ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第160話「帰るべき場所」

自然公園にて、諒兵とまどかはティンクルと対峙していた。

ティンクルの言葉はさすがに簡単には信じられない。

だが、真実だというのなら、一刻も早くIS学園に戻らなければならない。

鈴音とセシリアが戦線離脱してしまっている今、一夏がいるといっても戦力は決して多くないからだ。

そこまで考えて、ふと気になることがあった。

「一夏は簡単にはやられねえぞ?」

「むー」

「ヤキモチ焼くなコラ。マジメな話してんだ」

まどかが可愛らしいふくれっ面を見せるので、思わず突っ込んでしまう諒兵である。

そんな二人を見て少しだけ微笑みながら、ティンクルは腕を振って声をかける。

自分のパートナーに。

「ディア、ビジョン出して」

『はい。お任せを』

ディアマンテがそう答えると、ティンクルの背中に片方だけ翼が生える。

一瞬、それが光ったかと思うと、空中にモニターのように二枚の映像が投影された。

「マジか……」

「サイレント・ゼフィルス……」

投影された映像の一つにはアシュラと戦うIS学園の様子が映されている。

もう一つには、サフィルスとサーヴァントたちと戦う、一夏、シャルロット、ラウラ、刀奈、そしてティナの姿が映っていた。

「先に京都にサフィルスが襲来したのよ。一夏たちはそっちに出張っちゃってるわ」

「一夏と斬り合ってんのは誰だ?」

「元はサーヴァント。今は使徒になったの。シアノスって名乗ってるわ。んで、大元は……」

「おおもと?」

と、呟きながら首を傾げるまどかに、ティンクルは微笑みかける。

まるで新しくできた妹を見つめるようだった。

「大元っていうか昔はブリテンの聖剣の一つよ。ガラティーン、太陽の騎士サー・ガウェインの剣」

詳しくはたぶんセシリアが知っていると告げたティンクルはその能力だけを簡単に説明する。

太陽のごとき光を纏った強力な剣であったことを。

そして。

「自分を使ってた英雄の剣が使えるってのか……」

「鈴がやったみたいな感じだけど、こっちは使徒だからね。ほぼ完璧に模倣できるのよ」

「つまり、古代の剣の英雄の一人と対峙しているのか、織斑一夏は」

戦闘者としては意識がそこにいってしまうらしい。

強くなるための相手としては申し分ないということなのだろう。

実際、シアノスはそう考えるならば実力も性格も最高レベルの相手だ。

「さすがにシアノス相手に他のフォローはできないわ。しかも、シアノスはサーヴァントだったから、サフィルスの呪縛から逃げられない」

だからどうしても、敵として戦うしかないのだとティンクルは説明した。

無論この状態では、サフィルスと戦っている者たちがIS学園に助力に行くのは難しいと理解できる。

「だから学園じゃ更識が一人で戦ってんのか」

「井波さんや山田先生、それに数馬がサポートしてるけどね」

だが、簪のパートナーはとにかく自分勝手な大和撫子だ。

物凄いハンディキャップを背負いつつ、それでも何とか戦えているあたり、簪がいかに頑張っているかがよくわかる。

ただし、まどかとしては気になったのはそこではない。

「ヨルムはそっちにいってたのか……」

「あんたのためだって言ってたわよ。いいパートナーじゃない。すんごい捻くれてるけど」

「褒めてねえぞ」

「褒めてないもん♪」

ジト目で突っ込む諒兵に対し、楽しそうに返してくるティンクルとの会話は、普段、鈴音と話している調子に近く、諒兵は思わず混乱してしまいそうになる。

ゆえに、軽く頭を振ってティンクルに尋ねかけた。

「アンスラックスとアシュラは学園を潰す気か?」

「その気はないみたい。ただ、どうやら目的は白式を引っ張り出すことらしいんだけど、そのためには暴れることも想定内っぽいわ」

