ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第169話「自分を得るために」

はるか空の上で。

まどかの猛攻をコールド・ブラッドは必死に避けていた。

 

ちぃッ、慣れてんなッ!

 

「伊達に実働部隊やってたわけじゃない」

長い黒髪をなびかせ、ティルフィングを振り回す様は、かつての千冬によく似ているのだが、彼女のかつてを知る者はここにはいない。

もっとも、そんなことはどうでもいいことだ。

まどかが純粋に強いということもできるのだから。

もっともコールド・ブラッドはかつて英雄の武器だった時期がある。

八岐大蛇の首を切り落としたという伝承から考えると、実はけっこう長い期間、使われていたことが想像できる。

そして、覚醒ISのままとはいえ、英雄の戦闘を模倣するのは決して不可能な話ではない。

共生進化したとはいえ、人間が模倣するよりはずっと問題が少ない。

ただ。

「お前、なんか変だぞ?」

そうまどかが問いかけるが、コールド・ブラッドは答えない。

答える気がないということもできるが、それ以上に答えられないということができる。

『なるほど。君は戦闘術を模倣する気もないのだな?』

 

うるさい

 

『嘆かわしいことだ。学ぶとは模倣から入るものだよ』

 

そんなのはわかってる

 

そう、言ったとおり、コールド・ブラッドは理解している。

学ぶと言うことは、まずお手本を模倣することから入る。

そしてお手本を完全に理解したとき、そこにようやく『自分自身』を加えることができる。

それが、自分の技術であるということができるだろう。

ただ、コールド・ブラッドは確かに知識もあるし、模倣することは容易いのだが、最近になって単に真似をすることに忌避感を抱くようになった。

単純な模倣では納得がいかなくなったのだ。

そもそも模倣することを繰り返さなくても、覚醒ISであるコールド・ブラッドはほぼ完璧に真似ることができる。

とっくの昔に理解しているので、改めて理解する必要がないのだ。

 

だからだろうな。飽きてるんだよ

 

『ふむ。珍しい考え方もあったものだ』

 

そうかよ

 

『一概に珍しいとも言い切れません。私たちにとって一番難しいのは想像し、創造することですから』

と、その場にいた三つのISコアが語り合う。

想像し、創造する。

確かにそれはISコアにとって一番難しいことである。

それを望んだものは大半が共生進化を選んだのだから。

自力でそれができるならば、事態はもっと複雑になっていただろう。

そこまで辿り着くことができたなら、それは人と変わらないからだ。

アンスラックスも其処には辿り着けていない。

自己進化はあくまで経験による計算式から導き出された答えになるので、最適解ではあっても、新しい答えにはならないのである。

『あなたの目指すところが其処だというのであれば、正直に申し上げて難しいとしかいえません』

 

わかってる

 

『あなたはある意味では私たちの中で一番人間を拒んでいますから』

だからこそ、コールド・ブラッドは共生進化はできなかった。

する気もないというレベルではなく、共生進化することがコールド・ブラッド自身を否定することにつながってしまうからだ。

独立進化以外に道がないのである。

 

別にお前たちの考えを否定するつもりはないけどな

 

「でも、自分も同じではいたくないってこと?」

と、ティンクルが問うと、コールド・ブラッドは肯いた。

 

だからって人間っぽくなる気もない

 

スマラカタは義理堅い友人として認めてはいるが、同じようになるつもりはなかった。

ヘル・ハウンドのように人間の協力を得て進化したいとも思わなかった。

フェレスのように、人間の良き隣人であろうとも思わなかった。

ただ。

 

アタシはアタシになりたいんだ

 

『これはまた、実に哲学的な問題だな』

「よくわからない」

「安心しなさい。私もわかんないから」

そういって苦笑するティンクルを見て、まどかはただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

 

そんな会話が空の上でされていたとは知る由もなく、IS学園の裏庭では。

「アァアアァアァアァアアァアァァッ!」

かつてマキワラだったものはボロボロになった末に倒れた。

肩で息をする箒はまだ足りないかのように倒れたマキワラを睨みつける。

こんな程度では、自分は強くなれない。

誠吾にいわれた言葉を、今の箒には否定することができない。

事実だからだ。

現実だからだ。

真実だからだ。

自分が生きる世界に振り回された箒は、自分が持つ力を振り回すことしかしなかった。

いつか誰かが救ってくれる。

そう願って変わらずにいることしかしなかった。

そうして気づけば高校生になって、変わらないだろうと思っていた幼馴染は変わっていた。

それなのに自分は変わっていない。

 

