ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第173話「力と目的」

はるか空の上。

ツクヨミの蹴りでティルフィングを弾き返されたまどかは、直後に後ろから襲ってくる弓張り月を避ける。

もっとも、その軌道をティンクルが逸らしてくれたからできたことなのだが。

「下がってッ!」

「くッ!」

指示に従い、まどかが下がったのを見たティンクルは『銀の鐘』を使い、弾幕をはってツクヨミと弓張り月をその場に押し留める。

インターバルが必要だと感じたからだ。

何故なら。

「なんでこいつ、こんなにトリッキーに動けるのよ?」

『完全に予想外です。幾ら進化したとはいえ、ベースは私たちと同じですから』

さすがにディアマンテにも今のツクヨミの戦闘力というか、戦い方は予想外だと感じていた。

そもそも動きからして使徒の動きではない。

エンジェル・ハイロゥに記録された情報を元にした、洗練された動きではないのだ。

まるでビリヤードのように、玉がぶつかり合って勝手に動き待っているように見える。

しかも、その動きは直線的ではないのだ。

これでは相手の動き、行動がまったく予想できない。

そのため、ティンクルとまどかはツクヨミと弓張り月を相手に完全に押されてしまっていた。

さらに言えば。

「……人間を相手にしているような気がする」

まどかが感じたとおり、ツクヨミたちの動きは実に人間的だった。

時に協力し、時に反発するような、人間同士のパートナーに動きが近いのだ。

互いの考え方のズレが思わぬ効果を生むことがあるような関係に見えるのである。

それで、気づいた者がいた。

『なるほど、そういうことか。よく考えたものだ』

「ヨルム?」

『ティンクルが言ったとおり、ツクヨミと弓張り月は通じ合っている。相手に『勝つ』という点で』

「今さら何よ、捻くれもん」

『君も淑女なら少し言葉遣いを改めたまえ』

思わずティンクルの言葉遣いに突っ込んでしまうあたり、ヨルムンガンドは根っからの突っ込み属性だった。

それはともかく。

『だが、それ以外のところではまったく通じ合っていないのだ。意志の疎通すらしていまい』

「へっ?」

「どういうことだヨルム?」

『この二体は、お互い勝手に戦っているだけだ』

そうヨルムンガンドが説明すると、ツクヨミはニヤッと笑い、口を開く。

『九十点だな』

『ほう』

『でも、さすがに良く気づいた。『皮肉屋』なだけはあるな』

「えっ、じゃあヨルムが言ってる通りなのか?」

『ああ。そいつの言うとおり、アタシもこいつも勝手に動き回っているだけだ。ただ、接触したときは意志は通じてる』

もっとも、それで作戦を考えているというわけではない。

お互い、どれだけ上手く戦ったか、批評しているに過ぎない。

だから九十点と評価したのだ。

『それぞれ別個の存在となれば、近い思考を持つ者でもまったく同じ考えはできんよ』

『なるほど。お互い自分勝手に考えて行動し、接触したときに互いを批判する。あなたたちは二体でケンカしながら私たちと戦っているようなものなのですね?』

『ああ。アタシが何処に投げるかこいつはわからないし、こいつが何処に飛ぶかアタシにもわからない』

それだけではなく、ツクヨミが弓張り月を剣として振るうときも、それを弓張り月が望まなければ手から離れてしまうこともある。

お互いに勝手な行動をしているのだ。

そして、その反発が実に人間臭い行動に見えるのである。

『言わば私たちと人間でできる共生進化の逆を行ったのだよ』

「一心同体となることで力を得る共生進化じゃなくて、こいつは二心同体になる進化をしたってこと?」

『互いに通じ合わない心が生む反発心、それがどんな英雄にもなかった独自の戦い方を生んでいるということだ』

だからこそ弓張り月に心が必要だったのだ。

これがもし、他の使徒同様に話ができるほどであったなら、余計に厄介な存在になる。

『なるかもしれないぜ?』

「何?」と、まどか。

『こいつの心はまだ弱いが、経験を積めば思考力は上がっていくからな』

そうだとすると、ある意味では擬似的にアンスラックスの自己進化能力を再現していることになる。

「めんどくさいヤツね……」

『褒めんなよ』

そういってニヤリと笑う姿は、本当に他の使徒以上に人間臭いのがツクヨミだった。

『さてと、まだ暴れ足りないぜアタシは?』

「上等よ」

「負けない」

どうにか最低でも痛み分けには持って行きたい。

そう思いながら、ティンクルとまどかは再び空を舞うのだった。

 

