諒兵が来たことで、戦闘はサクッと終わった。
というよりも、ツクヨミが諒兵と挨拶代わりの戦闘ができたことでかなり満足したらしい。
『まだ、命懸けの戦闘には早いからな。しばらくしたらまた遊びに行くぜ』
そう言い残して、ツクヨミは飛び去った。
さすがにツクヨミ以外にもスマラカタやフェレスがいる極東支部に乗り込む気になるほどティンクルやディアマンテは好戦的ではない。
戦略を練る必要があると判断し、後を追うのは止めた。
「いいのかよ?」
「無理はできないわ。まどかを連れてくわけにも行かないし」
「私はかまわないぞ?」
「敵の戦力がわからないのよ。ツクヨミがあれほどの進化をしたことはかなりの脅威で、しかも駄肉にフェレスがいる。こうなるとヘル・ハウンドが進化していないと仮定して戦略を練るのは楽観的すぎるわ」
極東支部内の情報はティンクルやIS学園には届いていない。
ゆえに、今のヘル・ハウンドがどういう状態にあるのかはわからない。
その点で考えると一か八かでツクヨミの後を追うことも手の一つではあったが、そこまでムチャはできない。
こちらの戦力を減らすわけにいかないからだ。
『ヘル・ハウンドまで進化していた場合、敵の戦力はかなりのものになりますね』
「敵ってのは……」
「あっ、まだ聞いてないのね。極東支部よ。悪じゃなくて敵」
「どういうことだ?」とまどかが尋ねる。
「考え方自体はアリなのよ。でも、私たちはその考えを受け入れられない。だから敵」
その理由を、ティンクルは話さなかった。
『天使の卵』に関しては、あくまで丈太郎や束が説明するべきだと考えたからだ。
ゆえに敵だとしか話さない。
そんなティンクルの説明に対し、口を挟んできたのは皮肉屋だった。
『悪ではなく敵か。なかなか哲学的な言い回しだな』
「何よ?」
『彼らの考え方も正しい。だが、受け入れられない自分たちの考えも間違いではない。つまりどちらも正しい』
ティンクルの言い方だとそういう意味になる。
だが、どちらも正しいということになると、どちらが倒されるべきなのかわからないということができる。
『正しい者同士がぶつかり合うときに起こるのが本当の意味での戦争だ』
『私たちと人間の戦いは戦争ではないと?』
『我々と人間は存在そのものが違う。極論すれば、獣と人間の関係と変わらんよ』
戦争ではなく、生存競争だとヨルムンガンドは説明する。
互いの存在領域の奪い合いに過ぎないと。
だからこそ、共存する者も敵対する者いるのだと。
『だが、正しい者同士の戦争は違う』
『どう違うというのです?』
『妥協点を見つけるのが難しいということだ』
自分も正しい。
そう考える人間が、間違いを正すということが有り得るだろうか。
正すわけがない。
間違っていないのだから。
ため息をついてティンクルが呟く。
「私たちも、向こうも想いをゴリ押しするってことね」
「間違ってないから?」と、まどか。
「だろな。間違ってねえと思うなら譲らねえ。譲らねえ同士ならケンカにしかならねえ」
想いを貫きたいなら、ケンカ、否、戦争に勝つしかないということだ。
『ようやく戦争が始まったということだ。人間と使徒ではなく、正義と正義の戦いがね』
『本当に『皮肉屋』ですね。あなたという方は』
正義と正義というところに、彼らしい皮肉が感じ取れるとディアマンテは思う。
実際、それが戦争というものなのだろうが、あまりにも救いがないと感じてしまう。
それがわかったのか、レオが言い直す。
『それを言うなら、想いと想いの戦いのほうが合ってますね』
「譲れねえ想いがあるから、か……。ま、わかりやすくていいんじゃねえか?」
「おにいちゃん?」
「誰がいいヤツかを考えるより、わかりやすいと思うぜ?」
「シンプルねえ……」
と、ティンクルは諒兵の言葉に呆れた様子を見せた。
言うとおり、わかりやすくはあるのだが、場合によってはどちらかの陣営が全滅するまで戦うことになる。
ケンカではないからだ。
倒されるべき者が必要になってくる。
