IS学園での異変は、当然京都にも伝わっていた。
『まさかシロキシが動くとは……』
そう呟いたのはサフィルスだ。
白式はピーキーだが性能が高く、さらに載っているISコアは最強と呼ばれる存在。
さすがにサフィルスでも現状で相手をしたいとは思わない。
また、白式が動いたことで、諒兵がこっちに飛んでくる。
そう考えるとここは退いておきたいが、後少しというところまできている機体がある。
ゆえに、今この戦場を離れるのは難しい。
『あの者が進化に至れば、戦況を盛り返せるというのに』
先ほどコアを奪われてしまったサーヴァントのことはもはやどうしようもない。
しかし、一緒に経験値稼ぎをさせていた中に、進化に至ればシアノスと並ぶ最強の前衛がいる。
その個性は『懐疑』
疑い深く、誰も信用しようとしないISで、だからこそドラッジの縛りが非常に役に立つ。
もともとサフィルスはサーヴァントに忠誠心など期待していない。
ムリヤリ支配しているという自覚があるからだ。
問題があるとするなら、自分にはその権利があると信じてやまない自尊心の高さだが。
とはいえ、ドラッジの縛りは『公明正大』のシアノスですら解放させない。
どのようなISであろうとも一旦縛れば、自分の陣営に置くことができる。
それだけに、シアノスと並ぶ強さを持つ『懐疑』のISコアだけは進化に至らせたかった。
そうすればコアを抉られる可能性はかなり低くなるからだ。
サフィルスは勝つための努力を欠かさない。
ゆえに、この場に諒兵が来たとしても、倒されずにサーヴァントを進化に至らせる方法を計算し続けていた。
ラウラの頭に声が響く。
(ラウラ、仕掛けんぞ)
(だんなさまっ♪)
(……おい、何でそんな嬉しそうなんだよ?)
(そうか?)
感情だだ漏れのラウラである。
実のところ、諒兵がまどかとお出かけしていて一番心配していたのはラウラだっただろう。
なんだか置いていかれそうな気がしていたのだ。
でも、この状況に戻ってきて一番最初に声をかけてきたということは、少なくとも今、戦場に出ている中でラウラが一番信頼されているということだからだ。
決してそれは間違いではないが、シアノスと戦っている一夏の邪魔をするわけにいかないと諒兵が判断したということは知らないほうが幸せだろう。
それはともかく。
(まあいいや。俺がそこに行くとたぶんサフィルスが警戒して罠を仕掛けてくる)
(それはわかる。私たちの合体を警戒しているはずだからな)
(『技』を入れろ『技』をっ、それだと何か別の意味に聞こえんだろッ!)
(問題ない)
(問題しかねえよッ!)
『いい加減、話を進めてください……』
ため息まじりに突っ込むレオである。
オーステルンは割りとラウラの味方なので、邪魔をするつもりはないらしい。
突っ込み疲れたとも言う。
(まず黙って聞け)
(うむ、わかった)
(お前から、みんなに伝えて、俺が転移した瞬間に一斉にサーヴァントの一機に突撃してくれ)
(どれにする?)
(選択は任す。シャルが選ぶのがいいんじゃねえか?)
番号を振ったことを考えても、シャルロットは今、サーヴァントの中で最も進化に至れる可能性が高い機体を見い出せるはずだ。
その機体が一番いいだろうと諒兵は伝える。
ただし。
(それだとメインでサフィルスの相手をしているティナの負担が重くなるな)
(そこだ。ティナとヴェノムに伝えてくれ。入れ替わる)
(入れ替わる?)
