いったん休憩しようということで、その場にいた全員は一息つくことにした。
喉も乾いたということで飲み物などを買ってくるものもいる。
そんな中、ため息まじりに呟いたものがいた。
「でも、警察に圧力って……」
シャルロットだった。この中では、セシリアと共に一番冷静に話を分析していた。
「実際、そのくれぇの力ぁあったらしぃ。この先の話にゃぁ、多少だが亡国以外の裏組織も関わってくんぞ」
「亡国以外、とは?」
「元当主がそこにいらぁな」
「ホントですか博士っ?!」
素っ頓狂な声を出したのは刀奈である。
つまり、この先の話には暗部に対抗する暗部である更識家が多少関わってくるということだ。
更識家の雇い主は日本という国であった。
ならば、国際問題レベルの話になるということである。
「どんくれぇかぁ面倒で調べなかったが、亡国機業ぁ各国の軍需企業が金を出し合ってできたって説もある。各国の主だった企業は多かれ少なかれ関わってらぁな」
「うちも、ですか?」
と、顔を青ざめさせるシャルロット。
しかし、安心しろと丈太郎は答えた。
「後で社長に聞いとけ。もっとも、デュノア社はそこまで深くは関わってなかったらしぃ」
ただ、それでも兵器開発を行っている会社は、亡国機業とまったく関わらないというわけにはいかないらしい。
強奪のような真似をすることもあれば、産業スパイを潜り込ませることもやっていたという。
IS開発競争は本来は兵器開発競争だ。
他社の機密は喉から手が出るほど欲しいものだろう。
それもまた、亡国機業が扱う『商品』だったということだ。
「それほど大きな組織となると、トップは余程のカリスマですわね」
と、セシリアが感想を述べる。
世界を股にかける巨大組織。
そのトップを張るとなれば、とんでもない人物であることが予想される。
最低でも、千冬、束、もしくは丈太郎クラスの人間であろうことが予想できる。
だが、丈太郎は否定してきた。
それも予想外のかたちで。
「いないっ?!」と、思わず叫んだのはシャルロットだった。
しかし、その場にいたほぼ全員が同じような表情を見せている。
当然だろう。亡国機業に『トップはいない』といったのだから。
「そんなのが組織として成り立つの、蛮兄?」と、鈴音。
「いくらなんでも、強力なトップがおらず、しかも信念の無い集団が、巨大組織として成立するはずがありません」とラウラ。
「いんや、信念に近ぇもんはあった。『金儲け』だ。だが、それ以外にはなんもねぇ。トップがいないってのは『亡国機業』ってぇ名前に、様々な人間が寄り集まってできた集団だからなんだよ」
戦争をしたい人間。
兵器を開発したい人間。
商売をしたい人間。
そういったものたちが生きていくために『金儲け』をしなければと考えた。
そしてある場所に集まり始めた。
その集団こそが『亡国機業』なのだという。
「亡国たぁ、よくいったもんさ。もともと何も無かった場所に人間が集まった。最初の目的は『兵器』という商品を売り続けるためにどうするかを考える集団だった」
その『商売』を続けていくためにどうするか。
一人が兵士として戦争を起こす意見した。
一人が新たな商品、つまり兵器を作るべきだと意見した。
ならば、一人は商売のためのルートを作ることも重要だと意見した。
そういった形で、裏の商売に手を染めていた人間たちが兵器開発と売買のために手を組み、時には自らテロを誘発させ、戦争を起こすまでになった。
結果として、表の軍需産業にまで影響を及ぼす巨大軍需企業が出来上がったということである。
「たいていの悪事に手を染めてな」
「良く、そこまで巨大な組織に成長しましたね」
と、誠吾が感心したような声を漏らす。
しかし、それは正しい表現ではないと丈太郎は答えた。
「成長じゃぁねぇ。肥大化ってほうが正しい。兵器開発と売買、そして戦争はこの世からなくならねぇかんな。そこに流れる人の血を吸って肥ったのが亡国だ」
ただ、だからこそ、実は現在では長く続く可能性がなかった組織でもあったと丈太郎は説明する。
「どういうこった、兄貴?」
「これに関しちゃぁ、篠ノ之がうまくやったおかげだな」
「なにさ?」
「どういうことです?」
「詳しくは後だ。ただ、一つ言っとくと、ISのおかげで亡国は縮小し始めてたんだよ」
