ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第167話「篠ノ之のお姫様」

戦闘後。

IS学園の面々は当然のこととして、格納庫に降り立った純白の機体の前に集まった。

京都に行っていたメンバーも全員揃っている。

それだけ、この機体の存在は大きいということだ。

白式、すなわち最初のISコア、白騎士の存在は。

 

照れるのう♪

 

「なに言ってんのさ」と、その第一声に思わず突っ込む束だった。

端から見れば、アイドルか女優の記者会見のような状況なので、照れるという言葉もあながち間違いではない。

ただし、それがISそのままの姿だと色気も何もあったものではないが。

「シロ、いい加減に目的を教えてくれないかな?」

 

妾は待っておるだけじゃ

 

「待ってる?」と、一夏のみならず、その場にいた全員が首を傾げる。

もっとも千冬だけは「やはりか」と呟いていた。

「待ってるのは操縦者なのかよ?」

「えっ、誰か候補がいるっての?」

諒兵の言葉に鈴音が驚いたように聞き返す。

もっとも白式は待っているとしか言っていないので、操縦者とは限らない。

物かもしれないし、時かもしれない。

ただ、いずれにしても何かを待っているということで間違いないらしい。

 

何かは言えぬがの。いま少し時間がかかるようじゃ

 

「そのときがくれば、私たちの味方として進化してくれますの?」

セシリアの言葉は、この場にいる皆の願いでもある。

共生進化が一番望ましいが、この際、独立進化でも味方になってくれるならばいい。

敵に回してしまいたくない機体の筆頭に来るからだ。

 

わからん

 

「容赦ないな」と、千冬が呆れたような声を出す。

確かに、わりと全員が絶望的な眼差しで見つめてしまうくらいの一言だったのだから当然と言えるが。

 

責任持てんことは言わん。じゃから今の段階ではわからん

 

「最初からそこまで言ってくれれば、みんな絶望しないですんだんだけど」と、シャルロットが苦笑いを見せた。

そして確認するようにラウラが問いかける。

「つまり、先のことはわからないということか」

 

そういうことじゃ

 

「何か、思ってた以上に大雑把だね……」

「いい加減かも~」

「めんどくせーなあ」と、簪と本音、そして弾が『仲良く』声を揃えるので、刀奈と虚のこめかみがピクピクしていた。

 

いずれにしてもおぬしらまずは機体を整備せい

 

戦闘してきたのだから、まずはしっかり休息を取って次に備えよと白式は助言してくる。

次は一週間後。

再びアンスラックスがやってくる。

そのときは今回のように途中で撤退はしないだろう。

白式が答えを出さない限りは、最悪IS学園を更地にする可能性もある。

 

あやつはさすがに今のままでは止められんからの

 

「シロでも警戒するんだね」

 

戯けたもん作りおって

 

「シロが話してくれなくなったからじゃんかあ。寂しかったんだよ束さんは」

 

そういう可愛いところをもっと見せればいいのにのう

 

男などより取り見取りだろうと言ってくる白式に、束は興味ないとにべもない。

 

チフユも自分の魅せ方が下手じゃし、似た者同士じゃの

 

「「余計なお世話だっ!」」

思わず声を揃えて怒鳴ってしまう親友二人の姿を、皆が生暖かく見守るのだった。

 

 

