ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第137話「織斑の家族」

ティーガーの身体を念のため拘束してから応接間に運んだ後、別室でお茶を飲みながら諒一たちは深雪の告白を聞いていた。

傍らでは、疲れてしまったのか、千冬が寝息を立てている。

「そんなことが実際に起きてるなんて……」

話を聞き終えた諒一にいえたのはそれだけだった。

諒一の想像の範囲を超えていたからだ。

少なくとも、自分が関われるようなレベルの事件ではなかった。

「驚かれるのも無理はないですね。ですが、亡国機業は古くからそういう形で存在していました」

「人体実験、人身売買、兵器開発に兵器売買。これほどわかりやすい裏組織もないな」

と、楯無も感想を述べる。

「各国の軍需産業ともつながっていますから、実質的には世界を裏から操作しているといってもいいかもしれません」

「あらあら」

「でも、私はこの子に人として当たり前の平穏をあげたい。だから脱走を決意したんです」

そういってすやすやと眠る千冬の頭を撫でる深雪の姿は、確かに母親そのものだった。

それだけに、千冬をどういう経緯で産んだのか。

そして、ティーガーとの関係に驚かされる。

「夫、になるんですね」

「肉体関係はありませんよ。この子は試験管ベビーになります。彼の精子と私の卵子を使って人工授精を行った後、私の子宮に収めたんです」

深雪の卵子を使ったのは、彼女もまた研究者としては優れた頭脳の持ち主だからだ。

優秀な頭脳と高い能力を持つ肉体。

千冬はそれを掛け合わせたデザイン・ベビーということができる。

「それを鍛え上げたのか。道理でこの年であれほどの動きができるわけだ。呆れてしまうな……」

そう呟いた楯無の表情に影が差す。

何か思うところでもあるのかと思うが、今、聞くべきことではないだろうと諒一は頭を切り替えた。

「一応、こちらの予定では、織田さんと千冬ちゃんの戸籍を別に用意して逃亡の手助けをすることになってます」

「用意できるんですかっ?」

「私ならばな」と、答えたのは楯無だった。

どうも国に対してかなりの発言力を持つらしい。

戸籍の捏造くらいわけはないと言ってのける。

なんだか、とんでもない人たちに協力を頼んでしまったと諒一は苦笑するばかりだ。

「コードネームで呼び合っていたことが幸いしたな。苗字は変えるが、下の名前はそのままでも何とかなろう」

「ありがとうございます。それだけでも助かります」

そういって頭を下げる深雪。そしてホッと息をつく諒一に楯無が爆弾を投下してきた。

「まあ一番手っ取り早いのは、日野、お前の妻と娘にしてしまうことだが?」

「ちょっ、何言ってるんですかっ!」

いきなり結婚しろなどといわれて慌てない人間はいないだろう。

とはいえ、そんな諒一の慌てぶりを見て、深雪はクスクスと笑う。

本当に端から見るとお人よしであることが理解できたからだ。

ただ。

「その話は置いといて、俺はどうしてもあの人の言葉が気になるんです。このまま放っておいちゃダメだと思います」

あの人、つまりはティーガー。

なぜ、諒一がここまで彼を気にするのか、その場にいた全員が疑問に思う。

「彼は、亡国機業の兵士です。それ以外の何者でもないですよ?」

と、深雪は訝しげな表情で問いかけるが、諒一は首を振った。

「俺にはそうは感じられなかったんです。俺たちと戦っていたのは兵士じゃない。もっと別の存在でした」

「別の存在?」

