ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第166話「浅葱色の想い」

進化した『臆病』のISコア。

それは、あっという間に移動する。正確にいうと逃げた。

「ぬなッ?!」

驚く諒兵だったが、気づいたときにはソレは別の場所にいる。

『アンタ、何してんのよ……』

『だってぇー……』

『臆病』のISコアは、シアノスの陰に隠れてしまっているのだった。

確かに最強クラスの前衛の後ろにいれば、危険は少なくなるだろうが、サフィルスとは違った意味で仲間意識のないコアであろう。

『ドラッジがあるからサフィルス側で戦うけど、アンタのこと守ってやるほど暇じゃないんだけど』

『やだぁーっ、守ってよぉーっ!』

まるで駄々っ子である。

『臆病』なうえにわがままとは困った性格にも程があるだろう。

「なあ、その子と一緒に戦ってた弓使いって苦労してたのか?」

『苦労してたわね……』

『そうなんだ……』

英雄とは、すなわち苦労人である。

人の何倍もの苦労を背負ってしまう人間たちである。

だからといってこれは無いだろうと思う一夏と白虎だった。

「何か戦う雰囲気じゃなくなっちまったな」

そういって諒兵が近くに寄ってくると、『臆病』のISコアは怖がっているのかシアノスにぴったりくっついて離れない。

「諒兵」

「まどかはちゃんと帰ってくる。俺はそう信じたぜ」

「なら、俺も信じるさ」

そういって一夏は嬉しそうに笑う。

今さら幼いころのようにはなれないだろう。

でも、これから兄妹としての関係を築いていけばいい。

そのきっかけを作ってくれた諒兵に、本当に感謝していた。

『男の子の友情っていいわね』と、どこかお姉さんっぽくシアノスが話す。

そんな状況を見て、サフィルスは深いため息をついた。

『想定外にも程がありましてよ』

『まー人生なんてそーいうもんだろ』

果たして使徒の生を人生と呼んでいいものかどうかはわからないが、ヴェノムの言葉は確かに真実だった。

予想通りにいくことのほうがはるかに少ないのだ。

とはいえ、ここで戦闘をやめていいものだろうか。

サフィルスは落とせるならば落としておきたい相手だ。

シリアスをぶち壊してくれた『臆病』のISコアのために、ここで見逃すのはあまりにも下策だ。

そこで意外な者が意見を述べた。

[どういうことだオーステルン?]

『たまにはこういうのもいいだろう。本来ならリョウヘイとマドカのお出かけを見守るだけだったんだ。無理に戦うこともない』

千冬の言葉にそう答えた言葉の裏で、オーステルンはヴィヴィを介して千冬に秘密裏に理由を説明する。

 

『アレは最悪だぞ』

(何?)

『位相をずらして身を隠す最強クラスの弓兵だ。アレに隠密戦闘をされたら、この場にいる誰もが捕捉できないまま落とされる』

(何だとッ?!)

『先ほどシアノスの影に移動したときに理解できた。タテナシとは別方向の暗殺の天才だ』

 

対抗策が無いまま無理に戦おうとすると、返り討ちではすまないとオーステルンは説明してきた。

『臆病』とはよくいったものだという。

『臆病』ゆえに、完全に身を隠すすべを心得ているのだ。

時間を与えるのはサフィルスにとっても利になるが、この場で倒そうとすればおそらく容赦しないだろう。

ある意味、暗部に対抗する暗部である刀奈にとっては、理想的なパートナーだったのだ。

もっとも、そのことを理解しているのはオーステルンだけらしい。

 

『今、サフィルスに気取られるわけにはいかん。後々知ることになったとしても今のままでは我々に対抗策がない』

(なるほど。わかった、上手く戦闘を終わらせられるように話を持っていこう)

『ああ。理想を言えば、こちら側の誰かに好意を持ってほしいところだな』

(攻めにくくするということか)