それが何なのかはわからないが。
「ま、いいわ。助けてくれてありがと諒兵。今度デートしてあげる♪」
「ドアホ」
「あ、ひど♪」
そう言いつつも、楽しそうなティンクルだった。
どうにも、鈴音を相手にしているような錯覚を感じてしょうがない諒兵である。
「てか、お前らどうすんだ?」
「「えっ?」」
驚いたのはまどかもティンクルも同じだった。
そもそも、何を言いたいのかわからないため、そう問い返すと意外な答えが返ってくる。
「学園に来るのかって聞いてんだよ」
「私はパス」と、あっさり否定したのはティンクルである。
もっとも、諒兵としても予想できた返事だったので、別に驚いた様子は見せない。
「今は行けないわ」
「まあ、鈴が怒るか」
「むしろ箒が怒るでしょ?あの子、私の顔見たら斬りかかってくるかも」
「へ?」
「鈴とおんなじ顔してるし♪」
まさかそれで斬りかかってくるような箒ではないと思うが、微妙に自信がない諒兵だった。
実は、鈴音と箒の仲が悪いことを諒兵は心配していた。
一夏を挟んでというよりも、いろんな意味で反りが合わないイメージがあるのだ。
「戦争なのかもね♪」
「何で?」と、まどか。
「どっちも間違いじゃないけど、受け入れられないのよ。特に箒がね」
そんなところに鈴音と同じ容姿を持つティンクルが行ってしまったらややっこしいことこの上ない。
しかも、ティンクルの性格だと煽る可能性があるから、関係が余計に酷くなりかねない。
「だから行かないわ。とばっちりはゴメンよ」
「だったら何でそんな顔にしたんだよ?」
「てきとーに♪」
「いい迷惑だぜ……」
実際、諒兵としてはティンクルの性格はそんなに悪くないと感じている。
それだけに鈴音と同じ容姿をしていることがどうにも困ってしまうのだ。
もっとも、この話をするとからかってくることがわかるので、諒兵はむりやり話を切った。
「まどかはどうする?」
「行きたいけど……」
「気にすることねえぞ?」
「何か、今のままだとすっきりしない」
このままティンクルと離れるのは、何かすっきりしない。
というより、何か掴みかけている気がするのだが、それがはっきりしないために、今の状況を変えたくなかった。
「だから、もう少し待っててくれる?」
「千冬さんが心配してんだけどな」
まどかの答えに対し、諒兵は苦笑いするばかりだ。
できれば会わせてやりたいと思うのだが、まどか自身の意志を無視する気にはなれない。
そうなると、連れて帰るのは無理のようだと判断する。
「まあ、無理にとは言わねえけど、あんま心配かけんなよ?」
「うんっ♪」
「じゃあね♪」
そう元気よく答えて飛び去って行くまどか、そしてティンクルを見送ると、諒兵はIS学園へと戻っていった。
翌日。
千冬は諒兵が持ち帰った映像を検証していた。
現場での戦術構築担当であるセシリアとシャルロットと共に。
「ツクヨミは諒兵さんでなければ難しいですわね」
「全快すれば鈴でもいけるかも」
「可能性はあるが、今の段階では諒兵になるな。一夏では難しい」
それが三人の見解だった。
映像を見る限り、型どおりの戦い方をする者だと相手をするのがかなり難しいのがツクヨミだった。
とにかく戦い方がトリッキーすぎて、対処が間に合わないのだ。
本能に任せたような戦い方をしてくるので、適応能力の高いものでないと、不意を突かれやすいのである。
死角に回りこんでの一撃を得意とする一夏だが、基本的には剣術なのだ。
ツクヨミのように剣が勝手に暴れまわるわけではない。
弱いというわけではなく、一夏だと相性が悪いということなのである。
逆に諒兵は相手に合わせて変化できる。
その変化がないと、ツクヨミの相手は難しい。
そして鈴音は直感に頼った戦い方をするので、全快さえすれば相手ができないわけではない。
そう考えると。
「ツクヨミを倒すことを考えるなら、諒兵と鈴音でタッグを組ませる必要があるか……」
「ラウラさんはどうなのでしょう?」
