ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第161話「等価こうか……ん?」

IS学園に量子転送を行った諒兵は、すぐにアシュラの攻撃を弾き飛ばした。

「日野くんッ?!」

『よけぇーな手ぇーどぁすなぁーッ!』

『ありがとう』

順に簪、大和撫子、エルである。

モロに性格が出ているなと思わず苦笑してしまう諒兵だった。

[何だよ、妹ちゃんはどうした?]

「ちゃんとケリつけてきた。まどかはここに帰ってくる。後は気持ちの整理がつくまで待ちゃいい」

弾の言葉にそう答えると、今度は別の声が聞こえてくる。

おそらくは一番心配していただろう女性、つまり千冬からだ。

[そうか。すまなかったな諒兵]

「わかんねえこともあるみてえだけどよ、根はいい子だぜ」

[お前の母には感謝しているよ]

「俺に言われても困るっての」

礼をいわれるとどうしてもこそばゆい。

まして相手は千冬だ。

普段厳しいのを知っているだけに、こうも素直に感謝されると調子が狂ってしまう。

もっとも、今はそのことで調子を狂わせている場合ではない。

『我らはシロキシに用がある。道を開けてはくれぬか?』

そう問いかけてくるアンスラックスに対し、諒兵は本当に申し訳なさそうな表情で答えた。

「お前らの理屈はわかるがよ。そのための手段を受け入れるキャパが今のIS学園にゃねえんだ」

『こちらでも、本腰を入れてビャクシキにアプローチしますので、一旦退いてはくれませんか?』

そういってレオも口を添えてきた。

如何せん、アンスラックスとアシュラでは、戦う相手としてあまりにも強すぎる。

白式がそれだけの力を持つということでもあるのだろうが、今のIS学園では同時に何機もの使徒を相手に出来ない。

出来れば、簪はともかく、諒兵はサフィルス戦に参加するほうがいいのだ。

確実にサフィルスが警戒し、そのことで逆に動きが制限される可能性が出てくる。

そうなれば勝機も見えてくるからだ。

『あまり猶予がないのだ。此度の機会でシロキシが動くなら、それが好ましい』

だが、アンスラックスはそう答えた。

のんびり待っている余裕はないということなのだろう。

ならば、今回は引いてほしいというこちらの言葉も聞くことはできまい。

「アシュラ、お前もそうなのか?」

『紅玉』

『すまぬ。簡単には退けぬ』

『諾』

『アンスラックスの意に従うって感じですね』

そう、レオがため息でもつくかのように呟く。

アシュラにも退く気はないということだ。

それがアシュラの個性というか性格である以上、おそらく帰る気はないだろう。

「帰ってくれる状況にするしかねえってことか」

『許せとは言わぬ』

「理屈はわかるって言ったろ。引けねえとこで引かねえのは人間も同じだ」

ゆえに、そうなった場合、やることは人間も使徒も変わらない。

言葉で妥協できないのなら、力で押すしかない。

押し通るか。

押し返すか。

ここでできることはそれしかないということだ。

とはいえ、諒兵にとっては決して悪い状況ではない。

特に、戦うのがアシュラならば。

「お前とは一騎打ちでやってみたかったかんな」

『何故?』

「こういうのも面白そうだろ?」

そういってにやりと笑うと、諒兵が発現させている両足のレーザークローが勝手に動き出し、何故か、連結して両肩付近に浮かぶ。

「まだ手数は足んねえけどな」

「……そうか、レーザークローを使って腕を増やしたんだ……」

諒兵の言葉を聞いて、簪が感心したような声を漏らす。

言うなれば、阿修羅がまだ進化する前、テンペスタⅡであったころのイメージ・インターフェイス武装を再現したということである。

両手の爪まで使えるほどイメージができているわけではないが、それでも二本増えたのはかなりのプラスになるだろう。

アシュラは今のところ両肩に浮かぶ『修羅の腕』しか使っていないのだから。

「いつまで四本で捌けるか、勝負といこうぜ」

『不敵』

そういいつつも、アシュラから感じるのは驚きと喜びだ。

人間の成長に携われることが嬉しいらしい。

「更識、サポート頼んでいいか?」

「うん」

「それとヨルムンガンド」

『何かね?』

いまだにこの場にいるヨルムンガンドに、諒兵は声をかける。

むしろ、もういないと思っていたので、実は気になっていたのだ。

「まどかのとこに帰んねえのかよ?」

『今あそこにはお気楽者がいるのでね。調子が狂うのでできれば帰るまでここで待ちたいと考えている』

「何で天狼が行ってんだ?」

『さて。あの者は覗き見と盗み聞きが好きな暇人だ。どこにいても不思議ではないよ』

「……兄貴も苦労してんな」

少しばかり哀れみを感じつつ、諒兵は気合いを入れてアシュラと対峙するのだった。

 

 

