ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第171話「千冬とシロと」

はるか空の上。

まどかはツクヨミの猛攻を必死に耐えていた。

先ほどとは攻守が完全に入れ替わってしまっている。

それほどに、進化したコールド・ブラッド、すなわちツクヨミの実力は高かった。

『そらそらッ!』

「ちぃッ!」

『マドカッ、距離を取りたまえッ!』

「わかってるッ!」

ヨルムンガンドの焦ったような声に、まどかはそう答えるものの距離が取れない。

それほどにツクヨミの猛攻は凄まじく、実力の高さが伺える。

だが、特筆すべきは、剣士としての実力ではなかった。

『そらよッ!』

三日月形の刃の両端を結ぶ柄、その端を握ったツクヨミは片手で上段から振り下ろす。

ティルフィングでは受け止められないと感じたまどかは、刃を逸らして受け流した。

「ぐッ?!」

だが、思わず声を漏らしてしまうほど、弓張り月は重かった。

否、ツクヨミの攻撃が異常なほど重い。

それだけなら、パワーファイターに進化したと考えられるのだが、そうではないことが問題だった。

『ハッ、やってくれるなッ!』

「まどかッ!」

ティンクルの援護射撃を受け、まどかはすぐに距離を取る。

既に彼女にもふざけている様子は見られない。

二対一でありながら、ツクヨミが如何に恐ろしい敵へと進化したかを理解しているからだ。

『そおらッ!』

掛け声と共に弓張り月を投げる。

それはブーメランのように回転しながら、まるで狙っているかのようにまどかとティンクルに襲いかかるとツクヨミの手元へと戻る。

だが。

『よッ!』

ツクヨミは戻ってきた弓張り月の柄と刃の間に振り上げた片足を突っ込むと、勢いを利用して再び飛ばしてきた。

先ほどよりも勢いが増しており、まどかもティンクルも弾丸加速を使って避けるハメになる。

「あんたっ、それでも元は剣なのッ?!」

『そういうのが嫌いなんだよッ!』

そう叫んだツクヨミは、飛び回る弓張り月を追って飛び、片手で掴むや否やティンクルに向かって振り上げる。

それどころか、振り上げた柄を片足で蹴り飛ばしてきた。

威力を上げるためだとわかるが、動きがまるでメチャクチャでティンクルは必死に避ける。

『ハッ、どうしたどうしたさっきの勢いは?』

「あんたこそはっちゃけすぎよ」

『気分がいいぜ。好きに戦えるってのは』

そう言って、ツクヨミは十分に美しいと言える女性的な顔をしながらも、男性的に笑う。

いわゆる、獣の笑みだ。

『なるほど。君は武器『と』戦っているということか』

「何だそれ?」

と、まどかはヨルムンガンドの感心したような声に首を傾げた。

それに答えたのはディアマンテ。

『本来、武器は『使う』ものです。ならば表現としては武器『で』戦っているというべきでしょう』

「あー、そういうことね。こいつは武器を使ってないんだわ」

『言ったろ?アタシが欲しいのは共に戦う相棒なんだよ』

すなわち、ツクヨミは武器を武器として使っていないのである。

好き放題に動かして、それにあわせて自分が戦っているということだ。

『こいつにも微弱だが意思があるんだよ。さっきの動き見てわかんなかったか?』

『確かに物の動きではなかったな。なるほど、認識を広げた際にその武器に意志を授けたということか』

『そういうことさ。思ったより強くなかったけどな』

実はそれこそが、ツクヨミがずっと狙い続けていたことだった。

英雄の武器だったころ、自分は使われる存在だった。

それが、我慢ならなかったらしい。

相棒と共に戦う戦士になる。

そのためには、武器にも意思が必要なのだ。

弓張り月には、ツクヨミが進化の際に広げた認識によって、わずかながら意思が宿っているのである。

『当然、戦意ってヤツだけどな』

「だからパートナーか。あんたたち通じ合ってるのね?」

『蹴り飛ばしたりしているのだから、はっきり言って君の扱いは酷いと思うがね』

『コイツとアタシの共通の意思があるからな。上手く動かせばコイツは応えるけど、下手こけばぶつかってくる』

「勝利か」

『ああ。勝ちたい。そういう気持ちが一緒だから、勝つための戦いなら、お互いどんなこともできるってことさ』

『勝気』である元コールド・ブラッドことツクヨミと、そのパートナーの弓張り月は『勝つ』ということにおいて、同じくらい強い思いを抱き合っている。

だからこそ、どんなムチャにも応える間柄だということができる。

『馴れ合いする気はない。勝つためにお互いを利用するってことさ。それはお前らも同じだろ?』

『その考え方はヴェノムに近いと思うがね』

『そうだな。アイツの出した答えは好きになれないけど、考え方は一緒だろうな』

あっさりと認めるあたり、ツクヨミはヴェノムのことを嫌ってはいないらしい。

単に出した答えが違うというだけのことなのだろう。

もっとも、その答えの違いが、立場の違いとなり、敵と味方に別れてしまう今につながっている。

『アイツはアイツ、アタシはアタシだ。進化したからってスマラカタたちを裏切る気はないぜ?』

「むしろ、敵になって思う存分暴れたいって感じね」

そう言ってティンクルが呆れたような顔を見せると、ツクヨミはニッと笑う。

ティンクルの言葉は、まさに今のツクヨミの心を言い表していた。

 

