昼食の間、一夏や諒兵たちもどこかしんみりとした空気の中で食事をしていた。
それをもっとも気にしていたのは、当事者ともいえる諒兵だったらしい。
「とりあえず、親父はまともだったし、おふくろも、まともじゃなかったが、俺のことを守ろうとしてくれてたことはわかった」
「諒兵……」
「だんなさま……」
鈴音とラウラの声に答えるように諒兵は続ける。
「今さら恨んでもしょうがねえって思ってたがよ。もともとどうしようもなかったんだろうしな。親父やおふくろを恨む気はなくなった」
諒兵がそう打ち明けると、どこかホッとしたような空気が漂う。
「俺も、そうだな。父さんや母さんのこと、ほとんど忘れてるけど、千冬姉の顔見ると悪い人でもいい加減な親でもなかったみたいだ」
「一夏?」と鈴音が相槌を打つ。
「出来れば一緒にいたかったって思う。でも、置いていったことは許せる気がしてきたよ」
そういって苦笑する一夏に、諒兵も笑顔を見せる。
「お互い、親には苦労したな」
犯罪組織に関わっていた親を持つという点で、二人は共通点があった。
それでも、親としては決して許せない人間ではなかった。
それだけでも救いだと二人ともが思う。
「だが、だんなさま」
「何だラウラ?」
「亡国機業には思うところがあるはずだ。一夏も」
そういって、ラウラは一番聞きにくいところをズバリ突いてくる。
もともとが、ISを強奪したり、兵器利用したりしたことで気に入らない連中だった。
それが、自分の親の死に関わっているとなると、許せるというほうがおかしい。
「今、どういう状態なのかは知っておきたい」
『ちょっとね。私も今のまんまはイヤだな』
「オトシマエはつけときてえな」
『無理にとはいいませんが、その方々には罰があっていいと思いますね』
一夏も諒兵も当然思うところはある。
無論、パートナーである白虎とレオもだ。
それどころか、その場にいた全員が、剣呑な表情を見せる。
この点に関しては、全員が同じ考えだろう。
そうすると、唐突に声がかけられた。
「なーるほどねー、だから私たちが呼ばれたんだ」
『まー、説明役にゃー一番だかんな』
聞き覚えのある二つの声に振り向くとティナがいた。
その肩にヴェノムが立っている。
「ティナっ!」と、鈴音がすぐに立ち上がり、喜びながらティナの手を取った。
「こうして会うのは久しぶりねー、鈴♪」
「そうね。なんだか随分会わなかった感じ♪」
そうして再会を喜んだ鈴音は、すぐにヴェノムにも顔を向ける。
「今後はお互い邪魔しないように付き合いましょ?」
『おめーのそーゆーところは好きだぜ』
と、ヴェノムはニッと笑いながら答える。
なんだかんだといって、ヴェノムにとって鈴音は一番付き合いやすい相手らしい。
「こっちもよろしくな」
「あんま面倒かけんなよ?」
『いってくれんじゃねーか。まーオレも今はティナの相方だかんな。そこそこは気ぃ遣うさ』
意外なほど、コミュニケーション能力は高いらしいヴェノムである。
もっとも、シャルロットは意図してか無視しているが。
そんな彼女を見たセシリアも空気を読んでいるらしい。
「それで、お前たちが呼ばれたというのは、知っていることがあるということだな?」
と、諒兵を気遣っているのか、ラウラがティナとヴェノムに問いかける。
「私はほとんど知らないわよー?」
『オレも実働部隊だかんな。それ以外のことは知んねーよ』
「まどかのことはどうだヴェノム?」と、諒兵がストレートに問いかける。
『アイツは実働部隊だから、少しゃー知ってっけどな。ただ、アイツが乗ってたのは今のサフィルスだ。戦闘者としちゃーサフィルスのほうが詳しーだろ』
それでも、その戦闘能力のデータくらいなら持っているとヴェノムは言ってくる。
それだけでもかなり重要な情報といえるだろう。
今後、戦闘は避けられないからだ。
しかし、まどかを受け入れるためには、傷つけるわけにはいかない。
そのためにも知っておく必要がある。
ならば、ヴェノムの情報は十分なほど参考になる。
それに。
「一番聞きたいのは、今の亡国機業がどうなってるのかなんだけど?」