「特別な意味ではないです。どこにでもいそうな、ただの男性だと感じたんです」

そう感じた理由を知りたい。

それを知らずに話を進めてはいけない。

諒一はそう感じていることを真摯に訴える。

このままでは一番大事なことを見落としてしまうことになってしまう、と。

「あなたたちと同じくらい、彼も助けなければいけない。俺は、そう思います」

諒一としては、ティーガー自身、亡国機業から逃げるきっかけを探していたのではないかとも感じていた。

ただ、それが何のためにといわれると、非常におぼろげでよく見えてきてはいないのだが。

「それに、今は今後の道筋をより具体的に考えないと」

「そうですねえ。このままというわけにも行きませんから」

と、園長も同意してくる。

このまま深雪と千冬を逃亡させるのは簡単だ。

しかし、その後が続かない。

見つけ出されれば、守れない。

楯無が言ったことはあながち的外れでもないのだ。

諒一の家族になってしまえば、一応は日本の警察の身内ということになるのだから。

しかし、今回の件で警察の力を頼るのは難しいことを知ることができた。

そうなると、何か別の方法を考える必要もある。

「どんな形でもいい。力のある者を頼る必要があろうな」

楯無が意見を述べる。

極論するなら、権力、財力、暴力のどれでもいいので、それなりに力を持つ者に守られなければ、いずれ捕まってしまうということだ。

さりとて、深雪としては裏組織から逃れてきたのだから、裏組織のような存在は頼りたくない。

そうなると権力か財力となる。

そして、その点で言うと諒一にはそのどちらもないのだ。

「情けない話なんですけどね」

申し訳無さそうな顔をする諒一に、深雪が慌てた様子を見せる。

「いえ、あなたのメールがなければ、私は決断できずに流されていたままでした。ご自分を卑下しないでください」

「一歩を踏み出す勇気はなかなか得られないものですからねえ」

そう園長が微笑みながら言うと、深雪も肯く。

最初の一歩を踏み出さなければ、深雪は犯罪組織のための研究を続けていただろう。

千冬はいずれ本当に人を殺めていただろう。

そんな未来より、少しだけいい方向に進んでいるのは確かなのだ。

「大事なのは少しだけでもいい方向にと努力することですよ」

最高の結果を出す。

人はそのために努力するものだ。

しかし、最高の結果を出すためには、毎日少しずつ、いい方向に向かって努力していくことが大切なのだ。

大団円、めでたしめでたしを目指すのならば、なおのこと、こつこつと少しずつ変えていく努力をする。

その少しずつが積み重なっていけば、最高の結果にいつかは辿り着ける。

何事も一番大切なのは根気なのだと園長は語った。

「ありがたいお言葉です」

「年寄りは説教臭くていけませんねえ」と、品よく微笑む園長にその場にいたみんなも微笑んでいた。

そして。

「日野、そろそろ奴が目を覚ますころだ。話をしてみたいのだろう?」

楯無が時計を見ながらそう告げてくる。

諒一としてはティーガーが何を考えて行動したのか、その理由を聞いておきたい。

ならば、今、話しておけるうちに話しておかなければならない。

「一人で話すことはできますか?」

「拘束しているから問題はなかろう。だが、様子を窺うため、盗聴器と監視カメラを仕掛けた。それは了承しろ」

「わかりました。織田さん、園長先生、少し待っていてください」

肯いた二人に頭を下げると、諒一はティーガーの元へと向かうのだった。

 

 