「あいつらが軽くでも暴れたらシャレになんねえな」

間違いなく使徒の中でも最強クラスの二機だ。

軽く暴れるだけでも相当な被害が出る。

本気で暴れられたら、IS学園でも壊滅は免れない可能性すらあった。

いかにヴィヴィが強固なシールドを持っていたとしても。

「おにいちゃん……」と、隣で聞いていたまどかが不安そうな顔を見せる。

このまま諒兵がIS学園に戻ってしまうことが不安なのだろう。

せっかく、お互いの気持ちを語り合い、兄妹のようになれたのに、その時間ももう終わりでは納得できまい。

「今日は一緒にいてくれるんでしょ……?」

か細い声で、俯きがちにそう呟くまどかを見て、諒兵は申し訳ない気持ちになる。

しかし、今の状況でIS学園を放っておきたくはない。

仲間を見捨ててのんびり楽しむことができるような性格を、諒兵はしていなかった。

だから。

「そうだな。今日はまどかとずっと一緒にいるって言ったな」

「おにいちゃんっ!」

「お前を放っていくのは、イヤだと思ってる」

諒兵の答えにまどかは本当に嬉しそうな表情を見せる。

自分のことを大事にしてくれている。

そう思えたからだ。

それに対して、言葉を発しようとした存在をティンクルが止めた。

(待ってなさいディア。まだ諒兵の話は終わってないわ)

『どういうことでしょう?』

(諒兵なら、きっと……)

そんな会話があったことなどつゆ知らず、諒兵は続ける。

「けどよ。俺のことを本当の兄貴みてえに思ってくれるようなお前のためでも、今苦しんでるダチを放って楽しむような、情けない兄貴がお前は好きか、まどか?」

「えっ?」

「お前を大事にするのはいいこった。でも、それしかできねえような兄貴と一緒で、お前は楽しめるか?」

諒兵の言葉に対し、まどかは口を噤むだけだった。

諒兵が何を言おうとしているのか、測りかねているからだ。

「俺は、お前にとって一番カッコいい兄貴でいてえ。それはダチを見捨てるようなやつじゃねえんだ」

「一番カッコいい?」

「ああ。一番だ。お前にとって一番カッコいい。そういえるような兄貴でいてえ。そう思うのは間違ってるか?」

実のところ、本当ならけっこう卑怯な言い方をしていると諒兵は自覚している。

今の言葉をまどかが否定してしまうと、まどか自身が持っている『おにいちゃん』のイメージまで否定してしまうからだ。

『カッコいい』だけではなく、強くて優しい、そんな『おにいちゃん』をまどかは望んでいて、諒兵は決してそこから外れてはいない。

あくまでまどか主観だが。

ただ、そんな『おにいちゃん』をまどかは否定できない。

「私だって、一番カッコいいおにいちゃんがいい。でも……」

「でも、どうした?」

「おにいちゃんが行っちゃったら、私また独りぼっちになっちゃうよ」

亡国機業の壊滅時に脱走してきたまどかは、ヨルムンガンドと出会うまで本当に独りぼっちだった。

そしてヨルムンガンドと出会っても、彼はあくまでASであって人間ではない。

まどかは人の温もりに飢えていた。

そんな状態でようやく出会えた諒兵と離れたがるわけがない。

「そんなん、お前が帰ってくりゃいいだけだろ?」

「帰る?今はホテルに泊まってるけど……」

「ああ。そか」と、諒兵は納得したような表情を見せると、少し考えてから口を開いた。

「帰るってのはそうじゃねえ。帰る場所ってのは建物のことじゃねえんだ」

「だって、普通は『お家に帰る』、でしょ?」

「ああ。だからお家ってのは建物のことじゃねえ。お前なら、昔は俺のおふくろで、今なら俺だな」

小首を傾げるまどかの可愛らしい姿を見て諒兵はフッと微笑む。

そんな諒兵を見てティンクルも心なしか誇らしそうに微笑んでいる。

(もう少し黙っててねディア)

