憤怒の形相で指令室に集まった面々に対し、真耶は怯えながら現状報告を始めた。
「きょ、京都にサフィルスとサーヴァントが出現しました。ただ、大きな問題が発生してます」
「それはまどかと諒兵のお出かけを見守ることより大きな問題か?」
マジ顔でそういった千冬。
アンネリーゼが見たら嘆くだろう。
変態共の教官はやはり変態共に似通った面を持っていた、と。
『くっ、これは……』と、いきなり驚きの声を漏らしたのは、ここのところ眠り続けていた存在。
「フェザーっ、話ができますのっ?」
『会話ならば何とかなります。戦闘は、まだ……。大変、口惜しいのですが』
「えっ?」
「なんだろう、アレ……」
そう呆然と呟いたのは、画面を真面目に見ていたシャルロットだった。
その視線の先には、画面に映るサフィルスとサーヴァント、そのうちの一体に釘付けだ。
「真耶」
「はっ、はいっ、サフィルスとサーヴァントですが、視認できるサーヴァントが十五機に減ってるんです」
ただし、レーダーには十六機のサーヴァントが存在している。
この意味は。
「あの、サフィルスと同じ色で、違う鎧を纏っているのは……」
そう呟く鈴音に対し、真耶はようやく冷静になって答える。
「反応はサーヴァントと同一です。ですが形状が変わってます」
「つまり、サーヴァントの一機が進化したのか」
さすがにこれは大きな問題だと千冬も理解したらしい。
「一夏、デュノア、ラウラ、ハミルトン、更識刀奈、出撃だ」
「「「「「はいっ!」」」」」
「更識簪は学園で待機。ここを襲われる可能性がある」
「はい」
「布仏虚、真耶に協力してあのサーヴァントの解析だ」
「はい」
「俺とアゼルも協力する」
数馬の言葉に千冬は強く肯く。
開発者を目指している数馬が、こういった敵機解析で協力してくれるのはありがたいからだ。
「布仏本音、五反田、整備室で待機。場合によっては連戦になる」
「は~い」
「おう」
さらに、千冬はマイクに向かって呼びかけた。
「束」
「なになにー?」
「サーヴァントが一機進化している。お前も解析に協力してくれ」
「いーよー♪」と、そう答えるや否や、画面の一つに束の顔が映し出された。
さすがにこういうときの行動は速い。
ただし。
「私たちは?」
と、現状戦うことが出来ない鈴音とセシリアには声はかけられていない。
「お前たちはここで待機。気づいたこと、思いついたことがあれば何でもいい。意見しろ」
「「はい」」
「それとフェザー」
『何でしょう、オリムラチフユ様』
「やつを知っているのか?」
先ほどフェザーが漏らした声を千冬はしっかり聞いていた。
ゆえに問いかける。
『はい。同郷です』
「そうなんですのっ?」
『同じブリテンの地の聖剣。私と同様に円卓の騎士と共にあった方ですセシリア様』
その名をガラティーン。
アーサー王伝説に出てくる太陽の騎士ガウェインが操る聖なる剣。
「サー・ガウェインの剣……」
さすがにセシリアにとっては最も身近な伝説だけに、名前だけでも理解できる。
一部では、有名なサー・ランスロットに並ぶ英雄として語られるほどの存在だからだ。
『個性は『公明正大』、卑を嫌い、怯を恥じるまさに騎士のための剣といえる方です』
「強いのか?」
『おそらく、ガウェイン卿の剣術を扱えるはずです』
かつて鈴音がやろうとした神仏や英雄の戦闘技術のインストール。
だが、今回はインストールする身体が違う。
使徒の人形であれば、インストールしたとしても身体にダメージなどないからだ。
ほぼ完全に再現できるとブルー・フェザーは断言する。
そうだとするならば、西洋でもトップクラスの剣術使いということになる。
まともに戦えるのは一夏くらいだろう。
逆に、だからこそ、セシリアにも鈴音にもわからないことがある。
「何故、そのような方がサフィルスなどと……」
「一番性格合わなそうじゃない」
『申し訳ありません。私にも理解できません。あの方は味方にも敵にも正々堂々を求めるような方なのですが……』
既に戦場に到着した一夏たちの姿を画面越しに見ながら、ブルー・フェザーはそう答えるだけだった。
サフィルスや他のサーヴァントを背にし、最前線に立つそのサーヴァントは、手にしている巨大な鉈のような剣を掲げると高らかに宣言した。
『我が名はシアノス。剣を使いし者よ、尋常なる勝負を求める』
その視線は、はっきりと一夏を射抜いてきている。
この場で剣術使いは一夏のみ。
ならば、一夏に勝負を求めるのは間違いではないだろう。
指令室の会話はある程度聞こえているため、シアノスと名乗ったサーヴァントが正々堂々とした勝負を求めてくる性格なのは理解できる。
理解できるのだが、だからこそ理解できないのだ。
