ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第156話「日野まどか」

眼下で繰り広げられる騎士と剣士の一騎打ち。

その様子をじっと見つめる銀の光。

「さすがに強いわね」

『サー・ガウェインの剣術。それだけでも特筆に価するでしょう』

「しかもペナルティがない」

『使徒の人形はインストールしたとしても、十分な対応力がありますから』

そんな会話をしているのは、ティンクルとディアマンテだった。

今は一人と一機で戦闘の様子を見守っている。

「私でもあのレベルで再現は無理かな」

『そう、ですね……』

それはとても小さな声で呟かれた言葉だが、大きな矛盾を孕んでいる。

ティンクルの身体は今でこそ量子転換によって鈴音そっくりだが、元は使徒の人形だ。

対応力がなければおかしいということができる。

だが。

『元は使徒の人形でも、量子転換によって人間の身体に近づけた以上、制約が生まれます。これはスマラカタも同じでしょう』

「そうね……」と、ティンクルは再びため息をつく。

使徒の人型のままであればインストールに対応できる。

だが、現存する人間に近い身体に量子転換すれば制約が生まれてしまう。

ディアマンテの言葉通り、真耶の容姿を手に入れたスマラカタも同様の制約があるのだ。

それは、戦闘をする上では悪手だろう。

もっとも存在としてどう在るかは本人の選択次第だ。

これがいいと思ったのであれば、仮に制約があったのだとしても、本人の気持ちの上では損はない。

「くよくよするのは性に合わないわ。私たちは私たちのやり方で強くなればいい」

『はい。『卵』の件もあります。今はフェレスを見据えておくべきといえるでしょう』

「そうね。あの子、大勢の研究者のバックアップがあるから、けっこう面倒だけど」

『人と良い関係を築いていることは、素晴らしいことだと思えますね』

「同感。ホントいい子なんだけどなあ」

いくらか気持ちが和らいだのか、軽い口調で語り合いつつ、眼下の戦いを見つめるティンクルとディアマンテだった。

 

 

一夏とシアノスが一騎打ちをしているその周囲で、シャルロット、ラウラ、刀奈、ティナは連携しつつ、サーヴァントと戦う。

ラウラと刀奈が前衛、シャルロットとティナが遊撃サポートだ。

だが、一同はサーヴァントの動きに違和感を覚える。

「ここまで接近してくるタイプだったかしら?」

「向こうから近づいてくるなら好都合だぞ」

『いや、これは何らかの思惑を感じるぞラウラ』

オーステルンの言葉にラウラが問い返そうとしたとき、IS学園から通信が聞こえてきた。

[おそらく決まったサーヴァントに経験値を蓄積させてますわ]

なるほど、そう考えれば合点が行く。

サーヴァントはすべてまったく同じ形だが、数機のサーヴァントがやけに前線に出てきているのだ。

当然、交戦回数も増える。

[デュノア、ブリーズ、マーキングできるか?]

「はいっ!」

『OKよ』

マーキングといっても、何かを打ち出すわけではない。

ブリーズが十五機のサーヴァント全てにナンバーを振っただけだ。

それでも、一度振ったナンバーを書き換えられてしまうような間抜けなことはしない。

シャルロットのパートナーであるブリーズは、『慈愛』という個性を持つが、だからといってシャルロットの悪辣な面から学ばないわけではない。

勝つために情報を集め、策を考える。

そういった点に関しては、むしろ積極的に学んでいるのだ。

『3番と8番、11番の交戦回数が多いわ』

[個性を探ってくれ。かつて何に宿っていたかまでは無理でも、今後進化したとしてどんな敵になるのかは知っておきたい]