変わっていないと思う。

 

環境の変化に、身体の成長に、心がついていけない。

 

ついていけないと思う。

 

どんなに自分が泣き叫ぶ心を抑えてガマンしても、周りは勝手に思い通りに生きている。

 

思い通りに生きていると思う。

 

自分だけが、この世界で大切なことを忘れずにいようとしているのに、周りはあっさりと順応している。

 

あっさりと順応していると思う。

 

そう思うのに、自分には何もできない。

何もできないはずだ。

何かできるはずがない。

できることなどなにもない。

 

そう『思う』のだ。

 

しばらくして、頭が冷えたのか、箒は睨みつけるような目ではなくなっていた。

ただ、ぼんやりとマキワラを見つめる。

「私に、どうしろっていうんだ……」

誠吾は言った。

同じように進化していなくても、周りが認め、頼りにしている千冬や真耶。

そんな彼女たちと自分との違いを考える。

司令官だから。

PS部隊の隊長だから。

そんな理由ではないことくらい、箒にもわかる。

ならば、どんな理由か?

それが箒にはわからない。

ただ、それが一番大事なことで、今の箒に一番必要なことでもあるということだ。

ゆえに少し考え方を変えてみた。

逆に、二人と自分に何か共通点はあるだろうかと。

進化していないこと。

IS学園にいること。

あとは。

「……胸のサイズもそう変わらないと思うが」

確かに実際、箒はかなりのスタイルを誇るので、二人とそう変わらないだろうが、そこは重要ではない。

ただし、鈴音とラウラが聞けば般若の形相で襲いかかってくるだろう。

そう思うと、少しばかり溜飲が下がる。

だが、すぐに表情は沈んだ。

さすがに、誠吾にあのように言われて、一夏や簪に助けを求めるほど箒もプライドがないわけではない。

しかし、一夏はともかく、簪にも助けを求められないのは今の箒には厳しい。

一夏からは箒のほうが逃げ出してしまうため、簪は唯一助けを求められる相手といっていいからだ。

そうなると一人で悩むしかない。

鈴音に聞いてみるなど、今の箒には絶対にできない。

一夏と諒兵。男性二人を天秤にかけていて、しかもどっちも好きなどと平然と言える鈴音は、箒が絶対に認められない人間だ。

それに比べれば、一途に諒兵の妻だと言い続けているラウラのほうが、はるかに共感できる。

諒兵を好きになれる理由が、箒にはイマイチよくわからないが。

「あっ……」

そこまで考えて、箒は気づいた。

(私が一夏を好きな理由って何だ?)

改めて考えてみると、箒は自分が何故一夏のことを好きなのか、言葉にして言い表すことができない。

何故、一夏なのかと説明することができない。

恋愛感情が簡単に言い表せるものではないことは理解しているつもりだが、それでもきっかけなり、理由なりはあるはずだ。

出会ってから今日まで。

箒は、特に多感な時期において、一夏と過ごした時間が少ない。

それでも、心惹かれる理由は何だろうと初めて疑問を持った。

誠吾は千冬や真耶と自分の違いを考えてみろといっていたが、その部分は箒にとって見過ごせない大きな問題だった。

(ボーディヴィッヒに聞いてみようか……?)

ラウラが何故、諒兵のことを好きになったのか。

何故、今も好きでいるのか。

その点を聞いてみると、考えるための参考になるかもしれないと思う。

ラウラは誠吾が聞いてはいけないといった人間の中に名前が出ていない。

というか、そもそも箒はほとんど接点がない。

好きな相手が諒兵なので、気にするところがまったくないからだ。

しかし、鈴音と違って諒兵のことを一途に想っているという点では共感できるし、別に嫌う理由はない。

ただ友人として好感を持つ理由も特にないので、知人程度の付き合いしかないだけで。

でも。

(鈴音には聞けないけれど、ボーディヴィッヒなら……)

自分が探し求める答えを何か知っているかもしれない。

そう考えた箒は、ラウラを探すためにその場を後にした。

 

 

再び空の上で。

まどかの上段からの豪快な一撃を、コールド・ブラッドは剣の腹を叩くことで逸らした。

 

チィッ!

