結果からいえば、箒は惨敗した。
誠吾の剣は鋭く重い。
その重さを感じることなく簡単に捌かれてしまっていたのだから、惨敗以外に言い表しようがないだろう。
「ここまで、差があるのか……」
「何の差だと思ってるんだい?」
「えっ?」
「君と僕、いや僕たちの差は何だと思ってるのかな?」
誠吾の問いかけに、箒は必死に頭を働かせる。
しかし、答えなど既に出ているようなものだ。
自分になくて誠吾にあるものと言えば。
『だーりんはお人好しなのネー……』
その声の主であろうことはわかりきっている。
「進化、しているかどうか……」
「それは正しいけど、まったく違う」
「何が言いたいんです?」
「進化は結果に過ぎないよ。君はもっと根本的なところで僕たちと明確に差がある。その差を理解できれば、進化という結果も有り得るかもしれない」
共生進化できれば一番ベストだと箒にもわかるだろう。
それによって力を得ることができれば、今度こそ一夏に近づける。
それどころか、独占することだってできるかもしれない。
だが、今の箒にとって、それは決してあってはいけないことだ。
「あってはいけない?」
「君は、進化してもいい人間じゃないからだよ」
「なっ?!」
「本当に運よく、気が合う相手を得られて進化できたとしたら、君はもっとダメになるだろう。それこそ僕たちと敵対する立場になってもおかしくない」
「貴様ッ!」
さすがに箒も声を荒げてしまう。
目上の人間に対して敬意を表しているつもりだったが、ここまでいわれてしまってはガマンできるはずがない。
思わず竹刀を突きつける。
「ワタツミたちはバカじゃない。進化したいと思う相手をちゃんと選んでくれる」
『とーぜんなのネー♪』
「でも、選ばれなかった人間がダメというわけじゃない。本当に偶然でしかないんだ」
その点でもっともわかりやすい存在がいるとすれば千冬や真耶といったIS学園の教師陣だ。
千冬は選ばれそうになったものの、最終的には道が別れてしまったので、少し違うかもしれない。
それでも千冬がダメな人間かと問われれば、少なくとも司令官として、教師としては違うといえる。
私生活は何とかしてくれと一夏がいればぼやきたいところだろうが。
それはともかくとして、千冬は今のところ共生進化はしていない。
パートナーもいない。
しかし。
「織斑先生はやるべきことをしっかりとやっている。そのことについて文句は出てこないだろう?」
「…だから何だ?」
「山田先生も、いろいろと悩みはあるみたいだけど、それでも頑張ってやってる。その点、凄い人だと思うよ」
「何が言いたい?」
「その二人と、今の君の違いを探してみるといい。ただし自分の力で」
ここが一番重要なところだった。
無論、いろんな人に聞くのはいいかもしれないが、聞いてはいけない人間がいる。
「特に更識簪さんには決して聞いてはいけない。彼女は優しいからね。もちろん一夏君にもだ。逆に凰さんには声をかけてみてもいいかな」
「イヤだ」
即答である。
箒が今、一番会いたくない相手が鈴音だからだ。
次に会うときは叩きのめせるだけの力を得てからだと思っている相手だからだ。
だからこそ、誠吾は聞いてもいい人間として名前を出したのである。
その意味がわかるようなら苦労はしないのだが。
逆に聞いてはいけない人間は、優しさゆえに手を差し伸べてしまいそうな者たちだ。
時としてそれは成長の妨げになる。
ゆえに最初に釘を刺したのだ。
「ここまでいって、あっさり更識簪さんや一夏君に助けを求めるようなら、いつまでも部屋に閉じこもっているんだね。いつか王子様が来てくれるかもしれないよ」
はっきりと皮肉を込めて告げる。