そう尋ねたのは刀奈だった。
さすがに聞くべきところを理解している。
いまだ、裏世界で暗躍しているというのであれば、叩き潰しておきたいのは刀奈も同じだった。
先ほど丈太郎から聞いた話の中で、実父である先代楯無が、『更識の楯無』という呪縛から自分たち姉妹を解放してくれた理由は、諒兵の父親にあるからだ。
諒兵のためだけではなく、一時でも『更識楯無』を名乗った者として、ケジメをつけておきたかった。
『今、ね』
「そうよ、今はどうなってるの?」
『本部はぶっ潰した』
「何ですってッ?!」
さすがに全員が目を剥いた。
倒したい相手が、既に倒されているというのだから。
『オレらは実働部隊の兵器だ。兵器だからしょーがねーけど、実験材料、かつ、便利に使われる道具だった』
研究材料であり、また、都合よく使われる道具。
それが決して、完全に悪い扱いだったとはヴェノムはいわない。
だが、裏組織だ。
おそらくISを保有していた中で、最も扱いが酷かったといえるだろう。
『とっ捕まった量産機や、オレ、サフィルス、スマラカタは鬱憤が溜まってたんだよ。だからぶっ潰した』
動けるようになって一番最初にやりたかったこと。
それが自分たちをまともに扱わなかった亡国機業への復讐だったのだ。
「じゃあ、もうないの?」と、簪もまた驚いた様子で問いかける。
『本部はな』
「その言い方ですと、支部があるということですわね?」
と、傍観していたセシリアも興味を持ったのか尋ねてくる。
『ああ。実働部隊は本部詰めだった。でも、研究なんかは、けっこー支部もあったはずだぜ』
そして、本部で大暴れしたヴェノムだが、それ以降は亡国機業に関わらなかったという。
つまり、支部が残ってる可能性はあるということだ。
『サフィルスやスマラカタは進化まで動かなかったけどよ、オレらんトコにいた量産機連中が潰してるかしんねーな。ボケ狼の飼い主なら調べてんじゃねーか?』
しばらく考えて、『ボケ狼』が天狼のことを指していると気づく。
確かに、過去のことを知っていた丈太郎なら、ある程度は今の亡国機業について調べ上げている可能性は十分にある。
「根こそぎは難しいけれど、支部がやっている内容によっては潰しておきたいわね」
詳しく聞いておく必要があると刀奈がいうと、全員が肯く。これに関しては全会一致というところだろう。
そして。
「ヴェノム、その、あの、だな……」
ラウラが再び、だが、今度は言いづらそうに口を開く。
だが、さすがにそれではわからないらしい。
首を傾げた様子で、ラウラの言葉を待つヴェノム。
だが、なかなか言葉を出せないのか、言いづらそうにするばかりだ。
そこに助け舟を出そうとした鈴音だが。
「えっと、さ……、あんたが、暴れたとき、さ……」
やはり、うまく言葉に出来ないらしい。
『なんだよ。はっきりしろよ』
「君には理解しづらいよね。こういうの」と、ようやくシャルロットが口を開いた。
どことなく険があるのは、やはり敵意を隠しきれないからだろう。
ふうとため息をつき、口を開こうとしたシャルロットだが、言葉を発したのは別の人間たった。
「お前が暴れたとき、そこにファムって呼ばれてる女がいなかったか?」
「諒兵……」と、セリフをとられたシャルロットだが、むしろホッとしたような、それでいて少し悲しそうな目を向ける。
同様に鈴音もラウラも、そしてその場にいた全員が少しばかり俯いてしまう。
『たまにスコールって女の話に出てきたな、その名前』
「スコールって人、知ってるの?」
『ソイツがスマラカタの操縦者だった。まースマのヤツはすんげー毛嫌いしてたけどな』
どこか呆れたような表情を見せるヴェノムだが、理由を話す気はないらしい。
ゆえに「それで、いたの?」と今度はシャルロットが尋ねる。
『いたかしんねーが、オレは見たことねーしな。ただ……』
「ただ?」と、興味を持ったのか先を促したのはティナである。
『あのとき、瓦礫の中に生体反応が幾つかあった。エム、じゃなくてマドカか。ソイツとオレに乗ってたヤツとスコールってのがいて、それ以外にも十人くれーは生きてたはずだ』
