その襲来にもっとも驚愕し、そしてもっとも憤りを感じたのはこの少女以外にいないだろう。
「紅椿ッ……」
道場で一人、素振りをしていた箒は、校内放送でアンスラックスとアシュラが襲来したという放送を聞き、思わず手を止めた。
紅椿。
かつて箒のISだった機体。
箒の力になるはずだった機体。
だが、紅椿は箒をあまりにも早く見限った。
『博愛』という個性を持つ紅椿は、箒の判断を独善だと断じた。
だが、本当にそうだろうか。
目の前に果たさなければならない使命がある。
ソレを投げ出して、人であれば救うという行為は果たして正しいだろうか。
しかも密猟者、すなわち犯罪者である。
余談になるが、犯罪者を裁判にかける際、仮に犯罪者が病気であった場合には、警察病院で治療するといわれている。
人命最優先という考え方があるためだ。
命を救い、そののち法を以って裁く。
それが『法治』であり、日本の法律はそうなっている。
しかし、一瞬の判断が生死を分ける場所で、犯罪者まで助けている余裕があるだろうか。
正しくない行いをした者まで助けるより、正しい行いをする者の被害を軽減することを優先する。
それ自体は決して間違いではないはずだと箒は思う。
そして、秩序を尊ぶならば、実際にそれは間違いではないのだ。
だが、その考えは紅椿には通じなかった。
正確には、紅椿は箒の考えに共感しなかったといえる。
自分の考えがすべて正しいとまでは思わない。
それでも箒にはあのときの判断において、紅椿が正しかったとは思えない。
それだけは譲れなかった。
だから、箒は紅椿が見限った理由は『そんなことではない』ということに、いまだ気づかないでいた。
アンスラックスとアシュラと対峙する簪の背に冷たい汗が流れる。
共に上がってきたPS部隊と、人形であるFED。
さらに、シールドの下には誠吾が待機している。
これだけいても、正直心許ない。
(せめてお姉ちゃんがいれば……)
ふとそう思ってしまい、苦笑いを隠せない。
あれだけ反目していたとしても、やはり刀奈という姉は自分にとって一番頼りになる存在なのだと理解できるからだ。
だが、その姉は今、別の恐ろしい敵に立ち向かっている。
この場を凌げるのは自分と仲間たち。
ならば、逃げはしないと簪は覚悟を決めていた。
とはいえ、アシュラはともかくアンスラックスは話が通じる相手だ。
ゆえに、まずは話しかけることを選択した。
『ふむ。我がこの場に来た理由か』
「あなたは人に共生進化の可能性を説いて回ってる。なのに、一緒にいるのはアシュラだけ」
『何故、戦いに来たのかと考えたか』
肯く簪に対し、アンスラックスは得心したような雰囲気を出す。
『おそらく戦わなければ目的が果たせぬゆえな』
「目的?」
『怠け者を引きずり出したい。我はそう考えている』
「怠け者?」と、簪が首を捻るより早く名前が出てきた。
『シロキシか』
そういったのはヨルムンガンドだ。
なるほどいまだに動こうとしない白騎士こと、白式は怠け者といっても差し支えないだろう。
[白騎士を引きずり出すだと?]
[シロを動かせるって言うの?]
今度は千冬と束が会話に割り込んでくる。さすがに放っておける内容ではないらしい。
『動かせる保証はない。アレの頑固さは他に類を見ぬ。しかし、創造者よ。事態が悪い方向に動き始めていることは気づいていよう?』
その言葉で、その場にいる束や誠吾は気づく。
アンスラックスは『卵』について気づいている、と。
[まあね。このまま放っておくことはできない。私もそう思ってるよ]
[どういうことだ束?]