「わかりました」

今、一夏と互角に戦っているシアノスは『公明正大』という個性を持つ。

それ自体は決して嫌われるようなものではない。

ただ、だからといって眠りにつかなかった者である以上、ある程度は好戦的な面がある。

かつてガラティーンに宿っていたシアノスは、正々堂々と戦いたいという望みを持っていたからだ。

そういったまだ救いを感じるような個性というか、性格ならともかく、そうでない個性。

すなわち、他者に被害を与えるような可能性を持つ個性であるのならば捨て置けない。

ゆえに千冬は個性を探るように命じたのである。

これ以上、シアノスのように進化されては困るのだ。

サフィルスまでの道程が遠くなってしまうのだから。

だが、そのサフィルスが意外な行動をしてきた。

「ワオッ!」

『チィッ、クソがッ!』

手にしたレーザーカノンで、ティナとヴェノムを狙撃してきたのである。

『相変わらず汚らしい言葉を使いまして?』

『ああ?生憎とオレに気品なんてもんはねーよ』

『そうでしょう。進化に至りながら、人に媚び諂うようなあなたに気品などありえなくてよ』

『ごちゃごちゃうるせーよ。エロトカゲのほうがまだわかりやすいぜ?』

スマラカタのことである。

エロい容姿にトカゲの鎧でエロトカゲ。

真耶が指令室でしくしくと泣いていたがヴェノムはまったく気にしない。

『一時でも共にいた身として、私が罰を与えて差し上げてよ』

『ティナッ、ご指名だッ、気合い入れろッ!』

「上等ッ!」

どうやらサフィルスは、サイレント・ゼフィルスだったころ、一応は同じ実働部隊にいたものとしてアラクネであったヴェノムを倒したいらしい。

同時に、決まったサーヴァントに経験を積ませる邪魔をさせたくないのだろう。

だが、ティナとヴェノムを倒されるわけにはいかない。

それに、サフィルスが一騎打ちを望むというのであれば、むしろ好都合になる。

[更識刀奈ッ、サポートに回れッ!]

「はいッ!」

[ラウラッ、デュノアッ、サーヴァントを牽制しろッ!]

「「はいッ!」」

そこに更なるアドバイスが飛んでくる。

[サフィルスはおそらくサーヴァントを『使って』きますわッ!]

セシリアの言葉は確かに納得がいく。

今まで戦闘はサーヴァント任せであったサフィルスだが、サフィルス自身が戦えないわけではない。

さらに、ドラッジを通じてサーヴァントが蓄積した戦闘経験のコピーをサフィルスも受け取っているならば、その戦闘力は並ではなくなっている。

[ティナッ、ヴェノムッ、気をつけてよッ!サフィルスとサーヴァントの連携があるわッ!]

「あいよーっ!」

『負けてたまっかってーのッ!』

一夏とシアノスの一騎打ちの裏では、前線部隊とサフィルスとそのサーヴァントの総力戦が始まっていた。

 

 

一方その頃。

自然公園で諒兵とまどかは話を続けていた。

「ママとしてのおふくろはどうだった?」

「優しかったよ。お料理がすっごく上手で、お菓子作りもできるし、お掃除もきっちりしてたし、お裁縫なんかも出来た。一緒にいた頃は私の服も作ってもらってたんだ」

「へえ。いっぱしの母ちゃんじゃねえか」

いっぱしなんてモノではない。

母親としてこのレベルであれば、ハイスペックどころの話ではないだろう。

「聞いてみるとね、こういうこともできるほうが女の魅力を補強できるっていってたよ」

「なるほどな」

諜報員であったファムこと美佐枝。

そのための努力は怠らなかったらしい。

ゆえに、料理、掃除、裁縫なども嗜みとして覚えたのだろう。

超一流の職人ほどではなくても、母親としては十分以上の能力を持っていたということだ。

「だからね、私も教えてもらってたんだ」

「マジかよ」

「まずはお料理を覚えるのがいいって言われて、教えてもらってたんだけど、そのすぐ後に離反があったから……」

残念ながらお菓子作りに入る前に別れが来てしまったということだ。

美佐枝の女子力をまどかが叩き込まれていたとしたら、まさに半端ないパーフェクトな美少女になっていたかもしれない。

それはそれで惜しいかなと諒兵は苦笑してしまう。

「今度、お料理作ってあげるね♪」

「ああ。楽しみにしてるぜ。でもな……」

「なあに?」

「俺は孤児院育ちだから、大勢で食う方が性に合ってんだ。まどか、お前たくさん作れるか?」

「う~ん、わかんない」

「できりゃ、自慢の妹の手料理を俺のダチみんなに味わってほしいぜ?」

「む~……」と、まどかは可愛らしく唸ってしまう。

諒兵以外の人間などどうでもいいという考え方をしているまどかだが、『自慢の妹』と呼ばれると『おにいちゃんのために』頑張りたくなる。

その点を理解していっているあたり、意外と策士な諒兵だった。

「無理にとはいわねえけど、ちょっと考えてみてくれ」

「わかった。おにいちゃんのためだもん」

あっさりハマってしまうあたり、いささか将来が心配なまどかである。

さすがに興味があるとはいえ、自分の母親のことばかり聞いていたらまどかが飽きるだろうと思い、今度はまどか自身について聞いてみる。

「ママといないときは、ずっと訓練してた」

「ISのか?」

「うん。でもISが出る前は普通の戦闘訓練してた」

とはいえ、拉致されたほぼ直後に束がISを発表しているので、実際のところ、ほとんどISの訓練であったといっていい。

ただし、それは競技者としての訓練ではなく、ラウラと同じ軍事訓練になる。

まどかは少年兵として育てられていたからだ。

「それ以外のことはしなかったのか?」

「それ以外のときはずっとママといたの。私が八歳になったらオータムはもうママにかかわるなって言ってたけど、私はママといる時間が大好きだったから」

「そか……」

もともと『スノー』の代わりとして拉致された以上、当然のこととはいえるが、そんな選択肢のない人生はゴメンだと諒兵は思う。

 

