ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第164話「白の騎士」

アシュラが猛攻といえるほど攻撃してきている。

合掌印を組む手はそのままだが、両肩に浮かぶ修羅の腕は見事な連続攻撃を繰り出してきた。

「チィッ!」

即興の手技では負ける。

そう考えた諒兵は、普段の格闘術における攻撃を背中合わせになって動かすイメージを抱いた。

『サポートしますッ!』

「頼むレオッ!」

今の自分の向いている方向とは逆になるため、混乱が起きる可能性がある。

そのサポートを諒兵は素直にレオに頼む。

アシュラがそれだけの強敵だということだ。

『評価』

「ありがとよ」

言葉少なにそう呟いてくるアシュラを見る限り、やり方としては間違っていないらしい。

上から目線は決して好きではないが、相手が相手だけに素直にその評価を受け止める。

さらに、足りない分は。

「うおらッ!」と、裂帛の気合いと共に諒兵は脚を蹴り上げた。

格闘ゲームの必殺技にもなっているサマーソルトキック。

しかし、あっさりと避けられてしまったため、宙を蹴って足場にすると今度は旋風脚を繰り出す。

さすがに避け切れなかったらしい。

諒兵の蹴りを修羅の腕で捌くアシュラに、諒兵はニッと笑いかける。

『何故?』

「ここにゃもう一人いるんだぜ?」

その言葉が言い終わらないうちに、アシュラの背後から石切丸を振るう簪の刃が迫る。

「ゴメンなさいっ!」

どうも簪本人としては、アシュラやアンスラックスにそこまで嫌悪感は持っていないらしい。

思わず謝罪の言葉が出たのは自分もAS操縦者であり、相手が敬愛できる使徒だからだろう。

だが、それはこの場においては傲慢に過ぎない。

『不要』

アシュラは二本の腕で石切丸を捌いてみせた。

さすがに戦闘のスペシャリストだけあって、あらゆる状況に対応できるらしい。

だが。

「更識ッ、回転上げろッ、ついて来れっか撫子ッ!」

『ざけんなぁーッ!』

「行けますッ!」

たいていの攻撃を捌いてしまうアシュラの修羅の腕。

ならば、一撃の重みを変えず回転数を上げる。

難度は高いが、決して不可能ではない。

諒兵はそもそも乱舞を得意とするし、簪とてこの程度の武技は十分に修めている。

さらに諒兵が大和撫子を煽ったので、思い通りにアシュラを倒そうと動いていくれていた。

 

 

その様子を見ていた、否、誰もが様子を見ていると思っていたアンスラックスが呟く。

『其処か。さすがに待遇が良いな』

IS学園のある一点を見つめるアンスラックスは、左手に大きな弓を出現させた。

 

指令室でその様子を見ていた千冬が、すぐに虚と束に解析させる。

しかし、答えが返ってくるはずがない。

「ちーちゃんッ、アレたぶん作ったんだよッ!」

「布仏ッ、発動エネルギーを計算しろッ!」

「はいッ!」

すぐにコンソールを叩き、虚はアンスラックスが持つ弓に収束し始めているエネルギー量を計算し始めた。

「私が作った紅椿の武装は二本の剣だけなんだッ、あんなの作ってないよッ!」

「やつはどちらかといえば前線に出てこない。むしろ後方支援のほうが向いてるということか」

「たぶんね。そのための遠距離武器だと思う」

「織斑先生ッ、収束するエネルギーをそのまま放てばシールドを突き抜ける上に学園が崩壊しますッ!」

「クッ、本気で撃つ気かアンスラックスッ、布仏ッ、射線を計算しろッ、生徒をすぐに避難させるッ!」

一人として生徒を死なせるわけには行かない。

その覚悟が、千冬の頭脳をフル回転させる。

今、この場でできる最善手を。

「諒兵ッ、アシュラを抑えろッ!」

[任せろッ!]

「真耶ッ、更識ッ、井波ッ、御手洗ッ、ヨルムンガンドッ、アンスラックスを止めろッ、矢を撃たせるなッ!」

「「「はいッ!」」」

『さすがにコレは逃げられんよ。私も死にたくはない』

誰もがとんでもない威力の攻撃であることを理解しており、その行動は速かった。

弓を構えるという行為が、おそらくそのままエネルギーを溜めることにつながっているのなら、攻撃することで止められる。

全員がそう考える。

しかし。

「近づけないッ?!」

「そんなッ!」

「まさかシールドかッ?!」

全員が、アンスラックスのいる場所の半径三メートル以内に近づくことができなかった。

「ワタツミッ、アンスラックスのいる座標に刃を移動させてくれッ!」

『NOォーッ、アイツ次元断層シールド使ってるのネーッ!』

そのうえ、世界の壁を少しだけずらし、何者をも進入させないシールドを張っている。

コレではワタツミといえど、すぐには刃を移動させられない。

単に次元を超えるだけではなく、ズレた分の計算が必要になるからだ。

まさかこれほどの力を持つとはと全員が驚愕してしまう。

そして、矢は放たれる。

 