それよりもまず、話の続きだといって、丈太郎は一口コーヒーを飲み、再び口を開いた。
重要機密を手にした諒一は、正直なところ持て余していた。
パソコンは辛うじて持っていたのだが、それを使いこなしているといえるほどではないからだ。
しかも『織田深雪』なる人物とやり取りするアドレスも上層部によって封鎖されてしまっている。
はっきりいえば、できることなど何も無かったのだ。
ただそれでも、この情報を送ってきた相手の気持ちを考えると捨て置くことができなかった。
結果として。
「う~ん……」
パソコンのモニターとにらめっこする羽目になってしまったのである。
「情報処理なんてやったことないからなあ……」
署内には、当然詳しいものもいる。
昨今増えてきたサイバー犯罪のこともあり、対策課とまではいえなくとも、対応できる部署があるからだ。
しかし、これは諒一があくまで個人的にやっていることなので、協力を頼めるはずがない。
「せっかくもらえたのに、何の意味もなかったのかなあ」
思わずそんな愚痴が出てしまう。
自分は別に天才ハッカーではない。
何でもできるスーパーマンでもない。
一介のしがない平刑事だ。
そんな自分が重要機密を手にしたところで、使いこなせるわけがない。
凡人にできることは凡庸なことしかないと思わずため息をついてしまう。
そんなことを思いだしながら、目に映る青空をぼんやりと見つめていた。
公園のベンチでいろいろと考えながら、横になっていたのである。
「なにしてんの?」
「あ?」
「なにしてんの?」
そんな諒一に声をかけてきたのは、とても幼い少女だった。
何故か、興味深そうに諒一の顔を見つめている。
「さっきからぶつぶついってる。なんで?」
「わからないことだらけでね」と、諒一は苦笑いを返した。
「おとななのに?」
「大人でもわからないことはたくさんあるよ」
「こどもよりものしりじゃないの?」
「子どもだから物を知らないってことはないし、大人だから物知りってこともないさ」
例えば、と諒一は少女に語りだす。
大人が知らなかったことを、子供がよく見て理解していることも世の中にはたくさんある。
目線の違い。
考え方の違い。
行動範囲の違い。
狭い世界を生きているように見える幼い子どもでも、その狭い世界を大人とはまったく違う見方をして、知らないことを知っていることは多々あるものだ。
「だから、俺が知らないことを、君が知っててもおかしくないよ」
「ふ~ん……、おじさんかわってるね」
「お兄さんって呼んでほしいな」
と、再び苦笑する諒一だったが、少女は気にも留めない。
「でも、おじさんみたいなひと、おもしろいとおもう」
「喜んでいいのかな」
「わたしがおもしろいとおもうひとは、すごいひとだとおもうけど」
「考え方がしっかりしてるんだね」
お世辞でもなんでもなく、この幼い少女は独自の考え方をこの年で確立しつつあると諒一は感じ取った。
無論、子どもゆえの短慮はあるだろうが、こちらが自分の意見を伝えれば、少女も自分の意見を返してくる。
これは、普通の大人でも難しいことだ。
幼い少女だが、中身はある意味では大人と対等な面も持っているように感じられた。
「わたしのこと、そういってくれるひと、いなかった」
「そか。俺は日野諒一。君の名前を聞いてもいいかな?」
「しのののたばねだよ」
「たばねちゃんか。よろしくね」
「うん♪」
諒一が友好の証にと手を差し出すと、少女、篠ノ之束はにこっと微笑みながら小さな手で握り返してくる。
いきなり出てきた珍しい名前に、一同が驚愕の表情を見せると、丈太郎はニヤリと笑い、束はクスクスと笑っていた。
「束さんっ、諒兵の親父さん知ってたのかっ?!」
と、一同を代表して一夏が叫ぶように問いただす。
「あのときのおじさんがりょうくんのお父さんだとは知らなかったんだけどね」
「……俺の呼び方が変わったんはそのせいか」
話の流れから察するに、束が心を許している数少ない人間の一人が日野諒一。
つまり諒兵の父親であることは想像に難くない。
その息子であることを知って、諒兵に対して親近感を抱いたというのであれば、興味を持ち、そして呼び方が変わるのもおかしくはないだろう。
「まあね。おじさんは私が知り合った人の中でも、珍しいタイプだったかな。あのときまだ四歳だったけど、私のことを一度も子ども扱いしたことはなかったよ」