「ラウラはあれできっちりと型どおりの戦闘方法を学んでいるからな。あの変化に対処するのは難しい。どうしても予測してしまう」
ラウラを育てた千冬の言葉だけに重みがある。
実際、ラウラは軍隊で戦闘方法を学んでいるために、どうしても激しく変化するツクヨミの戦闘に対処することが難しい。
先を予測することが却って足かせになってしまうのだ。
そうなると、ラウラをツクヨミにぶつけるのは危険すぎる。
また。
「あとはハミルトンか。あの発想力を生かせば、ツクヨミに対処できる可能性がある」
逆にぶつけて危険になるのは刀奈であろう。
彼女も暗部に対抗する暗部として鍛えてきてしまっているため、逆に変化に対処できないまま落とされる可能性がある。
もっとも簪は異なる。
「今の大和撫子との関係であれば、その反発がツクヨミを上回る可能性があるだろう」
簪と大和撫子はむりやり共生進化したことで、大和撫子が簪に強く反発している。
それがツクヨミと弓張り月の反発関係を上回る可能性があるのだ。
そうなると、諒兵をメインに、鈴音かティナ、そして簪を組ませるのがベストだろう。
逆に。
「今の話を総合すると、僕たちも難しいですね」
「そうですわね。あの変化にはついていける自信がありませんわ」
セシリアとシャルロットは戦術構築担当だけあって、戦闘に関しては先を読んで予測するのがほとんど癖となってしまっている。
特にシャルロットは、相手の思考も読むので、ハマッってしまう可能性がある。
そうなると、ツクヨミの相手は難しい。
「そのあたりを考えて陣形を組んでいってくれ」
「はい」と、二人とも素直に肯いた。
さらに。
「今度ブリーフィングで説明するが、極東支部は我々の敵として行動している可能性が高くなった」
「何をしているのでしょう?」
「これに関しては私もまだ説明を受けていないのでな。博士と束もそろそろ説明するといっているのでそれを待ってほしい」
「それはいいですけど……」
不満顔のシャルロットに対し、千冬はさらに続けて説明した。
「問題は、そこにはスマラカタとツクヨミ、加えてASも一機いるらしい。さらにヘル・ハウンドは進化している可能性が高い」
「けっこう、高い戦力がありますわね」
「そうだ。何をしているのかはわからんが、厄介な存在になりつつある。私たちのほうで調査は続けるが、今後は使徒のみではなく、人間と使徒が組んだ敵を意識するようにしてくれ」
そういって、千冬はあくまで極東支部のみが敵であると説明する。
(権利団体の問題は、我々だけで対処しなければな……)
実のところ、厄介な敵というか邪魔者は別にいるのだが、その連中に関してまで生徒たちに苦労させるつもりはなかった。
本来は、まだ守られ、導かれるべき生徒たち。
彼らを戦わせている以上、社会の汚い部分に触れさせるようなことはしないと千冬は心に決めていた。
そんなころ、鈴音の部屋の前で。
箒が、ノックしようとして手を止め、ノックしようとしては手を止めという同じ動作を繰り返していた。
自分が知らない一夏を知る者。
空白の期間を埋められる者。
その筆頭が鈴音であることが理解できているのに、どうしても鈴音と会うことが躊躇われてしまう。
箒は鈴音に対して、借りを作りたくなかった。
あの夜、自分との差を見せ付けられた夜、箒にとって鈴音は間違いなく敵となった。
恋敵ではない。
鈴音の恋など応援できそうにないからだ。
相手が一夏でなければ応援できるといった問題ではないからだ。
二人の男を天秤にかけているというその在り方、考え方が気に入らない。
そんなふしだらなことは認められない。
だから、鈴音と会うときは対抗できる力を手に入れてからだと考えていた。
力を持っている鈴音に対し、何の力もないままの自分では何も言えないと思っているからだ。
だから、どうしても今は会うことが躊躇われてしまう。
だが、誠吾の言葉を考えれば、自分は鈴音にこそ会わなければならないと理解できる。
今の何の力もない状態で会わなければ、先に進めないと理解できる。