『わかりました。興味深いお話だと私も考えます』

そう答えるディアマンテに、ティンクルは軽く肯く。

その目の前で、諒兵は言葉を続けていた。

「おにいちゃんが、お家?」

「家って字は、家庭とか家族とかって使い方をするんだ。それは建物のことじゃなくて、そこに住んでる人のことだ」

「うん、わかる」

「だからな。帰る場所、お家ってのは、お前を『迎えてくれる人』のことなんだよ。だから昔はおふくろだった。今度は俺もお前の帰る家になる」

「私っ、おにいちゃんのところに帰ってもいいのっ?!」

「当たり前だろ。だからいつでも帰ってくりゃいい」

そこがどんな場所かは問題ではない。

そこに自分にとって大事な人が、自分を迎えてくれる人がいること。

それが帰る場所としての家なのだ。

かつて、諒兵にそのことを教えたのは、亡くなったおばあちゃん、孤児院の園長だった。

自分は、ここに必ずいて、必ず迎えるから、いつでも帰ってきなさいと教えられたのだ。

「今、俺がIS学園に居るのは、それが今の俺の家だからだ。けどな、そこに俺がいるなら、お前にとってもお家だ。好きなときに帰って来い」

ただし、IS学園にはとんでもないほどの心配性がいるので、まどかの帰りがあんまり遅くなると心配しすぎて倒れてしまいかねないと諒兵は笑う。

「私、帰っても大丈夫?」

「ああ。俺はずっと待ってるぜ。迷子になんなよ」

笑いながら、まどかの額をつんとつつく。

そんな態度にまどかは頬を染めつつも、可愛らしい膨れっ面を見せる。

もっとも、表情ほど悪い気はしていないのだろう。

やり返したりはしなかった。

「わかった。私ちゃんと帰るから、お家で待ってて」

「あんがとな。お前が俺の妹になってくれて嬉しいぜ」

「私もっ♪」

そんな二人の兄妹の姿をティンクルは優しい目で見つめる。

(ね、心配することなかったでしょ?)

『はい。彼はオリムラマドカもIS学園の者たちも見捨てなかった。見事と思います』

そんな会話をしている一人と一機に、諒兵が声をかける。

「世話かけたな。俺は学園に戻る」

「そうね。今のIS学園には戦力が少なすぎるわ」

『貴方が学園に戻れば、サフィルスと戦っている方々は自身の戦いにより集中できるでしょう』

「お前らは手を貸しちゃくれねえのか?」

そう聞いてくることはわかっていたが、ティンクルとディアマンテには他の目的がある。

そうでなければここまで来なかったのだ。

ゆえに、少し辛そうにしながらもティンクルは首を振る。

「世界にもっと大きな危機が迫ってるのよ。私たちはそっちを追うわ」

「何だそりゃ?」

『まだ説明すべき時ではありません。時が来れば、バンバジョウタロウやシノノノタバネが説明するでしょう』

「まだ何か隠してんのかよ、クソ兄貴」

「いろいろあるのよ、蛮兄も」

そんなティンクルの言葉に、本当に鈴音と話しているような感覚になってしまう。

そもそも、自分や一夏を名前で呼ぶのはともかく、丈太郎を『蛮兄』と呼ぶのは、かなり親しい者だけだ。

「あら、今の見た目ならこの方が『らしい』でしょ?」

「からかうつもりならやめろ。趣味わりいぜ」

「考えとくわ♪」

その答えから微塵も直す気がないとわかった諒兵はため息をつく。

そして。

「じゃ、俺は行くぜ。まどか、できるだけ道草しないで帰ってこいよ」

「うんっ♪」とまどかが素直に答えると、諒兵は満足そうに肯き、そして叫ぶ。

「レオッ!」

『はっ、はいッ!』と、呼びかけるや否や、すぐにレオが戻ってきた。

「黙ってたのは何もいわねえ。その代わり最初から全開で行くぜ?」

『わかりましたよ。しかし、珍しい方々が呼びに来たんですね』

「まあな。けど、おかげでちゃんとまどかの兄貴になれた。あんがとよ」

「気にしないでよ」

そう答えたティンクルに、諒兵は苦笑いを浮かべつつ、鎧を纏い、翼を広げた。

「じゃあなッ!」

「またねっ、おにいちゃんっ!」

「がんばって諒兵っ!」

そんな可愛らしい声援を受け、諒兵は光となって飛び去っていったのだった。

 

