昼食を終えた一夏や諒兵たちに、丈太郎は亡国機業についての説明を始めた。
ヴェノムによって説明された部分は省略しつつ、現在、亡国機業の支部がどのように活動しているかということを解説する。
「つーことは、今はそこまでひでーことはしてないのか?」
そう弾が問いかけると、丈太郎は微妙な表情を見せる。
「極端な利益追求は確かに減った。金が欲しいヤツぁ本部でけっこうな地位にあったらしぃかんな。つっても、どうしようもねぇ連中がいねぇわけじゃぁねぇ」
「どういうことだ?」と数馬。
「支部の連中ぁ、てめぇの趣味に没頭するヤツが多いみてぇだ」
ウォーモンガー。
マッドサイエンティスト。
トリガーハッピー。
シリアルキラー。
「つまり、ろくでもねぇって点じゃぁ、こっちのほうが厄介だ」
それらを上手くまとめていたのが本部だとすれば、逆に箍が外れた状態でもあるといえるらしい。
その場にいた全員が呆れた表情をしていた。
「そもそもさ、さっき私のおかげで亡国が縮小を始めてたっていったよね。あれ何?」
「あぁ、特に兵器の研究開発でな」と、丈太郎は束の疑問に答える。
単純にいえば、ISが女性しか乗れないということが問題だった。
それにより表面上の女尊男卑思想が蔓延したのだが、あながちこれが間違いでもなかったといえる面があるのだ。
「女尊男卑の逆ぁ何だ?」
「男尊女卑ですね」と、誠吾が答えると、丈太郎は肯く。
「世界は広ぇ。くわしくぁ省くがよ、慣習や因習で男尊女卑の社会もあった」
少しばかり世界に目を向けただけで理解できるだろう。
この日本という国から見ると、理不尽すぎるような事件が世界には多々ある。
だが、ISの誕生によって、それが変わった。
「女しか使えねぇ兵器。それがあんのに男尊女卑のままじゃぁいらんねぇやな」
結果として、極端な男尊女卑社会の修正が行われたのだ。
しかし、人は古くからの慣習や因習からそう簡単に抜けられるものではない。
女尊男卑思想が受け入れられない者の中には、極端な例ではテロリストになる者もいた。
そうなると何が必要になるのか。
「……ISに代わる、もしくは対抗できる兵器、ですね?」
真耶が意見を述べると、丈太郎は再び肯く。
相手がISを使うならば対抗できる兵器が必要になる。
しかし、それがなかなか開発されない。
可能であろう束や丈太郎も開発しようとしない。
そうなれば、求められるのは優秀な開発能力を持っているとされる裏組織となる。
「だが、亡国機業でも開発することができなかった」
「あぁ。そして一番求められてる『商品』を作れねぇとなると、その存在価値ぁ下がる」
千冬の言葉に対し、そう解説する丈太郎。
要は、求められる商品を作る力がないと客に判断されたということだ。
当然、金を出す人間は減る。
結果として縮小を始めていたということである。
そんな説明を聞いていた束に、ふと思いついたことがあった。
(あれ?じゃあシロがやったことで亡国が潰れかけてた?)
もともと最初のISコアである白騎士ことシロが男は乗せないと決めたことでISは女にしか使えない兵器となった。
それは兵器としては欠陥だが、影響を考えると亡国機業を潰す上では非常に有効な手段だったといえる。
(おじさんを殺した組織なんか、私が潰したかったくらいだけど、シロが代わりにやってくれたことになるの?)