その言葉を聞き、箒が睨みつけてくるが、言い返せる言葉を箒は持っていない。
それこそが箒の一番の問題点だが、それを自身で解決しない限り、箒は前に進めないことを誠吾は理解していた。
ぽーんっと缶コーヒーが投げ渡されてくるので、思わず受け取った誠吾は投げてきた相手に顔を向けた。
「すまんな」
「織斑先生」
「憎まれ役は本来教師がやるべきなんだが」と、千冬は苦笑する。
自分がやったことを理解してくれていることに、誠吾は安堵した。
「まあ、指導員として呼ばれましたからね」
『チフユは忙しーしネー』
「そういってくれると助かる」
そう答えると、千冬は自分の分として持っていたのだろう、ブラックの缶コーヒーを開け、一口飲んだ。
それに倣い、誠吾もフタを開け、一口含む。
「しかし驚きました」
「篠ノ之の剣術か?」
「知っていたんですね。感情が邪魔をしていますが、もしそれがクリアできれば、間違いなく織斑先生より上ですよ?」
「純粋な剣のみの才能なら、間違いなく私を上回る。こういってはなんだが篠ノ之の血なのだろうな」
昔は古流剣術の道場を開いていた篠ノ之家。
当然、代々その道場を継いできているのだから、剣士として優秀な血を受け継いできたともいえる。
「正直、指導者としては惜しいと思う逸材だ。こんな時勢でなければ特別に指導したいくらいのな」
「個人として、ですか?」
「まあ、束の妹ということもあるさ。一夏への感情はともかくとして親友が大事にしている妹だ。目をかけてやりたくなる」
だが、だからこそ千冬は距離をとらなければならない。
好かれるにしても、逆に嫌われるにしてもある程度距離をとっておかないと自分の感情まで伝わってしまうからだ。
「あの手の性格はそういうところに敏感だからな」
『んでー、そういうのが気に入らないってタイプなのネー』
「はは」と、誠吾としては苦笑する他ない。
指導する立場から見ても、かなり面倒な性格をしているのが箒という少女だった。
「誤解されないように全員に伝えてある。今回は本当に助かった、井波」
「いえ、お役に立てて嬉しいですよ」
そういって軽く会釈して誠吾はその場を離れる。
その背を見ながら。
「真耶の誤解を解くのが一番大変だった……」
先ほどのちょっとした苦労を思いだし、千冬は深いため息をついていた。
誠吾が一息つこうと学園内のラウンジに赴くと、珍しく一夏、諒兵、弾、数馬が揃って休んでいた。
「あれ、珍しいね」と思わず声をかけてしまう。
「せーごにーちゃん、お疲れ様」
「おう、お疲れさん、誠吾の旦那」
一夏や諒兵がそう声をかけてくるのにあわせ、弾や数馬は手を振ってくる。
「事情は聞いている。年長者とはいえ、嫌な役目を任せたことは詫びたい」
「気にしないでいいよ。こういうことはそれなりに年を重ねないとね」
と、数馬の言葉にそう答える誠吾。
それを見て弾も誠吾を労いつつ、愚痴をこぼす。
「まー、大変だよな。女の子の考えなんてわかんねーし」
「彼女ほしーとか愚痴ってたヤツの言葉かよ」
「うるせー、ココに来てだいぶ苦労がわかってきたっつーの」
「けけ、ざまあ見やがれ♪」
そういって弾に絡む諒兵だった。
こうして見ると年相応の男子高校生らしく、世界を背負って戦う者たちとは思えない。
もっとも、こういう姿こそ、守られるべき日常なのだろう。
同じことは箒にも言えるのだ。
箒は、ある意味では他の者より早く、日常を失ってしまったのだから。
そのことを一番感じているのは、やはり一夏だろう。
「心配かい?」
「まあ、そうかな。強くなって欲しいって思うけど、まずは元気になってほしいよ」
「んー、やっぱ幼馴染みは気になるか?」
一夏の様子を見て、弾がそう尋ねる。