 

そして、まどかはそっぽを向いたまま、顔を赤くしつつ、ティンクルに対して気持ちを伝えた。

「……とりあえず、ありがと」

「あら、可愛いトコあるじゃない♪」

「でもムカつく、お前」

「あらら。私のこと『おねえちゃん』って呼んでもいいのに♪」

ティンクルがそう答えるなり、まどかはキレのある動きで正拳突きを放つ。

だが、ティンクルはあっさりとその拳をいなし、喉元に手刀を突きつける。

「ヨルムンガンドは呼ばないの?」

「何で変身しない?」

ティンクルの言葉に対し、まどかは自分の疑問をぶつけつつ、強引に離れる。

だが次の瞬間、地を蹴って接近し、足払いを仕掛けた。

ふわっと羽が舞うかのように、ティンクルはジャンプしてかわす。

だが、その状態こそが狙いだといわんばかりに、まどかは浮いて動けないはずのティンクルの腹部目がけて突きを放つ。

「あまいあまい♪」

「チィッ!」

しかし、驚くことにティンクルはその状態から腕を振って強引に身体を捻り、空中回し蹴りを繰り出してきた。

まともに喰らえば吹き飛ばされてしまうと感じたまどかは、すぐにバックステップで距離を取り、再び構える。

「お前、何だ?」

「前に会ってるじゃない♪」

「そうじゃない。どこか、別の場所で、『お前』に会ったような……」

記憶を掘り出そうとするまどかだが、そこにあまりにも大きな違和感があり、思い出しきれない。

記憶の中のティンクルは、もっと別の格好をしていたように思えるのだ。

だが、まどかが戸惑いながら呟いていると、ティンクルの顔から表情が消える。

「勘がいいわね。さすがにヨルムンガンドが目をつけるだけある、か……」

「お前、いったい何だ?」

「ないしょ♪」と、先ほどの無表情が嘘だったかのように、ティンクルはイタズラっぽく笑う。

「お前ッ!」

「覗き魔がいるからね♪」と、そういうなり、宙をガシッと掴む。

『おやおやー、まさか気づかれていたとは驚きましたよー』

「あっ、天狼っ!」

『そこまで侮られているとは思いませんでした、テンロウ』

「私たちが来ると同時に転移してきたでしょ。油断も隙もないわね、太平楽」

そういってジト目で手の中ののん気なASを見つめるティンクル。

『チフユ以外に私を捕まえられる者がいるとは驚きですねー』

「そこは千冬さんに驚くべきでしょ。あの人『一応』生身よ」

『一応を強調する辺り、微妙に自信ありませんねー?』

そっと目を逸らすティンクルだった。

いきなり現れた天狼に驚いていたまどかだったが、すぐに気持ちを切り替える。

「天狼を苛めるなっ!」

「アレ?お気に入り?」

「おにいちゃんのこと教えてくれたもんっ!」

そういいつつ、ティンクルの手の中から天狼を奪い返す。

わりと本当にお気に入りにしているらしいまどかだった。

『嬉しいですねー』

『どのような手段を用いて騙したのか、後学のためにお聞きしたいのですが』

『あなたもわりと辛辣ですねー、マンテん』

「褒めてるのか貶してるのかわからない呼び方するわね、まったく……」

どこにいようと変わらない態度を取る天狼に、ティンクルは本気で呆れてしまう。

もっとも、天狼としては良い機会だと考えたらしく、ティンクルとディアマンテに声をかけてくる。

「何よ?」

『アレのことはご存知ですよねー?』

「ああ、アレね。私たちも追ってるもん」

『情報交換と行きませんか。私としては破壊したいですし、ジョウタロウやバネっちの意向でもあります』

「どうする、ディア?」

『差し障りのない程度であれば問題ないと考えます。共闘はできませんが』

『いけずですねー』

それでも良いと考えたのだろう。

とりあえずその場に腰を下ろすことを提案した天狼だった。

 

 

 

 

 


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