それから数十分後。

誠吾は意外な人物に声をかけられ、武道場にいた。

その手に握られているのはただの竹刀。つまり手合わせを求められたのである。

もっとも、目の前にいる相手の雰囲気は、手合わせというより殺し合いでも始めそうだが。

『だーりんっ、浮気はNo Goodネーっ!』

「浮気じゃないから」

立てかけられているワタツミが言ってくる文句に、脱力しながら誠吾は答えた。

とはいえ、相手はただの人間なのだから、ワタツミを使うわけにはいかない。

「……悪いね。ワタツミはかなりヤキモチ焼きだから、いろいろ口を挟んでくるけど、多めに見てほしい」

「……別に。気にしてはいません」

そう答えたのは長い黒髪をポニーテールにした、グラマラスさでは学園でもトップクラスだろう少女。

つまり箒である。

「何故、僕を手合わせの相手に選んだのか教えてくれるかい?」

「特に理由はありません。更識は良くしてくれるけど、同じ相手ばかりでは強くなれないので」

「強くなりたいってことかな?」

「私も剣を学びますから、当然のことでしょう?」

「全中日本一はかなりのものだと思うよ。十分な実力はあるんじゃないかな?」

「……」と、箒は沈黙してしまう。

仕方なく、誠吾は竹刀を正眼に構える。

少し彼女の持つ暗い雰囲気が気になっての問答だったのだが、これ以上は話してはくれないと判断したからだった。

誠吾が構えると、箒も何処か安心した様子で正眼に構えた。

「てぁッ!」と、裂帛の気合いと共に箒は面打ちを狙って斬りかかってくる。

だが、荒い。

彼女が抱えてしまっている感情がそのまま出てきたような乱暴な剣だ。

こんな剣では彼女は実力の半分も出せていないだろうと誠吾は判断し、ここは努めて冷静に相手をするべきだと考えた。

打ち下ろしてくる竹刀の切っ先を狙い、わずかに逸らす。

それだけで箒の剣は空を切った。

苛立つかのように返す刀で切り上げてくるが、それとて十分に読めるので難なく捌いてみせる。

そして、目にも止まらぬ速さで、箒の脳天を狙い、寸止めで切りつけた。

自分が一度斬られたということが理解できたのか、箒の動きが止まる。

「君が勝てるまで相手をしよう」

「随分と余裕ですね。先ほどの言葉は嘘ですか?褒めたように聞こえましたが?」

「嘘ではないよ。ただ今のでわかった」

「何がです?」

「織斑先生や一夏君では、今の君を相手にできない」

驚愕する箒だが、侮辱されたと思ったのか、すぐに目つきが剣呑なものへと変わる。

「二人とも強さというものを理解している。特に織斑先生は指導者だ。わかりやすく教えてくれるだろう。でも、君の心にきっと届かない」

「何が言いたいんです」

言葉遣いは丁寧だが、箒の声色はかなり無理をしていることが感じられた。

本当は怒鳴りつけたいはずだと誠吾には理解できる。

「君自身が強くなることを拒んでる。『大切に守られるお姫様でいたい』とね」

「何ッ?!」

「そう思っている君に対して強くなるための指導なんて意味がない。だから織斑先生や一夏君では君を相手にするのは難しいんだ」

むしろ、一度徹底的に叩きのめすべきだと誠吾は判断した。

ただ、それで誰かが救いの手を伸ばしては意味がない。

箒は、敗北し、そこから自力で立ち上がるという強い意志を持たなければならない。

そのためには、むしろ一人になって自分を見つめ直させなければならないと誠吾は判断する。

「ワタツミ、ヴィヴィに言ってみんなに伝えてくれ。『見守ることは大切なことだ』ってね」

『OKネー、やっぱりだーりんにとって頼りになるのはラブラブワイフな私なのネー♪』

「はいはい、頼りにしてるから」

一瞬、気を逸らしたと思ったのか、箒は胴薙ぎを繰り出してくるが、その程度の動きが読めないような誠吾ではない。

「くっ!」

問題なく受け止める誠吾に、箒は苛立ち混じりの顔を向けてきた。

感情が隠せなくなっている。

だが、この程度では足りないことを理解している誠吾は、竹刀を振るう。

そして箒の首筋で寸止めしてみせた。

「これで二回死んだね。命のストックはまだあるのかい?」

「ふざけるなッ!」

その答えで、まだやる気はあるらしいと誠吾は判断し、内心安堵の息をつく。

彼女が疲れ果てて立てなくなるか、逃げ出すまでは相手をするつもりだからだ。

もっとも。

(憎まれ役は楽じゃないな)

そう内心ではぼやいていた。

 

 

指令室で千冬はヴィヴィの報告を聞いていた。

「なるほどな。確かにそうかもしれん」

『何がー?』

「篠ノ之は環境が過保護すぎていたかもしれないんだ」

保護プログラムを受けていた箒に対する言葉ではないかもしれない。

箒自身は、家族とも一夏とも別れ別れになったことを孤独だと思い込んでいるが、実際には逆だ。

家族がいなくても、友人がいなくても何とかなってしまう環境は、むしろ過保護すぎたということができる。

自分自身で生活するための苦労をしたことがないはずだからだ。

何より。

「友人を作らなくていい言い訳があったからな」

『言い訳ー?』

「保護プログラムを受けている身であること。姉が束というIS開発者の妹であること。だから友だちを作るべきではないという言い訳ができてしまったんだ」

もとより、姉の束に似て、コミュニケーションが得意ではない箒である。

友人を作るというのは、実のところ大変なことであったはずだ。

「幼いころでも道場に来ていた一夏くらいだ。それがISの登場でさらに変わった。自分は保護プログラムを受けているし、束の妹だから友人を作るべきではない。作らなくてもいいんだと思い込んでいる節がある」

それが、一夏に対する依存心に近い恋愛感情になってしまっているのである。

確かに、幼いころ保護プログラムによって転校していった箒に声をかけてくる友人は少なかっただろう。

篠ノ之という苗字を隠しもしないのだから、すぐに噂になっただろうからだ。

それがマズかったのである。

「何でー?」

「篠ノ之は人の心の裏にある感情が読めん。私とて上手くはないが、それでも裏で何を考えているのかということを推測するくらいはする。だが、篠ノ之はそもそも読む必要がなかったんだ」