いろいろと複雑な関係の渦中にいる一夏だが、単純に鈍いわけではなく、いろんな人を気にしすぎるのだ。
だから、困っている人を放っておくことができない。
箒のことも、できるならば見守るよりは何か声をかけたいのだ。
「見守るって大変だよね。千冬姉はよくやれてるよなあ」
「その点はやはり大人だね。立派な先生だよ」
「最初は鬼教師かと思ってたけどよ」
と、一夏と共にIS学園に生徒として入学していた諒兵がそう感想を述べる。
どうしても、普段の雰囲気からすると鬼教師が一番合うのだが、千冬は意外なほど生徒想いの優しい先生をしているのだ。
それは今も変わらない。
「厳しいところは厳しく、しかし優しく見守ってもいる。正直、一夏のお姉さんを侮っていた」
「確かにそーだな」と、数馬の言葉に、弾は苦笑しつつ肯いた。
「だから、ちゃんと見守るつもりだけど、何か手持ち無沙汰でさ」
と、一夏は困ったような顔を見せる。
逆にそこまで箒を気にするのは、一夏も箒を特別な目で見ているということなのだろうか。
そう感じた弾が尋ねかけた。
「何ていうか、昔は憧れだったんだよ」
「憧れ?」と諒兵。
「いや、道場で一番綺麗な剣を同い年の女の子が振るってるんだぞ。気になるって、普通」
「ああ、それはわかんねえでもねえな」
特に剣に拘りを持つ一夏だからこそ、まだ幼かった箒が綺麗な剣を振るうことは憧れだった。
男として負けたくない。
そう思う理由にもなった。
だが、高校生となって、IS学園で再会して、実は一夏はショックを受けていた。
「俺の剣もだいぶ変わったけど、箒は気づいてるのかなあってずっと気になってたんだよ」
「どういうことだい?」
「箒の剣、以前みたいな綺麗さが無くなってて、そうだな、まるで棒切れを力任せに振り回してるみたいだった」
「それって、最初のときか?」
「うん。再会して初めて剣を合わせたときから、それは気になっててさ。でも言えなかったんだよなあ」
そこは聞いていいところなのかどうかが一夏はわからず、ずっと聞けずじまいだったのである。
会えなかった六年間の変化は箒にもある。
箒は一夏だけが一方的に変わったと思い込んでいるが、箒の変化こそが箒と一夏の距離を開けてしまっているのだ。
正確に言えば。
『ホウキが、自分が変わったことに気づいてないから?』
そう尋ねてきた白虎の言葉に一夏は肯いた。
「俺が変わったのは確かだけど、箒も変わってる。変わってるのに、変わってる自分に気づいてない」
「だから近づきにくいってか?」
『まあ、あの性格ですから、もとより近寄りがたい気がしますけど?』
「お前も容赦ねえな」
『レオははっきり言いすぎだぞ。当たってるが』
「アゼル……」と、数馬が少し肩を落とした。
見事な三段オチである。
それはともかくとして、箒は自分の変化に自分自身で気づいておらず、結果として周りとの付き合い方を変えることができていないのだ。
無論のこと、箒としての芯の部分は変わってはいないだろう。
しかし、外見、考え方、思い出。
そういった六年間の積み重ねが今の篠ノ之箒という人間を形づくる。
芯の部分は変えずともそれ以外の部分はどうしたって変わってしまう。
それが人間というものだからだ。
そういった自分自身の変化を受け入れ、さらに周りと合わせていく。
箒が一番できていないのはそこの部分なのである。
「正直、かなり厳しい言い方をしたけど、できれば気づいてほしいと思うよ」
『そーじゃないとだーりんが報われないのネー……』
「ワタツミまで気にしてんのかよ。すげー友だち環境いいよなあ、あの子」
『みんな優しいから。だから今は距離を取るべき』
エルの言葉は真理であると同時に、IS学園の者たちが基本的にお人好しの集まりであることを示してもいる。