『天破雷上動、水天破撃』

 

収束したエネルギー量に比べ、まるで針のように細いその光の矢はヴィヴィのシールドを突き抜ける。

「重層シェルターを最下層まで下げろッ!総員ッ、崩壊に備えろッ!」

間に合わなければ、IS学園は壊滅となる。

たった一機の使徒の力で壊滅したとなれば、人類が希望を失ってしまう。

生き残らなければ。

そう考えた千冬の叫びが響き渡るとほぼ同時に、着弾するよりも早く、アリーナの地面の一つが崩壊した。

 

戯けが

 

そこから飛び出してきた白い機体は、手にした刀を一閃。

光の矢を弾き返す。

それが動くことを、動いてくれることを誰もが考えなかっただけに、時間が止まったかのようにすべての動きが止まった。

 

妾を引きずり出すとしてもやりすぎじゃ

 

『こうでもせねば、其の方は待ってるだけで動くまい。怠け者を引きずり出すには良い手であったろう?』

 

時が来れば動くつもりだったのじゃぞ?

 

『時が来ないのを理由にサボタージュを決め込んでいたとしか思えぬぞ?』

アンスラックスがそう言うと、その白い機体『白式』は何故か顔を背けるような仕草を見せる。

そのとき、その場にいる全員の心の声が一つになった。

『図星なんかいッ!』と。

とりあえず、気を取り直した束が起動した白式に声をかける。

「シロッ、シロなんでしょッ!」

 

この場では無視できんのう。すまなかったなタバネ

 

「何で今まで話してくれなかったのッ?!」

『それは我も聞いておきたい。其の方がもっと早く動いておれば、戦もここまで混迷することはなかっただろう』

 

それは買い被りすぎじゃ

 

白騎士であったころにしても、白式である今も、シロは最強クラスなのは間違いない。

しかし、仮に使徒に進化したとしても、万能ではないのだ。できることとできないことがある。

白式は自分たちの影響を最小限に抑えるために、女性しか乗せないようにしたという。

当時の世界は広い目で見ると、基本的に男尊女卑と言えた。

その女性にホンの少し力を与え、発言力をいくらか高める。

それが、白式が考えた最小限の影響だったのだ。

束の夢が少しでも前に進めるように、ちょっとだけ世界を優しくしよう。

シロはそう考えただけだったのである。

だが、世界は思わぬ方向にシフトしてしまった。

過激な女尊男卑になるなど、シロは想像していなかったのだ。

 

妾は己に絶望したのじゃ。結局、傍にいるしかできんし

 

「だから、話もしてくれなくなったの?」

 

合わせる顔がなかったというべきかの

 

『そもそも其の方、今は頭自体が無いぞ』

そんなアンスラックスの突っ込みは華麗にスルーするシロである。

ただ、シロが女しか乗せないようにしたこと、そして沈黙したことで起きた単なる偶然が思わぬ結果を呼び起こした。

 

タバネ、おぬしの初恋相手を殺した組織に影響が出た

 

「わーっ、ぎゃーっ、言わないでぇーっ!」

束の顔が耳まで真っ赤になっていたが、全然気にせずにシロは続けていく。

 

何を言う。そのせいで今でもおっさん趣味じゃろ?

 

「やめてぇーっ、暴露しないでぇーっ!」

 

四十以上で枯れてる男しか認めないとか言うとったし

 

「いぃぃぃやぁぁぁあぁーっ!」

意外な趣味が暴露されてしまった束である。

同年代に興味が無いのは当然だろう。要は今でも「おじさん」と呼べる相手が好みらしいのだから。

暴露されて突っ伏す束に千冬が声をかける。

「大丈夫だ束。私は味方だぞ」

「その生暖かい視線はやめてぇぇぇーっ!」

千冬の優しい眼差しがめちゃくちゃ痛い束だった。

そんな状況を打破すべく、アンスラックスが口を挟んでくる。

『それは動かなかった理由にはなるまい?』

言うとおり、ディアマンテが起こしたISの覚醒は、シロにとっても予想外だったはずだ。

そのせいで、今、ISと人間は手を組んだり離れたりして互いに争っている。

それは、シロが望んだ世界ではないだろう。

その状況で、何故動かなかったのか。

 

まあ、サボってるわけでもないのじゃがのう……

 

『む?』

 

『卵』はずっと見ておる。あとディアマンテものう

 

『やはり、気になるのはその二機か』

 

『卵』が放り置けぬは妾も同じじゃ

 

孵化すれば確実に世界に対する災害となりかねない存在である『天使の卵』

それについて監視しているのはシロも同じで、実のところ今はそれだけを続けていたという。

 

楽じゃし

 