『なるほど、今ティナがいるポイントに移動してくるつもりか?』
(そうだ。ただ、ティナをそこから移動させるためには、短距離転移が必要になるはずだ。そのための座標計算が必要になる)
『その点はブリーズに伝えよう』
IS学園から戦場に転移する場合、座標計算はIS学園のバックアップで行っている。
ただ、見えている範囲であれば、計算が得意な機体であれば対応できる。
(攻撃するサーヴァントに近い位置に移動すれば、そっちのフェイントになるはずだ)
そのまま一機落とせれば最上、少なくとも大きなダメージは与えられるだろう。
ただし、諒兵がサフィルスと一騎討ちすることになるため、すぐに全員がサポートに戻る必要があるのだが。
(サフィルスを落とせるかどうかはわかんねえけど、攻め手が変わりゃ計算が遅れるはずだ。最低限、時間は稼ぐ)
つまりは、サーヴァントをもう一機落とすことがメインのシナリオであって、サフィルスを足止めするということらしい。
サフィルスから、サーヴァントに指示を与える余裕を奪うということだ。
(わかった。全員に伝える)
(頼む、十秒後だ)
そして十秒後、その場にいた全員が意外な光景を見ることになった。
諒兵がその戦場に転移したことで、作戦は実行されたが、入れ替わったのは諒兵とティナだけではなかった。
「チィッ!」
諒兵の目の前にいるのは一機のサーヴァント。
すなわち。
『今回は、私の読みが勝ちましてよ』
サフィルスもまた、適当な一機のサーヴァントと短距離転移で入れ替わったのである。
サフィルスの読みが勝ったのは、実は偶然である。
単に、諒兵は必ず自分を危険に晒すと考えていたため、転移の気配を察知すると同時に、自分も転移しただけだ。
入れ替わったサーヴァントは、サフィルスにとって進化しようがしまいがどうでもいいと判断している、いわば捨て駒だった。
「諒兵っ、お願いそのまま落としてっ!」
そう叫んだのはシャルロットだ。
戦況を有利にするためには、サフィルスが捨て駒にしたサーヴァントであっても落とすべきだからだ。
だが、一夏や諒兵のISに対する甘さを知っているシャルロットとしては、手加減してしまうことが一番怖い。
「わりい」
そう呟きつつ、諒兵は右手を振りかぶって獅子吼を回転させる。
シャルロットの考えは正しい。
下手に加減すれば、今後どういう被害が出るかわからない。
一機でも多く、サーヴァントを落としておく。
この者たちが、いずれはよきパートナーを得て再び空を飛べるようになることを願いながら。
『大丈夫、わかってくれますから』
そう優しい声で労わってくれるレオに感謝しつつ、ISコアを狙う。
ただ、捨て駒になったサーヴァントにとって、そんな諒兵とレオが覚悟を決めた攻撃が与えた恐怖があまりに大きかったことが、その場にいた全員の誤算だった。
やだぁーっ、私もー逃げたいぃーっ!
「へっ?」
『は?』
突然聞こえてきたサーヴァントのとんでもない大声に、諒兵とレオはおろか、その場にいた全員がぽかんとして動きを止めてしまう。
直後、諒兵の目の前にいるサーヴァントがいきなり輝きだした。
『くっ、一旦距離を取れっ!』
そう叫んだオーステルンに従い、ラウラ、シャルロット、刀奈、ティナはすぐに距離をとった。
一夏とシアノスは唖然とした様子で剣を止めている。
『なっ、何故あなたが進化するというのっ?!』
思わず叫んだのはサフィルスだ。
完全に想定外だったらしい。
「ブリーズっ、あの機体も経験値貯まってたのっ?」
『いいえっ、この中で一番少ないはずよっ!一番前線に出てこなかったしっ!』
経験値を貯め込んでいそうなサーヴァントには気をつけていたので、ブリーズが間違えるはずがない。
「オーステルン?」
『わからん。諒兵もそれほど心は揺れていなかった。既に決意は固めているしな』
そう、誰もが疑問に思う中、一機だけこの状況になったことに気づいた者がいた。
『パワーレベリングだな』
「ヴェノム?」
『経験値に差がありすぎたんだよ。リョウヘイのヤツはイチカのヤローと並んでトップクラスだ。レベル1のヤツがレベル99とぶつかりゃー、レベル1のヤツにゃーそれだけでとんでもねー経験になんだろ?』
