ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第154話「兄と妹」

プチ・ファッションショーといったところだろうか。

「おにいちゃん、どうかな?」

そういってシャッと試着室のカーテンを開けたまどかは、今度は黒のゴシックロリータを身に纏っていた。

これがまた非常に良く似合うのだから、やはり抜群の素材を持つ美少女なのだろう。

胸はまだまだ成長途上だが。

「あー、すげえ似合ってんだけどよ」

「なあに?」

「わりいんだが、お前に似合ってる服全部買ってやったら、俺の財布がもたねえよ」

既に十着近く試着しているのだが、おしゃれなどまったく興味のない諒兵にも似合っていることは理解できる。

好きなのを買ってやるといった手前やめてくれとはいえないが、さすがにそろそろ限界だった。

「んー、それならおにいちゃんが好きそうな服がいいな」

「なんでだ?」

「おにいちゃんが好きな服着てるほうが嬉しい♪」

随分とまた、可愛いことを言ってくれると思う諒兵だが、それはそれで否定したいところがある。

「俺の好みに合わせてくれんのはいいけどよ。自分がしたい格好していいんだぜ」

「えっ?」

「自分の好みを抑えてまで俺に合わせんな。上手くすりゃあ摺り合せることもできんだろ」

ただ単に諒兵好みの姿になるのではなく、まどか自身の主張を取り入れたほうがより魅力的になるのは確かだろう。

自分のために、まどか自身の気持ちを殺させたいとは諒兵は思わない。

「例えばな、俺はおしゃれはわかんねえけど、服はシャープな感じが好きだ」

「うん」

「でも、お前は可愛いの好きだろ?」

「わかるのっ?」

「着てきた服も、今まで試着してんのも、けっこう可愛い感じ入れてるみてえだかんな」

やはり女の子なのだろう。

まどかは年相応の可愛らしさを追究した印象がある服装を選んでいる。

なら、それがまどかの好みなのだろうとアタリをつけたのだが、間違いではなかったらしいと諒兵は安堵した。

「なら、お前の好みをベースに、俺の好みを取り入れてくれたような格好のほうが俺は嬉しいぜ?」

「うんっ、わかったっ♪」

にこぱっと笑ったまどかは、すぐに服を選び出す。

ほとんど迷いがないのは、ちゃんと自分に似合う服装を理解しているからだ。

そして、それを教えたのが誰かなど考えるまでもなく理解できる。

その点を考えるならば、やはりまどかは自分の妹になるのだろうと諒兵は思う。

そんなことを何とはなしに思っていると、着替えが済んだらしく、まどかは試着室のカーテンを開けた。

全体はパステルカラーでまとめつつ、上は比較的シャープなブレザーで、下はフリルのミニスカート。

オーバーニーソックスでしっかりと足を隠しているところが、逆に絶対領域の素肌を引き立てている。

まさに余所行きといった感じの格好は、千冬に良く似た少しハンサム系の顔立ちを引き立てつつ、少女らしい可愛らしさをうまく表していた。

「よく似合うぜ」と、諒兵が笑うとまどかは今までより五割り増しの可愛らしさで微笑む。

「どした?」

「おにいちゃんから先に褒めてくれたの、今のが初めてだよ」

「そうだっけか?」

「うんっ♪」

今まではまどかに聞かれてから答えていたのだろうか。

そんな自覚はなかったのだが、自分の言葉で喜んでくれるのは素直に嬉しかった。

 