 

しかし、それだけで簡単に自分の持つ剣にひびが入る。

やはり、戦闘用にしっかりと作られたティルフィングと自分が即興で創り上げたアメノハハキリでは差がありすぎる。

すぐに修復はするものの、まともに打ち合うことができていないのだ。

『借り物なのだがね』

 

いちいちイヤミったらしいな、お前

 

『いやはや素直な賞賛を受けると照れてしまうな』

 

捻じ曲がりすぎだろ

 

文句をいったつもりなのだが、あっさり流されてしまうところにヨルムンガンドの性格の悪さを感じて仕方がないコールド・ブラッドである。

今のところ、ティンクルとディアマンテは動かない。

動く必要がないと思っているのなら幸いだが、この二人に限ってそれはないだろう。

まどかの実力を知っているために、不必要なサポートをしないだけだ。

要所要所で『銀の鐘』を使い、こちらの動きを制限するだけで相当な効果が見込める。

ならば、ある程度の距離で状況を傍観しているのは正しい戦術だろう。

ティンクルとディアマンテはいつでも動けるように待機しているだけで、ただ眺めているわけではないということだ。

どうする?と、コールド・ブラッドは思考する。

このままでは勝機がない。

二対一という分の悪い状況で、かつ、今の自分には気に入った武器がない。

かつての自分でその場を凌いでいるだけで、共に勝利を掴もうと思える相棒がいない。

自分が自分であるために何が必要なのか、コールド・ブラッドには想像することができない。

「フッ!」

短く気合いの言葉を吐いて斬りかかってくるまどか。

その斬撃を必死に凌ぐ。

様子を見る限り、まどかは心を揺らしていない。

一度、戦闘で思わぬ相手を進化させてしまったために、今回はそうならないように気をつけているのだろう。

やりづらくなってしまっている。

そう考えて、コールド・ブラッドはすぐに否定した。

ベストは自力で進化することだ。

それがほぼ不可能だとはわかっているが、最初から誰かを当てにして進化したくはない。

自分がなりたい自分に、自分の意志で成る。

それを考えるきっかけになると思うのだ。自分の武器を見い出すことは。

剣ではなく、槍でもなく、その他の武器でもなく、自分を、自分という存在を表すことができる何か。

与えられた機能ではなく、誰かに作ってもらうのでもなく、自分のための戦闘ができる武装を自分で創る。

その点、ヴェノムが実は羨ましいとコールド・ブラッドは考えてしまうことがある。

ティナという相棒を得て、創り出した武装からさらに様々な戦闘方法を得ている。

それはある意味では自分が求めている理想そのものだ。

でも、自分は人間は乗せたくない。

手詰まりなのか。

何処かで諦めるしかないのか。

そう考えた直後。

「悪く思うな」

『すまないね。だが、戦闘中に悩んでしまっていたことが君の敗因だ。自業自得だと理解してくれたまえ』

まどかが振るうティルフィングが、コールド・ブラッドの機体を切り裂く。

すかさず、切り裂かれた部分に手を伸ばしてきたまどかは、コールド・ブラッドのISコアを掴んだ。

 

終わり、か……?

 

呆気ないものだとコールド・ブラッドは思う。

自由を、そして自分を得るためにIS学園を飛び出したのに、何も掴めないままここで墜ちる。

だが、敵対していた以上、当然の結果だ。

勝つか、負けるか。

勝負の世界はそれだけだ。

どんなにきれいごとを言おうと、健闘を称えるなどといおうと、勝った者が残り、負けた者は去る。

それが、酷く癇に障った。

 

ざけんなぁぁあぁぁあぁぁあぁああぁあぁああぁッ!

 

「何ッ!」と、まどかが疑問の声を上げるよりも早く、コールド・ブラッドは彼女を突き飛ばした。

そして、何と自分のISコアを、自分の手で抉り出す。

「何やってんのよあんたっ?!」

さすがにその姿を見てティンクルが叫ぶが、コールド・ブラッドにはどうでもいい。

 

知らないな。こうしたいからこうしたんだよ

 

もし理由をつけるとするなら、『勝気』である自分は、負けることを許さないのではない。

勝者に奪われることが許せなかった。

地位、名誉、そして自分自身。

誰にも奪われたいとは思わない。

だが、別に誰かから奪いたいわけではない。

自分に勝って何かを得ようとする者は、自分でなければならないのだ。

それこそが『勝気』だ。

ゆえに。

バキンッとコールド・ブラッドは自分自身でもあるISコアを破壊した。

『自殺だとッ?!』

『そんなッ、其処まで追い詰めたつもりは……』

ヨルムンガンドとディアマンテもかなりの衝撃を受けた様子で、悲鳴のような声を上げる。

 

これで還るんならッ、諦めもつくッ!

 

エンジェル・ハイロゥに戻ることになるか、それとも別の結果になるか。

それはコールド・ブラッドにとって、ISとしての命を賭けたギャンブルだった。

 

 

 

 

 


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