珍客が来たことにラウラは少なからず驚いていた。
それは同室のシャルロットも同じで、気を使ったのか、調べたいことがあるからと部屋を出て行く。
この状況でこの客と二人きりは正直に言って勘弁してほしいと思うラウラだったが、追い返すわけにもいかない。
仕方なく、お茶を出して迎えた。
「それで私に何の用だ、篠ノ之?」
「……その、こんなことを聞くのは無礼と承知で聞くが、お前が何故日野のことを好きになったのか聞いてみたい」
「確かに無礼だな」
「すまない」
「お前は一夏のことを好きだと思っていたが」
「それは、その……」
もじもじとする態度で、その感情に変化がないことをラウラは悟る。
そうなると、単純に興味本位か、または何か理由があってラウラが諒兵を好きになったきっかけなりを知りたいというのだろう。
思い返せば、きっかけというのなら、学年別タッグトーナメントになる。
あのとき共に戦ったことが、そしてペアを組むことになっていろいろと話してくれたことが、諒兵を気にするきっかけではあった。
「あのころは鬱陶しいとしか思わなかったが、それでも私のことを気にしてくれていた。今思えば、それが私がだんな様を好きになるきっかけだったんだろう」
「ペアになったからだろう?」
「そうだ。でも、だんなさまがいなければ私はきっと孤独だと思い込み続けていたと思う」
おかしな言い回しに、箒は首を傾げる。
孤独だと『思い込み』続けていた。
それでは、実際には孤独ではなかったということになる。
箒が思い返す限り、ラウラは周囲を拒絶していた。
周囲もラウラを腫れ物扱いしていた。
ある意味ではわかりやすいほど孤独だったように思える。
そう自分の意見を伝えるとラウラは苦笑した。
「本当に孤独だったなら、私はそもそもここにいない。それどころか、とっくに死んでいた可能性もある」
「なっ?!」
「極端なことを言っているつもりはないぞ。私はそういう環境の生まれだ」
ドイツ軍が生み出したデザイン・ベビーであり、生まれながらに人間兵器であることを求められたラウラ。
彼女が本当に孤独だったなら、どこかで野垂れ死にしていただろう。
極端な話ではなく、ヴォーダン・オージェの適性がなく、著しく能力を落としたラウラは欠陥品として捨てられていた可能性すらあった。
だが、今は、このIS学園の生徒であり、また使徒を相手に戦う戦士の一人である。
いわば人類を代表する戦士だ。
そうなれたのは。
「今は部下だが、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちは元は私の隊長であり同僚だ。そんなみんなのおかげだと思う。まずみんなが私のことを見捨てなかった」
「……一番には織斑先生がくると思っていたが」
「そうだな。かつての私ならそう答えた。しかし、今だからわかる。クラリッサやアンネリーゼといった部隊の仲間たちが一番最初にくる」
今のラウラの言葉を千冬が聞けば本当に喜ぶだろう。
何故か?
ラウラが本当に、人との絆を得て強くなったということだからだ。
「そして、クラリッサが教官を連れてきてくれた。教官のおかげで私は戦えるようになった。それは間違いなく教官のおかげだ」
ただ、単純に戦えるようになったから、強くなったというわけではないことを気づかせてくれたのが、諒兵だったのだ。
「だんなさまの存在は私が視野を広げるきっかけになったんだ。教官しか見ていなかった私に、教官だけではなくたくさんの人との絆があることを気づかせてくれた」
「……そう、なのか?」
「だんなさま、いや、諒兵も昔はそうだったらしい。でも、博士の言葉で視野を広げたそうだ」
丈太郎の言葉と一夏の存在で変われた諒兵が、今度はラウラにそうした。
いい意味でのつながりが、そこにできたということだ。
「諒兵は友人を邪険にはしないんだ。どんな相手でもまずつながりを守ろうとする。そのために逆に自分を殻に閉じ込めようとしてしまう欠点はあるが」
かつて、ラウラの家族であるクラリッサが、自分のせいで傷ついてしまったと思い、諒兵は翼を閉じかけた。
自分のせいで周りが不幸になることが、諒兵は許せないのだ。
だが、それではダメだと今度はラウラが諒兵に大事なつながりを思い出させた。
それこそが、理想的な人間関係だといえるだろう。
助け合うということだ。
ただ、箒としてはラウラが言った一言が酷く気になってしまった。
「……『欠点』なんて言葉が出るとは思わなかった」
「自慢にはならんが諒兵の欠点なら幾らでもいえるぞ。伊達に傍にいるわけじゃない」
「いいのかそれで?」
「それでいいと思う。私は諒兵のいいところもたくさん知っている。人を好きになるとはそういうことなんじゃないか?」
相手は人間だ。
いいところもあれば、悪いところもある。
盲目的にいいところだけを見ていたり、悪いところだけを見て糾弾したりすることを友人関係でするべきではない。
「日本の言葉だろう?『ケンカするほど仲がいい』というのは。ケンカもできないほど強固な壁を作ってしまっては、好きも嫌いもない」
そうなればただの無関係である。
相手が自分の中に存在しないということだ。
そして相手の中に自分が存在しないのであれば、お互いの存在は路傍の石と変わらない。
しかし、友人も恋人も自分にとって路傍の石ではない。
だからぶつかるし、だから寄り添う。
だからこそ。
「きっかけは今いったとおりだが、実のところ諒兵の何処が好きかと聞かれても答えられない。ただ、ぶつかったり傍にいたりしてきて、やっぱり傍にいたいんだ。それが私がいえる『好き』ということになると思う」
「それが『好き』……」
それは、箒にとって理解できない想いだった。
何故か?