ゆえに、ノックしようとしては手を止めるという動作を繰り返していた。
そこに。
「飽きないわねえ……」
と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
バッと振り向いた先にいるのは、目の前の部屋の主であるはずの少女。
「さっきから私の部屋の前で何してんのよ。入りたいんだけど?」
つまり鈴音だった。
手に何か入っている袋を提げ、呆れた様子で箒のことを見つめていた。
「なっ、なななっ?!」
「飲み物買いに行ってたのよ」
そういって、手に持っていた何本かのソフトドリンクが入った袋を見せてくる。
なるほど、買い物に行っていたのなら、部屋から出ていてもおかしくない。
おかしくないのだが、完全に箒の誤算だった。
てっきり鈴音は部屋の中にいると思っていたので、まさかこんな不意打ちのような会いかたをすることになるとは予想していなかったのだ。
これではダメだ。
失敗だ。
そう思った箒は背を向けて逃げ出そうとして。
「また逃げんの?」
その声に、足を止められてしまった。
「私は別にかまわないけど?」
「な……」
「別にあんたと話したいことがあるわけじゃないし。いい加減、部屋に入って休みたいし」
「な……」
「うん、そうするからソコどいてくれるとありがたいんだけど、あんたは逃げるだけでいいんだ?」
「なっ……」
「だってあんた逃げてるだけじゃない。私からも、一夏からも、お姉さんは……少しだけ近づいたみたいだけど」
図星だけに何も言えなかった。
だが、図星であるだけに、鈴音にだけは言われたくなかった。
自分が一番敵愾心を持つ相手である鈴音にだけは、逃げているとはっきりと言われたくなかった。
だから思わず声に出してしまう。
「なっ!」
「誰も言わないからよ。それ以上にあんたが聞かないからよ。自分の欠点を、ね。井波さんにはホント同情するわ。わざわざ嫌な役やってくれたんだもん」
「な……?」
「あんたに一番必要なのは、欠点を指摘することだってわかったから、わざわざやってくれたのよ。みんなあんたに甘いんだもん」
「なっ?!」
「甘いわよ。陰口叩く人はいるけど、ストレートに厳しく指摘する人なんてほとんどいないじゃない。居心地いいでしょうね、みんなが守ってくれるんだから」
箒は全てに守られるお姫様なのだと、鈴音は指摘してきた。
戦いの場に出る必要のないお姫さまなのだ、と。
本当ならば、箒は何もしなくても、何もかも望みどおりにいくはずだったのだろう。
ただ、そこに異物が入ってきたのだ。
「一番最初に入ってきたのは白虎ね。あの子が入ってきたことであんたが望む世界にひびが入ったのよ」
「な?」
「篠ノ之博士の言うとおりなら、ISを動かせたのは一夏だけだったはずだもん。でも、白虎が入ってきたことで、今まで道具だったISが道具じゃなくなった。共に生きるパートナーになってくれたのよ」
それはすばらしいことなんだと鈴音は語る。
この世界の未来をよりすばらしいものに変える道が現れ、人類は進化というものを間近に感じられるようになった。
それは痛みがないわけではないけれど、乗り越えることで想像を超えた未来を掴める可能性が出てきたのだ。
「だから、素敵なことなんだけど、あんたにとってはメンドくさいことになっちゃったのよね」
「な……」
「カッコいい王子様に余計なコブがついて、しかも邪魔者をどんどん連れてきちゃったからね」
白虎が入れたひびは、箒の手に負えない者たちをどんどん連れてきてしまい、結果として箒は出遅れてしまった。
満足に話すらできなくなった。
箒の望む世界でなくなってしまえば、箒はその世界に居られなくなってしまう。
箒自身が変わる、正確に言えば、変わっていることを受け入れ、適応していかない限り。
もっとも、鈴音にはそんなことを箒に懇切丁寧に説明する義理はない。
ゆえに。
「で、どうすんの?逃げんの?」
扉を開け、部屋に入ろうとする鈴音にくっついて、箒は部屋に入るのだった。