一方そのころ。

自然公園で対峙するまどか、天狼とティンクル、ディアマンテは。

「怖い顔で睨めっこしててもしょうがないし、座りましょ?」

「……」と、まどかは口を開かない。

『そうですねー、立ったまま話すと疲れますし』

『あなたはホログラフィでは?』

と、無意味なボケを発しつつ、天狼が同調したことでまどかは腰を下ろす。

その様子を見てニコッと笑いながら、ティンクルも腰を下ろした。

「で、情報交換って言ってたけど、私たちのほうがけっこう情報持ってるわよ?対価は?」

『んー、イチカとリョウヘイのお風呂上りの生画像でどうでしょう?』

「買った」

「おにいちゃんのは私が買うっ!」

『二人とも落ち着いてください』

これでは話が先に進まないと考えたディアマンテは、とりあえず自分たちが持っている情報の一部を晒す。

特に厄介なことになってしまったスマラカタたちの動向を。

『真面目すぎですねー』

『あなたが不真面目すぎるのですテンロウ』

『まあ、でも確かに厄介な情報ですね。スマラカタにヘル・ハウンド、コールド・ブラッドはあっちに行きましたか』

さすがに天狼も厳しい表情になる。

『卵』を危険視する以上、それを守る側に回る使徒がいることは看過できないのだ。

さらに学生の専用機が二機も向こうに行ったとなれば、かなり戦力が増強したということがいえる。

『極東支部の戦力はそれだけですか?』

「ああ、知らないのね。あそこには性格はすごくいいのに厄介な使徒がいるわよ」

『……他にも?』と、天狼が尋ねると、ディアマンテが補足してくる。

『ご存じなかったのですね。名は『フェレス』、何故か極東支部を守るために戦う使徒です』

さらに、フェレスの外見などの情報を開示すると、天狼は訝しげな表情を見せた。

『輪がないというのはどういうことです?』

「見たとおりなのよ。輪がないの。どっかに置いてるのかしらって思ってるんだけど……」

『輪はありませんが、山羊を模した鎧と翼、そして使徒としての人形を持っていました』

姿かたちは使徒そのものなので、輪がないのはどこかに置いているのではないかとティンクルとディアマンテは意見を述べるが、それを聞いた天狼はしばらく黙り込んだ。

「どうしたの、天狼?」

と、話についていく気のないまどかだが、天狼の様子を見て声をかける。

すると、沈思していた天狼は口を開いた。

『ふむ。見方を変えるべきですね』

「なによ?」

『その方はおそらくASです。極東支部内にパートナーがいると考えるべきでしょう』

その意見を聞くなり、ティンクルとディアマンテは驚いたような様子を見せた。

まさか、使徒の身体を持っているフェレスに、パートナーがいるとは思わなかったのである。

「そういえば、あの子、マスターの意志っていってたっけ……」

『マスターがパートナーを示すなら、あの方を説得しても決して心を変えません』

いくらフェレスを説得しようが、マスター、つまりパートナーの人間のほうが『卵』を守ることを止めない限り、フェレスは敵側となる。

むしろ、味方になる可能性が一番少ないといえる。

だが、何故そこに気づいたのだろうとティンクルとディアマンテは不思議に思った。

『輪ですよ。私たちの輪は私たち自身、本体といえます。適当なところには置けません』

『それは確かに』

『かといって、私たちの本体を人質にとることができる者もいません』

「そうよね。人間でいえば頭だけを引っこ抜くようなもんだもん」

少々グロテスクな表現ではあるが、正しい意見である。

力を示す翼と天狼たちの本体である光の輪。

そう簡単に引き離せるものではない。

だからこそ、こういう考え方ができる。