まどかが生きて現れたことを考えれば、十分に生きている可能性はある。
『んでも、保証はしねーぜ?』
その言葉に、諒兵が一つため息をついて答える。
「別にいい。生きてたとして、会ってどうしていいかわからねえし」
『知り合いかよ?』
「俺のおふくろ、だとよ」
さすがに初耳だったせいか、ティナが驚き、気まずそうな顔をしてしまう。
「気にすんなティナ。お前は関係ねえだろ」
「でも、ゴメン……」
さすがに諒兵の母を本部壊滅の巻き添えにしたのが自分の相方かもしれないと知っては、気に病むのも当然だろう。
「百花の園に置いてかれた後は一度も会ったことねえんだ。悪いやつじゃなかったとしても、ほとんど他人だかんな。マジで気にすんな」
『つーか、なんで、んなトコにおめーのかーちゃんがいんだよ?』
「ちょっとヴェノムっ!」とティナが焦りながら嗜める。
「詳しい話は天狼にでも聞いてくれ。さすがに今は億劫だ」
『あそこでかーちゃんっつったら、マドカのかーちゃんくれーだぞ?』
「知ってるのかヴェノムッ?!」と、思わず声を上げたのは一夏だった。
「おいおい、マジかよ」と弾。
「ヴェノム、何か知ってるなら教えてくれ」と数馬。
『私からもお願いします』と、レオまでが頭を下げる。
さすがに驚いたのか、ヴェノムは焦ったような表情を見せてきた。
『オレも詳しくは知んねーよっ、ただ、たまにマドカがかーちゃん連れでいるところがセンサーに映っただけだ』
それでも、母子なのに生体構造がまったく違っていたことから、おそらくは義理の母だったんだろうとヴェノムは語る。
『マドカは普段はすんげーぶっきらぼーだった。それがかーちゃんといるときゃー甘えん坊の子どもみてーでよ。あんまりギャップがあったんで覚えてただけだ』
「そうだったんだ」と一夏が少し嬉しそうになる。
『まー、少年兵のマドカにとっちゃ唯一の安らぎだったんだろーよ』
「……いいおふくろしてたんだな。ありがとうよヴェノム。ちっと気が楽になった」
『なんなんだよ……』
突然、問い詰めてきながら、勝手に安心したような顔をする全員に、ヴェノムが一人置いてきぼりを食らっていた。
「運命、なのかしらね……」と、ポツリと呟くと、傍にいた女性が答えてきた。
「何がだ?」
「男性IS操縦者よ」
「ああ。確かにあのブリュンヒルデの弟が操縦者になったのは運命っぽいかもな」
「……そうね」と、そう答えつつも、それは自分がいいたいことではないと内心で思う。
自分が運命だと感じたのは、もう一人。
出身は孤児院だという少年のほうだった。
自分たちとあの少年を引き合わせ、おそらくは戦わせられるのが運命なのだろう、と。
しかし、そんな思いは口には出さない。
「エムにはまだ見せないで」
「ん、別にいいけど。何でだよ?」
「ファムの影響があるから。男性IS操縦者を見たときにどう思うかわからないわ」
「……いい加減、あの女殺したらどうだ?エムとままごとばっかしててうざったいだろ」
「時が来ればそうするわ」
そういって言葉を濁す。
「日野諒兵、か……」
その名はきっと、間違いなく自分に、自分たちに害為す者になる人間の名だろうと感じていた。
そんな夢を見ていたスコールは、身体中に痛みを感じながらも目を覚ました。
クッと思わず呻き声を漏らしつつも、薬品臭い部屋を見て安堵の息をつく。
「生きているのね……」
「いささか残念そうに見えるのは気のせいか?」
声のしたほうに顔を向け、スコールは少しばかり驚く。
本来なら、滅多に会うことがない女性がいたからだ。白衣を纏い、首に薄紫色のチョーカーをつけているその女性の名は。
「デイライト。……それじゃ、ここは極東支部?」
「そうだ。本部は完全に壊滅。今、亡国機業はそれぞれの支部が独立して活動している」
「すると、ここでは兵器の開発と研究を続けてるのかしら?」
「止める理由がないと思うが?」
「何故?」という問いかけに対し、デイライトと呼ばれた女性は、その鋭い目でスコールを見つめてくる。
「そうか、ずっと昏睡状態だったからな。知らないのも無理はないか」
