私には夕焼けの記憶が「二つ」ある。
一つは。
私が将来酢豚を毎日食べさせてあげる。
まだ幼さの残るころ、小学校の教室で、好きになった男の子にそう告げた。
もっともそいつは朴念仁の神、すなわち朴念神といえるほどの鈍感なので、私が言ったことをちゃんと理解してるなんて思えない。
それでも、幼いながらに必死に考えた愛の告白だった。
そして、もう一つは。
俺と付き合ってくれねえか?
思春期と呼ばれる年齢に差し掛かったころ、中学校の教室で好きになった男の子のライバル兼親友にそう告げられた。
まっすぐに見つめられて胸が異常に高鳴ったことを覚えてる。
私は『 』が好きなのに。
だから、そのときは必死になってこう答えた。
私、『 』が好きだから……。
今、思い出しても声が震えていたのがよくわかる。
でも、真剣に想いを告げてきてくれたそいつに中途半端な答えは返せなかった。
でも、今でも。
その二つの記憶は私の心を揺り動かす。
どっちを好きになったほうがいいのかなって……。
第1話「二人の被害者」
西暦二〇一五年、冬。とある中学校の教室にて。
藍越学園の受験日を明日に控え、黒髪ショートでなかなかの美少年でもある中学三年生、織斑一夏は必死に参考書を開いていた。
そんな彼に髪を逆立て、鋭い目つきで粗野な雰囲気を纏う、見るからに不良といった少年が近づいてくる。
「一夏あ、もう無駄じゃねえ?」
「諦めるの早いだろ」
「あとは当日なんとかするしかねえだろ?」
ギリギリまで粘るのがよいのか、前日に無理はしないほうがよいのかは判然としかねるが、どちらにも一理ある。
とはいえ、確かに彼の言葉にも納得できるものはあるので、一夏は参考書を閉じた。
「諒兵だってギリギリだろ?」
日野諒兵。
一夏とは中学で知り合ったライバル兼親友で、ケンカ友達というのが一番近い。
剣道をやめてから我流の剣術使いとなってしまった一夏と、知り合いにマーシャルアーツを習った挌闘家の諒兵はよく腕比べをする仲だった。
同時に、どちらも困っている人がいると腕っ節で解決してしまう問題児でもある。
そのため、一夏にとってたった一人の肉親である姉に二人まとめて鉄拳制裁を喰らうのは日常茶飯事となっていた。
もっとも、そんな二人も受験生であるため、今はケンカは控えているのだが。
「前日にやったって成績上がんねえよ。だからあとはぶっつけ本番だ」
「そうだけどさ。千冬姉に心配かけたくないから藍越に受からないわけにはいかないんだよ」
織斑千冬。
織斑一夏の姉であると同時に、世界最強と呼ばれる女性のことである。
十年前に起こった「白騎士事件」
空を翔けるパワードスーツ『インフィニット・ストラトス』
通称ISという兵器が瞬く間に世界に広がった大事件。
製作者の名は「天災」の異名を持つ女性科学者『篠ノ之束』
彼女の頭脳は数世紀先をいっているとまで言われている。
ただし、もっとも重要な部分であるISコアは何故か女性にしか反応しない。
そのため、世界に467個しか存在しないISコアを用いた一種のパワードスーツは、世界の軍事バランスを大きく変えた以上に男女格差を逆転させてしまった。
世は女尊男卑。
ISを使うことのできない男性は、女性の下僕のような立場に甘んじることとなった。
とはいえ、ISに勝てる兵器はISしかなく、大半の男性が女尊男卑を受け入れている。
現在のところ、ISは軍事兵器以外に、兵器開発競争のデモンストレーションのためのスポーツに使われている。
『モンド・グロッソ』と呼ばれる世界大会も存在し、ISをまとった女性たちは己の最強を示すため、文字通り火花を散らして戦う。
織斑千冬は天災・篠ノ之束の幼馴染みであり、さらにモンド・グロッソ初代優勝者で、第2回準優勝者でもある。
もっとも第2回大会に関しては、織斑千冬がある理由から決勝戦を棄権してしまったため、事実上の優勝者は彼女に違いないといわれているが。
モンド・グロッソ各部門の優勝者に贈られる最強の戦乙女の称号ヴァルキリー。
しかし彼女は強すぎることから、モンド・グロット各部門すべてで勝利した結果、北欧神話に語られるヴァルキリーの一体になぞらえた最強の称号『ブリュンヒルデ』の名を贈られていた。
「千冬さんか。最近帰ってきたか?」
「いや、仕事が忙しいらしいから週末だけだ」
何してるのかは知らないけど、と一夏は続ける。
とはいえ、千冬が自分を大事にしてくれていることを十分以上に感じている一夏としては、ちゃんと高校に受かって安心させたかった。
「藍越なら就職しやすいしな」
「俺も園長先生心配させるわけにはいかねえか。さすがにケンカで金は稼げねえし」
「稼げても、そんな金じゃ受け取らないだろ」