諒一が応接間に入って程なく、ティーガーは目を覚ました。

驚くこともなく、拘束されて動けない自分自身を受け入れている。

「すみません。あなたに暴れられると手におえないので、拘束を解くことはできません」

「かまわん。俺がお前でもそうしていただろう」

「俺は、捕縛術には多少の自信がありますけど、射撃や格闘技はそこまで強くはないですよ」

そう苦笑すると、ティーガーは自嘲気味に笑う。

「それが普通の人間なんだろう?俺は、普通ではないからな」

「と、いうと?」

「幼いころから軍事訓練を受けてきた。お前のように平和な国で育った人間とは違うという意味だ」

少し話した印象に過ぎないが、まったく話が通じないというわけでもないらしい。

それならば、聞きたいことは聞けるだろうと諒一は考える。

「質問があります」

特に答えるでもなく、ティーガーは次の言葉を待っている。

諒一はそれを承諾の意と受け取り、言葉を続けた。

「あなたは、何故、織田さんと千冬ちゃんを『助けよう』としたんですか?」

聞いているだろう深雪はきっと驚いているだろうと諒一は思う。

しかし、ティーガーの行動を見て、諒一が一番感じたのがそれだった。

ティーガーはひたすら深雪と千冬を助けようとしていたのだ。

裏切り者や脱走者を捕まえようとしているとは諒一には思えなかった。

「何故、そう思う?」

「第一に、失敗した千冬ちゃんを助ける理由が亡国機業とやらの兵士にはありません。しかし、あなたは楯無さんが押さえようとした千冬ちゃんを助けようとした」

一番気になったのはタイミングだ。

亡国機業の兵士としてならば、千冬が自力で離脱した後に保護するか、もしくは遠距離からターゲットを狙撃。

目的を達したあとに行動するだろう。

しかし、ティーガーは千冬が窮地に陥った状況でいきなり飛び込んできた。

あれは、兵士としての行動ではない。

「第二に、あなたは私たちが織田さんと千冬ちゃんの脱走の手助けをしようとしたとき、『罠かもしれない』といいました」

その言葉が咄嗟に出てくる。

それはつまり、まず深雪の脱走計画を知っていた。知っていて止めなかった。

同時にメールでのやり取りがあったとはいえ、初対面の自分たちを警戒すべきと助言したといえる。

脱走計画を知っていて止めず、だが、安易に初対面の自分たちを頭から信用すべきではないと助言する。

それは亡国兵士の行動ではない。

「あなたは一人の男性として行動していた。俺にはそう思えたんですよ」

「お前たちを騙すための演技だっただけだ」

「そんな人が園長先生を気遣いはしないでしょう。あなたが警戒していたなら、あの居合いを避けられはせずとも受け止めることはできたはずです」

あのとき、ティーガーは油断していたのだ。

何しろ園長は見た目は品のいいお年寄り。

まさか、自分を凌駕する武力を持つとは思わないだろう。

だが、兵士が任務遂行のために行動しているなら、老人を容赦する理由はない。

人間爆弾というものがある。

「一般に」というのも問題だが、自爆テロに使われる手口だ。

普通の人間を装って自分もろともターゲットを殺すというやり方もあるのだ。

軍事訓練を受けてきたティーガーがそのことを考えないはずはない。

それでも、園長を気遣ったのは。

「あなたは、不器用ですけど、優しい人だなと感じたんですよ」

人として当たり前の倫理観、道徳心、それを持っている人物だと諒一は感じたのである。

しばらく、無言だったティーガーだが、ようやく口を開いた。

「……そういわれたのは初めてだな」

「そうなんですか?」

「戦う以外、教えられなかったからな……」

「……あなたの外見を見たとき、違和感を持ちました」

「む?」

「日本人なんでしょう?何故、幼いころから軍事訓練を受けてきたんです?」

少しばかり驚いた表情を見せるティーガー。それを見て、諒一は自分の考えが正しいと理解する。

観念したかのように、ティーガーは嘆息する。

「俺の父は、中東で大使館職員をしていた……」

そういって、ティーガーは自身の身上を明かした。

まだ幼いころ、家族とともに中東に渡ったティーガー。しかし、そこでテロの被害を受けた。

父母は死亡。残されたティーガーはテロ組織に拉致されたという。