「ISが勝手に動き出したところまでは覚えているのだけれど……」
「覚醒と進化。それがキーワードになる」
「覚醒と進化?」
「篠ノ之束はとんでもない『存在』を生み出したのさ」
そういってニヤリと笑ったデイライトは、部屋に大型モニターを運び込ませると説明を始めた。
その内容にスコールは驚愕してしまう。
ISとは何だったのか。
そこから生まれたAS、そして使徒とは何か。
なるほど確かに研究者肌のデイライトが研究を止めたがらないわけだと思う。
スコールが知る限り、研究と、そこから新たに何かを生み出すことに執着する人間だったからだ。
「……ISには天使が宿っていたのね。なら、私たちは罰を受けたというところかしら」
「随分と詩的なことをいう。そんな人間だったか、お前は?」
「心外だわ。私だって女よ?」
そう答えたスコールに対し、デイライトは薄く笑う。
癇に障るが、彼女がそういう人間であることは理解しているので、何をいったところで意味がないとため息をつく。
それよりも一応聞いておこうと口を開いた。
「オータムとエムは?」
「オータムは諦めろ。生きてはいたが、脳に損傷を受けたらしい」
「それじゃ……」
「平凡な日常生活を送ることに問題はない。というより、亡国で働いていたころの記憶を失っていた。今はどこかで一般人として過ごしているだろう」
戦闘技術などを身体が覚えているとしても、頭のほうがついていかない状態では兵士としては使えない。
それに記憶がないのならば、情報を漏らすこともないだろうということで放逐したという。
「案外どこかでいい奥さんにでもなっているんじゃないか?」
「そう。無理に追うこともないわね」
幸せに生きられるというのならそれもいい。
そう思ってしまうのは、かつて、その邪魔をしたことが心に棘のように刺さっているせいかもしれないとスコールは自嘲気味に笑う。
「エムは?」
「これを見るといい」と、そういってデイライトはモニターに一人の少女の姿を映した。
「あの子……、オータムとは逆の道を行ったのね……」
「しかも、この機体、男性格だ。IS学園ですら手を焼く機体と共生進化するとはなかなか興味深いじゃないか」
もっとも同類の男にご執心のようだが、と、デイライトは再び薄く笑い、別の映像を出す。
だが、その姿は、スコールにとってはあまりに衝撃的だった。
「日野諒兵……」
「ああ。今でこそ、織斑一夏と並び英雄扱いだが、何故エムがこっちに執着するのかはわからないな」
実の兄は織斑一夏なのだから、矛盾というより、異常な行動ともいえるとデイライトはいう。
しかし、スコールには理由がわかった。
その原因も何なのか知っている。
「あれから十六年も経って、想いが届いたのね……」
そう呟く。
驚くべきは母の愛といったところか。
生さぬ仲でも娘として愛した少女が実の息子に母の愛を返しにいったというのであれば、其処に奇跡を感じずにはいられなかった。
「何か思うところがあるようだな」
「そうね。でも、もう終わったことよ」
それよりも、今は、今後どうするかを考えなければならない。
自分はオータムのように都合よく記憶を失わなかった。
エムのように新たな力を得てもいない。
今、できることが何もないのだ。
「それなら、ここで探すといい。人手が足りないからな」
「……そんなに大変な研究をしているというの?」
「子供騙しのような他の者たちの進化とは違う。私たちは幸運だった。おそらくは新たな生命の誕生に携われる」
どこか狂気的な光を宿した瞳でそう語るデイライトに、スコールは戦慄する。
「デイライト?」
「あと、あまりその名で呼ぶな。ここには私が亡国機業の研究員デイライトだと知らない者もいるからな」
あくまで表向きは兵器開発企業。
その裏で亡国機業の極東支部としても機能している場所なのだからとデイライトはいう。
「なら……」
「私のここでの呼び名は『篝火ヒカルノ』だ。お前も名前を考えておけ、スコール」
『篝火ヒカルノ』と名乗ったデイライトは、そういって不敵に笑っていた。