と、呆れた表情を見せる一夏に、諒兵は苦笑を返す。
一夏と諒兵が仲がいいのは単に性格の問題ではなく、境遇の問題もあった。
幼いころに姉、千冬と共に両親に捨てられた一夏は彼女の手で育てられたといっていい。
だから千冬に無理をさせたくなく、早く就職して一人前になり、千冬を守れるようになりたいと思っていた。
対して、諒兵は生まれたばかりのころに孤児院に預けられた孤児だ。
世話になっている園長に恩を返したいと常々思っている。
近い境遇だから同情したというわけではないが、諒兵の生い立ちを知った一夏のほうから声をかけ、今に至るのである。
「やるか。少しでも受かる可能性が上がるかもしれねえし」
「そうしよう。俺ももう少し勉強しておきたいし」
「弾のやつと同じ高校にしときゃよかったかな、数馬んとこはいけそうもねえけど」
と、そういって参考書を開いた諒兵に付き合い、一夏も参考書を開いて再び受験勉強を始めるのだった。
翌日。
受験会場の前で一夏と諒兵は首を傾げていた。
「お前んとこに届いた地図はここだよな?」
「ああ。間違いない、けど……」
そこには、IS学園受験会場という看板が掲げられている。
IS学園。
IS操縦者を教える学園で、全世界からエリートが受験してくる凄まじい倍率を誇る現代の名門校である。
世界の軍事バランスを変える兵器の扱いを教えるだけに、偏差値も身体能力も高い者たちが集う。
ただし、ISコアの女性にしか反応しないという特性のため、自然と女子校になっていた。
当然、一夏と諒兵も受験などできるはずがない。
諒兵は手に持っていた藍越学園の受験会場の地図を広げて問いかける。
「やっぱりこっちがあってたんじゃねえか?」
「でも、これ直前になって変更したから間違えないようにって送られてきたもんだぞ」
後に送られてきたほうが正確なんじゃないか?と、一夏は続ける。
どちらにも言い分はあるが、目の前に掲げられている看板にはIS学園と書かれている。
「とりあえずここの人に地図を見せて、それから藍越学園に連絡してもらおう」
「だな。たちの悪いいたずらにあったんなら、理由を言えば受験させてくれるかも知れねえし」
諒兵の地図に描かれた場所に行くには既に時間が足りなかったため、二人はIS学園の受験会場に足を踏み入れた。
受け付けでここに来てしまった理由を話すと、IS学園関係者の言葉があれば受験し直せるだろうといわれる。
そこで一夏と諒兵の二人はIS学園関係者、もしくは試験監督がいる部屋へと向かった。
その途中、IS学園の受験会場の扉が開かれているのに気づく。
「ここ、受験会場ってか……」
「あれISだよな。たぶん上手く乗れるかどうか試験するんじゃないか?」
広いホールに、試験監督が座るだろう事務テーブルと、3機のISが置かれている。
倉持技研によって制作された第2世代IS『打鉄』
武士鎧を思わせるそのデザインは、心なしか二人のいたずら心を刺激した。
「「ちょっと触ってみようぜ」」
まったく同じタイミングで同じセリフが出てしまい、二人は顔を見合わせてプッと吹き出してしまう。
女性にしか扱えない兵器だが、パワードスーツといったSFに出てくる兵器はむしろ男心をくすぐるものだ。
どうせ試験には間に合わないし、理由を話せば受験し直せるという受け付けの言葉に、現状を気楽に考えていた二人はISに近づいていく。
「やっぱカッコいいよな。何で男には乗れないんだろ」
「一夏。お前、理由聞いてねえのか?」
「束さんの居場所なんて知らないからな」
千冬の幼馴染みである篠ノ之束は同時に一夏にとっても幼馴染みだといえる。
篠ノ之束には妹がいるので、その子も同じことがいえるのだが。
「女尊男卑でも男尊女卑でもいいから、一度これで空を飛んでみたいな」
「いいな。すげー気持ちいいだろうな」
と、そんなことを話しながら、二人はそれぞれ別の打鉄に手を触れた。
その瞬間、凄まじいまでの情報が頭に飛び込んできて、しかも……。
見つけた♪
やっと出会えました。
そんな声を聞いた二人は、直後、襲いかかられてしまう。
「うわッ!」
「なんだこいつッ!」
二人が手を触れた打鉄がいきなり動き出し、まるで抱きすくめるように二人の身体に取り付いてきたのだ。
身体の自由が利かない。
しかも、何かと心がつながっていくような感覚に、二人はさすがに戸惑いの声を上げてしまう。
騒ぎを聞きつけた試験官たちの目の前で、打鉄を完全にまとった二人。
だが、しばらくすると打鉄は光の粒子と化していく。
後に残ったのは、ありえないはずの事態に呆然とする試験官たち。
そして、それぞれ白と黒の首輪をつけたまま気を失っている一夏と諒兵の姿だった。