箒の心に余裕があれば、それもわかるのだろうと思うと、どうにも苦笑してしまう一同だった。
IS学園内整備室にて。
「暇だわ」
「暇ですわ」
「文句言わないでよ~」
他のメンバーが整備を済ませて出て行っても、鈴音とセシリアの整備は終わらなかった。
そのために、本音も残って整備を続けている。
とばっちりである。
仕方ないこととはいえ、一緒に遊びたい気もしていたので、今日は本音も思わず愚痴ってしまう。
「白式が動いてくれたけど~、戦力不足はきついんだよ~」
「うん、それはわかってるから」
「リンは特にダメージ大きいんだからね~?直すのも一苦労なんだからね~?」
「ホントごめんなさい。感謝してますから勘弁してください」
本音を慰めるはめになった鈴音だが、この場合は自業自得である。
いろんな意味で自業自得である。
文句をいうのではなかったと鈴音はちょっとばかり後悔していた。
「それで、フェザーのほうはどうですの?」
『私自身はだいぶ回復したと判断できます。ノホトケホンネ様の見解は如何なのでしょう?』
「フェザーは後一日整備すれば飛べるよ~。ただし全力戦闘はダメ~。羽は半分まで~」
「ということは十枚ですわね。ふむ、それで戦術を組み立てますわ」
本音がくれた情報を元に、セシリアはすぐに戦術パターンの組立作業に入る。
ぶっちゃけ暇潰しである。
「ずっこいっ!」
「私も寝てばかりはいられませんわ。暇はご自分で何とかなさいまし」
さすがにまだまだ鈴音の無茶を許す気はないのか、セシリアはにべもなかった。
仕方なく、鈴音は自分のパートナーに想いを馳せる。
「せめてマオが話してくれたらなあ……」
「マオが話せるようになるまでは後二日ガマンしてね~」
ただし、話せるようになっても飛べるようになるまでにはまだ時間がかかるという。
猫鈴よりも鈴音のダメージが抜け切れないためだ。
「ホントにゴメン、マオ。いっぱい謝るからね……」
そう呟いた鈴音の心からの想いは、虚しく宙へと消えていった。
ラウラとシャルロット、簪、ティナは、アリーナで鬼ごっこをしていた。
鬼は三機を相手に追いかけ、タッチすると交代。
五分のインターバルを置いた後、次の鬼がまた三機を追いかける。
武装は使わず、またバレット・ブーストなどの加速も使わないというルールだ。
実のところ、遊びではなくれっきとした訓練である。
相手の移動先を予測し、先回りしてタッチするだけなのだが、これが存外難しい。
整備直後なので、さすがに軽く飛び回る程度なのだが、相手の思考を読み、行動を予測し、こちらの行動を読まれないようにして先回りする。
コレがなかなか難しいのだ。
目下のところ、一番優秀なのはシャルロットだった。
「さすがに読みが深いな」
「もー、すぐ捕まっちゃう」
「正直、驚いてる。凄いねデュノアさん」
「あはは」と、シャルロットは照れくさそうに頬を掻いている。
「僕の場合、先を読むのが癖になってるから」
「でも、それが当たり前に出来る人が仲間にいるのは心強いよ」
謙遜するシャルロットだが、簪の言うとおり、シャルロットが人類側にいるのは心強いのだ。
シャルロットレベルで思考を読めるのはセシリアくらいだが、性格からか、セシリアは思考を読めても根が素直なため、一騎打ちだとシャルロットに軍配が上がる。
「まあ、褒めてくれるのは嬉しいし、これも僕の個性だからしっかり磨いておくね」
「そうすることだ。何も恥ずかしいことはない」
親友であるラウラの言葉に、シャルロットは思わず微笑んだ。
ただ、その読みが、今後の戦闘では大きな力になることを、シャルロットたちIS学園の戦闘部隊の面々はまだ知らなかった。