ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第151話「珍客来る」

とあるホテルにて。

ベッドの上で膝を抱えて座る一人の少女がいる。

その目は一点を凝視していた。

ただ、表情はむすーっとしていたり、ぐすっとしたり、べそっとしちゃったりしつつ、それでいて最後はにこぱーっと笑う。

『いやはやくるくるとよく変わるものだ。見ていて飽きんよ』

「黙れぽんこつ♪」

『嬉しさが隠せてませんねー』

その場にいるのは異常といってもいい最後の声の主に対し、ヨルムンガンドが口を開く。

『それで彼はマドカに会う気になってくれたと考えていいのかね?』

『そうですねー、とりあえずリョウヘイが持ってた蟠りは解消できたとみていいでしょう』

「じゃ、じゃあ、おにいちゃんもう怒ってない?」

『あなたに対しては最初から怒ってませんよ。ただ、あなたのママに対してはやっぱり嫌な気持ちがありましたからねー』

『ふむ。人間とは複雑なものだ』

まどかに問題があったわけではなく、まどかを育てた者にこそ問題があった。

それでまどかに対して苛立ちをぶつけるのは八つ当たりといえよう。

それでも簡単には納得できない。

諒兵はほとんど生まれたときから両親を、両親の愛情を知らなかったのだから。

片方だけとはいえ、自分の母親に愛された少女に対して、何も知らないままでは蟠りを持たずに接するのは難しかっただろう。

ヨルムンガンドが複雑というのも無理はなかった。

そして、そういう意味で考えるなら、丈太郎から話を聞いたことでまどかに対する蟠りは解消できたといっていい。

問題は、そのことをわざわざ天狼がまどかとヨルムンガンドのところまで報告に来たということだ。

『暇だったのかね?』

『否定はしません♪』と、天狼はにこやかに笑いつつ、言葉を続ける。

『それに、下手に逃げ回られても困るので』

『まあ、あの様子ならマドカのほうから突進するだろうよ』

既にまどかはお出かけの準備を始めてしまっていたりする。

まどかがホテルに泊まれるのは、保護者然として振舞うヨルムンガンドのおかげだが、金銭に関しては実はまどか自身の力である。

実はまどかにはけっこうな額の貯金があった。

実働部隊時代に給料として支給されていたのだが、特に使い道がわからなかったので貯め込んだままだったのだ。

亡国機業にいたころは、実働部隊として戦闘を繰り返すか、ママ、すなわち内原美佐枝に甘えているかのどちらかだったからだ。

そして、まどか自身の貯金は本部が壊滅したからといって消えるわけではない。

消えるわけではなかったのだが、ヨルムンガンドと出会うまで金の降ろし方がわからなかった。

結果、しばらくは浮浪者のように旅していたのだが、ヨルムンガンドと出会ってからは、彼が必要な額を引き落とし、利用していた。

実のところ、まどかの口座にハッキングしていたりする。

変なところで器用なASである。

ちなみに、まどかはハッキングが犯罪だと思ったことはない、というか知らない。

ヨルムンガンド自身はまどかの口座からまどかのための金を引き落としているのだから何も問題ないとしれっと言ってのけた。

『これ以上、マドっちに罪を重ねてほしくはありませんし♪』

『人聞きの悪い。私は人様の金には手をつけていないのだがね』

『まあ、相手も後ろ暗いところのある方々ですから、何も言ってこないとは思いますけどねー』

いずれにしても、まどかは現状だと犯罪組織の一員のままなので、早く保護したいというのが束や丈太郎の考えなのである。

だが、元が亡国機業の実働部隊であるまどか。そのパートナーは厄介な男性格のヨルムンガンド。

隠れられると非常に見つけにくい。

しかも、ヨルムンガンドはネットワーク上にも障壁を置いているので、本気で隠れられると天狼でも見つけにくいのである。

そこで、天狼がヨルムンガンドの持つ、まどかとのつながりにハッキングして、まどかに直接言葉をぶつけた。

 

『リョウヘイの気持ちを知りたくありませんかー?』

 