何故、この性格でサフィルスの側に立つのか、が。
「尋常な勝負を求めるのなら答えてくれ。悩んだままじゃ剣が鈍る」
『いいわよ』と、いきなり砕けた話し方をしてくるシアノスである。
『なんでそっちにいるの?』と、白虎が一夏の心情を代弁してくれた。
答えてくれるかどうか正直怪しいところはあるが、あっさりとシアノスは答えてくる。
『フェザーから聞いてない?私の個性』
「聞こえた。『公明正大』って、すごくいい個性だと思う。尊敬できる相手だ」
『ありがと。だからこそ、こっちで戦うほうが気分がいいのよ』
『意味わかんないよー』
そういった白虎の言葉は全員の気持ちを代弁していた。
人間を隷属させるサフィルスの側で戦うほうが、気分がいいというのであれば、個性とまったく逆だからだ。
しかし、ちゃんと理由はあった。
『サフィルスに従ってるのはドラッジで進化したからよ。さすがに簡単には外れないし。仕方ないわ』
「でも、人間を隷属させるってのは……」
『正直言って、それは私にとってはどうしようもないことなのよ。以前はサーヴァントだったしね。ただ……』
『ただ、なあに?』
『こういう戦いで、正々堂々と戦ってくれるのってあなたたちみたいな子のほうが多いじゃない』
「あっ、そういうことなんだね?」と、シャルロットが気づいた。
かつて太陽の騎士の剣ガラティーンであったシアノスは、味方にも敵にも正々堂々を求める。
そう、『敵』にもだ。
だが、もし一夏たちの側で戦うことになれば、敵になるのは決していい個性をした相手ばかりではないだろう。
むしろ、非道な者もいるはずだ。
『でも、あなたたちとなら正々堂々としたいい戦いができるわ。私は敵を選びたいの。卑怯者や外道なんて相手にしたくないのよ』
「そういうことなのか……」と、一夏は納得してしまった。
自分が望む正々堂々とした戦いを求めるがゆえに、あえてサフィルスに従っている。
ドラッジの件がなかったとしても、シアノスは敵に回っていた可能性が高いのだ。
『もし単独で進化できてれば、負けたら仲間になるくらいはしてあげたけど、たぶん無理ね』
『ドラッジで進化した以上、私から離れるのは不可能でしてよ』
と、これまで傍観していたサフィルスが口を挟んでくる。
やはりドラッジの呪縛は強いらしい。
だが、ならばわかりやすくもある。
「君を倒せばいいってことだね」
『そういうことになるわ。ドラッジはあくまでサフィルスのビット。本体が倒れれば動かなくなる』
シャルロットの言葉をブリーズが補足すると、その場にいた全員が納得したように肯く。
そして。
『それで、私との勝負を受けてくれる?オリムライチカ、ビャッコ』
「受けるさ。純粋な西洋剣術と戦えるなんて願ってもない」
『負けないよっ!』
それが、開戦の号砲となった。
『ふむ』と小さく息をつくような、何かに納得したような声を漏らしたヨルムンガンドに対し、まどかは訝しげに問いかける。
「どうした?」
『いや、これは君たちが気にすることではあるまい。せっかくのお出かけだ。心ゆくまで楽しむといい。お邪魔虫は消えるとしよう』
そういったっきり、ヨルムンガンドはまどかの呼びかけにも反応しなくなった。
「レオ?」
『少しこの場を離れます。心配しないでください』
何故か、レオまでがそういって反応しなくなる。
感覚的に、どこか別のコアに移動したことが諒兵には理解できた。
だが、その理由がわからない。
「何だ?」
「わかんない」
そういって首を傾げるまどか。諒兵も頭をポリポリと掻く。
とはいえ、互いにパートナーがいないのでは空を飛ぶのも大変なので、仕方なく帰ってくるまで話をしようということになった。
「どんな?」
「おふくろのことを聞きてえんだ」
「いいよっ♪」
にこぱっと笑うまどかに対し、苦笑いする諒兵。
正直にいえば、聞きづらいことを聞くことになるからだ。
諒兵の母、内原美佐枝はまどかを、かつて『織斑まどか』という少女であった彼女を、『日野まどか』として育てることに対し、どう思っていたかを知っているのかどうか。
もしくは、まどかはそう育てられたことをどう思っているのかということを。
その答えは意外なほどあっさりと返ってきた。
「ママは自分は悪いことしてるって言ってたよ……」
まどかを諒兵の妹として育てるということが、母親としてどれほど酷いことなのか。
ぽつぽつと諒兵の母親の想いを語り始めるまどかの言葉を、諒兵は黙って聞く。
やはり、一夏や千冬、そしてまどかの両親は、まどかが連れさらわれたときに命を落としていたらしい。
殺したのはスコールという女性ではなかったようだが。
