ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第144話「まことのつわもの」

その場にいた全員が、生唾を飲み込んだ。

さすがに丈太郎も頭を抱えてしまう。

「いや、期待されるようなことぁねぇぞ。てか、お前らまだ未成年じゃねぇか」

「いや、その」と、それぞれ言葉を濁し、ばつの悪そうな顔を見せる。

「いずれにしても、ここから話が一気に進むのは確かだよ。重要なポイントは三つ」

「三つ?」

束の言葉に諒兵が疑問を感じ、先を促す。

「どうやってりょうくんのお父さんお母さんが結ばれたか。どうしてりょうくんが捨てられることになったか。そしてどうしてりょうくんのお母さんが亡国に戻ったか」

「あ、ああ……」

結ばれた云々はともかくとして、残りの二点。

つまり、諒兵が捨てられた理由。

そしてファムが亡国に戻ることになった理由。

この二点は今につながる最も大きな話になる。

そして、その後、まどかの面倒を見ていたというより、『育てていた』ということを考えると、ファムは内面は『内原美佐枝』だったように思える。

ならば連れ戻されたと考えるのが普通だ。

「だから重要な部分に集中して話すかんな。てか、お前らにゃぁ早すぎんぞ」

「えー」と、特に女性陣から何故か不満そうな声が出てきた。

女性が集まると扱いが厄介になるのは女尊男卑社会になる以前から同じようなものである。

「博士、私としてはだんなさまの完全攻略を目指しているので詳しく知りたいのですが」

「待てコラ」とラウラの言葉に思わず突っ込む諒兵である。

「といいますか、このお話は普通に男性を攻略する上で参考になりませんこと?」

「いやいやいや」と、セシリアの意見に対し、一夏、弾、数馬、さらには誠吾までがちょっと待てといいたげな態度を取る。

しかし。

「性格とか、けっこう特殊だけど、でもたいていの男性を落とせる話だよね」

と、シャルロットも同意見らしい。

千冬と真耶はさすがに何も言わないが、手元を見るとメモを取っていたりする。

「そこは重要じゃねぇっつぅか、自力で頑張ってくれ頼むから」

そういって丈太郎は再び話しだす。

そんな中。

「これ、箒がいたら真剣に聞いて、しかも実践するかもね」

鈴音が苦笑していた。

 

へくしょんっ、と、箒は思わずくしゃみをしてしまう。

『風邪ー?』

「いや、体調は悪くない」

『そっかー。でもー、やけに食いつくー、なんでー?』

「……話を聞けといったのはお前だろう」

最初は興味無さそうに横になっていた箒だが、話が進むにつれ、ヴィヴィが中継している丈太郎の話を真剣に聞くようになった。

今は枕を抱いたまま、ベッドの上に正座し、ヴィヴィの顔を凝視しながら聞いている。

口調のわりに行動は乙女まっしぐらな箒である。

なお、最近ヴィヴィにもホログラフィができた。

ライトブラウンのセミロングの髪を両脇で小さなテールにし、ドレスっぽい白い衣装を着て、赤い宝玉のついた身の丈以上ある長い杖に乗った姿で宙に浮かんでいる。

突っ込みどころ満載だが、あえてそこには突っ込まない箒である。

『まー、話を聞くのはいいことー』

「いうとおりにしてるんだ。早く続きを聞かせろ」

『わかったー』

そういってヴィヴィは再び中継を始める。

それを真剣に聞く箒。

行動が鈴音の予想通りであることなど、彼女は気づかなかった。

 

 

 

さすがに諒一も驚いているらしく、目を見開いていた。

幾分か溜飲が下がる。

もっとも、この先どうなるかはわからないのだから、下がったところでどうしようもない。

ただ。

「驚いた?」

「スーツケース一つだけで足りるんですか?」

「身軽なほうが好きなのよ」

一応、納得はしてくれたらしい。

と、いうより、それ以前に告げたことばに驚いたままなのだろう。

 