「そこで本格的な軍事訓練を受ける羽目になった。俺が、八歳のころだったか」

だが、其処の水はティーガー本人には合っていたらしい。

驚くべき速度で戦闘術を吸収、すぐに少年兵として戦場に立つようになった。

結果を出さないものは生き残れない。

そして戦場で出す結果とは、屍の山を築くことだ。

「もう、何人殺したかわからん。ただ、平和な国といわれる祖国、日本で生きられる人間ではないということは理解できた」

そして、彼が十八歳になったころ、亡国機業から声がかかってきたのだという。

もともとテロ組織に忠誠を誓っていたわけではないティーガーは、戦えるならどこでもいいと亡国機業に入った。

「俺は、いわば傭兵だ。飯にありつけるなら、どこでもよかった」

そうして入った亡国機業でも優秀な結果を残し続ける。

結果として、亡国最強の兵士ティーガーは誕生したということだ。

「名前、聞いてもいいですか?」

「……斑目 陽平(まだらめ ようへい)、それが昔の名前だ」

どこか遠い目をしてその名を呟く。もう、使われることがないと思っていた名前なのだろう。

聞けば、夏の生まれで『太陽のように公平に』という意味を込められてつけられた名前らしい。

「親が今の俺の姿を見れば、泣くだろうがな」と、再び自嘲気味に笑う。

だが、そんな彼だからこそ諒一には『助けよう』とした理由が見えてきた。

ならば、彼の口から言わせなければならない。この先を良い方向に導くために。

「もう一度聞きます。あなたは、何故、織田さんと千冬ちゃんを『助けよう』としたんですか?」

「……自分でも不思議だった。初めてスノーを見たとき、ありえない感情が湧き上がった」

正確には、深雪がまだ赤子の千冬を抱き上げていた姿を見たときだという。

それまでは、ただの遺伝子提供者でしかなく、また、別に女好きというわけでもないので、深雪のことも亡国機業の一研究者としてしか認識してなかった。

だが、深雪が、千冬を抱いている姿を見たとき。

「守らなければ、そう思えた」

「守る……」

「亡国も戦場も、傭兵であったことも関係なく、ただ、スノーは守らなければならない。そう思えたんだ」

それは、一般的には父親の感情であろう。

男性は子を生む力を持たない。

実のところ、生まれてきた子とつながりを感じることができる手段が女性に比べて少ない。

ただ、だからこそ、肉体的なものではなく、精神的なもので、我が子とつながりを感じるのかもしれない。

自分にもそんな感情があったことにティーガーは驚いた。

だが、不快ではなく、押し殺したいと思わなかった。

ただ、それを見せびらかそうとも思わなかったのだ。

「守ることができれば、それでいい。親であることを告げる気もない」

実際、父親として何ができたわけでもない。

ただ、深雪が組織に隠れて千冬を娘扱いしていることを知っても誰にも明かさなかった。

脱走計画に感づいても報告しなかった。

それで娘が、千冬が幸せになれるのなら、と。

ただ。

「亡国は巨大だ。生半可なことでは逃げ切れん。お前たちが信用に足る人間かどうか、知っておきたかった」

ゆえに、戦闘に関しては本気だったという。

相手の覚悟を、助け出そうとする意志を、自分を相手にしても見せられるか。

それを求めていたのだとティーガーは語る。

しかし、そこで諒一は疑問を感じた。何故、ティーガーは自ら脱走の手伝いをしなかったのか。

脱走後、共に逃亡しながらでも守っていこうとは思わなかったのか、と。

「……俺は傭兵だ。戦いしか知らん。戦いを知らん者が生きられる平和な国で生きていけるはずもない」

「馬鹿にしないでください」

「何?」

「この世に戦いを知らない人はいませんよ」

「どういう意味だ?」

「戦いは、何も銃を持って人を殺すことだけではないんです」

 

携帯電話や手帳を武器に、取引先と戦うサラリーマン。

道具や機械を武器に、商品を買う顧客と戦うエンジニア。

包丁を武器に、料理を食べに来る客と戦うコック。

メスを武器に、患者を襲う病魔と戦うドクター。

 

「みんな、家族を守るために戦ってるんです。この世に武器といえるものが銃火器だけと思わないでください。戦う人間、戦う男が、戦場で人を殺す兵士だけと思わないでください」