 

一方。

亡国機業極東支部にて。

「三回目の搬出作業は順調に進んでるようね」

「問題ない。さすがにこれすらできんほど頭でっかちではないぞ」

スコールの指示で兵器の搬出作業を行っていた極東支部の研究員たち。

さすがに運びだす作業すらできないほど、貧弱というわけではない。

しっかりと作業は進んでいた。

『地味ねえん』

『こういう地味な努力は大切よ』

そんな様子をスマラカタとウパラが眺めている。

この二機には基地の防衛という役目があるため、作業を手伝ったりはしていない。

だが、こういった作業自体には興味がある様子だ。

『権利団体をIS学園の対抗組織にして売りつけるなんてね。なかなか面白い考え方をすると思ったわ』

「そういってくれると嬉しいわね」

『でも、あまり鬱陶しがられると、各国の上層部に潰されるわよ?』

「そこまで行っても変われないのなら、潰された方が幸せでしょう」

『どういうことですか、スコールさん?』

と、フェレスも興味を持ったのか、スコールに問いかけてきた。

「力を手に入れるのは決して難しいことではないのよ」

『あらん、そんなセリフが出るとは思わなかったわねえん♪』

「……問題は、力をどう使うかということ」

スマラカタのイヤミを華麗にスルーしてスコールは説明を続ける。

実際、スコールの言葉はゴールデン・ドーンに離反された身としては言えることではない。

だが、だからこそスコールはそう考える。

力を手に入れるのは難しいことではなく、力をどう使うかが難しい問題となるのだ、と。

「自分の心を生かして力を支配するか。心を殺して力の一部となるか。それは使う者の自由だけど、大事なのは力は使うものだということなのよ」

『使うもの……。ああ、そういうこと』

と、どうやら理解したらしいウパラが納得したような声を出す。

「自分の目的を果たすために力があるのであって、力を発現するために目的があるわけではないということだ」

実のところ、その目的が権力、財力、名誉といったものでも別におかしくはないのだ。

欲を満たすことが目的であることは、人間であるならばごく普通だと言える。

「いい例が日野諒兵と織斑一夏ね。彼らは目的があって、力を手に入れている」

『何故、そこでその二人が出るのでしょう?』

「わかりやすいからよ。彼らは『空を飛びたい』と思った。そのために『空を飛ぶ力』を手に入れた」

思い出してほしい。

白虎やレオはもとは試験用に置かれていた打鉄だ。

武装は一つもない。

空を飛べるだけのISだったのだ。

空を飛びたいという目的、願いを持っていた一夏と諒兵が空を飛ぶ力を手に入れた。

だから空を飛ぶ。

たったそれだけのことが、今に至るまで変わっていない。

戦闘力などは単に付随してきただけで、大空を舞うことの楽しさ自体は今も忘れていない。

だから、彼らは戦争が終わっても空を飛ぶだろう。

それこそが目的なのだから。

「対して、権利団体の彼女たちは、かつての権力がほしいから今、力を求めているわ。つまり権力欲が目的ね」

『そうですね』

「でも、兵器の力、いわば暴力を振るったとき、これも力だと本来の目的を見失ってしまったら、権力は手にできないわ」

「少なくとも、自分たちが手にした暴力を生かし、それで権力を手に入れなければ意味がないということか」

デイライトの言葉にスコールは肯く。

目的を果たすために手に入れた力で満足してしまい、目的を果たすことを見失ってしまう。

それこそが問題なのである。

どう使うかとは何のために使うかであり、力をどう生かすかということを考える必要がある。

暴力を、権力を手に入れるための力として使えるかどうか。

実はスコールは女性権利団体を試しているのだとも言える。

『ダメならバカ女たちはただのバカになっちゃうってことねえ♪』

「あなた、もう少しオブラートに包みなさい……」

スマラカタの言っていることは間違いではないのだが、同じ女として少しばかり女性権利団体に同情してしまうスコールだった。

 

