出得斗…
読んで字の如く、出先で様々なものを得られる斗いのことである。
最大の特徴は性別を超えた戦いであること。
戦国の世、男女が時間を示し合わせ、様々な場所で駆け引きを行い相手から物や金、ひいては心までを奪おうとする、文字通り雌雄を決する戦いとして知られていた。
戦いの勝者は全てを奪い、敗者は全てを奪われる。
男が勝てば亭主関白。
女が勝てばカカア天下。
当時の勝敗の結果を表す言葉からも、戦国の世において重要な戦いであったことはいうまでもない。
それは己の未来を決める恐ろしくも決して避けられぬものであったという。
現代において、男女の逢引を奇しくも『デート』と呼ぶが、戦国の世の駆け引きが今もなお変わらないことを表しているためだといわれている。
民明○房刊「世界の恋愛大全」より
古すぎるネタはともかく。
その日、親友たち、主に弾の協力でめかし込んだ諒兵はまどかとの待ち合わせの場所に三十分近く前には到着していた。
まさか、人生初デートの相手が一夏と千冬の妹になるとは想像もしていなかった諒兵である。
「何なんだかな」
『ヨルムンガンドのせいです』
「機嫌直せよ。会わねえわけにゃいかねえんだし」
『それはわかってます』
そういいつつも、『私は不機嫌です』というオーラを出しまくっているレオである。
どうやってフォローするべきかと途方に暮れてしまう。
「鈴とラウラにもだな。頭いてえ」
鈴音は頭ではわかっているので仕方ないと認めつつもやはりヤキモチは焼いてしまっており、頬を膨らませていた。
ラウラは妻として付いていくと言い張り、AS操縦者全員はおろか、誠吾や千冬まで出張って止める羽目になった。
まさか自分の初デートがこんな騒ぎになってしまうとはと、本当に頭が痛い諒兵である。
「おにいちゃんっ♪」
「のわっ!」
そこに、いったいいつの間に現れたのか、まどかが後ろから抱き着いてきた。
「おいっ、普通に近づけねえのかっ!」
「だって、普通に近づいたらおにいちゃん絶対避けるもん」
『当たり前ですっ!』
「むう、今日は二人でお出かけなのにい」
不機嫌全開のレオが諒兵の肩に出てきたことで、まどかはいささか不満らしい。
ふうっと息をついてから身体を離した。
とりあえず、話をしなければ意味がないと、諒兵はまどかのほうへと身体を向けつつ、レオに身体を消しておくようにと告げる。
『まあ、いいですけど』と、言いつつも頭の中でレオが不満を並べ立ててくるのでパンクしそうだったが、何とか耐えた。
振り向いてみると、まどかは白地に英字がデザインされたゆったりした肩を隠す程度の袖の長さのTシャツに、ボリュームあるフレアの黒のミニスカート。
髪の毛は右側を一房サイドテールにして子猫のアクセサリがついたゴムで縛っている。
足はくるぶしまでの藍色のソックスと三センチほどの高さのローファーを履いていた。
身長がそれほど高くなく、また成長途上のスタイルであることを考えると、かなり似合っているといえよう。
ところどころ見せている素肌が、健康的な色気を感じさせる。
なかなかおしゃれのセンスの良いまどかであった。
「レオは置いてこれねえっての。てか、まだ時間まで三十分近くあんぞ。早すぎねえか?」
「楽しみだったから早く来たんだよっ♪」
本当に、最初セシリアや一夏に襲いかかってきた少女と同一人物とは思えないほど、幼い印象を受ける。
だが、見た目はせいぜい中学生になったばかりくらいだろう。
年齢よりいささか子どもっぽいかもしれないが、年相応といってもいいのかもしれない。
まどかが亡国機業の少年兵だったことを考えると、本来ならこんな性格には成り得ないはずだ。
その点を考えると自分の母親はまどか本来の子どもらしさを守り続けていたのかもしれないと諒兵は思う。
「ここまで走ってきたのか?」
「うんっ♪」