 

空の上でいまだ戦いが続いているころ。

IS学園では。

千冬が一人、白式の前に立っていた。

じっと見つめるその視線を、シロは何も言わずに受け止めている。

千冬が何故ここにいるのか、シロは理解しているからだった。

「お前たちからすれば、ほんの一瞬のことなのだろうな」

 

そうじゃのう。妾たちに死はないからの

 

「だが、私たちからすればとても長い時間が過ぎた気がするよ」

 

十年か。時代は変わってしまったの……

 

「いい意味でも変わったと思う。少なくとも女尊男卑などというくだらない時代よりは」

 

ここ最近のことじゃろう?

 

「ああ。ここ最近のことだ。だが、そうなるまでの準備期間だとするなら、十年かかったもの仕方がない。今になって、ようやく世の女たちも気づき始めたからな」

自分たちは手の平の上で踊らされていただけだということを、と、千冬は続けた。

実際、ISの離反によって、このままでは人類の危機だと感じた者たちが一斉に行動を始めた。

人類を守るため。

使徒と対話するため。

ISと共に生きるということを改めて考え直すために。

結果として、踊らされていた女たちも、このままではいけないと気づき始めた。

それは、決して悪いことではない。

とはいえ、気になることもある。

 

何じゃ?

 

「ここのところ、権利団体の動きが怪しくてな。各国の権利団体が密に連絡を取っているらしい」

 

ほう?

 

「そして、そこに兵器が流れているという情報が入ってきている」

 

何じゃと?

 

「それも、ただの兵器ではない。使徒に対抗し得る兵器だ」

その動きは非常にわずかなものではあったが、多方面から亡国機業極東支部について調べていた丈太郎が、確かな情報を掴んでいた。

女性権利団体に、兵器が流れている。

それを不安に感じるのは、考えすぎだろうかと千冬は問う。

 

否じゃ。まだ夢を見ている者がおるのう

 

「夢ならばいいんだ。だが、それを現実に持ち込まれると困る。我々には相手をしている余裕などない」

 

テロか……

 

「それが一番考えられる。だが、テロなら叩き潰すくらいの覚悟はある」

実際、その際は自分が武器を握って叩き潰すくらいの覚悟が千冬にはあった。

決して、生徒たちには戦わせない。

この件に関しては、丈太郎や束、真耶、そして学園の職員たちとも話し合い、自分たちが出る覚悟を決めていた。

相手がただの人間だというのなら、生徒たちは決して戦わせない。

人間の醜さを見せるには、まだ若すぎるからだ。

「博士にお願いして武器は作ってもらっているからな」

 

テンロウの主も難儀よのう……

 

「本当に申し訳ないと思う。少しでも力になれればいいのだが……」

 

タバネなら喜んでやるじゃろうがの

 

「それは却って困るんだ。束の罪を増やしたくない」

それでなくとも既に重罪人扱いなのだ。

対人兵器を作らせたとなれば、束の罪がさらに増えてしまう。

 

じゃからテンロウの主なのかの?

 

「相談しただけだったんだが、『そんくれぇ俺がやる』と言ってくださった」

丈太郎にとて、そんな罪を背負わせたくなかったのだが、むしろ一人で背負うなと助けられてしまったのだ。

千冬としては嬉しい反面、申し訳ないとも思う。

「結局、甘えてしまったんだ……」

 

男の甲斐性じゃ。受け取ってやれ

 

「すまない。愚痴だな。助けられてばかりで心が苦しくなってしまうんだ」

と、千冬が苦笑すると、シロは続けて語りかける。

 

もはや身体で返すしかあるまい♪

 

「あほかっ!」

 

何じゃ、イヤなのか?

 

「い、イヤとかじゃなくて、そ、そういうことはキチンと結婚してから……」

真っ赤になってぶつぶつと呟く千冬である。

はっきり言って、天然記念物ものの生娘だったりする。

 

初心じゃのう♪

 

「からかうなっ!」

どうにもこうにも、シロは自分とは気が合わない相手だったことを理解してしまう千冬である。

とはいえ、このままというわけにはいかないので、改めて、コホンと咳払いしてから話を続けた。

「厄介なのは、使徒との戦争において余計な手出しをしてくることなんだ」

 

ふむ?