敵を生かす、喜ばせる戦いもあるのだと諒一は告げる。

敵を殺すだけが戦いではないのだ。

「家族を守るための戦いは、きっとどんな戦場よりも過酷です。あなたは戦いもせずに其処から逃げ出そうとしているだけだ」

「貴様ッ!」

「怖いというのなら、このまま亡国機業とやらに逃げ帰ればいい。織田さんと千冬ちゃんは俺が守っていきます。俺は、家族を守るための戦いからは絶対に逃げません」

「俺とて逃げたりはせんッ!」

人として、男としての意地からか、ティーガーはそう叫ぶ。

それこそが彼の本心だった。

ただ、家族の幸せを願い、守りたいと思うだけの父としての本心だったのである。

それを聞いた諒一は、静かに問いかける。

「どうしますか?」

それは、ティーガーに向けられたものではなかった。

応接間の扉がそっと開かれる。

入ってきたのは、深雪と、付き添うように傍にいる園長と楯無。

そして。

「スノー……」

「てぃーがーが、わたしのとおしゃま?」

「……そうよ、千冬。あなたの実のお父様になるの」

千冬の言葉に深雪は複雑そうな笑いを浮かべて答える。

だが、それは紛れもない事実で、そのことを否定することはできない。

正直、諒一の妻になることもありかもしれないと考えていたのだが、ティーガーの言葉を嘘だと断じることも、無視することもできなかったのだ。

「戸籍を作ってやることはできる。だが、追撃をかわすには十分な戦闘力を有している必要はあろう」

と、楯無が語る。

家族を守っていくだけの戦闘力と戦術技能なら、ティーガーには十分なものがある。

後は、彼自身に覚悟があるかどうかだ。

「俺は……」

「私としては、私の夫よりも、千冬の父親になってくれる人を必要としてます。それはきっと、過酷な道です」

「わかっている」

「それでも、私たち、いえ、千冬のために戦ってくれますか。兵士ではなく、父親として」

簡単に答えられることではない。

しかし、答えられないのなら、この先戦っていくことはできないだろう。

何より、ティーガーとしては、目の前の男に、男として負けたくなかった。

ゆえに。

「……俺は逃げん。逃げたくないんだ」

「なら、改めて本当の父親になってください。この子のために」

「すまん……、いや、ありがとう」

それが、深雪の出した答えであり、陽平の出した答えであった。

 

 

 

一区切りついたところで、丈太郎はふたたびコーヒーを飲む。

「蛮兄……」と、一夏が言葉を探している様子で呟く。

「織田深雪と斑目陽平、二人の苗字を組み合わせて『織斑』ってぇわけだ」

公式に結婚式を挙げられるわけでもなかった犯罪組織の二人。

ゆえに、その代わりとしてどちらの苗字でもなく、新しい苗字を作った。

それが『織斑』ということになる。

「確かに、『織斑』って変わった苗字だしな」

「一夏、確か親戚もいなかったはずだな」

「あ、うん。親しか知らない。いや、もともといなかったんだから当然だろうけど」

弾、そして数馬の言葉にそう答える一夏。

まさかこんなかたちで両親の馴れ初めを聞くことになるとはと驚いているのだから当然でもあろう。

「広義の意味での親戚はいたが、接触することもできなかったんだ。だから、私たちは両親と姉弟だけが家族だった」

他に比べれば、はるかに小さい家族。

ただ、それでもあの日が来るまでは幸せな家族でもあったと千冬は語る。

「千冬姉……」

「忘れているかもしれないが、父様がまどかが生まれたときにお前に言った言葉がある」

「えっ?」

 

今日から一夏もお兄ちゃんだな。

俺より強くならないとまどかを守っていけないぞ。

 

「あっ……、俺、中途半端だけど覚えてるぞ、千冬姉」

「そうか……、なら、お前が守ることに拘るのは、父様の言葉が心に刻まれているからかもしれないな」

「俺、てっきり千冬姉の言葉だと思ってた」

「お前はけっこうお父さんっ子だったんだ。だから、男らしさについてよく聞いていたんだ」

それは、普通の家族としてはかなり少ない触れあいの記憶だ。

しかし、一番大切なことは、決して忘れなかったということでもある。

一夏には、ちゃんと父との記憶があったということだ。

「ごめん、素直には喜べない」

「そうだな、私も喜べん」

「あんま、気にすんな。そのほうがムカつくぜ?」

二人が自分のことを気にしていることが理解できた諒兵がそう話すのを聞き、苦笑してしまう。

それを見て同様に苦笑いした丈太郎が、口を開いた。

「で、だ。こっからが諒兵のおふくろさんの話になる。その前に聞きてぇことぁあるか?」

「んー、そういえば」

「どした鈴?」

「一夏と諒兵、名前がお互いのお父さんに似てない?」

「あっ、そういえばそうだな」と一夏も同意する。

「確かにな。こりゃぁ推測だが、一夏は諒一の旦那の一の字を貰ってんだろう。諒兵はティーガーの本名から韻を引っ張ってきてんな」

同時に、自身の父親の名前にも関わっているという。

夏は陽平がもともと夏の生まれで、太陽の季節といえるから。

諒はそのまま貰ったといえるだろう。

「つながりゃぁ、ちゃんとどこかに残ってるってこったな」

実際、織斑家逃亡後は、両家の接触はまったくなかった。

だからこそ、どこかに感謝の気持ちとして残しておきたかったのだろうと丈太郎は説明した。

「そんじゃ、続きだ。こっからは正直つれぇぞ」

覚悟を問うように見つめてくる丈太郎に全員が肯くと、再び丈太郎は話し始めた。

 

 

 

 


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