まさか、とは思いつつも、何故かその考えを振り払うことが出来ない束である。
「なんにしても、今、面倒な支部ぁ極東支部だな」
「極東支部?」と、一夏が丈太郎の言葉に首を傾げる。
「研究開発の支部だ。何を研究してんのかぁわからねぇがな」
ネットワーク上から丈太郎が侵入しようとして止められたというのだから、かなり厄介な支部であることは間違いないらしい。
「他と違って所在地もやってることもわからねぇ。正直な話、見つけ次第、研究を潰しときてぇんだ」
「なんでさ?」と束。
「勘だ。それに篠ノ之、おめぇも思い当たる節があんじゃねぇか?」
「確かに私のハッキングも止められたけど……」
ボソッと呟いただけの言葉だが、全員が驚愕する。
『天災』である束のハッキングを止められるとしたら、丈太郎くらいとなる。
それをやってのけた亡国機業の極東支部には、束や丈太郎クラスの天才がいるということになるのだ。
「そっか。確かに私が入れないくらいなら、かなりレベルの高いことやってるかも」
「なら、その極東支部っていうのを探すのか、蛮兄、束さん?」
そう尋ねた一夏に対し、丈太郎は首を振った。
「そっちゃぁ俺らがやる。おめぇたちゃぁまどかや使徒たちに集中してくれ」
「いいのかよ?」と諒兵。
「極端な話、こっちの戦闘を邪魔されねぇためにやるんだよ。おめぇたちが集中してくんねぇと意味がねぇ」
実際、まどかの件も、他の使徒たちの件も、片手間でできることではない。
千冬という司令官の下、一夏や諒兵たちは人を襲う使徒や覚醒ISとの戦闘に集中するべきだろう。
「いっくんやりょうくんはまずまーちゃんのことに集中して。あの子のこと幸せにできるのはいっくんやりょうくんたちだけなんだよ」
束が本当に優しい笑顔でそういってくるので、さすがに反論する気にはなれない。
それに、面倒な裏組織に関わるよりは、わかりやすいともいえる。
ゆえに、全員が強く肯いたのだった。
某国、某所。
亡国機業極東支部にて。
スコールは痛み止めを打ってもらい、支部の中の研究施設を案内されていた。
ざっと見るだけでも、第3世代クラスの兵器が山ほどある。
兵器の研究開発において、世界一を名乗れる場所であるといえた。
「さすがね」
「戯けた話だ。これだけの開発力があって、『天災』や『博士』という個人には勝てないのだから」
「あの二人は別格でしょう」
「だが、同じように人の胎から産まれた人間だ。ゆえに腹も立つ」
言葉ほど腹を立てているわけではないらしい。
むしろ、呆れているというほうが正しいのだろうとスコールは思う。
デイライトは自信家というわけではない。
学生時代、『天災』篠ノ之束と同級生であったらしいことを考えると、わりと間近で束という人間の異常性を見ているはずだ。
それでもなお、研究者としてISに携わっているのだから、自分の才能に従ったというより、科学に対する己の欲望に対して真摯な人間ということがいえるだろう。
「不可能を可能にしてきたのが科学だ。神への道をまっすぐに進んでいる。それは実に楽しいからな」
「科学者が神を語るというの?」
「科学者ほどのロマンティストはいないぞ?」
なんとも変わり者だとスコールは苦笑してしまう。
しかし、今の人類と使徒との戦争を考えると、あながち間違いではないのかもしれない。
使徒やAS操縦者たちが使う力は、一見ファンタジーのようだが、今の科学の延長線上にある。
時代を先取りしているだけで、まったく違う世界に行っているわけではないのだ。
「彼らはなかなか話がわかる存在だ。実に好ましい」
「そう。私は仲良くなれなかったみたいだけれど」
離反されてしまったことを考えると、自分は見捨てられた側の人間なのだろうとスコールは思う。
いささか、というより、けっこう辛いと感じる自分に苦笑してしまう。
「話が合う人間もいれば、合わない人間もいる。それと変わらん」
「そんなものなのかしら……」
「私とてすべての使徒と話が合うとは思っていないさ。だが、話が合う使徒はいるのは間違いない」
随分と強気な発言をするものだとスコールが感じていると、後ろから声がかけられた。
『ヒカルノ博士、よろしいでしょうか?』
「む?……ああ、フェレスか」
デイライトを呼んでいるらしい。彼女はすぐに振り向いて声の主と話し始めた。
『本日のデータ採取が完了いたしました。入力は済ませてあります』
「ご苦労。助かる」