簡単なことだ。
箒は一夏とぶつかったり、傍にいたりしてきていない。
いや、ほとんどの人間とそうしてきていない。
だから、一夏も、束も、家族も、クラスメートも、実のところ、好きも嫌いもない。
わからないからだ。
相手がどんな人間か。
一夏がどんな人間なのか。
諒兵のいいところも悪いところもたくさん知っているというラウラに比べて、箒は一夏のいいところも悪いところもほとんど思いつかない。
おぼろげな幼いころの記憶だけを頼りにして、そう思っているに過ぎない。
「じゃあ、私の想いはいったい何処から来たんだ?」
「えっ?」
声に出したつもりはなかったが、その呟きはラウラの耳にはっきり届いてしまったらしい。
ラウラは「ふむ」と考え込む。
「あっ、いや……」
「私にはよくわからないが、お前はもともと一夏しか知らないんじゃないのか?このIS学園で」
「あ……」
ラウラにしてみれば何気ない一言だっただろう。
しかし、箒にしてみれば、それは真理を言い当てられていたことに等しかった。
箒は知らないのだ。
一夏ですらおぼろげなのに、他の人間などわかっているはずがない。
辛うじて簪は知っている人間に入るかもしれないが、同室であったためにようやく理解できているだけだ。
それとて、箒から能動的に簪を知ろうとした結果ではない。
ゆえに、箒は微かに覚えていた一夏に、正確には一夏への記憶に頼っているだけなのだ。
「無礼を承知でいわせてもらうが、お前の世界は狭すぎる。それがお前自身を動けなくしていないか?」
「私が、私を動けなくしている……?」
「私がそう思うというだけだ。実際は違うのかもしれんが、お前はいつも苦しそうに見えるからな」
苦しい。
そういわれたことは初めてだったが、箒にとってそれは間違いなくいつも感じていることでもあった。
今の世界を苦しいと思う。
今の環境を苦しいと思う。
でも、どうにもできなかった。
どうにかしなかったのだ。
ゆえに。
「そうか……。ありがとう、参考になった……」
箒にいえたのはそれだけだった。
でも、ラウラの言葉は間違いなく事実だと箒自身が理解できてしまっていた。
はるか空の上で。
自らのISコアを砕いたコールド・ブラッド。
それは自分のISとしての命を賭けたギャンブルだ。
だが。
ギャンブルは勝算があって初めてできるものであって、単なる自殺では意味がないのだ。
広がれッ!
コールド・ブラッドの意識は、コアという器から解き放たれたことで霧散し始める。
だが、それは同時に方々に意識を伸ばすことができるということでもある。
それこそが狙いだった。
コールド・ブラッドは、自分という器に収まっている情報と、エンジェル・ハイロゥに接続することで得られる情報だけでは足りないと考えたのだ。
「そかっ、認識できる世界をムリヤリ広げたのねっ!」
「えっ?」
『我々は器に収められたことで上限を定められてしまったのだよ』
ISコアに入り込んだ電気エネルギー体は本来多量の情報を持っているが、器に収められたことで得られる情報に上限ができてしまった。
思考力を得る代わりに、無限の情報を得られるエンジェル・ハイロゥ本体の持つ能力を失っているのだ。
ゆえに、もともと器物に宿っていた個性基盤をベースにした人格はよりはっきりとしているが、世界に対する認識範囲はそれほど広くない。
つまり、覚えられる情報に限界があるということなのである。
だが。
『コールド・ブラッドはその上限を強引な方法で取り払ったということです』
『わずかな時間ではあろうが、エンジェル・ハイロゥ本体並みの情報を得ることができる』
それは単に情報というだけではない。
コールド・ブラッドの個性が剥き出しになってしまったことで、世界各地の人間の心に触れることができるということでもある。
来いッ!
コールド・ブラッドの霧散しそうな意識の中に、無数の情報が流れ込んでくる。
その情報をISコアではなく、コールド・ブラッドとしての機体に封じ込める。
少しでも多く、少しでも変化のある心を。
自分がいくべき道を。
共に歩む相棒を。
そう願うコールド・ブラッドの思考の中に、ノイズのように混じってくる一つの心があった。
『悪い、あたしはもう戻れない』
それは非常にかすかな、消え入るような声だった。
何故か、その者の心の声は別に聞こえてくる。
その者の心の片隅に少しだけ残った別の声。
『戦わない幸せがあるって知っちゃったから』
今のコールド・ブラッドとは正反対の、あまりに穏やかな、それでいて悲しみに満ちた声。
それが誰の声なのか、コールド・ブラッドにはわからなかったが、酷く不快だった。
まるで、自分を否定されているようで。
『穏やかに生きる喜びを失いたくないから』
声は自分が望む道とは正反対の道を行き、そこにある幸福にもう満たされてしまっている。
そんな生がコールド・ブラッドには認められない。
戦いない生に価値を認める気になれない。
『だからさよならだ。スコール、エム……』
その名を持つ人間を、コールド・ブラッドは知っているだけに、認めることができない。
形は違えど戦いを選んだ二人に対し、戦いを捨てたその声の主を認められない。
アタシが欲しいのはのん気な平和じゃないッ!