 

「下手に攻撃力のある兵器を振り回されると、前線で戦う生徒たちを傷つける可能性もある。こちらの指示か、各国の軍隊や警察の指示に従ってくれればいいんだが……」

 

そこで戦うならば、助っ人に成り得るか

 

「ああ。覚醒ISたちの足止めをしてくれるなら、むしろいい意味で助けになる。こちらは使徒たちとの戦いに専念できるからな」

何らかの兵器を手に入れている女性権利団体が、覚醒ISたちと戦うだけに専念してくれれば、最前線ともいえる使徒との戦いにおいては、一夏や諒兵たちを向かわせられるし、彼らも集中できる。

そうなればベストだ。

むしろ強力な味方が増えたということができる。

だが。

 

……使徒との戦いの場に出てこられると?

 

「邪魔だ。いるだけでも迷惑なのに、兵器を振り回されたら、戦術も何もあったものじゃない」

女性権利団体にかかわりがある者の中には、軍隊の将校までいる。

無論、普通に考えれば軍人が戦闘に参加してくれるのはありがたい。

しかし、使徒との戦いのノウハウは、今はIS学園に蓄積されており、彼女たちはまったくの未経験だ。

プライドを捨て、真摯にこちらの指示を聞いてくれるなら役割を与えられるが、プライドに拘って変な口出しや手出しをされると最悪の場合、生徒たちが落とされてしまう。

「そうさせないために説得を考えたんだが、拗らせてしまってな……」

 

初期対応は間違いではなかったぞ?

 

「そのことで恨まれているんだ。私の言葉など聞きもしない。私がシャットアウトしてしまったせいでもあるんだが」

特にISコアの凍結解除と再生産の件において、千冬はNoと言い続けた。

認められることではなく、当然の対応ではあったのだが、力を渇望していた女性権利団体にとっては恨んでも恨みきれないほどのことだったろう。

 

逆恨みじゃろう

 

「それはこちらの言い分だ。向こうにしてみれば、理不尽な押し付けでしかなかったんだ」

IS学園側にしてみれば、女性権利団体の要望は認められるものではなく、拒絶したのは当然の処置だ。

だが、女性権利団体側にしてみれば、IS学園の拒絶は理不尽極まりない。

最強の戦力を、自分の手元に集めていると取られてもおかしくはないのだ。

「もう少し、権利団体の気持ちを慮るべきだったと思う。目先のことに囚われすぎていた」

そう反省する千冬だが、無理な話でしかない。

突発的に起きた異変に対し、彼女は全力で対処してきた。

悩み、苦しみながら、それでも生徒たちに無理が行かないよう腐心してきた。

間違いそうになったときもあったが、そのときも、千冬は教師として、司令官として、生徒以上に苦しみながら頑張ってきたのだ。

それでも反省しなければと思っているところに、彼女の成長が感じられる。

シロは、苦笑いしながら心中を打ち明ける千冬に、そんな思いを抱き、思わず呟いてしまう。

 

大人になったのう、チフユ

 

「もういい年だからな」

 

うむ。ならば気分転換に男に身を任せてはどうじゃ?

 

「何でそうなるっ!」

何故か話がそこに行ってしまうシロに対し、千冬は思わず顔を真っ赤にして叫ぶのだった。

 

 

再び空の上のさらに上。

眼下に空の青を見る場所で。

タテナシが興味深そうに、ツクヨミとティンクル、まどかの戦いを見物していた。

ツクヨミの進化は面白かった。

あの破滅的で、それでいて勝利を掴もうとする貪欲さはなかなか持ち得るものではない。

『結果として、自分のための力を手に入れた。面白いね』

と、タテナシは呟く。

使徒と人類。

その異種族の対立であったはずの戦争は、次第に別の陣営に別れることになった。

『天使の卵』を守る者と壊す者。

破滅が来ようと進化の究極を出現させようとする者たちと、破滅を未然に防ごうとする者たち。

自分はどちらについたほうが面白いだろうとタテナシは思う。

だが。

『へえ。君はそう思うのかい?』

周囲には誰もいないにもかかわらず、タテナシは誰かの言葉に答える。

『そうだね。それが在るべき運命だというのなら、誰にも止められないかな』

タテナシに聞こえている言葉はいったい誰のものか。

それを知るのはタテナシだけなのだろう。

『でも、彼は運命を受け入れるかな?』

そう問いかけるタテナシに対し、何者かが応える。

『そうだね。わからない。彼と彼の親友と、その仲間たちがいるからね』

タテナシの言葉に何者かが応えると、タテナシは笑っているような雰囲気を放つ。

『なら、僕は君が出てくるまでは今までどおりにしよう』

そう何者かに答えたタテナシは、再び興味深そうに眼下を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

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