シャルロットとラウラが編入してきてから数日後の昼休み。
一夏と諒兵は連れ立って廊下を歩いていた。
「遠いよなあ」
「でも職員用でもあるだけマシだぜ。これで男の職員がいなかったら思うとよ……」
「女子トイレは勘弁してほしいな。変質者扱いされるぞ」
要するに用足しに出ていたのだった。
さすがにこれは女生徒を連れ歩くわけにはいかず、また女子たちも空気を読んでいってらっしゃいといってくれていた。
ちなみに男子のふりをしているシャルロットは、逆に男子トイレに入る気にはなれず、近くの女子トイレをこっそりと利用していたりする。
すると。
「なぜ戻ってきてくれないのですかッ、教官ッ!」
いきなり声が聞こえてくる。
ラウラの声だった。
内容からして千冬もともにいるようだと思った二人は、物陰に身を潜めて様子を伺った。
困ったような顔をした千冬がラウラに諭すように説明する。
「今の私はIS学園の教師だ。ドイツ軍に戻ることはできん」
「なぜですかッ、ドイツ軍に不満があったのですかッ?」
「そんなことはいっていない。そもそも指導するのは一年間という契約だったんだぞ」
端から見ると駄々っ子とその母親のようにも見える。
そう思いながらも一夏と諒兵は黙って様子を見守っていた。
「契約なんて関係ありませんッ、私はまだご指導いただきたいんですッ!」
「ラウラ、お前に教えるべきことは全部教えてある」
後は実践していけばいいんだと千冬はあくまで諭すようにいう。
千冬がラウラを大切にしていることは、その姿でよく伝わってきた。
「こんなところいる者に教官が指導することなどッ!」
「ここにいるのは私の大事な生徒たちだ。侮辱するな」
さすがに生徒をバカにされたことには怒りを見せる千冬。
少しばかり鼻白んだらしく、ラウラは震える声で呟いた。
「やはり織斑一夏がいるからですか……?」
「織斑だけではない。ここにいる生徒全員が私にとって大事なんだ」
「では、もう私たちは……」
「そんなことはいっていないだろう。お前とて大事な教え子であることに変わりはない」
意外なほど、といっては失礼だが、千冬は教師としてしっかりとしていた。
教えた者を本当に大事にしていることが、今の言葉で伝わってくる。
「それならッ!」
「ラウラ、私を困らせないでくれ。ここに来たというのなら、ここで学べることはある。お前にとってここでの生活は無意味ではないはずだ」
次の授業がある、と、そういって千冬はラウラから離れていった。
取り残されたラウラは小さな肩を震わせている。
そして視線に気づいたらしく、一夏と諒兵を睨みつけてきた。
「貴様が教官の弟などと、絶対に認めん」
「勝手にしろ」
さすがに一夏も怒ったのか、意外なほど冷たい言葉を返した。
その様子に、マズいなと思った諒兵が口を挟む。
「駄々っ子みてえに喚いてねえで、少しは大人になれよボーデヴィッヒ」
「何だとッ!」
「千冬さんはお前のことを突き放してるわけじゃねえだろ。ちゃんと大切にしてくれてんじゃねえか」
あれを見て千冬が冷たいと思うのであれば、まったく千冬のことを理解していないと諒兵は説明する。
教えられたことを大事にしてるのなら、千冬の気持ちは理解できて当然だろう、と。
「マジでガキか、お前」
「私を侮辱するか」
「見たとおりのこといってるだけだ」
そう答えるとラウラは怒りに肩を震わせたまま、ずんずんと立ち去っていった。
「悪かった、諒兵」
「気にすんな」
あまり険悪な関係になるのもマズいだろうと口を挟んでくれたことに気づき、一夏は素直に謝ったのだった。
放課後。
トーナメントに向け、久々にアリーナを借りていつものメンバーが訓練を行っていた。
主に実弾装備を持たない、というか、まともなIS装備を積んでいない一夏と諒兵の訓練である。
「ホントに変わったデザインだね」
シャルロットが意外そうな表情で一夏と諒兵のIS、『白虎』と『レオ』を見つめる。
まともに展開したところを見るのは、1、2組の合同訓練以来だが、改めて見てそのデザインに驚く。
ほぼフルスキン、はっきりいえば鎧に近い。
何より、一緒にいるシャルロットやセシリア、そして鈴音のISに比べ、実に小柄だ。
だが、それだけに背中の大きな翼が印象的だった。
「でも動きやすいんだ」
「俺たちの戦い方には合ってると思うぜ」
「まあ、合ってるならいいんだけど」
無理に問題視することもないだろうと、シャルロット主導で本来の目的である実弾装備を使った訓練をしようとしてさらに驚いた。
「積めない?」
「ああ」