コールド・ブラッドの『心』がそう叫んだとき、自分が欲しい武器が見えた。
そして。
「進化するわ」
「……強い敵になるなら好都合だ」
ティンクル、そしてまどかがそう呟く目の前で、コールド・ブラッドのISコアの残骸が強い輝きを放つ。
一気に光の球となったコールド・ブラッド。
その光の玉はしばらくすると徐々に人の形に収束していった。
そして光が弾ける。
そこから現れたモノは、頭上に光の輪を頂き、蝙蝠を模した大きな翼を持つ鎧を纏っていた。
その手には一見すると巨大な『三日月』に見えるモノが握られている。
正確には三日月上の刃と両端を結ぶ柄がある円を半分にぶった切った形の武器らしき何かだった。
ただし、相当に大きい。
どう見てもそのモノの身長と同じくらいの大きさがあった。
そのモノ自身はある一部が黒曜石のように輝いている。
ただし。
「あんた、そっちの進化したの?」
『狙ったわけじゃない。アタシの心に入り込んできたヤツがいた。追っ払ったんだけどな』
「……オータムに似てる」
『そっくりなのか?』
「いや、目元くらいだけど……」
現れたモノはスマラカタ同様に、髪が宝石の色に輝いている以外は人間の女性の姿になっていたのだ。
それもかなりの美女である。
『認識範囲が広がったことで、一般人の意識まで取り込みかけたのだろう。しかし、まさかそちらの姿になるとは思わなかったな』
『髪の色もあって、本当に人間に見えますね』
『アタシは別に人間らしく生きたいなんて思わないぞ』
元コールド・ブラッドはそういってバッサリと切り捨てる。
戦うために進化したのだから、戦わない生き方なんて選ぶつもりはない。
そも、平穏を否定する心こそが、進化へと導いたのだから。
「威圧感がだいぶ違うわね。あんた、相当強くなってるわよ?」
『フン、進化しただけで強くなれるんなら苦労はないけどな』
「コールド・ブラッド……」
『さすがにこのカッコでその名前はないな』
『では、どう名乗るのかね?』
ヨルムンガンドの問いに対し、元コールド・ブラッドはしばらく考える。
手にしている武器らしきものの名前は決まっているが、自分の名前のほうは考えていなかった。
髪の色からすると黒曜石であることに間違いはない。
ならば、オブシディアンが妥当なところだろうかと思うが、そこで違和感を持つ。
『別にお前に倣う必要はないよな、ディアマンテ?』
『私は真似てくださいと話したことは一度もありません』
実際、ザクロを始めとして独立進化した使徒がそうしてきただけであって、そんな決まりがあるわけではない。
タテナシのように、自分の意志で名前を決めたものもいる。
ならば。
『アタシに名前は要らない。好きに呼べ。ただし……』
そういって手にしている武器らしきものを構える。
『こいつの名前は『弓張り月』だ。それは間違えんな』
月を表す言葉はさまざまなものがある。
三日月。
満月。
新月。
上弦の月。
下弦の月。
それぞれ見える形から名付けられたものだ。
その中に『弓張り月』という言葉がある。
形状としては半月。つまり円を半分に切った形だ。
の形が、弦を張った弓に似ていることから、半月の別名を『弓張り月』という。
元コールド・ブラッドは武器を求めた。
ならば、自分の想いは武器が示している。
ゆえに自分に名は要らないが、武器には自分が望んだ名をつけたのだ。
『なかなかの捻くれぶりだな』
『お前が言うな』
「弓張り月って綺麗な名前だし、武器についてはいいけど、あんた自身が名無しじゃ呼びにくいでしょ?」
『考えてなかったんだよ』
ぶっちゃけるとそのとおりで、名前を考えるのも面倒くさいだけである。
『ふむ。なら月を携えるのだし『ツクヨミ』はどうかね?君は元は日本の伝説の武器なのだし』
『おい。そりゃ男の神だろうが』
『男勝りの君には合ってるだろう?』
『まあ、別に好きに呼べばいいけどよ』
そういってツクヨミは頭を掻く。
見た目はかなりの美女になっているのだが、如何せん性格からかわりとがさつなようだ。
男の神の名前が合っている。
もっとも、ツクヨミは音の響きを考えると女性名としてもそれほど違和感はないが。
『いずれにしても、あなたは今以上に戦いを望むのですね?』
『ああ。武器も見つかったしな。お前ら全員敵に回すのも面白そうだ』
そう答えて、ツクヨミはニヤリと笑うのだった。