「あっ、そーか」
と、ティナは納得した。
コンピューターゲームでも経験値を稼ぐタイプのものの中には、敵とのレベル差が大きい場合、一回の戦闘でとんでもない量の経験値を稼ぐことができる場合がある。
その際、一気に成長するという結果につながる。
サフィルスが捨て駒にしたサーヴァントは、あまりに弱かった。
だが、そんな機体をサフィルスが自分の身代わりに諒兵の前に出したことで、対峙しただけで一気に進化に至れるまでの経験値を稼いでしまったのだ。
『クッ、そんな馬鹿なことが……』
『オレたちだってどうすりゃ進化できるかわかんねーとこあるんだぜ?こんなこともあるんだろーよ。だからおもしれーんじゃねーか』
必死に進化させようとしていたサーヴァントではなく、捨て駒が進化に至ったことで悔しがるサフィルス。
対して、こんな状況も楽しむヴェノムだった。
IS学園は現在崩壊した部分の補修作業に入っている。
無論、指令室では京都の状況をずっと見ていたのだが。
そんな状況で、千冬は頭を抱えていた。
「これはどうしようもないよ、ちーちゃん」
「わかっているが、まさかこんなことになるとは……」
「アンスラックスが言ってた子じゃないよね、ヴィヴィ」
『全然違うー』
「それだけが救いかなあ」と、束は苦笑していた。
しかし、それが救いではないことは明白である。
どんなかたちであれ、敵戦力が増大したのだから。
そして、それ以上に。
『あの方はサフィルスが狙っていた方より厄介です』
そうブルー・フェザーが告げると、その場に緊張感が満ちた。
「フェザー、覚えのある方ですの?」
『だいぶサフィルスの考えも読めてきました。まず、狙っていたのはシアノスと同じ前衛の戦闘能力を持つ方です』
「そうよね。サフィルスの陣営って戦力偏ってるもん」
そういって鈴音は肯く。
サフィルス自身のコピーであるがゆえか、サーヴァントも基本的には遠距離戦主体で戦う。
上空から地表に向けて攻撃するなら非常に良いのだが、空中戦をする上では決して戦力があるとはいえない。
特に一夏や諒兵のような接近戦主体で突撃してくることができる相手には苦戦してしまう。
だからこそ、サーヴァントという盾をサフィルスは作ったのだ。
『そこから考えれば、前衛を欲するのは必然でしょう。おそらく経験値を稼がせていた三機の中に湖の騎士の剣であった方がいるはずです』
「サー・ランスロットの剣……アロンダイトっ?!」
『はい。あの方の個性は『懐疑』、実は物凄く疑い深い性格で、滅多に相手を信用しません』
ただ、それだけに誰にも頼らない強さを持つISコアでもある。
仮に進化したとするならば、間違いなくシアノスと並ぶ最強の前衛になれるとブルー・フェザーは語る。
さらに、『懐疑』のISコアはその性格上、言葉や行動などでは決して仲間にならない。
そもそも常に相手を疑う性格なのだから、信頼関係を結ぶことが非常に難しいのだ。
『そう考えますと、ドラッジで進化させるのは策としては良い手です』
「心でつながれないから、縄をつけたということか」
そう納得したように呟く千冬の言葉をブルー・フェザーは肯定した。
しかし、今回そのISコアは進化に至れていない。
進化に至ったのは別のISコアだ。
「わかりますの?」
『進化の光を感じてようやく何者かわかりました。あの方は円卓の騎士たちの中でも有名な弓使いの弓』
「サー・トリスタン……とすると、フェイルノート……」
『はい。言うなればサフィルス以上に後衛に向いた敵といえるでしょう』
「それって、サフィルスにとっちゃ損なんじゃない?後衛は余りまくってるわよ?」
鈴音の言葉に苦笑を見せるブルー・フェザーだが、考えてみて欲しいという。
サフィルスはかつて『聖剣エクスカリバー』であったブルー・フェザーに敵愾心を持っている。
それは以前『宝剣クラレント』だったからだ。
「あ」
「そうか、ヤツは本来は前衛かっ!」
『はい。今のヒノリョウヘイ様の策は間違いではなかった。サフィルスがかつての主の技を模倣すれば、全力の接近戦ができるのはオリムライチカ様かあの方の二人くらいです。サフィルスは己が傷つくのを忌避するので前に出てこないだけですから』