『そちらの方、目覚められたのですね?』
「ああ。つい先ほどになる。とりあえずスコールと呼べばいいだろう」
自分の話までしてくるので、待っていても仕方ないと振り向いて挨拶をしようとして、スコールは固まった。
「どうした?」
「どうって……、貴女平気なのっ?」
「私の特別優秀なアシスタントだ。平気も何もない」
平然とそう答えてくるデイライトに、スコールは唖然としてしまう。
何しろ、彼女と話をしていたのはガラスのように透き通る薄紫の女性的な身体に白衣を纏う異様な人形だったのだから。
先ほど聞いた話と総合すれば、目の前の存在は光の輪と翼、そして鎧こそ今のところ見られないが、使徒であることに間違いはない。
『フェレスと申します。以後、見知り置きください』
「えっ、えっ?」
『ヒカルノ博士の言うとおり、私は彼女のアシスタント。ヒカルノ博士が敵意を持たないのであれば、貴女に害を為すことはありません』
「なっ、どうしてっ?!」
『私は彼女と共生進化を果たしたASですから』
共生進化については先ほど説明を受けて知っている。
ISコアが、人間と一つになることで進化する進化の一形態。
そう、『一つ』になることで。
ゆえに、フェレスとデイライトには大きな矛盾が存在する。
「だったら何故あなたは自分の身体を持っているのっ?!」
「これは私が望んだことだ」
「えっ?」
「アシスタントがホログラフィでは役に立たんのだ」
『ヒカルノ博士は私が声をかけたとき、こう答えられたのです』
「確かに優秀なパートナー、アシスタントがほしい。ゆえに共生進化は望むところだ。だが、四六時中一緒にいられては研究の助けにはならん。お前の身体を別に作ることは不可能か?」
フェレスの説明を聞いたスコールは開いた口が塞がらなかった。
デイライトは共生進化を望みつつ、ISコアに対し、独立した存在になるようにと指示したのである。
『不可能か?と問われては可能としか答えられません。何より、そういってきたヒカルノ博士に対し、私は更なる興味を持ちました』
「あなた、個性は?」
『私は『恭倹』を個性基盤として持ちます。ゆえに、確固たる己を持つ人間に対し、強く興味を抱くのです』
その意味は人に対しては恭しく、自分自身は慎み深く振る舞うことやその様子を指す。
かのディアマンテとはある意味で近い性格を持つASなのである。
「敵では、ないのね?」
『貴女がヒカルノ博士の敵ではないのなら』
そう答えたフェレスに対し、スコールはホッとため息をつく。
「私は敵になる気はないわ」
『ならば、貴女に害為すことはありません。ご安心を』
本当に心から安心できたらどれほど楽だろうとスコールは苦笑することしかできなかった。
フェレスの案内で、スコールはデイライトと共に極東支部の研究棟内部の移動を再開した。
「適当に歩いていたが、あれだけは見せておきたいのでな」
デイライトがそういったためである。
どうやらフェレスがデータ採取していたナニカらしく、彼女も知っているらしい。
まあ、デイライトの優秀なアシスタントだというのだから当然でもあるのだが。
もっとも、スコールが驚いたのはそれだけではなかった。
「こんにちはフェレス」
『はい、こんにちは』
「今日も作業ご苦労様」
『お気遣いいただき、ありがとうございます』
「後で新しい武装の設計図をこちらまで届けてくれないか?」
『畏まりました。しばしお待ちを』
「フェレスちゃん、今度デートしよう♪」
『ご冗談はよしていただけませんか。本気にしてしまいます』
最後の一人が「またフラれた……」と、やけに残念そうだったのを、あまり信じたくないスコールである。
それはともかく、この極東支部ではフェレスの存在は当たり前のように受け入れられていた。
誰もが怯えた様子もなく、また奇異の目で見るようなこともなく、まるで人間の研究員の一人のように扱っている。
見た目は使徒そのものであるにもかかわらず。
「正直言って信じられないわね」
「何がだ?」
「フェレスって子を極東支部の人間が受け入れてることよ」
「そうか?」
「ASである前に、元はISでしょう?」
もともとが研究開発を目的とする支部である。
当然、ISの扱いは研究対象としてであり、人間扱いしてきたとは思えない。
そして、ISが進化した存在であるASや使徒もやはり研究対象であるはずだ。
しかし、他の者たちとフェレスの交流を見ると、研究対象と研究者の関係とはとても思えない。