『自分自身をパートナーの傍に、そして力はアバターを作って別にする。それならばある意味安心して存在できます』

共生進化し、本体、つまり自分自身はパートナーの傍に置く。

そして身体はアバターとして別に存在させ、行動させる。

しょっちゅう、そこらじゅうを歩き回る天狼はともかく、他のASは基本的にパートナーから離れることは少ない。

だが、パートナーと自分の身体を分ければ共生進化しても、別々に行動ができる。

それは、ASや使徒の様々な能力を考えると、ある意味では非常に効率的だろう。

『パートナーの方は相当な切れ者ですよ。おそらくレッすんの考えではありません』

「そういうことか。私たちが会ったあの子はパートナーが作らせたフェレスのアバターなのね」

『『レッすん』には突っ込まないのですかティンクル?』

天狼が相手ではそこに突っ込んでも仕方がないのだが、突っ込まずにはいられないマジメなディアマンテだった。

そんなディアマンテには突っ込まずに、ティンクルが現状を改めて口にする。

「いずれにしても、フェレスは完全に敵。場合によっちゃ駄肉とヘル・ハウンドとコールド・ブラッドも敵。面倒な事態になってるのよね」

「駄肉?」

「まどか、諒兵はスレンダーな子が好みだからね」

「そうなのかっ?!」

「絶対間違いないわ」

『偏見ですねー』

『願望でしょう』

冷静に突っ込む天狼とディアマンテは華麗に無視したティンクルだった。

いまだにスマラカタの胸にはカチンと来るらしい。

それはともかく。

『しろにーも『卵』を気にしてますから、そのうち動くでしょう。何を待ってるのかは知りませんがねー』

「てか、白式は動く気あるの?」

『あるみたいですよ。でも、『まだその時ではないのじゃ』の一点張りです』

『テンロウ、あなたはシロキシと会話できているのですか?』

『まー、私はしろにーと同期ですし。少しくらいなら』

「そのこと、蛮兄に話した?」

『いいえ?』と、しれっと言ってのける天狼。

丈太郎が本当に苦労していることが良くわかる。

だが、天狼に言わせれば、それも条件らしい。

『話をする代わりに、ジョウタロウやバネっちにはそのことを話すなと言われてますからねー』

「ホント頑固ねー、白式」

『そういう個性ですからねー、どうしようもないですよ』

と、肩を竦めてみせる天狼に、ティンクルは苦笑いするしかない。

だが、白式に動く気があるというのであれば、多少、未来に光が見えてくるだろう。

戦闘力はトップクラスなのだから。

「そうなると、やっぱ極東支部を見つけ出すしかないか」

『こっちのハッキングを止めますし、私たちでも通れませんから物理的に見つけるしかないですねー』

『おそらくスマラカタはルートについて明かす気はないでしょう。地道に努力するしかありません』

隠密行動が得意なタテナシでも入れないルート。

それをスマラカタが持っていたことに驚かされるが、そのことについては天狼が何となく思いついたらしい。

「パートナー?あいつ独立進化したのよ?」

『それでも元操縦者とのリンクは完全に途切れたわけではありません。カーたんは亡国機業の機体でしたからね。おそらく極東支部に元操縦者がいるのでしょうねー』

「あ」と、声を上げたのはまどかだった。

亡国機業という名称で思いついたことがあるらしい。

「天狼、スマなんとかは元はゴールデン・ドーンだったんだよね?」

『ですよ?』

「それなら、私知ってる」

「マジっ?!」

「うん、ゴールデン・ドーンに乗ってたのはスコールだ」

元はまどかと同じ実働部隊。

正確にいえば、まどかの上司だったのがスコールことスコール・ミューゼルだ。

まどかが覚えていないはずがない。

もっとも、他者にほとんど興味がないまどかが覚えているとすれば、ママだった内原美佐枝くらいなのだが、スコールだけは違った。