人の心を読むというのは、別に悪いことではない。

別の言い方をするなら、相手の意を汲み取り、できるだけ人間関係を円滑にすることだからだ。

だが、コミュニケーション能力に欠ける箒はその点を関係を作らないことで省略できる言い訳があった。

 

自分は保護プログラムを受けている。

ISを発明した篠ノ之束の妹である。

 

そうすることで、自分から友人をを作り、仲良くなるという努力を怠った。

嫌われることに思い悩み、自己を変えていこうとする努力を怠った。

そうしなくてもいい環境におかれていることに、箒は甘えていたのだ。

「正直なところ、篠ノ之は何もしなくても生きていける環境にあった。だから目的を持って行動したこと自体が少ないはずだ」

『わかんないー』

「まあ、あくまで推測だ。篠ノ之自身の気持ちがどうなのかまでは何とも言えん。ただ、結果としてそれが極端に薄い人間関係につながっている。だから、他者に本当に『感謝』したことがないと思える」

『ありがとう』という言葉を心から言えたことが何回あるだろう。

普通の人間ですら、そう多くはない。

箒はさらに言わなくても何とかなってしまっていた。

努力しなくても、国が彼女を守っていた。

だから守られるための努力すらしていない。

守られるに相応しい真剣な生き方をしてこなかったと言える。

「それで全中日本一なのだから、呆れた才能だがな」

『チフユがそう言うのー?』

「言っておくが、篠ノ之は才能は私より上だぞ。正しく剣を振ることができれば、剣においては間違いなく誰にも負けん」

純粋な剣術でという意味だがと千冬は付け加える。

戦闘術という意味になると、場数や発想など、他のさまざまな要素が必要となるので総合的な実力はそこまで高くない。

だが、剣術においては最高クラスの才能を生まれ持っているのだ。

「篠ノ之はその前の段階で躓いたまま蹲っているんだ。だから自力で立ち上がる必要がある」

『なるほどー、さすが先生ー』

「ふふっ、そう言われると照れくさいな」

ヴィヴィの声には皮肉も何もない。

本当に心から賞賛していることがわかるので、さすがに千冬も顔を少しばかり赤くしてしまった。

「とはいえ、井波に嫌な役をやらせてしまったな。後で謝っておこう。それとヴィヴィ」

『なーにー?』

「今の私の話を戦闘部隊の全員と束にも伝えてくれ。何せお人よしばかりだ。篠ノ之が思い悩んでいたら、助けようとしてしまう。せっかく一歩を踏み出そうとしているのに手を差し伸べてしまったら、井波の苦労も水の泡だからな」

『わかったー』

「頼んだぞ」

『頼まれたぞー♪』

何処か嬉しそうにそう言って、ヴィヴィがふよふよと指令室から出て行くところを千冬は眺める。

そして。

「それで、まどかは今後どう行動する?」

そう虚空に向かって尋ねかける。

『最近ホントに人間離れしてますねー。ティンクルにすらそう言われるんですから』

「ティンクルか。あの者だけはわからんな。話し方や雰囲気は鈴音そっくりだが」

『ディアマンテも読みにくいんですが、あの方は別の意味で捉えどころがありませんね』

答えてきた声が姿を現すと、千冬はため息をつく。

丈太郎を通じて、天狼にまどかのところに行くようにお願いしたのだ。

戻ってくる気ならいつでも迎えるということを伝えるつもりだったのである。

だが、天狼の報告を受ける限り、そう簡単には行かないらしい。

『マンテんが恩を売ってましたので、横取りされましたねー』

「まあ、傷ついたまどかを助けてくれたというのだから、仕方ない。まどかの実力なら、ティンクルと戦うことになってもそう負けることはないだろう」

『ティンクルに戦う意思はあまり感じませんがねー』

「そうだな。それとそろそろ『卵』とやらについて私にも情報をくれるとありがたい」

『極東支部を探しているのはそのためでもありますよ。詳しくは丈太郎が説明するそうです』

「束の様子といい、かなり危険な代物であるのは確かなようだな?」

『孵化する前に止めたいというのが本音です。アンアンが止める側だったのは幸いでした』

「孵化する側にいった者もいるのか?」

『そのようです。カータんたちは極東支部に入ったと情報をいただきましたね』

それは頭が痛くなると千冬はこめかみを押さえる。

敵陣営を聞くと、共生進化しているASまでいるという。

極東支部は思った以上に厄介な存在になる可能性がある。

ただ。

「救いなのは『卵』を挟んで陣営が二極化されてきていることか」

『ですねー、今まで乱戦状態でしたから。その意味ではわかりやすくなってます』

「油断はできんが、場所がわかり次第、生徒たちを向かわせることになるかもしれんな」

邪魔が入らないといいのだが、という千冬の呟きは虚空に消えていった。

 

 

 

 

 


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