 

再び、空の上で。

ツクヨミ攻略の糸口が掴めないティンクルとまどか。

ただ、さすがにここで感情的になるほど愚かでもない。

まどかは元実働部隊。

ティンクルはディアマンテから生まれたはずの存在だからだ。

冷静さを失わないことで、何とか持ち堪えていた。

「せめて相手の戦い方を読めればいいんだけど、私は『そこまで回復してない』し……」

「えっ?」と、まどかがティンクルの呟きに違和感を抱くとすぐにディアマンテが説明してきた。

『先日、フェレスと戦ったダメージが残っているのです』

『ふむ。まあ、ここで考えることではあるまい』

そうは言うものの、納得したまどかと違い、ヨルムンガンドはその情報を決して軽視しない。

ただ、確かに今はツクヨミ攻略を考えるのが先決であった。

『何もできないようなら、このまま倒しちゃうぜ』

「言ってくれるじゃない」

余裕をかましてくるツクヨミを、ティンクルは睨みつける。

実際、何もできていないのだからどうしようもないのだが、言われっぱなしというのも癪に障る。

「舐めるなッ!」

ティンクルよりもまどかのほうが癪に障ってしまったのだろう。

ティンクルとの会話に集中しているツクヨミに対し、背後から襲いかかる。

真っ向勝負に拘らないのは、やはり元実働部隊だからか。

今回はそれが良い方向に出た。

そう思ったが。

「こいつッ!」

ツクヨミが担いでいた弓張り月が、勝手にその手から離れ、襲いかかってくる。

『経験を積めば思考力が上がるって言ったろ?』

後姿から、わずかに見せたツクヨミの横顔が笑みを浮かべている。

互いに反発しながら、ある意味で相手のことを信頼しているようにも見えるのは本当にある意味では人間の友情のようだ。

それを示しているのか、弓張り月の動きは不規則で、まるで獣が空を駆けているようだった。

「くッ!」

「まどかッ!」

ティンクルが思わず声を上げてしまうほど、弓張り月が一気にまどかを追い詰める。

『予測をするなッ、却って追い詰められるッ!』

ヨルムンガンドが厳しい声で指摘してくる。

本能的な獣の動きを、ツクヨミと反発することで再現する弓張り月に、放っておけば今後恐ろしい敵になることをまどかは理解してしまう。

だが。

 

「暴れる武器かよ。おもしれえもん作ったな」

 