試着した服をレジに持っていく。

次はこれで、というまどかの言葉にあっさりとうなずくことが出来たことに諒兵は内心驚いていた。

まどかという少女は驚くほどぴったりと自分の妹の位置にハマっている。

まともに話をするのは今日が初めてであるはずなのに、ずっと一緒に暮らしてきたような錯覚すら覚えた。

『あなたのお母様の力だと思います』

自分の気持ちを読み取ってしまったのか、レオがそう伝えてくる。

実際、そうなのだろう。

赤子のときに置き去りにされ、自分は顔も覚えていない。

でも、母は、内原美佐枝という女性は亡国機業に戻ってからも母として自分を想っていてくれたのだろう。

そしてまどかは自分の妹というポジションで、いつか会える日のために育ててきたのかもしれない。

しかし、それは『織斑まどか』だった少女にとっては果たして幸福なのだろうか。

実の姉と兄は別にいる。

なのに、自分が兄のポジションに居座っているような気がして、どことなく気が引けてしまうのだ。

そのことは今日しっかりと話しておく必要がある。

そんなことを考えながら、紙袋に入れられた服を大事そうに抱えるまどかの幸せそうな顔に苦笑しつつ、諒兵は財布からクレジットカードを取り出した。

「かーど?」

「ん?ああ。なんか給料かなんかでてるらしい。手持ちの現金だと足りねえかんな」

言葉に嘘はないが、細かいところまでは気にしていない諒兵だった。

実は、諒兵だけではなく一夏や他のAS操縦者たち。

そして弾や数馬に至るまで給料が支払われている。

命懸けの戦闘と、そのバックアップ。

ただでやれというのでは、ブラックどころの話ではない。

そんなことから各国が話し合い、十分な額の給料が支払われているのだ。

「お支払いは一括ですか?」

「それで」

レジ係の店員の言葉に答えると、差し出されたレシートに名前を書いた。

それが、小さなミスだった。

名前を見た店員が、いきなり自分とレシートに書かれた名前を交互に見始めたのだ。

「間違ってねえぞ?」

字を間違えでもしたのかと思って確認した諒兵だが、どこもおかしなところはない。

「ひの、りょうへい?」

「ああ。間違ってねえって」

「あの日野諒兵ッ?!」

「へ?」と、思わずマヌケな声を出した諒兵は、店内にいた女性たちが一斉に振り向くのを見る。

「なっ、なんだっ?!」

「どうしたのおにいちゃんっ?!」

まどかも妙な状況になったことに気づいたのか、困ったような顔を見せる。

しかし、それどころではなかった。

 

本物よっ!

英雄の片割れじゃんっ!

お近づきにならなきゃっ!

げっとげっとげっとおっ!

既成事実作っちゃえっ!

 

とんでもない言葉が聞こえてきた。

さすがに慄いた諒兵は、動揺しているまどかを抱き上げる。

「服落とすなっ!」

「うんっ!」

元気のよい返事が返ってきたのを確認するや否や、諒兵はまどかを抱えて走りだした。

すると、女性たちも一斉に追いかけてくる。

「なんなんだこりゃあっ?!」

と、言いつつも、以前、IS学園で似たような目にあったことを思い出した諒兵だった。

 

 