「らしいぜ」
一夏と諒兵のISは実弾どころか、IS装備がまったく積めないということが現在までにわかっている。
外れないため、機体チェックを装着したままやるという、ある意味では苦行の果てにわかったことだった。
嫌がってるみたいだと二人がいうので、さらに首を傾げるシャルロット。
とはいえ、実弾装備の相手に危険性を感じていないわけではないらしい。
「こないだの真耶ちゃん先生見たらなあ」
「あれ、ホントにすごかったからな」
と、諒兵の言葉に一夏が同意する。
端から見ても真耶の『セブン・カラーズ』はすごかったのだから、喰らった本人たちはなおさらである。
「トーナメントは専用機持ちでなくても出られますし」
「山田先生の戦い方に触発された子はいるでしょ」
セシリアと鈴音のいうとおり、意外な伏兵がいる可能性は十分に考えられる。
そこでシャルロットが自分の装備をそれぞれ一つずつ一夏と諒兵に貸して射撃訓練ということになった。
だが、とりあえず十発ずつ撃たせてみて……。
「一夏、構えがメチャクチャだよ……」
「諒兵、狙いがメチャクチャだよ……」
と、シャルロットが深いため息をついた。
一夏は構えからしてド素人、諒兵は構えこそそれなりに決まっていたが、標的に一発も当たっていない。
「下手にもほどがあるわねえ」
「そこまでいうならやってみろよ」
呆れている鈴音に諒兵がシャルロットに断った上で、装備を貸す。
すると、「ま、見てなさい」と、マガジンを入れ替えた鈴音はターゲットを狙って発砲した。
「さすがだね、鈴」
シャルロットの言葉どおり、鈴音は狙いをほとんど外していない。
ほぼ中心に銃弾が集中していた。
「セシリア、お手本」
今度は鈴音がセシリアに装備を貸すと、「それでは」とセシリアが発砲する。
「「一発?」」と、一夏と諒兵はターゲットのど真ん中に開いた穴を見る。
「ピンホール・ショット。十発全部真ん中の穴を通ったんだよ」
「なぬっ?」
シャルロットの解説を聞き、一夏と諒兵の二人は心底驚いた。
「シャルの装備でよくそこまでできるなあ」
「あのねえ、一夏。私が甲龍受け取ったの三ヶ月前よ」
「私がブルー・ティアーズを受け取ったのは四ヶ月前になりますわね」
それまでは鈴音は打鉄で、セシリアはラファール・リヴァイブで鍛錬を重ねてきたのだという。
つまり、基本ができているからこそ、専用機を受け取ることができたということだ。
「考えてみれば、第3世代機なんてそんなにたくさんないしなあ」
「基本が大事ってことか。やっぱ舐めらんねえな」
一夏と諒兵は鈴音とセシリアの実力になるほどと納得したように肯いた。
そこに同じようにアリーナを借りて訓練していたらしき女子生徒たちの声が聞こえてくる。
ねえ、あれって……。
うん、ドイツの第3世代機。
すごい、専用の第3世代機持ちなんだ。
その声に振り向くとISを装着したラウラの姿があった。
「ドイツの第3世代機。シュヴァルツェア・シリーズですわね」
「シリーズ?」と、一夏。
「ドイツの第3世代機はシュヴァルツェア・レーゲンとシュヴァルツェア・ツヴァイク。姉妹機なのですが、まとめてシリーズとも呼ばれているんですわ」
そう解説するセシリアだが、ラウラの雰囲気からとても友好的なものを感じられないため、冷や汗をかいている。
「単純な攻撃力なら、たぶん私たちの機体より上かもね。シュヴァルツェア・シリーズは元々は軍用機よ」
レールカノン、六機のワイヤーブレード、さらに現時点で実現可能なレベルのプラズマブレードを装備しており、軍用機であることを差し引いても攻撃的な機体であることを鈴音が説明する。
「ま、そういうことは置いとくとして、問題はあいつのツラか」と、諒兵がため息をつく。
ラウラは明らかにこちらを睨みつけてきていた。
「織斑一夏。私と戦え」
「模擬戦ならな」
一夏の即答に鈴音やセシリア、シャルロットは驚く。
てっきり断るかと思っていたからだ。
もっとも一夏の表情を見る限り、受ける気はなさそうだが。
「受けるんだな?」
「そんなに殺気振りまいてやる模擬戦があるわけないだろ」
「怖気づいたか?」
「戦うなら、お互いを高めなければ意味がない。お前との戦いはそうじゃない。ただ傷つけあうだけだ」
一夏は戦いを否定しない。
だが、傷つけあうことは否定する。
その先に何も見えないからだ。
今のラウラと戦っても、その先に何も見えない。
それでは一夏にとって戦う意味がないのである。
「空を飛ぶのに殺気を持つな。俺はいやだ」