生き方は自分で選びたい。

 

どこかで、そんなことを叫んだ記憶があるが、そんなことはどうでもよかった。

一番大事なのは、まどかが、本来ならば少年兵としてだけ育てられるはずだったのを、諒兵の母親である美佐枝が普通の少女としても育てていたということだ。

それはまどかにとって幸運だっただろう。

少なくとも、美佐枝と一緒にいる時間を望むことが出来たのだから。

ただ、それでも美佐枝が自分の娘として、諒兵の妹として育てたことが正しいとは思えない。

「さっき、おふくろが自分は悪いことしてるっていってたっつったな?」

「うん」

「どういう意味か、聞いてるか?」

「うん、私も母親だからそれがわかるって……」

「母親だから?」

「母様の気持ちを考えたら、決してやっちゃいけないことをしてるって……」

まどかの実の母親、織斑深雪。

その気持ちを考えれば決してやってはいけないこと。

それは。

「私を奪うことだって言ってたよ」

「お前を奪う?」

その意味をまどかは語る。

単純に考えれば、まどかを拉致したのは亡国機業だ。

確かにそれ以前に連れ戻されていたファムこと美佐枝は亡国機業の人間だから、まどかを奪ったといえないこともない。

さらに言えば、美佐枝はもともと織斑夫妻の子どもたちを拉致するために諒兵の父親に近づいた。

まったくかかわりがないわけではない。

それでも、美佐枝だけに非があるわけではないし、美佐枝だけが罪悪感を抱く理由もない。

そうではないとまどかは語る。

まどかはかつて『織斑まどか』だったのだ。

つまりは。

「私を『日野まどか』として育てる。それは、織斑の家から私を奪うことになるって言ってた」

「それは、そうかもしれねえけどな……」

そう言葉を濁してしまうが、諒兵がもっとも気にしていたのがその点だ。

まどかには一夏と千冬という兄弟姉妹がいる。

そんなまどかを日野まどかとして育てるということは、織斑の家から、実のきょうだいたちから奪うということと同じなのだ。

それは間違いないことなのだ。

「自分も母親だから、子どもを奪われる痛みは理解できる。だから、織斑の家に、特に同じ母親である母様に悪いことしてるって」

「わかってて、何でおふくろは……」

「でもね。母親だから、一番はやっぱり自分の子どもなんだって言ってた」

「何?」

 

「独りぼっちになっちゃったおにいちゃんに、どうしても家族を作りたいんだって言ってたんだよ……」

 

母親だから、織斑深雪から子どもを奪う罪の重さを理解している。

けれど、母親だから自分の子どもである諒兵を独りぼっちのままにしておきたくなかった。

「ママの旦那さまがいたなら、そこまで心配しなかったかもしれない。でも、旦那さまは死んじゃって、ママはもう戻れない。だから、新しい家族を作ってあげたかったんだって」