『今日からここに住むわ』

 

そう告げたとたん、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたのだから。

諒一相手に回りくどい手は効かない。

なら、ストレートに行ったほうがいい。

そう考えての一言だったのだが、思いの外効いてくれたようだ。そう考えると嬉しくもある。

一方的にやられっぱなしでは女として立つ瀬がない。

一矢とはいえ、報いることができたのは素直に嬉しかった。

しかし、諒一も簡単には納得しないらしい。

「仕事はいいんですか?」

「やめてきたわ」

「へっ?」

「ここに住むためにね。その代わり三食作るし、掃除洗濯は私がやってあげる。悪い条件じゃないでしょ?」

こんな美人が一つ屋根の下で身の回りの世話をするんだから、と、ファムは続けた。

ストレートにいえば押しかけ女房。

多少飾るのであれば、住み込みの家政婦。

いずれにしても、無理やり諒一に自分を養わせるつもりのファムである。

ここまでされてしまうと、諒一としても断りづらくなる。

困ったことに、これだけ強引にやっているのにイヤミをほとんど感じないのだ。

ファムが自分に自信がある証拠でもある。

これでは断りようがない。

そう思ったのか、諒一は天を仰ぐ。

「無理に追い出しはしませんよ。仕事の邪魔をするような人じゃないでしょうし」

「まあね。あと、その気になったら手を出していいわよ♪」

「本当に自信家ですよね。内原さんは」

そういって苦笑する諒一に、ファムは柔らかい笑みを見せていた。

 

 

翌日。

諒一が見回りに出かけていくのを見送ったファムは、掃除機をかけていた。

さすがにまったく掃除をしないというわけではないらしいが、それでもかなり大雑把なのがすぐにわかる。

「こういうところは男ねえ……」

家事にマメな主夫というわけではないらしいというか、むしろ家のことに関してはかなりズボラなのが諒一だった。

こういうところを見ると、どことなく可愛げも感じてしまう。

今の感情をどう言えばいいのかわからないが、ファムとしては世話を焼きたくなってしまうのだ。

「ま、きれいにしておいたほうが気持ちいいしね」

そんなことを言い訳のように呟きつつ、ファムは鼻歌を歌いながら掃除を続けていた。

すると。

「あんれ、あんたどうしたんだい?」

と、そんな声が聞こえてきた。

視線を向けると、近所に住むお年寄りの女性、すなわちお婆さんが驚いたような顔で覗き込んできている。

「はい?」と、思わず間の抜けた返事をしてしまった。

ここ数ヶ月は足繁く通っていたし、朝からいることもあったのだから、別に驚かれるようなことはないだろう。

そう考えたファムだったが、どうやらそのお婆さんはファムがいることに驚いたわけではないらしい。

「やけに馴染んでねえかい?」

「そうですか?」

「前は、もっと垢抜けてたっていうか、ここいらにゃ合わねカッコしてなかったかい?」

そういわれて自分の服装を省みる。

確かに以前は諒一を篭絡することを考えて、魅力を前面に押し出したような格好をしていた。

だが、それでは諒一は篭絡できないということを学んだファムは、駐在所に転がり込んだのをきっかけに、どちらかといえば地味な、はっきり言えば気合いを抜いた格好をすることにしたのだ。

無論、これにはこれで意味がある。

「諒一さんって、変に女らしくすると逃げちゃうんですよ」

「あー、確かにお巡りさんはそんな感じだねえ」

「それなら一緒にいても落ち着けるような格好のほうがいいかなって思って」

「そうだねえ。そのほうがあたしらも付き合いやすいしねえ」

と、おばあさんが顔をくしゃっとさせて笑うと、ファムも微笑み返す。

実際、枯れてるとしか思えない諒一に、女らしい格好で迫っても意味はなかった。

それなら、一緒にいて安心できるような、身近な女性として意識させるほうがいい。

どうせ地の性格はバレてるのだから。

「あんた、本気でお巡りさんと付き合うんかい?」

「はい」

「こりゃあ、孫が楽しみだねえ」

「孫って」とファムが苦笑してしまう。

諒一はあくまでこの駐在所のお巡りさんだ。

何も血がつながっているわけではない。

しかし。

「あたしら年寄りにとっちゃ息子みたいなもんさ。なら、その子は孫だ」

「あらら」

「あんたも最近は娘みたいに感じるよ」

「ありがと、お婆さん♪」

何故か、素直にそんな言葉が出てしまったことに驚きつつも、決して悪い気分ではないファムだった。

 