『嫌われてしまったらシアノスという前衛を利用して、攻撃してくる。シアノスが強いだけにアレは厄介だ』

 

指令室の面々と、京都にいる刀奈とシャルロット、ブリーズ、ティナとヴェノムにはその会話の内容を伝えた。

腹芸と縁遠い、一夏と白虎、諒兵とレオ、そしてラウラには伝えていないのだが。

この三人と二機は、こういったことが上手くできないのである。

その証拠に。

「俺としてはシアノスとは日を改めて勝負したい」

『さすがに今日ここで決着をつけるには、この子が、ね』

一夏は素直に自分の気持ちを口に出した。

そして、『公明正大』であるがゆえなのか、シアノスも同意してくる。

勝負すること自体は望むところであるし、『臆病』のISコアがくっついたままでは勝負にならないことも理解している。

「それは、その者が邪魔だからか?」と、ラウラ。

『そこまで邪険な言い方はしないけど、一騎打ちしたいのにこの子がいたらそうはいかないもの』

『えぅ~……』

『アンタもそれでいいでしょサフィルス。どうあれ、一機進化したんだし』

シアノスがそうサフィルスに声をかけると、まるでため息をついているかのような雰囲気を出した。

『まったく、私の命に従うべきなのに、ドラッジで縛ってもソレができないとは思わなくてよ』

「いいんじゃねえか、それで?」

そう意見してきたのは諒兵だった。

『男の言葉など聞く気はなくてよ』

「じゃあ独り言だ」

そう言ってから諒兵は話を続ける。

「一夏の様子を見る限り、シアノスは本当に強え。でもな、そりゃ英雄の武器とかだったからじゃねえよ」

『どゆこと?』と白虎。

『シアノスは武器ではなく騎士なんです。もし、武器、すなわち道具のままであったなら、確実にイチカが勝利していたでしょうね』

要は、味方に意志があるほうが強いということだ。

道具としていうことを聞くだけの部下よりも、自身の意志で考え、行動できる味方のほうがより強力な戦力になる。

そういう意味で考えれば、シアノスは強い。

そして。

「そっちの『臆病』だったか。今日はそいつが戦いを終わらせちまった感じだけど、そのうち強くなるんじゃねえか?」

『はあ……、まったく男というものは短絡的ですこと。強くなるかどうかなど未知数でしてよ?』

「だから、今はわかんねえだろ?」

「そうだな。この子にも凄いところはあるんだろうし。俺は接近戦のほうが好きだから直接戦う可能性は低いけど」

それでも、どんな凄いところがあるのかは知りたいと一夏が笑う。

そしてラウラが意見を述べた。

「本来であれば、ここで落とすべきだろうが、サフィルス、お前と違って進化したサーヴァントは其処まで印象は悪くない」

『ケンカを売っていまして?』

「素直な感想だ。そこの『臆病』……、その機体、何か名称が必要だな。話がしづらいぞ」

自分からまったく名乗ろうとしないので、『臆病』のISコアにはまだ名称がない。

さすがにいつまでも『臆病』といい続けるのはどうかとラウラが意見する。

「一応敵陣営なんだけど、名前考えてあげるの?」とシャルロットが苦笑いする。

『オレはあったほーがいいと思うぜ?』

「まー、呼びにくいよね?」

と、ヴェノムとティナもラウラに同意する。

実際、呼びづらいことこの上ないのだ。

「俺も賛成」

「だな。ラウラ、よく気づいたな」

と、男二人も同意すると、何故かラウラは諒兵に近づいて頭を差し出す。

「どした?」

「撫でろ、だんなさま」

「へ?」

「まどかばかりずるいぞ」

「……見てたのか?」

「クラリッサたちが教えてくれた」

『あの方々は相変わらず……、というかワルキューレという強力な味方を得てエスカレートしてませんか?』

覗き見したことを堂々と告白してしまうラウラに呆れる諒兵とレオ。

だが、今の意見は正しいと思うので撫でる。

さらさらの銀髪は撫でていて気持ちよかったりするのだ。