「スコールはけっこうママのこと気にしてた。だから覚えてる」

何故なのか、理由はわからない。

ただ、まどかの目から見て、スコールは美佐枝のことを気にしているようだったのだ。

ゆえに、何故だろうという疑問が、スコールへの多少の興味になっていた。

しかし、これは思わぬところに朗報があったとその場にいた全員が思う。

「でも、私は本部からほとんど動いたことないから、極東支部の場所は知らない」

「それはしょうがないわ。まどか、そのスコールって人への連絡方法はわかる?」

「知らない」

『ならば、そのスコールという方の外見は覚えてませんかねー?』

「それは覚えてるよ?」

『テンロウ?』と、ディアマンテが問い質すと、天狼は素直に説明してくる。

『実働部隊なら、外に出る機会は多いはずです。そのスコールという方を探し出し、追跡すれば極東支部の場所はわかるはずですよ』

道案内をさせようということである。

やっていることはスマラカタたちの方法と変わらない。

ただ、こちらにはスマラカタのような操縦者とのリンクがないので外見から探すしかないという手間が増えるのだが、それでも虱潰しに探すよりは早いだろう。

「なるほどね。外見の画像データがあれば、私たちでも検証できるわ」

『マドカ、あなたの記憶からスコさんの画像をいただいてもいいですか?』

「いいよ。天狼にならあげる♪」

意外なほど下手に構えつつ、まどかに情報の開示を願う天狼。

無論のこと、天狼はまどかにとって諒兵のことを伝えてくれた恩人なので否やはない。

『ではでは♪』

そういってまどかの首輪に手を触れる天狼はすぐににっこりと微笑んだ。

『こちらにコピーしてくださいますようお願い致します』

『はいはいー♪』

そんな天狼にディアマンテが声をかけてくる。

実際に探すのはティンクルとディアマンテなのだから当然だろう。

『これがスコさんとやらの画像です』

そういって、今度はティンクルの首輪に触れた。

そうして画像データのコピーを終えると、何故か、天狼はにっこり笑って指をパチンと鳴らす。

とたん、ティンクルとまどかの顔が真っ赤になった。

「ヤバ……、鼻血、出そう。たまんないわコレ……♪」

「うわわわわわわわわわ♪」

ティンクルは鼻と口元を押さえている。

対してまどかは真っ赤な顔でひたすら慌てているだけだった。

『テンロウ……』

『対価もついでに送っただけですよー。そういう話だったでしょ?』

呆れているような、怒っているような声を出すディアマンテに対し、天狼はやはりしれっと答えるだけだ。

『はあ……、ティンクル、スコールという女性を探しましょう。飛べますか?』

「ムリムリムリっ、興奮しちゃってまともに飛べないわよっ♪」

『語尾が怪しいのですが、ティンクル……』

「しょーがないでしょっ♪今、一夏か諒兵に会ったら発情して迫っちゃうわっ♪」

『威張っていうことではないでしょう……』

「あわわわわわわわわわわわ♪」

『マドカ、しばらくじっとしていてくださいね。ちょっと早すぎたかもしれませんし♪』

要するに、天狼は先ほど対価と称した一夏と諒兵のお風呂上りの生画像をティンクルとまどかの脳内に送ったのである。

約束だったので送ったことは間違いではないが、相当強烈だったようだ。

二人して顔を真っ赤にしたまま、モジモジとしてしまっている。

 

『もう少ししっかりパートナーの手綱を握ってほしいものです、バンバジョウタロウ……』

 

そういって、ディアマンテは深いため息をついたのだった。

 

 

 

 

 


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