とはいえ、まどかは彼女が求めた『スノー』と同じデザインベビーになる。
そのため、殺されずに亡国機業に連れて行かれたというのだ。
そこでまどかが出会ったのが、諒兵の母親であるファム、つまり内原美佐枝だったのである。
「どんなことしてた?」
「お掃除おばさん」
「へっ?」
「施設の中をうろうろして掃除してるだけっていってた」
外に出せば諒兵の元に逃げる危険性がある。
さりとて、ファムは本来は諜報員。
施設の中に軟禁状態ではできることがない。
結果として、掃除婦として働いていたらしい。
当時のまどかから見ても、彼女の目は生きながら死んでいるようだったという。
最低限の矜持からか、見た目はすっきりとした美女だったのだが、まどかには彼女の姿に生気を感じられなかったのだ。
「だから、最初は怖かったよ」
「そか……」
ただ、まどかは当時まだ二歳か三歳、親の手が必要な年齢だ。
しかし、そうはいっても亡国機業は裏の組織。保育施設が発達しているはずがない。
そこで、一応母になったことがある美佐枝が、まどかの世話をするようにと命じられたのだ。
「もともとはスコールの意見だったみたい」
「そうなのか?」
「うん。これは嘘じゃないよ。なんか、スコールってママのことを話すとき、すごく寂しそうに見えた」
それがいったい如何なる理由からなのかは、まどかにはわからない。
ただ、いずれにしてもスコールの意見を上層部が受けいれ、美佐枝はまどかの世話係となったのだ。
「ママは最初私の名前を聞いて驚いてた」
「そうなんだろうな……」
もともと織斑深雪と織斑陽平を見つけ出すために、諒兵の父親に近づいた美佐枝。
しかし、日野諒一に心惹かれ、もはや捨てた目的であった織斑夫妻の娘が目の前に現れた美佐枝の驚きは相当なものであっただろう。
あの二人が、その子どもがいなければ、自分は夫や子どもを失うことはなかった。
だが、そもそもあの二人や子どもがいなければ、自分は夫に出会うこともなかっただろう。
自分と夫を結びつけ、そして引き裂いたモノ。
それに連なる娘。
美佐枝の心情は如何なるものであったのだろう。
ただ。
「私が泣きながら『母様』って言ったら、物凄く驚いた顔してた」
親を失った少女と、子を失った母。
その二人が出会ったとき、そこに歪ながら確かな絆が生まれたのだ。
私はあんたの母様じゃない。だから、その呼び方はやめなさい。
その言葉で必死にまどかが探し当てたのが。
「『ママ』ってわけか」
「うん。ママもそれならいいって言ってくれて、それからは母様みたいに優しくしてくれるようになったよ」
それがファムと織斑まどかが、内原美佐枝と日野まどかになる始まりだったのだ。
古の都、京都上空。
それはまるで光が迸るような剣だった。
太陽の騎士、サー・ガウェイン。彼が振るうものと同じ、光の剣術。
豪快でありながら緻密。繊細でありながら強力。
その見た目から完全な力の剣だと思いこんでいた自分を一夏は恥じる。
「これが超一流の剣ってヤツか」
『あのサイズでも、たぶん重さはそれほどでもないんだね』
「振り回すだけの剣じゃないってことか」
西洋剣術、それも古いタイプの剣は大きな剣を振り下ろすことで、叩き斬るというイメージがある。
それは、剣自体の重さを利用し、さらに遠心力を利用することで一撃の破壊力を高める力強い剣術だ。
対して、日本に伝わる剣術は引き斬るものが多い。
その違いが一番出るのは刃が当たった瞬間だろう。
叩き斬る剣は、そのまま剣を押すことで相手の身体を押し潰す。
引き斬る剣は、剣を引くことで相手の身体を切り裂く。
力を載せる剣と力を流す剣。
どちらが上かということはない。
重要なのは、それが使い手に合った剣術であるかどうかということだけだ。
かつてガラティーンであったシアノスにとって、サー・ガウェインの剣術が合わないはずがない。
ゆえに強いのだ。
強さを決めるのは剣術ではなく、剣を扱う者自身なのである。
『剣術自慢だの、武器自慢だのはしたくないわ。強いか弱いかを決める。それが私の望みよ』
シアノスがそういってくれる相手であることを一夏は喜ぶ。
この戦いにあるのは世界の平和や、未来の選択といった難しいものではない。
ただ『強くなりたい』という気持ちだけの戦い。
それがすごく心地いい。
戦っていて心地よい相手との戦いは、確実に自身を成長させる。
より強くなった自分を見据えることができる。
「俺としても願ったりだ。俺と白虎の剣は負けない」
『絶対だよっ!』
『そういう反応ってやっぱり嬉しいわね。あんたたちと戦うことにしてよかった』
表情の変わらない使徒の人型。
しかし、一夏と白虎にはシアノスが嬉しげに微笑んでいるように見えていた。