[ちょっとマズい子がいるの。その子はできれば、目覚める前に天に帰したい]
それはすなわち『殺す』ということだ。
そして、使徒を殺せるだけの力を持つのは、今のところAS操縦者の一夏と諒兵、まどか。
使徒の中にはタテナシ。
そしていまだ動かない白騎士しかいないという。
『元より『殺す』力を持つ男性格を除けば、理由はわかろう?』
「単一仕様能力……」
簪の呟きが正解である。
単一仕様能力を持つのは、現時点ではまだ未完成だが一夏と諒兵。
そして機能として搭載されている白騎士こと白式になる。
しかし、そこで疑問に感じる者がいた。
「君には、単一仕様能力が二つあると聞いたけど?」
『自己進化を繰り返せばいずれは可能となろう。だが、現時点では我は同胞は殺せぬ』
誠吾の問いかけに、アンスラックスはそう答えた。
アンスラックスの単一仕様能力である絢爛舞踏は殺すどころかエネルギーを分け与えることで相手を『生かす』力だ。
正反対の力なのである。
だが、それ以上の理由もある。
『我は同胞を殺すために進化したくはない』
博愛らしい答えだと誰もが思った。
アンスラックスはあくまで人も使徒も生かす道を探しているのだ。
だが、それではどうにもならない存在が生まれようとしていることで、殺す力を持つ者を全員表舞台に引きずり出そうとしている。
そのために、最後の一機である白騎士を引きずり出そうというのだろう。
ゆえに、別に仲間にしたいと考えているわけではない。
『その場のみではあろうが共闘も考えている。だが……』
「だが、何?」
『あの者を引きずり出すためには、そのための舞台を整えねばならぬ』
それがすなわち戦場ということだ。
そして、戦場という舞台を作るとなれば、人との共生進化を考えてくれた同胞を巻き込むわけにはいかない。
ゆえに、アシュラに同行を頼んだということなのである。
『共感』と、アシュラは短く答えた。
その意味は、アンスラックスが持つ危機感に対し、アシュラも共感しているということだ。
そう考えると、アンスラックスとアシュラは明確に敵として現れたわけではない。
納得できる面があるからだ。
ただ。
『それってぇー、あたいのことダシにしてるぅー?』
そういったまじめな考えに対し、とことんまで反発するのが『不羈』の大和撫子である。
しかも、確かにアンスラックスは、白騎士を引きずり出すために簪と大和撫子を相手に戦うつもりでこの場に来ているのだ。
ダシにしているというのも間違いではない。
『第4世代程度でぇー、ちょー天才のあたいに勝てる気ぃー?』
「ちょっ、落ち着いて撫子っ!」
かなり剣呑な雰囲気を出し捲くる大和撫子に、簪は内心相当焦ってしまう。
だが、無慈悲にもアンスラックスは、大和撫子の言葉に肯いた。
『万全を期すためにアシュラにも同行を願った。勝てぬとは思わぬが?』
『じょぉッ、とおぉぉぉぉぉぉぉーッ!』
「なでしこぉぉおおぉおぉおッ?!」
簪を無視して翼を広げた大和撫子は、アンスラックスに向けて無数の砲撃を撃ち放つのだった。
その様子を、はるか空の上で見ていたのは真耶そっくりの妖艶な使徒。
乱入する?
『無理ねえん、私がアシュラに勝つのは難しいしい♪』
アンスラックスはどうするんだよ?
『アレは目的がない限り戦わないわよん。だから戦闘するとしたらアシュラだけねえ』
スマラカタは、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドと共にIS学園のほうを注視していた。
実のところ、自分が進化できたのがIS学園だ。
ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドももう一度連れて行きたいと思っていたのだが、その前にアンスラックスとアシュラが降りてしまったので、今のところ見物しているのである。
意外なところで義理堅く、また、自分の実力等を冷静に分析できるのがスマラカタという使徒である。
アンスラックスが危険視してるのって何?
『ああ、これは進化してないと難しいかもねえ』
てことは、お仲間か?
と、コールド・ブラッドが問いかけると、スマラカタは首を振る。
『仲間じゃあないわねん。といって敵でもないわ』
どういうこと?
『私たちとも、人とも違う。どうやら融合したみたいなのよん♪』
融合だとッ?!
さすがに、ヘル・ハウンドもコールド・ブラッドも驚いたような雰囲気を出す。
自我を殺し、人間と融け合う。
同じリスクを人間も背負うことになるとはいえ、自ら好んで自殺するようなISがいるとは思わなかったからだ。
『私も驚いたけどお、ネットワークから探ってみたから間違いないわあ』
そいつは今、どこで何してる?