「それにしても、ラウラは何でそう思ったんだ?」

一夏が疑問を口に出すと、ラウラはあっさり答えてきた。

「軍では不明機に個別に名称をつけるのは普通だぞ。そうしないと情報伝達が遅れてしまう」

『ラウラの言うとおりでな。不明機とか番号とかよりも、個体を示すキーワードを設定することがあるんだ』

「へー」と、その場にいた全員が肯いた。

『なら、どうする?サフィルス、アンタが名前付ける?』

『は?何故私が?』

『無理か』と、最初からまったく話に加わる気のないサフィルスの呆れたような声にシアノスは肩を竦めた。

そこに。

 

『アサギ』

 

一人の少女の声が聞こえてきた。

「生徒会長?」と、諒兵が声の主に声をかける。

もっとも刀奈としては、『臆病』のISコアの気持ちを知るほうが大事らしい。

「この名前はどうかしら?」

そういって『臆病』のISコアに刀奈は笑いかける。

返事はないが、特に反論もないところを見るとそんなに悪い印象は持っていないらしい。

「シアノス、その子が何を考えてるか教えてくれない?」

『そうね。響きは嫌いじゃないみたいよ?でも、どんな想いで付けたのかわからないって感じね』

あっさりそう答えてくれたところを見ると、今後シアノスは前衛だけではなく交渉役も担ってくれそうだと安心する。

「アサギ……。あっ、もしかして『浅葱色』からなのか?」

「浅葱色っつうとアレか。新撰組か」

と、男二人が納得したように話しかけると、刀奈は肯いた。

諒兵の新撰組は極端な答えなのだが、間違いではない。

浅葱色とは青系の和名の一種で、薄い藍色を指す。

一夏が一番に気づいたのは当然だろう。

自分の武器である白虎徹は新撰組局長が愛用したという刀から名前を取っている。

その新撰組の羽織に使われていた色が浅葱色である。

一夏は日本の剣に関する話はわりと覚えていた。

諒兵が覚えていたのは一夏の影響だ。

どうにもこうにも、勉強する内容が偏っている男二人である。

それはともかく。

「シアノスが青系統の名前でしょ?仲間なんだし、おかしな名前にしちゃうよりいいんじゃいかしら?」

『いちおー敵だぜ。てきとーでいんじゃねーか?そこまで塩送んのかよ?』

ヴェノムが呆れたような声を出す。

実際、刀奈がここまでマジメに『臆病』のISコアのことを考えてやる必要はないのだ。

ミステリアス・レイディから逃げ出してしまった臆病者なのだから。

「いいじゃない。羨ましかったんだし」

『羨ましい?』

ブリーズが刀奈の言葉に対し、不思議そうな声を出す。

もっともそれはその場にいた面々や、指令室の面々にとっても同じだ。

「あなたが残っていてくれたなら、パートナーになれたのかもしれない。私も『臆病』だしね。けっこう気が合ったと思うわ」

かつてタテナシに言われたことだ。

刀奈は性根のところでは臆病で、だから必死に自分を隠そうと演技していた。

優秀な姉として。

今、シアノスの陰に隠れている『臆病』のISコア。

この機体のことを他人とは思えない、思いたくない。

「他の子たちは、みんなパートナーに名前をつけて、一緒に進化できてるでしょ。正直羨ましかったのよ」

大和撫子のオプションとして進化した刀奈の機体には、ISコアがない。

すなわち心が無いただの鎧だ。

いつもパートナーと一緒にいられる皆が刀奈は羨ましかった。

それでも、タテナシの考えには共感できない。

だからこそ自分の本来のパートナーはどんな子だったのだろうといつも想像していたのだ。

「運命だったと思うわ。本当に『臆病』なところは私そっくり」

「刀奈さん……」

苦笑いを見せる刀奈を見て、シャルロットや他の者たちも少し寂しそうに笑う。

『臆病』のISコアには刀奈のところに戻ってきてほしいと思うが、ドラッジに縛られていてはそれは不可能だからだ。

だが、それはもはやどうしようもない。

だからこそ。

 