それが、当時の束にとっては嬉しいことであったのだ。
何しろ生まれたときからチート級の束である。
身内ですら持て余すような天才児。
子ども扱いすることなど到底不可能で、さりとて大人として扱うには幼すぎる。
しかし、諒兵の父親は、束をありのままの篠ノ之束として扱った。
自分と対等な『人間』として扱ったのだ。
ゆえに、束も心を許したといえる。
「世界ぁ広ぇようで狭ぇやな。んで、この出会いがあって、アスクレピオスの願いが少しだけ叶うことになる」
「結果として、それがちーちゃんを亡国から助け出すことにつながったんだ。そう思うと、あのときおじさんと仲良くなったことが運命みたいに思えるよ」
もし、あのとき諒兵の父親と束が出会ってなかったら、運命は別の方向に向かっていたかもしれない。
無論、すべての世界がそうであったなどとはいえない。
しかし、この世界において、それは一つの偶然であると同時に、運命を動かす必然でもあったのだ。
「なんだか、いろんな人たちのつながりが、少しずつ運命を変えたようにも思えるな」
「まったくの他人でも、どこかにつながりがあるのかもな」
と、数馬、そして弾が感想を述べると、千冬が優しげな笑みを浮かべた。
「不幸になるつながりがないわけじゃないがな。それでも、優しい結果を生むつながりもあるということなんだろう」
「千冬姉……」
「感謝しなければな。私たちは一人で生きてるわけじゃないんだ」
あえて自分と一夏のことをいったようにも思える千冬の言葉だが、普遍的にも正しいといえるだろう。
誰とて一人で生きているわけではない。
生きていられることは幸運である以上に、何かに助けられてのことなのだとその場にいた皆が思っていた。
諒一はその少女が持つ類稀な才能に素直に驚いていた。
この年でここまでできるなら、将来はいったいどんな偉業を成し遂げるのだろう。
同時に、育て方を間違えると世紀の大犯罪者になる可能性もある。
そう思えたのだ。
それほどに『しのののたばね』と名乗った少女は諒一の目から見ても異常な才能を持っていた。
「こどもだましだね♪」
「それは違うよ」と、諒一は画面に向かって自信満々なたばねに意見する。
すると、束は訝しげな表情を見せた。
「びっくりするかもしれないけど、子ども騙しっていわれるようなことで、子どもは騙せないんだ。こういうのに騙されやすいのは、大人のほうが多いんだよ」
「そうなの?」
「ああ。子どもって物を知らなくても真実をストレートに見破る力を持ってるからね。逆に中途半端に知識を持った大人のほうが騙されやすいんだよ」
「じゃあ、おとなだましだ♪」
「そういったほうがいいかもしれないね」
にこっと笑ったたばねに、諒一は笑い返す。
諒一は興味を持ったたばねに、内緒の話として、『織田深雪』からの情報を見せた。
すると、たばねは「たぶんわかるよ」と、だけ呟き、諒一が持っている個人的なパソコンからアクセスした。
そして警察上層部が封殺したアドレスを復帰させ、さらには別のルートで『織田深雪』とやり取りできるアドレスを再構築したのである。
わずか四歳の少女ができることではない。
それだけで十分、束が異常な才能を持っていることが理解できた。
諒一としては、この少女を取り巻く環境が、良いものであって欲しいと願うばかりである。
それはともかく。
「で、どんなおはなしするの?」
「うん、こう書いてくれるかな」
長い文章では、相手が信用してくれる可能性は少ない。
だから、今、諒一が一番伝えたいことをシンプルにまとめる。
その意図は、誰かに青空を見せたいと願う人にだけ理解できるメッセージだった。
アスクレピオスは、メッセージが届くことを期待してはいなかった。
警察からのアクセスということで、多少なりと行動はしたが、亡国機業は国に対して圧力をかけることが可能なほどの力を持っている。
そう考えると、生半可な力では対抗できない。
おそらく、少しでも気づかれれば圧力によって抑えられてしまうだろう。
だから、期待しないようにしていた。
それだけに。
「……返ってきた」
ただ一言。
『この町の青空は、とてもきれいですよ』
と、書かれたメール。