少なくとも、研究員たちはフェレスに人間的な好意を抱いているように見えるのだ。
「それこそが間違いだ」
「えっ?」
「そうだな。例えば生物学の研究者は対象となる生物に嫌悪感を抱いているものか?」
「それは……」
「人間の遺伝子工学の研究者は、人間を憎悪するものか?」
「ちょっと、例えが極端すぎないかしら?」
「いや、同じことだ。研究者は本来研究対象を好意的に見るものだ。少なくとも道具や材料扱いなどしない」
それが出来なかった本部の人間には呆れてしまうとデイライトは続ける。
彼女にいわせれば、研究対象とは研究者がもっとも興味を抱き、執着するものであり、それは好意という感情が一番近いはずなのだ。
「フェレスは確かにもとはISで今はAS。それが話せるようになり、自分の考えを述べてくるようになった」
そして、極東支部の人間はもともとISの研究と開発をしていた。
そうなれば、以前よりISやISコア対する興味は増すのが当然であり、結果としてフェレスのことを普通に受け入れているというのである。
それは、にわかには信じ難いが、フェレスと研究員たちが交流する光景を見る限り、間違いではないのだろう。
実働部隊でありISを兵器として扱うことの多かったスコールと、研究者として好意的にISを見ていた極東支部の人間では、ISとの関係も違っていたということだ。
「反省すべきなのかしらね……」
「お前の場合は仕方あるまい。実働部隊に研究者の意識を持てというのも難しい。私が呆れているのは本部詰めの研究者のほうだからな」
気遣われているのかとスコールは苦笑する。
研究が絡まなければ、比較的付き合いやすいのがデイライトだった。
一度研究が絡むとついていけないのも彼女であるのだが。
そこでふと思いつき、フェレスに尋ねてみる。
「そういえば、あなたはここに飛来してきたの?」
『違います。私はもともと極東支部に研究用として置かれていた打鉄ですから』
フェレスは自分の扱いに特に不満を持っていなかったので、どこかにいこうとは思わなかったらしい。
そして動けるようになったことで、一番興味を抱いていたデイライトに声をかけたのだという。
『ここから飛び去った者たちもいますから一概にはいえませんが、ここにいた他の者たちも、そこまで人間に嫌悪や憎悪を抱いてはいなかったと思います』
おそらく今はアンスラックスと共にいて、共生進化の相手を探しているのだろうという。
ISとの『関係』作り。
それが人類にとって一番大きな課題となっている今、IS学園や極東支部の在り方は今のところ一番良いものであろうとフェレスが語るのをスコールは感心しながら聞く。
考えてみれば、極東の島国、ストレートにいえば日本は古くから擬人化、アニミズムという考え方がある。
物に魂が宿るという考え方だ。
それが、皮肉にもISとの関係を良いものにしていたらしい。
最初にISと進化をしてみせた織斑一夏と日野諒兵が日本人であることを考えると、確かに納得がいくと思うスコールだった。
そんな話をしているうちに、ようやく目的地に着いたらしい。
何人もの研究者たちが忙しなく働いている。
『お疲れ様です、皆様方』
フェレスがそう声をかけると、その場にいた者たちもいささか適当に「お疲れ」と返してくる。
フェレスは本当に極東支部に馴染んでいるのだとスコールは少しばかり呆れてしまった。
それはともかく。
「これだ」と、そういってデイライトが指し示した先にあったのは異様な物体だった。
「私はあと何回驚けばいいのかしら?」
「人生には刺激があったほうが楽しいぞ?」
「せめて皮肉だと気づいてほしかったわ」
そういってため息を吐くスコールの眼前には、楕円形に近い形をした白い球体がある。
一言でいえば卵に近い。
ただ。
「どう見ても直径一メートル以上はあるわよ?」
「まあ、それだけでも普通ではないことは理解できるか」
少なくとも、地球に現存する卵生の生物で直径一メートル以上の卵を産む生物はいない。
当然、普通の卵でないことは理解できる。
「これが、極東支部でもっとも重要な研究対象になる」
「これが?」
「これは有機体と無機物が量子結合したものだと私は推測している」
「は?」
さすがにいっていることがスコールには理解できない。
それを見たデイライトは薄く笑う。
「我々は『天使の卵』と呼んでいる。新たなる生命の卵だよ」