兵士としてその才能を開花させていくという更なる苦悩だった。

その子どもこそスノー。

その遺伝子提供者は実働部隊でも最強と呼ばれるティーガーという男である。

皮肉にも、亡国機業の命で自分を拉致した男だった。

 

自分の部屋に戻っていくスノーを見送りながら、アスクレピオスはため息をつく。

このままでいいはずがない。

なんとかして、スノーだけでもここから逃がさなければ、将来は殺人機械となる。

しかし、研究者である自分は脱出しようにも体力のほうがついていかない。

体力と戦闘力のある協力者が必要だった。

内部にも、外部にも。

しかし、そんなあてはない。

そう思い悩んでいると、声がかけられる。

「ままごとはほどほどにしておくべきではないのか?」

アスクレピオスはその声に答えない。

そもそもたいして付き合いがあるわけではない。

あくまでも、スノーの遺伝子提供者でしかない男だからだ。

「上層部に知られれば粛清対象となるぞ」

「貴方には関係ありません」

「……そうか」

そういって、声をかけた男、ティーガーは歩き去っていく。

実働部隊最強の男。

脱出に協力してくれるのならありがたいが、その可能性はもっとも薄いとアスクレピオスは考えている。

ここに味方はいない。

スノーに普通の人生を歩ませるためには、自分一人で何とかするしかない。

せめて希望の光だけでも見いだせれば心は軽くなるのに、と、アスクレピオスはまた一つため息をついた。

 

 

 

そこまでを話して、丈太郎がいったん言葉を切ると、再び一夏が尋ねてきた。

「蛮兄、俺の両親って、仲悪かったのか?」

「そいつぁ、俺にゃぁ何ともいえねぇな。ただ、恋仲ってわけじゃなかったらしぃ」

「一夏」

「千冬姉?」

「私たちの両親の仲は悪くはなかった。いや、娘の立場から見ると、本当にいい両親だったと思う」

そういって、千冬は少し哀しげに笑う。

彼女の記憶の中の両親は、意外なほど良い親であったらしい。

逆に、それが不思議でもある。

「でも、今の話だと千冬さん、その……」と、鈴音は尋ねようとしたが、尻すぼみになってしまった。

さすがに、口にするには罪悪感があるらしい。

しかし、千冬本人があっさりと認めていた。

「そうだな。私は試験管ベビーになる。受精卵を子宮に収め、産んでくれたのが母、今の話の中のアスクレピオスだ」

ただ、千冬がそうであったとしても、その後、一夏、まどかが生まれたときは普通の家族であったのだ。

そうなれば、両親には夫婦としてのつながりがあったということができる。

「どういうことなんだ?」と、首を傾げる一夏に対し、千冬は視線を諒兵に向けて答えた。

「そうなるように尽力したのが諒兵の父だったということだ。そういう意味では、諒兵、お前は私たち家族の恩人の息子ということになる」

ただ、だからこそ、罪悪感もあった。

千冬としては、実は思い出せたとしても諒兵の父についての記憶はおぼろげだ。

それでも、気にならないはずがない。

何故なら。

「それほど前から縁が、いや、恩があったなど、出会ったときには気づかなかったがな」

自分が普通の人生を送れるように、諒兵の父親に両親と共に助けられた千冬。

それなのに一夏が親友になろうとすることを反対した彼女としては、恩知らずであったと反省したくなる。

「俺がやったことじゃねえ」

諒兵はぶっきらぼうに答える。

実際、自分に身に覚えがあることではない以上、諒兵自身に感謝する理由はないのだ。

「兄貴、話を続けてくれ」

照れくさいのか、それとも先が気になるのか、そういって先を促してきた諒兵に丈太郎は肯いたのだった。

 

 

 

 

 

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