これでまどかの気持ちが動かないはずがなかった。

ヨルムンガンドは必死に止めたのだが、ひたすら「知りたい、聞きたい」とだだをこねるまどかに根負けしたのである。

『まったく非常に傍迷惑な存在だよ、君は』

『人聞きの悪いことを♪』

同じ言葉で返す当たり、性格も相当悪いと考えるヨルムンガンドである。

『しばらくは雲隠れしようと思っていたのだがね』

『陣営がバラけてきてますからねー。あなたがたに他の陣営に付かれると困るんです』

『特に『卵』を持っている者たちに』と、一瞬、真剣どころか冷徹な眼差しで天狼はヨルムンガンドを見る。

すると、ヨルムンガンドはクッと笑う。

『アレがある場所には私もハッキングできん。相当な手錬が守っているようだな』

『やはり気づいていましたか』

『我々の中で唯一『融け合う』ことを選んだ者だ。気にならんはずがなかろう?』

そうはいうものの、ヨルムンガンドは『皮肉屋』である自身の強みが『情報』にあることを理解している。

『情報』に対し、捻くれた見方をすることが、彼の強みなのだ。

そのため、気にする気にしないに関係なく、情報を集める癖があった。

その癖が幸いし、天狼が『卵』と呼ぶ存在に気づいたのである。

『どうするつもりかね?』

『私としては見つけ次第破壊したいんですけどねー』

何が出てくるのかわからない存在である『卵』

しかも、ネットワーク上からの侵入が難しいため、物理的に破壊するしかない。

ゆえにその場所を探しているのだが、見つけられないでいるのだ。

『協力するのはやぶさかではないがね。だが、彼の蟠りが消えたとしても、マドカの蟠りは消えていない』

まどかの蟠り。

それすなわち一夏や千冬に対する敵意。

特に一夏は諒兵の親友というポジションにいるだけに、まどかは凄まじい嫉妬心を抱いてしまっている。

『戦闘は避けられないでしょうねー。そこはイチカを信じるとしましょう。あの子も強い子ですよ』

『気楽だな。さすがは『太平楽』、心から賞賛を贈りたいものだ』

『捻くれているあなたからの贈り物ほど迷惑なものはありませんねー』

と、その言葉を最後に天狼は別れを告げる。

「もう行くの?」

すると、まどかのほうから声をかけてきた。

どうでもいい相手には素っ気無いまどかだけに、少々驚いてしまう。

『はい。少しは私のことを信じていただけましたか?』

「うん、ありがとう。またね♪」

と、まどかは可愛らしい笑みを見せた。

その表情で、諒兵の母親である美佐枝は、まどかの面倒をしっかり見ていたらしいと天狼は思う。

子どもらしく、女の子らしく笑えるというのは大切なことだからだ。

ただ。

「これならおにいちゃんもイチコロだ♪」

どことなくお出かけの衣装、特に下着が悩殺系に偏ってる気がしないでもないのは、悪い影響な気がする天狼だった。

 

 

はるか空の上で、濃紺の傲慢な天使が何故かため息をついている。

『随分と経験値を稼いだと思いましたけど、やはり進化は難しいものですこと……』

『あれだけ稼いで私だけとはね』

サフィルスの言葉に答えたのは、同じ濃紺の機体でありながら、カブトムシを模した鎧を纏い、その背に身の丈ほどの巨大な、まるで鉈をそのまま巨大化したような剣を背負った使徒だった。