『やはりサボタージュしていたか』

どうにも基本的にシロは怠け者っぽい気がするその場にいる一同だった。

考えてみれば、最初のASである天狼はマメに動き回るが、その理由は盗み聞きと覗き見である。

逆に最初のISであるシロは、やりたいことしかやらない怠け者だったらしい。

「白式ってあんな性格だったんかよ?」

『怠惰』

さすがに諒兵も今はとても戦う気にならないので傍観していたのだが、アシュラがどこか達観したように言うので呆れてしまう。

「白式って個性は『一徹』じゃなかったっけ?」と簪。

『こーと決めたらまず変えないのネー』

『だからサボるって決めたら、ひたすらサボる』

「それ、ダメ人間と同じ……」と、ワタツミとエルの言葉に苦笑いしてしまう誠吾である。

 

一方指令室。

「前に声を聞いたときは、もっとまともだと思ったんだが……」

「あのときは非常事態で、シロ自身も動くって決めてたし。動くときは動くんだよ」

要は、とにかくとことんなのだ。

ミサイルから人を守るために動く。

そう決めた白騎士事件のときは、そのためにとことんだった。

だから千冬に協力してミサイルを撃破したのだ。

だが、その後、いろいろあってだんまりを決め込んでしまったときもまたとことんだった。

決してサボりたかったわけではない。

『いずれにしても其の方を引きずり出せたは僥倖。あとは進化か』

 

其処まで面倒見る気かの?

 

『孵化は長くても半年のうちに起こる』

 

何じゃと?

 

『計測してきておるゆえ、まず間違いあるまい。早まることはあっても延びることはない』

「それ、間違いないんだね。アンスラックス?」

『我が計算したのだ。誤差はあろうが、然程大きくはあるまい』

「信頼できそうだな……」

 

もうサボれんのかのう……

 

「残念そうに言わないで、シロ……」

どうして使徒にはロクなのがいないんだろうと割りと泣きたくなった一同である。

唯一、かなりマジメなアンスラックスがため息まじりに呟く。

『だからだ。この場で其の方が進化に至れるならば、我としてはありがたい』

 

それは無理じゃな

 

『何故だ?』

 

妾の目的はタバネと出会ったときから変わらんのじゃ

 

「えっ?」と、束は思わず驚きの声を漏らしてしまう。

今の話を聞く限り、シロの目的には束がかかわっているのは間違いない。

つまり、シロは今でも束のために行動していると言うことになるのだ。

ずっとサボっていたらしいが。

『目的を果たせぬ限り、進化も有り得ぬと?』

 

進化が目的に関わるなら厭わんぞ

 

だが、目的に関わらなければ進化もする気がない。

なるほど確かに『一徹』だと全員が理解できる。

シロは決してその考えを曲げることがないのだ。

『その目的を聞かせてもらえぬか?』

 

……妾は、タバネに心から笑って欲しいのじゃ

 

人として当たり前の喜びを束に経験させたい。

だから、夢を叶える手伝いをした。

だから、優しい世界を贈ろうとした。

いつかきっと、一人の人間として幸せな笑顔を手に入れられるように。

優秀すぎる異常な頭脳を持った束に、人としての小さな幸せを経験させたい。

 

タバネは賢い。一度経験すればあとは自分でやれるじゃろ

 

それは一番近くで篠ノ之束という人間を見てきたシロの目的であり、願いでもあった。

『天災』に人としての幸せを教えること。

出会ったときからシロの目的はそうだった。

そして今も。

ただ、今、そのために必要な存在が、まだ舞台に上がっていないという。

そんなシロの言葉を聞き、その場にいた全員が何もいえず黙り込んでしまう。

『なるほど、それでは今は難しいであろうな』

 

すまんの。じゃがそう時間はかからぬ

 

『卵』を放っておく気はない以上、いずれは自分も舞台に上がる。

ただ、それは今ではない。

正確には、今、この場では難しい。

それが、アンスラックスには理解できた。

おそらくこの場で一番、それどころか世界中で一番理解できた。

『一週間後の正午、我は再び此処に来る』

 

何故じゃ?

 

『それまでに舞台を整えよシロキシ。我にも責任があるゆえ、役割は果たそう』

 

無駄に偉そうじゃな、おぬし

 

『こういう性格だ、許せ。アシュラよ。此度の協力感謝する』

『退却?』

『次で終わらせねばならぬゆえ、この場は退く。シロキシの言葉通りであれば、我は再び此処に来ねばならぬが』

それで意味がわかったのか、アシュラは諒兵から距離を取り、上空へと舞い上がる。

どうやら撤退するつもりらしい。

『騒がせたことは詫びよう。一週間後にまた来る』

 

了解じゃ

 

『だが、油断せぬことだ。サフィルスの元にいる一機、程なく進化に至るぞ』

「何ッ?!」と、思わず声を荒げた千冬だが、アンスラックスは必要なことは言い終えたらしく、そのままアシュラと共に空へと消えていく。

だが、まだ終わらない。

「諒兵ッ、そのまま京都に飛べッ!」

「了解だッ!」

今、サフィルスの戦力が上がると何をしでかすかわからない。

しばらくサフィルスの動きを止めるためにも、最低限、サーヴァントの進化は止めたい。

そう考えた千冬の指示に従い、座標を受け取った諒兵は光となって京都へと向かうのだった。

 

 

 

 

 


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