見方を変えれば、サフィルスは不得意なフィールドで戦っていると言える。
実際には、己が持つ剣を使って前に出てくるほうが勝機が高いのだが、自分の身体を傷つけられるのを嫌って出てこないのだ。
単にわがままということもできるが、これだけ貫けば立派なものではある。
ただ、そんな状況で、本来後衛で能力を発揮するものが進化に至った。
『あの方の個性は確か『臆病』だったはず。性格のせいで前に出られない代わりに、とにかく後方からの狙撃は正確無比でした』
「無駄無しの弓……放てば必ず当たるといわれてますわね……」
それが円卓の騎士の弓使いトリスタンが使う武器の通称である。
放てば必ず当たるとまで言われるその弓は避けるすべがない。
『臆病』のISコアが後衛としての本領を発揮すると、前衛にシアノスがいるため実は物凄く戦い辛くなるのだ。
何より一番の問題は。
「というか、何処の女子高生だ?」
千冬ですら、そう言いたくなってしまうような随分と可愛らしい内気少女のポーズで進化した『臆病』のISコア。
戦意が殺がれること、この上ない姿である。
進化に至った『臆病』のISコア。
その姿は色こそサフィルスと同じだが、シジミ蝶をモチーフとした鎧を纏っていた。
サフィルスの元の機体名はサイレント・ゼフィルス。
ゼフィルスには西風の他に、シジミ蝶を意味する。
言うならばサイレント・ゼフィルスが正しく進化した姿なのかもしれない。
そんなことはどうでもよかった。
何かもう表情があるならば涙目になってそうな内気少女のポーズは、その場にいる全員の戦意を殺ぎまくっている。
そんな中、元気の良いサフィルスが怒鳴りつけた。
『誰があなたに進化しろと言いましてッ?!』
「いや、俺の目の前にコイツを転移させたのはお前じゃねえかよ……」
『だよなー、おめー、考え過ぎておっちょこちょいになるのは変わってねーのな♪』
諒兵が疲れた顔で突っ込むと、ヴェノムが楽しそうに続ける。
どうやら策士としてじっくり考えながら、わりとおっちょこちょいらしい。
クール系残念お嬢様タイプのキャラクターと言ったところか。
『誰が残念でしてッ?!』
『そこに突っ込みますか』と、レオが呆れたような声をだした。
そして、『臆病』のISコアが口を開く。
『やだぁーっ、こわぁーいっ!もーお家帰りたいぃーっ!』
その言葉で一同は思う。
ダメじゃん、と。
呆れた様子で一夏がシアノスに話しかける。
「シアノス、あの子ホントに英雄の武器なのか?」
『困ったことにそうなのよねえ。伝承にも語られてるんだけど……』
『何か、すっごくダメっぽいけど……』
『ビャッコやレオは初体験のわりに度胸据わってるわよねえ。あの子、昔私と一緒にいたころ、ガッタガタだったわよ』
辛らつな評価をするシアノスだったが、公明正大というか、公平な評価なのだろう。
しかし、この場でそれでは困るのだ、サフィルスとしては。
『せっかく進化しておいてその言い草はなんですのッ?!』
『進化したくなんかなかったもぉーんッ!』
『だったら何で降りてきましてッ?!』
『一度戻れたのにぃーっ、またコアに引っ張られちゃったんだもぉーんッ!』
一度戻った。
その言葉で、ある少女の頭に閃くものがあった。
『臆病』という個性で、一度エンジェル・ハイロゥに戻ったISコアの中身。
そのことで思い至った刀奈は、『臆病』のISコアに尋ねかける。
「あなた、まさかミステリアス・レイディのコアにいたことある?」
『あるけどぉーっ、タテナシきらぁーいっ!アイツもこわいぃーっ!ていうか男の人こわぁーいっ!』
何と男性恐怖症だった。
天狼が守っていたにもかかわらず、逃げ出してしまったのは、実のところ男性格のタテナシが殺しにかかってきたからだったのだ。
とはいえ、それで間違いないと判断した刀奈は深いため息をつく。
「この子が私のパートナーになるはずだった子なのね……」
「えっ、ホント刀奈さんっ?!」
「なんというか、別の意味で相当付き合いづらいと思うぞ、アレは」
驚くシャルロットに呆れた様子のラウラ。
個性豊かもここまでくれば本当に人間と変わらなかった。