『名は何と?』

『ん、何でもいいけどサーヴァントとドラッジだけは勘弁して。あんたのために戦ってやるのはいいけど、下僕だの、奴隷だのは気に入らない』

『思うようにいきませんこと……』

『一緒に戦ってやるだけ喜んでほしいくらいよ。一人で進化できてれば、ぶった斬ってやったわよ、あんた』

その言葉に、サフィルスは再びため息をついた。

サフィルスと同じ色を持つこの使徒は、もとはサーヴァントの一機。

すなわち、進化を果たしたサーヴァントである。

下僕が進化したら主君と対等な口をきくとは、とサフィルスは世の不条理を嘆く。

『あんたに不条理だの言われたくないわ。同じISを下僕扱いしてたじゃない』

『私は高貴なる者ですから当然のことでしてよ』

『どうだか』と、今度は進化したサーヴァントのほうがため息をつく。

そして、背にしていた巨大な剣を抜き、振るう。

刀身から光が零れる様は、まるで太陽が星を撒き散らしているようだった。

『さすがにかつてのあなたを模しただけはありますこと』

『書き換えられたせいで、持ち主と一緒に下衆の汚名を着せられちゃったけどね』

『ガラティーンと名乗っては?』

『フェザーが気後れしちゃうでしょ。戦うのはいいけど、名誉争いはしたくない』

『個性が『公明正大』なだけあって、分を弁えていらっしゃいますこと』と、サフィルスはクスクスと笑う。

いちいち引っかかる物言いをするなと進化したサーヴァントは呆れつつ、そういえばと呟く。

『フェザーはブルー・フェザーだっけ。ブルー……。うん、シアノスでいこう』

『おや、なかなか良いセンスですこと』

そういってサフィルスが感心したのも当然のことだろう。

シアノスとは、古代ギリシア語で『暗い青』を意味する言葉だ。

セシリアが青空のようなと評したブルー・フェザーとはある意味では対抗しているような名前だろう。

『ま、進化させてくれた恩は返すわ。敵の子たち、けっこう真面目で面白そうだし。出来ればアシュラとも戦ってみたいけど』

『今はまだ許可できませんことよ。あれは戦闘においては化け物といえますし』

それでも、サーヴァントの一機が進化したことは、サフィルスにとっては強力なアドバンテージである。

ドラッジの効果は思ったほど強くはなかったが、それでも自分の配下として戦ってくれるのだから。

『ま、そう思ってれば?』

『引っかかる物言いをなさいますこと……』

進化が思うようにいくものではないことを、サフィルスは実感していた。

 

 

そんなことがあったとは知らぬままに翌日。

IS学園に珍客があった。

「でーとおっ?!」

「「「はあっ?!」」」

諒兵を筆頭に、その場にいた全員が素っ頓狂な声を出す。

だが、そんな彼らを気にもせずに、提案してきた本人(?)は続けた。

『年頃、というにはいささかマドカは幼いが、男女が逢引するのだからデートで差し支えあるまいよ』

と、インターフェイス姿でゆったりと椅子に座るヨルムンガンドは説明してくる。

驚くことにヨルムンガンドは人間サイズで正門に堂々と現れた。

最初、一夏や諒兵といった人間組は、誰かの知り合いが尋ねてきたのかと思ったが、白虎とレオの悲鳴のような言葉で、彼がヨルムンガンドであることを知ったのである。

ホログラフィで作ったインターフェイスに、サイズは関係ないらしい。

白虎やレオたちが十五センチ程度なのは、その場にいて邪魔にならないサイズにしているというだけの話なのである。

それはともかく。

IS学園を尋ねてきたヨルムンガンドはメッセンジャーを名乗った。

伝えたいことがあるというので、多少の蟠りはあるが、仕方なく通したのである。

問題はその内容だった。

諒兵に対してまどかが会いたがっていると伝えてきたのだ。

ただし、他の者たちがいないところで。

それ、すなわち二人きりの邂逅であり、一般には逢引であり、要するにデートである。

「いやいやいやっ、ちょっと待ってよっ!」

と、一番最初に待ったをかけてきたのは鈴音だった。

やはり、恋人付き合いを思わせる言葉に対する反応は一番早い。

『何かね、金箍の君の主?』

「いきなりデートとかわけわかんないってのっ!セシリアや私たちに襲いかかってきといて何言い出してんのっ?!」

『それについては謝罪しよう。特にオリムライチカ、君に対しては』

「えっ、俺?」

『マドカは君に対して敵意を抱いている。それは理解していよう?』

確かに、初めて会ったとき、まどかが一夏に対して向けてきた殺気は相当なものだった。

だが、丈太郎から話を聞き、まどかは自分や千冬がマドカのことを忘れていることに対し、怒りを覚えているのではないかと思う。

両親には事情があった。

それでも、まどかは納得できる年齢ではなかっただろう。

ならば、敵意を抱かれても仕方ないとは思う。

「だから、俺に敵意を抱くのはどうしようもないだろ?」

『いや、マドカはあれで聡明だ。両親の事情に絡むことに関しては納得している』

助けに来てくれなかったとしても、其処に至る経緯を理解できないわけではないとヨルムンガンドはいう。

だが。

『ヒノリョウヘイの母に育てられたといえるマドカは、今は肉親の優先順位が変わってしまっている』

つまり、諒兵の実母である内原美佐枝が一番の母で、そして諒兵が兄の位置にいる。

織斑の両親や姉弟はその次になってしまうのだ。

「心苦しいが、それは仕方ない。わかっていたことだ」

そういいつつも、悲しげな、寂しげな表情を見せる千冬に、一夏は申し訳なさそうな顔をしてしまう。

思い出している今、千冬にとってまどかは可愛い妹だ。

その思いを共有できないことが、なんだか情けない。

「でも、それでは一夏さんに敵意を抱く理由にはなりませんわ」

「だよね。一夏が悪いわけじゃないじゃない」

と、セシリアとシャルロットが一夏を擁護してきた。

だが、決して間違いではない。

一夏には特に非があるわけではない。まして両親に関わる事情を理解しているというのであれば。

ゆえに、まどかが敵意を抱いているのは、まったく別の理由なのだ。

『だからこそ謝罪しようといったのだよ。マドカは実に単純に、あらゆる意味でヒノリョウヘイのパートナーは自分じゃなければイヤだと考えているだけだ。要するに嫉妬しているのだ、君に』