「なら、のど渇いてんだろ。そこらの喫茶店で一休みしてから出かけようぜ」
「うんっ、いこっ、おにいちゃんっ♪」
そういってにこぱっと笑いながら自分の手を引くまどかに苦笑しつつ、諒兵も歩きだした。
IS学園では。
千冬、一夏、鈴音、ラウラ、セシリア、シャルロット、弾、簪、本音、数馬、刀奈、虚、そしてティナが姿勢を正してモニターに見入っていた。
千冬がハンカチを取り出し、滲んだ涙を拭いている。
「まどか……、大きくなったな……」
「こうしてみると、千冬姉に似てるけど、だいぶ印象違うなあ」
という織斑姉弟のセリフでわかるように、諒兵とまどかのデートの様子を見ているのである。
どうやってか、というと。
「ぐっじょぶだ。クラリッサ」
「任せてください。ワルキューレなら相手がヨルムンガンドでも見つかるようなヘマはしません」
『安心してちょうだいね♪』
ドイツ軍が全面協力していたりする。
技術の無駄遣いであることこの上ない。
というか、仕事はどうしたお前らと誰かが突っ込むべきところなのだが、丈太郎は極東支部探し、束はFEDの調整。
誠吾は訓練プログラムの設定をしていた。
真耶は今日に限っては仕事が手につきそうにない千冬に代わって指令室で待機している。
「私も見たいですう」
そういっていたのは余談である。
また、その場には他にも見物人がいた。
『微笑ましいですねー』
「仕事はどうした太平楽」
『ジョウタロウに任せてきました♪』
「いいのかそれで……」
おそらくAS操縦者の中で一番苦労しているだろう丈太郎のことを思うと、ほろりと涙してしまう千冬たちである。
「でも、驚いたわ」
「確かにあんな、なんていうか子どもっぽいとは思わなかったね」
と、鈴音の言葉にシャルロットが続けるが、そこではないらしい。
「ではどこに驚いたのだ?」とラウラ。
「カッコ。あの子、おしゃれのセンスかなりいいわよ?」
「確かに。少し幼く見える自分の魅力を上手く引き立ててるわね。あれならジュニアアイドルでデビューしてても不思議じゃないわ」
刀奈も同様の感想を述べる。
何より、おそらく友人らしい友人などいないだろうまどかが、あれだけめかし込むことが出来たのは、どう考えても自力だろうからだ。
「ヨルムンガンドさんには無理でしょうし」と、セシリアも意見を述べてくる。
さすがにこのあたりのセンスは発想力がものをいうので、ヨルムンガンドには無理だろう。
そうなると、まどかはおしゃれを自力で勉強してきたということができる。
「自力じゃないんじゃないかな~?」
そういってきたのは本音だった。
では、誰かがアドバイスしたということになるが、誰だというのだろう。
そう考えた一同が本音を問いただすと、あっさりと答えてきた。
「つい最近まで一緒にいたんなら~、たぶんひーたんのお母さんだと思うよ~」
「あっ」と誰かが声を漏らした。
「そういや、諒兵のおふくろさん、美人な上に元は男を手玉に取る諜報員だったな」と、弾。
「なるほど。当然、ターゲットに接するために服装なども拘らなければならない。その指導を受けた可能性があるのか」
さらに数馬も納得したような表情を見せる。
ただし、諜報員としてではなく、女の子として自分を魅力的に見せる手練手管を教え込まれた可能性があるということだ。
「ね、どーだったの?」と、ティナがヴェノムに問いかける。
『おしゃれのセンスとか知んねーよ。ただ、まー確かに今のマドカのカッコは、ファムの影響があるみてーだな』
本部に連れ戻された後も、男は振り向き女は睨みつけるというのが諒兵の母親である美佐枝だったらしい。
そのレベルのテクニックを教え込まれたとなると、まどかは年齢以上に女の子として魅力があるということだ。
「女が嫉妬するレベルって相当よ?」
『だからそーいうのはわかんねーっての』