どんな手段を使ってでも、『この町』と書かれた場所に行けば希望の光が見いだせる。
そう思っただけで、涙が溢れてくる。
「かあしゃま?」
「大丈夫よ、千冬。母様は嬉しいの」
「うれしいの?」
「ええ。千冬、このことは誰にも喋っちゃダメよ。母様と約束ね」
そういって小指を差し出すと、スノーはにこっと笑い、小さな小指を絡ませる。
この子を助けるための小さな希望を見つけた。
ならば、そこに辿り着くために、死ぬ気で努力する。
そう決意したアスクレピオスの行動は早かった。
数日後。
いつもの公園でたばねと待ち合わせをしていた諒一に、珍しい人から声がかかった。
「なにやってんだよ」
「あれ、丈太郎くん。久しぶりだね」
「刑事がヒマしてていーのか?」
「刑事はヒマなほうがいいと思うけどね」と、諒一は苦笑する。
声をかけてきたのは『百花の園』の丈太郎だった。
そういえば、最近はあまり声をかけてあげられなかったなと思うと同時に、丈太郎のほうから声をかけてきてくれたことを嬉しく思う。
「今日は待ち合わせをしてるんだ」
「でーとか?」
「……ごめん、もしそうだったら俺が捕まっちゃうから、そういういい方しないでね」
わりと必死な諒一である。
相手がガチで少女なだけに、事案発生になってしまう可能性は確かにあるからだ。
だが、「あぁ?」と、怪訝そうな表情を見せる丈太郎に、不機嫌そうな声がかけられる。
「なんだよおまえ?」
声をかけてきたのはたばねだった。そんなたばねに対し、丈太郎も不機嫌そうに返す。
「お前こそ何だよ?」
「おじさんとはわたしがあそぶの。どっかいけ」
「るせーな。どこにいようが、誰といようが俺の勝手だ」
丈太郎がそう答えると、たばねはドンと丈太郎を突き飛ばす。
もっとも少女の力だ。せいぜいよろめいた程度だが、丈太郎はそれで腹を立ててしまったらしい。
「何しやがる」と、そういってドンと小突く。
「やったな」とドン。
「お前がやったんじゃねーか」とドン。
「ふっ、二人とも落ち着いて」
と、慌てて声をかける諒一だが、時既に遅し。
すぐに取っ組み合いのケンカが始まってしまった。
意外なことに丈太郎は肩や腕、足といった部分しか狙わない。
この年で、わりとフェミニスト精神があるらしい。
たばねは容赦なく顔や腹も狙ってくる。
このあたりはまだまだ子どもなのだろう。
そんなことを考えながら、いきなり子どものケンカの仲裁に入ることになった諒一は途方に暮れていた。
「サイアクの出会いだな、兄貴」と、諒兵は苦笑いを見せる。
「まぁな。思えばあのころからそりが合わなかった」
「今でも全然だね」
と、納得したかのように肯く丈太郎と束である。
「しかし、お二方の出会いにも関わるとは、日野諒一様を中心としたご縁は大きいのですね」とセシリア。
「そうだね。おじさんを中心にいろんな人が集まったかもしれない」と、束は素直に答えた。
「なんだか、とんでもない人ですね」とシャルロットも感心してしまう。
だが、その言葉を丈太郎は否定した。
「とんでもねぇってのは間違いじゃねぇが、諒一の旦那ぁ、能力や戦闘力は凡人とそう変わらねぇ」
「どういうことなの、蛮兄?」と、鈴音。
「あの旦那ぁ、自分が凡人だと理解してた。それがでけぇんだ」
諒兵の父親は、特別な力があったわけではない。
同時に自分が特別だと自惚れたこともない。
あくまでも凡人なのだ。
しかし、自分が凡人であることを理解していた。
「だから、いろんな人の力を借りることにためらいがなかったんだよ」
「でも、借りるにしても『ここまで』っていう線引きがうまかったんだと思う」
「もし、あのころ、俺らがもっと深く亡国に関わってたとすりゃぁ、今頃ここにゃぁいねぇかんな」
人の力を借りたとしても、本当に危険が迫ったときはちゃんと守れるようにと、境界線を引くのがうまかったのである。
ゆえに丈太郎や束は比較的亡国に関わらずにすんだ。
当時の年齢を考えれば、確実に拉致された可能性もある以上、諒兵の父親は正しく市民を守る警察官であったということだ。
「諒兵、好きになれとまではいわねぇ。けどな」
「……んだよ?」
「おめぇの親父ぁ、息子が誇れるような人だったと俺ぁ思うぜ」
諒兵は何も答えない。
でも、その言葉が心に染み込んでいることは、その場にいる誰もが理解していた。