その光景を、唖然としながらIS学園の一同は見つめていた。

唯一、冷静に、しかしため息をつきながら見ているのが千冬である。

「あいつ、いつの間にあんなにモテるようになったんだ?」

という弾の言葉を千冬は即座に否定してきた。

「五反田。もし同じ状況になったら、お前もああなるぞ」

「ホントかっ、いでっ!」

思わず喜色満面になりそうになった弾を簪と本音が抓る。

さりげなく自己主張する二人に、一夏と数馬が苦笑していた。

「喜ぶな。同じ女として恥ずかしいが、あの者たちは虎の威を借りようとしてるだけだ」

『リョウヘイはライオンだよ?』

「いや、諺だよ白虎」

千冬の言葉にボケる白虎を一夏が冷静に突っ込む。

『虎の威を借る狐か。まさに女狐の集団だな』

呆れたような声を出したのはオーステルンである。

やはりこのあたり千冬と考え方も近いらしい。

「あー、つまりISで威張れなくなったから……」

「AS操縦者、特に男性に近づいてその威光を利用しようってことだね」

呆れ顔の鈴音とシャルロットが冷静に分析する。

無論のこと、それが正解である。

ISは世の女性たちのいうことを聞かなくなった。

女だというだけで威張れた時代が終わってしまったのだ。

ならどうするか。

そこで考えられたのが、男性のAS操縦者である一夏と諒兵だ。

同性だとこっちの考えを見透かされてしまう可能性がある。

しかし、男ならたらしこむことは不可能ではないはずだ。

つまり一夏や諒兵といった前線で戦う英雄と呼ばれる者たち。

その協力をする弾や数馬。

そういった男性でISと進化した者たちと親密になり、その威光でかつての権力を手に入れようとしているということなのである。

「お前たちの名はあえて公表している」

「何故です、教官?」

「下手に隠すと後々問題が増えるんだ。特にああいった連中が起こす問題に巻き込まれる恐れがある」

人が皆、今、諒兵を追いかけているような者たちばかりではない。

特に前線で戦う軍人は良き理解者といえるだろう。

戦うことの苦悩を知っているからだ。

そういった者たちや、良識的な一般人はこういうときに味方になってくれる可能性も高い。

ならば、名前は公表しておくほうがいい。

味方を増やすためだ。

「面倒な問題を起こす者もいるが、それ以上にお前たちの理解者を増やしておきたいのでな」

「ご面倒をおかけします」

そういってセシリアが深々と頭を下げると、千冬は苦笑する。

「バックアップしかできないのなら、そこに全力を尽くすだけだ」

「織斑先生が味方ってことが一番心強いわね」と刀奈もつられたように苦笑する。

『まー、オレはあーいったバカは見てて楽しーから好きだけどな♪』

「楽しむだけにしてよー。正直近づかれたくないわー」

と、ヴェノムの言葉にどっと疲れた表情を見せるティナだった。

 

 