「私たち、敵同士になっちゃったけど、それはあくまで想いの違いであって、好き嫌いじゃないわ。だからこの名前を贈らせてほしいの」

 

そういって微笑む刀奈の顔には嘘はない。

この場を取り繕っているだけではなく、心からそう思っているということが理解できる。

シアノスがちらりとサフィルスのほうを見ると、まったく興味ないらしい。

どんな名前がつこうが構わないということなのだろう。

『後はアンタの気持ちだけね』

そういって、自分の後ろに隠れたままの『臆病』のISコアに声をかける。

少しの間、その機体は考えている様子だったが、しばらくして声を発した。

 

『わかった。この名前貰う。私は『アサギ』』

 

それで終わったと判断したのか、サフィルスはさっさと飛び上がってしまう。

他のサーヴァントたちも一斉に飛び上がった。

最後に残ったのは二機。

『シアノス』と『アサギ』

元はサーヴァントであり、今はサフィルス陣営の使徒である二機。

シアノスが声をかけてくる。

『今日のところは痛み分けね。次を楽しみにしてるわ♪』

「負けないぞ」

『負けないよっ!』

『その意気よ。私も負けるつもりはないわ』

性格を考えれば、本当に味方であってほしいと思うシアノスである。

贅沢を言いたくはないが、シアノスがこちら側で戦ってくれれば、一夏や諒兵並の前衛が増える。

実はそれはIS学園側にとっても大きな利と成り得るのだ。

アシュラという接近戦最強の使徒がいるだけに。

性格的にアンスラックスが一番気が合うのだろうが、アシュラはその性格ゆえに、頼まれればサフィルスにも力を貸すだろうし、タテナシにも力を貸す可能性がある。

本当にタテナシに力を貸したら最悪だ。

最強の前衛と最悪の暗殺者が手を組むことになる。

今のシアノスとアサギのように。

戦いづらいなんてものではないだろう。

だが、肝心のサフィルスが、こちら側に来ることがまず考えられない。

余程強力な共通の敵でも現れない限り。

基本的にサフィルスは個人主義なのだ。

だから仲間と一緒に戦う、共闘するということができない。

自分の陣営で戦う者を自分で都合しなければならない。

そのためのサーヴァントであり、ドラッジなのである。

難儀な性格に苦労しているのは、案外サフィルス自身なのかもしれなかった。

そんなことをシアノスは語る。

『だからかな。見捨てらんないわ。アレでも同郷だしね』

「あそっか。宝剣クラレントと聖剣ガラティーンだもんね」

シャルロットが納得したように肯く。

もっともその理屈でいえば、エクスカリバーがこちらにいるのだから来てほしいところではある。

しかし、その必要はないとシアノスは言う。

『アンタたちっていい仲間がいるじゃない。あの子は大丈夫。大事にしてあげて』

「ああ。そうするよ」

「わかってるぜ」

「何と言うか、公明正大というだけではなく、考え方がとても大人だな」

と、ラウラが感想を述べると、全員が肯いた。

実際、サフィルス陣営の良心になってくれそうなシアノスは、上手く動いてくれれば、今後予想される『敵』との戦いで力を合わせられそうだと感じられるのだ。

『ま、お互い頑張りましょ。それじゃ、そろそろ帰るわね』

そういって飛び上がるシアノスに、アサギはついていくだけだ。

ただ。

 

『名前、ありがとう。カタナ』

 

空の彼方へと消える寸前、アサギがそう言ってくれたことが、刀奈はとても嬉しかった。

 

 

 

 

 


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