『まだ、進化の途中みたいよん』
でしょうね。自分も人間もまとめて創りかえるんだし
『だから、今は守られてるみたいねえ……』
随分と意味ありげな物言いをするスマラカタは、何か思いついたようにニヤリと笑う。
個性はわかるのか?
『アレは昔は確か八尺瓊勾玉、個性は『破滅志向』だったはずよん』
爆弾じゃないの……
そうヘル・ハウンドが呆れたような声を出すが、それも当然だろう。
進化が終われば、全てを巻き込んで滅ぶ存在なのだから。
だが、あっさり個性を見抜いたスマラカタにも疑問が湧く。
そう感じたのはコールド・ブラッドだった。
だが、すぐにスマラカタについて思い出し、納得もしてしまう。
そっか。お前も同郷だったな
『あれあれ?私のこと知ってたのん?』
気づいてないのか。アタシは『天羽々斬』だったんだぞ
えっ、そうなの?
お前もかよ。弓系は鈍いのか?
そういって呆れたような雰囲気を出すコールド・ブラッド。
かつて宿っていた『天羽々斬』とは、アメノハハキリと読む。
八岐大蛇退治の伝説で八岐大蛇の首を落とした剣だ。
ただ、その際、かつて使徒ザクロであった草那芸之大刀にぶつかって刃が欠けてしまったという迷惑な伝説もあるのだが。
そして、そんなコールド・ブラッドが弓系と称したように、スマラカタとヘル・ハウンドは。
『自分のことくらいしか覚えてないしい♪』
アメワカヒコが泣くぞ。いや、死んだのお前のせいだっけか
『天麻迦古弓』
アメノマカゴユミと読む。
日本神話における弓の神『天若日子』、彼の持つ弓の名であり、それがスマラカタの前世といえる。
ただ、神話において彼は役目を放り出して、美しい娘との恋に溺れてしまった。
その罰として自分が放った矢。つまりはかつてのスマラカタに殺されている。
そう考えると『放蕩』のスマラカタに相応しい主だったのかもしれない。
スマラカタが『天麻迦古弓』だってなんて気づかなかったわ
お前は同郷じゃないからな
インドにいたもの。『サルンガ』として、ね♪
ヴェーダ神話、リグ・ヴェーダと呼ばれる文献にしたためられた神話にその名が存在する。
太陽神ヴィシュヌの武器であったとされるのが『サルンガ』だ。
日本の弓と違い、鳥が翼を広げたような形で、放たれる矢にも翼があり、また鏃は太陽の光と炎で出来ているとされている。
いずれにしても、この場にいるのは神話級の武器たちということができる。
第3世代に搭載されたのは伊達ではない。
それはともかく。
『いずれにしても、今回はIS学園にはいけないわねん♪』
どうするのかしら?見物してる?
いや、お前なんか思いついたろ?
ヘル・ハウンドの言葉を遮るようにコールド・ブラッドが問い詰めると、スマラカタは再びニヤリと笑う。
『今ね、其処には私の大ッ嫌いな元操縦者がいるんだけど、行ってみようかなって思うところがあるのよん♪』
話の流れからすると一つしかないわね
そういってヘル・ハウンドがため息をつく。
この状況でスマラカタが行ってみたいところなど、容易に想像がつくからだ。
場所はわかるのか?
『伊達にコキ使われてたわけじゃないわよん。ま、あのズーレーがいなきゃ無理だったけど♪』
なるほど、元操縦者とのリンクを辿るわけね
かつて、スマラカタはゴールデン・ドーンと呼ばれるISだった。
そしてその頃には、ちゃんと操縦者が存在していた。
名は。
『スコール・ミューゼル。二度と会いたくないって思ってたんだけど、今のナイスバディな私を見せ付けてやるのは悪くないわあ♪』
そいつも災難だな……
ため息をつくコールド・ブラッドだが、今は其処に行くのが一番進化に近い可能性があることは理解している。
同様にそれがわかるヘル・ハウンドも、自分たちのためには一緒にいくのが望ましいと理解している。
なら、善は急げというところね
そんなヘル・ハウンドの言葉に、スマラカタもコールド・ブラッドも肯き、その場から飛び立った。