現れたその声の持ち主は、弓張り月を思いっきり蹴り飛ばしてまどかを守って見せた。

「おにいちゃんっ♪」

「諒兵っ?!」

それはそれは嬉しそうなまどかに対し、ティンクルは何故ここにいるのかわからないといった様子で驚く。

そしてツクヨミは。

『来るとは思わなかったぜ。ヒノ』

そうは言いつつも、どこか嬉しそうな獣のような笑みを浮かべて蹴り返された弓張り月を掴む。

だが、逆に諒兵は疑問を持った。

「あり?どっかで会ったことあんのか?」

『これだけ気配が強いとわかりますね。もともとは学園の上級生の機体だったコールド・ブラッドです』

そう答えてきたレオの言葉で納得した。

なるほど、それなら自分のことを知っていてもおかしくはない。

まあ、もともと情報を共有できるのだから、知っていてもおかしくはないのだが、ツクヨミの呼び方には知り合いを呼ぶようなニュアンスを感じたのである。

いずれにしても、外見は人間のようだが中身はあくまでも使徒だということが、それで理解できた。

「スマラカタみてえな進化したのか」

『そのようですね。モデルとなった人はわかりませんけど』

もっとも、諒兵としてはそんなことはどうでもいい。

正直な話、まどかとティンクルが気になって飛んできたのだから。

「とりあえずは無事か?」

「私は大丈夫だよっ♪」

「私も何とかね。でも、正直言って、こいつ強いわ」

「めんどくせえな、そりゃ」

できるなら、このまま二人を連れ帰って昼寝でもしたいところだ。

だが。

『せっかく来たんだ。茶の一杯くらい飲んでけ、ヒノ』

そう言って、ツクヨミが臨戦態勢を取る。

どう見てもやる気満々だ。

「茶菓子は出ねえのかよ?」

『辛いのならあるぜ?』

「好き嫌いはねえよ」

『いいこった♪』

そういってにっこりと笑ったツクヨミは、直後に弓張り月を投げ放つ。

「ちっと休んでろ二人ともッ!」

「うんっ!」

「頼むわっ!」

「レオッ、半分任すッ!」

『問題ないですッ!』

レオがそう答えると、両脚のレーザークロー、獅子吼がビットのように動きだす。

弓張り月の対処を行うためだ。

諒兵自身は蹴りかかってきたツクヨミの攻撃を受け止め、さらに反撃した。

『さすがにやるなッ、面白いッ!』

「わかりやすいなお前ッ!」

典型的なバトルジャンキーだ。

戦いを楽しむところは、以前倒したヘリオドールにも良く似ている。

しかし、ストイックだったヘリオドールと違い、ツクヨミは戦場そのものを楽しむ余裕があった。

レオが弾いた弓張り月を足で引っかけるとそのまま回し蹴りを繰り出してくる。

一対一の戦いを望んだヘリオドールと違い、刻々と変化する戦場で、遊んでいるようなイメージがあるのだ。

今の状態で、まどかやティンクルがサポートにはいったとしても、決して文句は言わないだろう。

自分が置かれた状況で、如何に戦闘を楽しむか。

それがツクヨミが考えること、考えたいことのベースとなっている。

言うなれば、戦場で遊ぶことがツクヨミの目的なのだ。

そして、それは弓張り月も同じなのだろう。

どちらがより楽しんだかを張り合っているのである。

回し蹴りを避けた諒兵は、即座に右腕の獅子吼を突き上げると、流れるような動作で左腕の獅子吼を右足の踵に移動させて後ろ回し蹴りを繰り出す。

考えた攻撃ではない。

感じたままに身体を動かすようにしていた。

ツクヨミを相手にするなら、そのほうがいいと判断したのだ。

それを一番感じているのはツクヨミであった。

『たいした反応だなッ!』

「こんくれえわけねえよッ!」

『入学当初から目をつけてたのは間違いじゃなかったぜッ!』

「学園じゃ直接会ったことねえだろッ?!」

『アタシの操縦者にやる気がなかったせいだよッ!』

それが、実はツクヨミの最大の不満だった。

できれば、諒兵やレオと早く戦ってみたかったのだが、当時は操縦者頼りでしか動けなかった。

その操縦者にやる気がないのでは、自分がどんなに望んでも戦えない。

だから離反したのである。

『気が合わなかったんだからどうしようもねえッ!』

「ちっとわかるぜッ!」

『お前がパートナーだったら共生進化も面白かったかもなッ!』

『リョウヘイの一番のパートナーは私ですッ!』

ツクヨミのセリフにすかさずそう突っ込みを入れてくるあたり、レオのヤキモチ焼きは相当なものである。

ゆえに。

 

「レオってかなり面倒な性格してるわよね」

「小姑みたいだ」

『確かに個性『ヤキモチ焼き』でも不思議はないな』

『ヒノリョウヘイの奥様になる人は苦労しますね』

 

楽しそうに戦っている諒兵とツクヨミの姿を、まどかとティンクル、ヨルムンガンドとディアマンテが呆れた様子で眺めていた。

 

 

 

 

 


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