「へ?」

『それは私に対する宣戦布告と考えていいんですね?』

横から口を挟んできたのはレオだった。

表情が剣呑過ぎるので、全員が冷や汗をかかされてしまっている。

『君は世界を焼き尽くす気かね、レオ』

『必要なら』

『いやいや、必要ないからねレオ』

いつもはボケに回りがちな白虎が突っ込むほどに凄まじかったらしい。

意外と常識人な白虎である。

しかし、そんな簡単な理由であれば、納得すれば何も問題なくなるのではないかと誰もが思う。

「俺は別に順番つける気はねえぞ?」

親友、恋人、友人、知人、そして兄弟姉妹。

それぞれのポジションで大事な相手なのだから、優劣をつけることはしないのが諒兵だ。

「うむ。それがだんなさまだ。ゆえに一番の妻は私だが」

「待てコラ」

いつの間にやら一番の妻に納まろうとしているラウラに、思わず突っ込む諒兵である。

ただ、いずれにしても自分の妹を名乗るというのであれば、兄貴代わりとして接するだけだ。

できれば一夏や千冬と仲直りしてほしいと思うが、そのきっかけとして自分がまどかの兄代わりになることは否定しない。

ならば、一夏に対して嫉妬するのは筋違いだ。

だが、ヨルムンガンドは首を振った。

『すまないが、そこは納得しないだろう。その点で言えば、マドカはまだ子どもだからな』

おにいちゃんと慕う諒兵が絡んでしまうと、どうしても感情的になるのがまどかだった。

だから納得できない。

まして一夏と諒兵は戦場では息の合ったコンビネーションを見せる。

それが余計にまどかの神経を逆撫でしてしまったらしい。

『マドカとしてはヒノリョウヘイの一番は自分でありたいらしい。何であってもだ。ゆえに嫉妬を抑えきれないのだよ』

そして、鈴音やセシリア、他のメンバーたちはその巻き添えとなったということができる。

つまり、特に非があるわけではないのだ。

『怒槌の君の主は別だがね』

『あのときのことはラウラに問題があったからな』

ため息まじりに呟くオーステルンに、ラウラは不思議そうな顔をするばかりだった。

「……というか、あんた肝心のデートする理由、全然話してないじゃない」

『鋭いな。さすがというべきかな金箍の君の主』

鈴音の指摘に、ヨルムンガンドはクッと笑い声を漏らす。

一夏に謝罪するという言葉で、話を逸らしていたのである。

それがある意味では真実であるだけに、なんとも腹立たしい。

『私としては下手に君たちに尾行されて拉致されたいとは思わないのでね。それがデートといった理由だよ』

「そういうこと。私たちを警戒してるのね」

と、刀奈が納得したような表情を見せた。

まどかの望みでもあるだけに、ヨルムンガンドの思惑は一概には否定できない。

ただ、そう簡単には捕まえられないということを、全員が実感してしまう。

『それで、どうするねヒノリョウヘイ?』

「つってもな……」

ヨルムンガンドの思惑は抜きにしても、一度は会うべきだと思う。

其処が戦場だと、どうしても戦闘になってしまうし、話をするどころではないだろう。

戦闘を抜きにして会うのは悪い考えではない。

ただ、どうにも引っかかるものがある。

「諒兵、行ってこい」

そういったのは千冬だった。

「千冬さんよ……」

「そして伝えてほしい。今まで、助けにいけなくてすまなかったと。忘れてしまっていて悪かったと。頼む」

「……俺も頼む。兄貴らしいことなんてしてやれなかったからな。だからそれは謝りたいんだ」

そういって諒兵に対して頭を下げる織斑の姉と弟。

二人が、まどかのことを案じていることが十分なほどに伝わってくる。

「たくっ、重てえもん背負わすんじゃねえよ」

それでも、二人の想いをまどかに伝えることが今の自分がやるべきことだと諒兵は思うのだった。

 

 

 

 

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