鈴音の言葉にヴェノムがそう返すのも無理はない。
一応女性格とはいえヴェノムはあくまで使徒。
人間のセンスなど知るはずもないのだから。
しかし、この二人にとっては大問題なのである。
「ラウラ、気をつけないとヤバいわ」
「何?」
「あの子、千冬さんと違ってスタイルが諒兵の好みっぽいし」
単に成長途上にあるだけなのかもしれないが、まどかは少女らしい体型である。
ぶっちゃけ『うすぺったん』、すなわちちっぱいだ。
「くっ、なんということだ。やはり『おねえちゃん』として妹の立場をわからせなくてはっ!」
「鳶に油揚げをさらわれるのは勘弁願いたいわっ!」
「落ち着け馬鹿者ども」
ゴゴンッと、千冬の突っ込みが脳天に突き刺さった鈴音とラウラだった。
「……諒兵の妙な噂って、ひょっとして鈴が原因か?」
「……どうだろう」
「まー、でも、あいつちっこい子に好かれるからな。自業自得だろ」
数馬、一夏、弾の順に、鈴音たちのトリオ漫才を見て呟く。
何となく、諒兵に対する同情心が湧いていた。
比較的ファミリー向けの喫茶店に入った諒兵とまどか。
諒兵は適当にブレンドコーヒーを、まどかはオレンジジュースとパフェを頼む。
本当にデートみたいになっていた。
「甘いのが好きなんか?」
「うんっ、ママがねっ、ケーキとか作ってくれてたよっ♪」
「あーっと、そのママってのは……」
「母様じゃないよ、ママのほう」
「ああ、そんな感じに分けてんのか」
実の母である織斑深雪のことは千冬と同じ『母様』で、育ての母ともいえる内原美佐枝は『ママ』と呼んでいるらしい。
混乱しなくてすみそうだと諒兵は安堵した。
「てか、俺のおふくろはケーキとか作れたんかよ?」
「うんっ、ご飯もお菓子もいろいろ作ってくれた♪」
「マジか……。俺はそんなに料理上手くねえぞ?」
「そうなんだ。でも、ママの旦那さまは料理壊滅的だったらしいよ?」
「……つまり俺はハイブリッドか」
『上手いこといいますね』
と、頭の中でレオが突っ込みを入れてきた。
だが、実際のところ、とてつもなく料理の上手い内原美佐枝と、壊滅的な腕前の日野諒一の息子なので、実力がそこそこなのだろうかとわりと真剣に悩む諒兵である。
「わあっ♪」
「今日は一日付き合うつもりだから、ゆっくり食べていいぜ」
「うんっ♪」
運ばれてきたメニュー、特にパフェを見て目を輝かせるまどかに苦笑してしまう。
戦場では凶暴さを感じさせるが、こういった日常では本当に子どもらしい可愛らしさがある。
美佐枝の育て方のおかげもあったのだろうが、まどかは自分の感情に対して素直に育ってきたということだ。
それは決して悪いことではない。
ただ、そんな少女を戦場に置いてしまうと、手に負えない化け物と化す。
そう考えると、戦うことをむしろ望んでいるような男性格であるヨルムンガンドと共生進化してしまったのは、まどかにとって不幸であったかもしれないと思える。
相手がまどかの性格に合った素直なタイプのISだったなら、IS学園で保護するとしても、話は早かっただろうと考えられるのだ。
「……らしくねえな」
「えっ、おかしいの?」
パフェを美味しそうに食べていたまどかだが、そんな姿が似合わないといわれたと思ったらしい。
諒兵は手を伸ばし、頭を撫でてやりながら答えた。
「そうじゃねえよ。お前のことをなんだかホントの兄貴みてえにマジに考えてる俺自身にびっくりしてるだけだ」
「えっ、えへへ……♪」
撫でられたのが嬉しかったのか、自分のことを真剣に考えているという言葉が嬉しかったのか、まどかは本当に嬉しそうに頬を染めて笑っていた。
その光景を見ていたIS学園の一同は思う。
自分たちは間違っていた、と。
日野諒兵という人物を見誤っていた、と。
「あいつはただのちっぱいスキーじゃなかったな……」