 

そんなのんびりした毎日が一ヶ月も続いたころ。

とある日の夜。

夕食をとった諒一がまだ書類が残っているというので、再び机に向かってから一時間。

さすがにかかりすぎではないかと感じたファムが顔を出してみると、机に突っ伏して寝息を立てている姿が目に入った。

「たく……、風邪ひくわよ」

そう呟きながら、身体を冷やさないようにと上着をかける。

そして、働いたまま眠ってしまった男の背中を見つめ、とりとめもないことを思う。

自分がここに来た目的。それは諒一からティーガーとアスクレピオスの情報を引き出すためだ。

しかし、この一ヶ月そんなことをまったく考えなかった。

穏やかな毎日の中で、諒一の帰りを待つ時間が、そして二人で過ごす時間があまりにも心地よすぎて、考える気にもなれなかった。

そして。

(これから先も、きっと考えない……)

そう、思ってしまう。

理解していた。

今、ここにいる自分は『ファム』ではないと。

そして、『ファム』が作り出した『内原美佐枝』でもないと。

「これが『私』だったなんてね」と、少し自嘲気味に呟く。

 

そうよ。これが『私』……。

 

「さすがに、もう名前は変えられないわ」

 

美佐枝でいい。でも……。

 

「……『日野美佐枝』か。そんなに悪くはないわね」

それが『自分』の願いだと、かつてファムだった女は気づいてしまった。

穏やか過ぎる毎日と、そんな空気で自分を包み込んでしまった男が、自分でも気づかなかった本性を暴きだした。

亡国機業の『ファム』ではない。

情報を得るために演じた『内原美佐枝』でもない。

こんな自分にも安らぎを与えてくれる。

そんな愛しい人の妻になりたいと願う平凡な『日野美佐枝』こそが本当の自分だった。

「勝てるわけなかったのね。こんな人に……」

きっとどんな人間でも受け入れるのだろう。

助けを求める人、困っている人がいるなら頑張るのだろう。

そんな強く、優しく、でも穏やかな空気を持つ日野諒一という男は、近づいてしまった相手の心を暴き、そして助けてしまうのだ。

「……苦労するわよ。私、あなたから離れたら、誰にも助けられなくなるから」

その言葉に答えるかのように身じろぎする諒一を見て、美佐枝は思わず口元を手で隠す。

すると、すぐに諒一は身体を起こした。

「あれ?」

「諒一さん、寝てたのよ」

「あっ、すいません。上着かけてくれたんですね」

「風邪ひかれちゃ困るもの。ちゃんと働いて私のこと養ってくれないと」

「はは」と、苦笑いする諒一に、美佐江はもう一度、今度ははっきりと告げる。

「私、あなたから離れられそうにないから。責任とって養いなさい」

「いや、えっと、本気ですか?」

「本気♪」

さすがに目を丸くしてくる。

そんな彼の反応が、なんだか可愛らしくて、美佐枝は思わず笑みを返す。

「えっと、その……」

「おヨネさんが孫が楽しみだって言ってたわ。もう逃がさないから」

「マジですか?」

「マジ♪」

そう答えると、諒一は一瞬天を仰ぎ、そして何故か机の引き出しを開けた。

そこにあったのは小さな箱。

「なにぶん、頭が良くないので。必死に気の利いた言葉を考えてたんですけど間に合いませんでしたね」

そういって箱から取り出したのは指輪だった。

「りょういち、さん?」

「俺はそこまで鈍くないつもりです。ただ、あなたが本当に心を委ねてくれるまでは、そういうことはしないと決めてました」

「それって……」

「けっこう最初から、あなたに惹かれてました、美佐枝さん」

そういって苦笑いしつつ、諒一は美佐枝の左手をとる。