施設の中を必死に逃げ回る諒兵。

その腕の中で。

「あいつら、私とおにいちゃんの邪魔をするならコロス」

チッと内心諒兵は舌打ちした。

あまりにしつこい女性たちにまどかがキレそうになってしまっている。

『彼女が暴れだしたら本当に死者が出ますッ!』

レオが慌てた様子で叫んできた。だが、そんなことは言われなくてもわかっている。

まどかは素直な分、感情を爆発させると抑えられない。

相手が一般人だろうと本気で暴れてしまうだろう。

何より、まどかにはヨルムンガンドという大きな力があるのだ。

一般人が敵うはずがない。

「しゃあねえなッ!」

仕方なく諒兵は外に飛び出した。

すぐに建物の陰に潜み、そして叫ぶ。

「レオッ!」

『はいッ!』

「おにいちゃんっ?」

まどかが驚くのも束の間、諒兵は翼のみを展開して一気に上空へと舞い上がる。

このくらいのことは一夏も同様にできるようになっていた。

「まどか、このまま人がいないトコまで飛ぶぞ」

「うっ、うんっ!」

そう答えつつも、まどかは諒兵の腕に横抱き、つまりお姫様抱っこされたままである。

この状況で自分の翼を広げようとは思わないらしい。

というか。

『馬に蹴られたくはないのでね』

と、翼を出す気のないヨルムンガンドが皮肉っぽく笑っていた。

とりあえず、そのままで飛び続けた諒兵は、人の少なそうな自然公園の芝生の上に降り立つ。

一応有料施設だが、空から入る人間まで対応していないらしい。

後でちゃんと事情を説明しようとため息をつく諒兵だった。

「驚いたぜ。なんだってこんな騒ぎになるんだ?」

「私にもわからないよ」

『君、というか君たちは有名人なのだよ』

と、さすがに黙っておく気はないのか、ヨルムンガンドが説明してきた。

内容は千冬が一夏たちに語ったことと同じである。

このあたりの情報は逐一かき集めているらしい。

わりとマメな性格のASであった。

「……やっぱりあいつらぶっ飛ばしとくんだった」

さすがに相当腹が立ったのか、まどかが剣呑な表情を見せる。

だが、そんなまどかの頭を諒兵がこつんと優しく叩いた。

「よせ。俺は弱い者イジメは好きじゃねえ」

「おにいちゃん……」

「相手にすんな。相手にしてるとお前も弱くなる」

昔、丈太郎が諒兵に言った言葉だった。

弱い者イジメをするような人間や、強い者に縋るだけの人間は弱い。

そんな弱い人間にまともに相手をするようだと自分も弱くなってしまう。

心を強く持て。

それが強い人間になる第一歩だ、と。

「おふくろはああいう連中を叩きのめせって言ってたのか?」

「ううん、相手にしてなかった。それに、一番強いのは強い人も弱い人も全部受け入れてくれる優しい人だって言ってた」

それはきっと、諒兵の父である日野諒一のことなのだろう。

父との出会いで、諒兵の母である美佐枝は強さを知ったのだ。

その想いをずっと持ち続けてくれたからこそ、彼女に育てられたまどかは純粋な心を失わなかったのだろう。

そう思うと笑みがこぼれる。

「なら、お前もそうなれ。そのほうが俺も嬉しい」

「うん、わかった♪」

にこぱっと笑うまどかに安堵した諒兵は、少し休もうといってそのまま芝生に腰を下ろす。

まどかもつられたように笑いながら、腰を下ろすのだった。

 

 

そんな微笑ましい光景をほんわかとしながら眺めていたIS学園の出歯亀一同。

「いい子に育ったんだな、まどか……」

そういって千冬が再び眦に浮かぶ涙を拭く。

すっかりただの姉バカである。

「諒兵のおふくろさんに感謝しなきゃなあ」

「一夏」と弾が苦笑する。

「時間はかかるだろうけど、俺もまどかのことを妹として受け入れたいって思えるんだ」

「それがいい。あの様子なら、いずれは理解してくれるだろうからな」と数馬も優しげに微笑む。

このまま簡単にいくとは誰も思っていない。

それでも、今の諒兵とまどかの様子には、少なからず良い未来が見えてくる。

そう思うと、今回のデートは決して無駄ではないと思えるのだ。

「まあ、最初はムッとしたけどさ。おにいちゃんと仲良しの妹のお出かけって思えば、ね」

「やはりちゃんと私が兄嫁であることを説明しなくてはならんがな」

苦笑する鈴音に対し、あくまでそこに拘るラウラ。

「見てて微笑ましい。なんだか優しい気分になる」

「だね~、ホントいい子だよ~」

やってることはデートの覗き見なのだが、随分勝手な言い草の簪と本音である。

「これも家族の一つの形なんだね」

「血のつながりは大切なものですが、心のつながりはより大切なものということを実感しますわね」

今の諒兵とまどかを見ると、本当に仲の良い兄妹に見える。ゆえにそんな言葉が出たシャルロットとセシリア。

「なんだかなー、アメリカのパパとママ思い出しちゃうなー」

「それわかるわ。私も思い出しちゃった」

「どんな人間であれ、祖父母、両親から連なるつながりを持ってますから。そう考えると、日野君とまどかさんはお互いにお母さんから得たつながりを持ってるんでしょうね」

ティナの言葉に共感する刀奈。

そして冷静に分析する虚。

とはいえ、虚も普段のきりっとした表情とは違う優しい笑顔を浮かべている。

皆が皆、心が温かい、そう感じていた。

だからこそ、その叫びは無粋以外の何物でもなかった。

 

「織斑先生ッ、サフィルスが出現しましたッ、京都ですッ!」

 

「「「空気読めえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」」」

 

一同、そう思ったものである。

「何でですかあっ?!」

緊急事態を真面目に報告してきた真耶にしてみれば、理不尽なことこの上なかった。

 

 

 

 

 


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