そう申し訳無さそうに、寂しそうに語るまどかの言葉を諒兵は黙って聞く。

美佐枝はまどかを自分の娘としてではなく、諒兵の妹、新しい家族として育てていた。

日野諒一の死も、亡国機業に連れ戻されたことも、原因は美佐枝自身にある。

その罪滅ぼしとして、何より、独りぼっちになってしまった諒兵に新しい家族を作ってあげたかった結果が、まどかという存在なのだ。

結果として織斑の家からまどかを奪うことになったとしても、自分の子どもが一番心配だったから。

だが、だからこそ、諒兵はまどか自身の気持ちを改めて聞きたかった。

本当に、それでよかったのか、と。

「不安だったよ?」

「そんなら」

「でも、こうしてちゃんとお話して、おにいちゃんは私自身が欲しかった優しいおにいちゃんだってわかったから、今はよかったって思うよ?」

「千冬さんだって、一夏だって、お前のことを心配してるぜ」

「それはわからないわけじゃないけど、やっぱり私を育ててくれたのはママだから、おにいちゃんがいい。おにいちゃんがいればいい」

その気持ちが嬉しくないわけではない。

しかし、そういう考え方は諒兵は好きではない。

ならば伝えるべきことはわかる。

かつて同じことを言ったのも思えば妹みたいな少女だった。

今は自分の妻といって憚らないが。

「たくさん?」

「ああ。俺だけってのはやめろ。少しずつでいい。千冬さんや一夏とも仲良くなって、他の連中とも仲良くなってほしい」

そう呟き、諒兵はまどかを促して一緒に空を見上げる。

「この青空いっぱいに、たくさんのダチを作るんだ。俺もお前の傍にいる。でも、俺だけで終わりにすんな。もっといっぱいのダチで空を埋め尽くすんだ」

「そんなにできる自信ないよ」

「俺が傍にいるっつったろ。お前のにいちゃんだかんな。困ったときは俺が助ける。でも、いつまでも甘えん坊じゃダメだ。ずっと俺が負ぶってやることは出来ねえよ。ちゃんと自分の足で歩いてくんだ」

そのための方法を、少しだけではあるが美佐枝がまどかに教えている。

AS操縦者として、戦士としてだけではない。

普通の少女としての未来がちゃんと開けているのだ、まどかにも。

だから、『日野まどか』のままで終わってほしくない。

それは諒兵の素直な願いだ。

「俺の妹として、一緒に歩いてくってのはそういうことなんだ」

「……頑張ってみる、けど」

「今はそれでいい。すぐに何とかすることはねえよ。お前からはしばらく目が離せそうにねえからな」

そういって諒兵はまどかの頭を撫でる。

されるがままのまどかはくすぐったそうに、でも嫌がらずに撫でられていた。

 

 

再び、IS学園。

布仏虚は努めて冷静に報告していた。その声が震えていることに気づいたのは千冬だけだっただろう。

「学園上空に二機の使徒を確認。……アンスラックスとアシュラです」

「……報告ご苦労。更識簪、出撃だ」

「はい」

「真耶、PS部隊を揃えてくれ」

「了解しました」

「僕も出ます」

「頼む井波。あの二機なら、非道はしないはずだ」

それだけが頼みというのも情けないが、それでも、現状では戦力差が絶望的といえる。

スマラカタやヘル・ハウンド、コールド・ブラッドであれば、倒すことを視野に入れることができる。

だが、四枚の翼を持つアンスラックスと、戦闘においては最強といえるアシュラ。

この二機相手では、サフィルス戦に割いている戦力を全員呼び戻した上に、諒兵とまどかを参戦させ、鈴音とセシリアが全快していなければ無理だろう。

ゆえにお帰り願うしかない。

「束、FEDは動かせるか?」

「ギリギリだね。正直、御手洗君の錬度が足りない」

「すまない。だが最大限の努力はする」

『戦闘型でないことを悔やむことになるとはな』

申し訳無さそうに答えつつも、数馬はアゼルと共にFEDのコントロールルームへと移動する。

そこに。

『タバネ博士、私を一時的にIS学園のサーバーに置けますか?』

そう声をかけてきたのはレオだった。

「できるよ。まさか……」

『FEDを一機操ります。それだけでもカズマの負担が減るでしょう?』

『そうしてくれると助かる』

そう答えたのはアゼルである。だが、意外なことに申し出たのはレオだけではなかった。

「君がッ?!」

『何、彼にはできるだけ恩を売っておきたいのでね。主思いのASの健気な努力だよ』

なんとヨルムンガンドまで助力するといってきたのだ。

とはいえ、自ら主思いだの、健気だのといってしまうあたり、本当に主思いか微妙なところである。

だが、少しでも戦力が増強できるのなら歓迎したいと千冬はレオとヨルムンガンドに声をかける。

「レオ、頼む」

『わかりました』

「ヨルムンガンド。協力感謝する」

『気にすることはない』

「だが、我々を罠にかけるようなマネをしたときは容赦しない。肝に銘じておけ」

『クッ、言ってくれる。さすがはブリュンヒルデといったところか』

それは千冬にとって素直な気持ちだろう。

まどかが自分の妹であることを、共に過ごした記憶と共に思い出した千冬にとって、まどかのパートナーであるヨルムンガンドは身内も同然だ。

しかし、それでも。

IS学園の教師として、自分の生徒たちを陥れるようなマネをしかねないヨルムンガンドを全面的には信用できない。

信じるべきところを見誤ってはならない。

何しろ、現れたのはもっとも強力な敵なのだ。

生徒たちのためにも、気持ちを引き締めなければと思いながら、千冬はモニターに映る二機の使徒を見つめていた。

 

 

 

 

 

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