そう弾が呟くと、数馬も納得したように肯く。
「ああ。あいつは一つの方向に特化していたんだ」
「無差別で節操なしの一夏と違って、一方向に厄介な攻撃力を持ってたのね……」
「ちょっと待て鈴。俺のことディスってるのか?」
鈴音の言葉に一夏が突っ込むが華麗にスルーされてしまう。
「確かにあれはパネェ威力あるわー」
「……根が兄貴分なのね。孤児院で磨きがかかっちゃったのかも」
「環境によって鍛えられたということですか」
「ああも自然に見守る態度が取れるというのは恐ろしいですわね。間違えると見下してしまいますし」
ティナが呆れたように、刀奈と虚、そしてセシリアが冷静に分析する。
「ひーたんも天然さんだね~」
「私、不用意に近づかなくて正解だったのかな……」
本音や簪の言葉に納得しつつも、だからといって弾は別の方向にいささか問題がある気がすると刀奈と虚は思う。
「……うう、羨ましい。私も撫でてほしい」
心底から羨ましそうにラウラが指を咥えて呟く。
そう、ほぼ全員が思ったのである。
日野諒兵はガチのロリキラーだ、と。
「お前たち、普通にいいおにいちゃんをしていると言ってやれんのか……」
教え子たちのアホな感想を聞き、千冬はこめかみを押さえていた。
とかく常識人ほど苦労するのが世の常である。
喫茶店を出た諒兵は、まどかにどこか行きたいところはあるかと尋ねた。
いきなりデートといわれて、しかもほとんどすぐに行くことになったのだ。
綿密な計画などたてられるはずがない。さりとて弾あたりに頼もうものなら、どんなコースに行かされるかわかったものではない。
仕方なく、食事やショッピング、遊園地といわれたときにはどこでも連れてってあげられるように場所を頭に叩き込んだだけだ。
だが、その甲斐はあったらしい。
「ショッピング?」
「うん。ママとはお買い物には行けなかったから」
「そか。ありがとな」
自分が行きたいという気持ちもあるのだろうが、まどかとしては美佐枝と出来なかったことを諒兵相手にすることで、自分を育ててくれた美佐枝に恩返ししたいのだろう。
そこには、諒兵に対する負い目もあるはずだ。
実の母の愛情を受けられずに育った諒兵に、その愛情を返したい気持ちがあるように諒兵には思える。
ゆえに自然と感謝の言葉が出た。
その考えが間違いではないことは、今のまどかの嬉しそうな表情が物語っている。
近いところにショッピングモールがあることを覚えていた諒兵はそこにいくことを提案した。
「モノレールで行くと早いぜ」
「じゃあ、一緒に乗ろっ♪」
はしゃいでいるのか、諒兵の手を握って走り出していくまどかに、苦笑いしながらついていく。
デートというより、どちらかというと、おにいちゃんっ子の妹のお出かけに付き合っている気分だ。
実際、そうなのだろうと思う。
本来なら、一夏や千冬といった本当の姉弟とこういったことをしていたはずだ。
だが、亡国機業にさらわれたために、まどかにはまともな幼少期などなかっただろう。
そんな彼女の本来の純粋さを守り続けていたのが、自分の母親である美佐枝だったのだと思う。
そこまで考えると、不思議な感情が湧き起こった。
丈太郎の話を聞き、父は本当にいい人であったことを知り、蟠りはない。
だが、母は亡国機業の諜報員で、元々は父をだますために近づいた人間だ。
まったく蟠りがないといったら嘘になる。
ただ、そんな母が亡国機業に連れ戻されてから、何をしていたのかということをまどかの存在が示している。
おそらくはまどかの実の母である織斑深雪ができなかった母としての愛情を注ぐことを行っていたのだろう。
親友やその家族の助けになろうと自分の母が頑張っていたというのなら、それは素直に誇らしい。
「ほらっ、早くっ♪」
「ああ」
まどかのペースにあわせて走りながら、諒兵はそんなことを考えていた。