うん、この子やだ。ちょっと気持ち悪い
そんな声を感じた一夏は、自分の言葉に自信を持った。
間違いじゃないんだと。
だが、ラウラはそんな一夏の言葉を否定する。
「兵器を纏って殺気を持たんなぞ、貴様はバカか?」
「ISを勝手に兵器にすんな。俺らはそう思ってねえよ」
少し問題がありますね、この子
ふと、そんな声を感じ、諒兵はラウラをこのまま放っておくのは危険だと考える。
そんな二人を見て、鈴音はクスッと微笑んだ。
「らしいわね」
「そうですわね」
「強さって、こういうものなのかもね」と、セシリアとシャルロットも同意した。
そして、セシリアはそれこそが一夏と諒兵と、自分たちのISの違いなのではないかと感じる。
真の意味でISの根源に触れた結果、今の姿になったような気がしてならなかった。
しかし、ラウラはそんな風には受け取らなかったようだ。
「フン、男どもが二人して腰抜けとはな。貴様らのようなやつが世界初の男性IS操縦者とは笑わせる」
「なんとでもいえ」
「挑発するならもっとうまくやれよ」
あからさまに馬鹿にしたような様子で嘲笑したラウラに対し、一夏と諒兵は涼風を受けた程度にしか思わなかったようにあっさりと返す。
それがラウラの癇に障ったらしい。
「なら望みどおり挑発してやるッ!」
そう叫んで、ラウラはなんと右肩のレールカノンを起動した。
「ちょっ、本気ッ?」
「周りに人がいるんですのよッ!」
「くッ!」
放たれた砲弾に慌てる鈴音、セシリア、シャルロット。
だが、一夏と諒兵は慌てもせずに、ただ、消えた。
「何ッ?」
粉微塵に切り刻まれ、砲弾は塵と化す。
そして気づいたときには喉元に光の爪が突きつけられていた。
「空気読めよ。迷惑だろ」
そういった諒兵の獅子吼と、真剣な眼差しの一夏が持つ白虎徹を交互に見やるラウラ。
「プラズマエネルギーを物質化してるだとッ、まさか完全なエナジーウェポンだというのかッ?」
「知らねえよ」
「俺たちのために白虎とレオが作ってくれただけだ」
そう答える二人にラウラは驚愕の眼差しを向ける。
自分のプラズマブレードははっきりいえばここまで巨大な状態を保てない。軍ですらここまで完全に物質化するエネルギー兵器は作ることができていないのだ。
それが、まさかこんなところで実物を見ることになるとは、と考えたのである。
「とっととそのでかい大砲をしまえ、ボーデヴィッヒ。お前と違ってマジメに訓練してるのもいるんだよ。これ以上やるなら、お前の武装を抉り取るぜ」
「クッ……」
今の状況では奥の手は使えない。
ラウラは素直にレールカノンを収納すると、そのままアリーナを後にした。
アリーナに弛緩した空気が戻ってくると、鈴音が深いため息をつく。
「ホント狂犬ね、あの子」
「その言い方はやめてくれ、鈴」と、諒兵はうなだれてしまう。
かつて自分がそう呼ばれていただけに、本気でむずがゆくなるのだ。
「あの様子だと、また絡んでくるな。困ったなあ」
と、一夏も先ほどまでの真剣な眼差しから、普段の調子に戻る。
「様子を見るしかありませんわね。自発的に直さない限り、性格というものは直りませんわ」
セシリアの言葉にみなが納得したように肯くものの、どこか呆れたような空気がその場に流れていた。
だが。
(プラズマエネルギーの完全物質化だって?そんなの理論化の目処すら立っていないのに……)
デュノア社でテストパイロットをしていただけに、シャルロットは機体や武装にも造詣が深い。
それだけに一夏と諒兵が出した武器の異常性に驚愕していた。
そして夜。
シャルロットは千冬に呼び出され、一人、寮長室を訪れた。
「あれ、鈴とセシリアも?」
「あんたも呼び出されたのね」
「どういう人選なのか気になりますけど」
千冬が早く入れといってきたので、シャルロットは中に入り、扉を閉める。
「元々は機体や武装にもっとも造詣が深いデュノアだけを呼ぶつもりだったのだが、この二人がお前の正体に気づいているというのでな」
「そうだったんですか。すみません」
「いや、自力で気づく者がいる可能性は考えていた。そして気づくとしたら、まずこの二人だろうとは思っていた」
シャルロットとしては千冬に正体がバレたことを説明しておくべきであったのだが、失念していたのである。
「それで何の用事なんですか?」と鈴音。
すると千冬は部屋の中のモニターの電源を入れる。
「まずはこれを見てもらう。その上で今、ISで起きてしまっている異常について話をする」
そういわれ、千冬が流し始めた映像を、三人は真剣に見始めるのだった。