抵抗する気など起きるはずもなく、美佐枝はなされるがまま、薬指にはめられる指輪を見つめてしまう。

「今は、あなたが心を委ねてくれているように感じるんです。なんとなくですけどね」

「……間違いじゃないわ。私の心、全部持ってかれちゃった」

自分が本当に心をさらけ出すまで待ち続けていたのだとするなら、篭絡されていたのは自分のほうだったのだ。

それなのに、負けたという気持ちがまったく湧かない。

ただ、言い様のない幸福感だけがある。

美佐枝がそんな包み込むような温かさを感じていると、何故か諒一は情け無さそうに頭を下げた。

「結婚式は資金が貯まるまで待っててください」

「入籍してくれるだけで十分よ」

もともと捏造された戸籍だ。

それでも自分が『日野美佐枝』になったという証としてこの世に残る。

それが、とてつもなく嬉しい。

そんなことを思っていると、諒一は言い辛そうにしながらも口を開く。

「で、ですね」

「うん」

「俺も男なんで、さすがに我慢にも限界があります」

「うん」

「……いいですか?」

「はいっ♪」

満面の笑みを見せた自分を見て顔を真っ赤にした諒一に、美佐枝は生まれて初めて女としての幸福を感じていた。

 

それから一年ほどして、美佐枝は母親となった。

生まれてきてくれたのは父親に似た男の子だった。

自分の中で育まれた命にこれほどの愛しさを持つなんてと驚いたが、一緒に暮らしてきた人の子ならば当然かと思い直す。

そんな男の子に、父親となった諒一は『諒兵』と名付けた。

「兵士の兵?」と、美佐枝が眉を顰めると、諒一はその意味を解説する。

「『つわもの』って使われる時もあるんですよ。強い子になってほしいですから」

「確か諒一さんの諒は『まこと』って意味があるんだっけ。『まことのつわもの』か。いいわね、きっと強い子になってくれるわ」

そういって、夫婦から両親となった美佐枝と諒一は笑い合う。

それが、きっと、かつてファムだった女にとって一番幸せな瞬間だった。

 

 

 

その場にいた全員が黙りこくったままだった。

両親の想いが込められた贈り物を諒兵はちゃんと受け取っていた。

望まれぬ生ではない。捨てられた子ではない。

自分が生まれてくることを父も母も望んでいてくれたのだ。

「兄貴……」

「この先ぁ、正直話すのがつれぇ。端折ってもいぃんだがよ」

諒兵の言葉に、丈太郎はそう答える。

しかし、それでは何故、母は自分を捨てたのか。

何故、亡国機業に戻ったのか。

それを、わからないままではいられない。

少なくとも、両親が悪い人間ではなかったことが理解できた今となっては。

「諒兵、どうする?」と、一夏が尋ねる。

その場にいた全員が、自分のことを見つめている。

そこにある感情は様々だ。

興味があることを隠し切れない者。

自分が心に傷を負うのではないかと同情する者。

強い憎しみを抱くことになるのではないかと案じる者。

そんなみんなの視線を受け、諒兵は答える。

「教えてくれ。俺がまどかのことを受け入れてやるためにゃ、たぶん一番大事なところだろ?」

「……あぁ、それぁ間違いねぇ」

「……心配すんな。俺の親父もおふくろも、そんなに悪いやつじゃなかった。それだけでも気は楽になった」

『そうですね。私が選んだ人の両親ですから当然ですけど。できれば、ご挨拶したかったです』

「待てコラ」と、レオの言葉に思わず苦笑する諒兵だった。

 

 

 

 

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