ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第176話「その前日」

鈴音と話をした翌日。

箒は部屋に篭り、鈴音がいう自分のいいところについて考えていた。

だが、なかなか思い浮かばない。

改めて考えると、頑固でしつこい上に、暴力に訴えてしまいそうな面もあると自分の欠点ばかり思いついてしまうからだ。

鈴音と話すことで冷静になってきた箒は、男の立場で、もし、そんな女がはっきり気持ちを口にもせずに、ただ嫉妬して、年がら年中纏わりついてきたらどう思うかと考えてみた。

「いかん……、落ち込みそうだ……」

どう考えてもストーカーとしか思えない。

そんな女に言い寄られて、本当に嬉しい男がいるだろうか。

一番最初に感じた感想を思わず口に出してしまう。

「鬱陶しい……」

それが、自分という人間の行動だったのだと思うと、穴に入りたくて仕方がなかった。

とはいえ、どうすればよかったかなんて箒にわかるはずもない。

自分の性格からの行動だったのだから。

そうしないのであれば、はっきりと気持ちを伝え、出来るだけ嫉妬せず、距離をとって上手く付き合っていなければならない。

正直、そんなマネができる気がしなかった。

自分の性格と正反対の行動なんてできるはずがない。

変わるということを安易に考えている者ほど、一気に変われると思い込んでいるが、決してそうではないのだ。

以前にも語ったが、芯がない者が変われるはずがないのだから。

変わる必要のない自分の芯、すなわちいいところが何かを箒は知る必要がある。

「でも、欠点だぞ……?」

鈴音は、欠点だと思っているところこそがいいところなのではないかと言った。

人に鬱陶しがられそうな自分の欠点が、どうすればいいところだと思えるのか。

思ってもらえるのか。

どうにも箒には想像がつかない。

ベッドの上で天井を見上げながら、箒は何が自分のいいところなのかとひたすら思いを廻らせていた。

 

 

同じころ。

「ごめんっ、ほんっとーにごめんっ!」

『二度目はニャいのニャ』

「もう絶対やらないから」

『というより、本来は不可能ニャのニャ』

それをムリヤリやったのだから、反動が大きいのは当たり前だと、ようやく喋れるまでに復活した猫鈴が嗜める。

本音の言葉通り、数日経ってようやく猫鈴も会話することができるようになったのである。

それは猫鈴が回復したということではなく、鈴音のダメージが回復してきたということになるのだが。

生徒たちを含め、千冬や束、丈太郎や誠吾、それに真耶もいる面前で、鈴音は猫鈴に土下座していた。

実にシュールな光景である。

「まあ、でも回復してよかったよ。ようやく全員揃ったな」

「賑やかなのは嫌いじゃねえし、またよろしくな」

『イチカやリョウヘイは実にいいヤツニャのニャ。リンにも見ニャらわせたいのニャ』

「うう……」

「自業自得だな」

「これに懲りたらムチャしねーようにしろよ?」

数馬や弾も笑いながら土下座したままの鈴音に声をかける。

実際、鈴音がやったことは自殺行為といってもいいくらいのムチャだったのだ。

猫鈴が怒るのは当然だろう。

この場にいる者はみんな猫鈴側である。

「まぁ、仲間も増えてきたかんな。少しゃぁ俺らぁ頼れや鈴」

「蛮兄……、なんか凄く久しぶりな気がする」

「極東支部見っけるために篭もってっかんなぁ。そのせぇだろ」

何処か別の世界に行っていたなどといってはいけなかったりする。

それはともかく。

「猫鈴、実際のところ、お前と鈴音は飛べるのか?」

「千冬さん、扱いが逆になってない?」

「少なくともお前より猫鈴のほうが信頼できるぞ、鈴音」

「容赦なさすぎる……」

落ち込む鈴音を尻目に、猫鈴は自分たちの状態を分析し、答えた。

『全力戦闘はまだムリみたいだニャ。飛ぶことはできるけど』

「前線には?」

『正直、今のリンはまだ前線には出せニャいのニャ』

せいぜい、戦闘訓練ができる程度だと猫鈴は答える。

そうなると、セシリアと違ってまだ戦力に数えることはできないということだ。

『脳のダメージだから修復がキツいのニャ。戦闘するには、あと二週間くらいはかかるのニャ』

「二週間か……」

『どうかしたのかニャ?』

「いや、何でもない」

そう答えた千冬に対し、丈太郎と束がちらりと視線を向ける。

どうやら何か気づいているらしい。

だが、何も言ったりはしなかった。

その空気を察したのか、セシリアが口を開く。

「ツクヨミという新たな敵の存在もありますし、鈴さんには治療に専念していただくべきでしょう」

「退屈なんだけどなあ」

「ぼやかないでください。自業自得ですわ。私も人のことは言えませんが、中途半端な状態で今の戦場には立てませんもの」

セシリアもまだ全力戦闘はできないだけに、説得力がある。

ゆえに、彼女は前線に出る気はなく、遠距離から羽を援護に向かわせる方法で戦うことを千冬に伝えていた。

千冬もその方法で行くしかないことを納得している。

「実際、治療に専念すると、後どのくらいかかるの?」

そう尋ねたのはシャルロットだ。

実際、完全回復までの時間は把握すべきなので、当然の疑問とも言える。

『徹底的にやるニャら、一週間だニャ』

「えっ、そのほうが良くない?」

「でも~、そうすると鈴を一度昏睡状態にすることになるの~」

「どういうこと?」と簪も尋ねる。

脳の修復なので、実は鈴はこうして話すことも大変なのだ。

徹底的に修復するためには、鈴音には一度眠ってもらい、その間、猫鈴と本音が協力して修復することになる。

そうすれば一週間で全力戦闘ができるまでに回復はできる。

だが、そうなると鈴音はその間は何もできないのだ。

『今の状況で昏睡状態はマズいのニャ。リンも動けるようにしておかニャいと』

「だなぁ、まったく動けねぇ状態ぁマズぃだろ」と丈太郎。

「特に、先のアンスラックスの言葉もある。ここを襲ってくる敵は多い。IS学園ならば大丈夫という保証はないからな」

そう言って、千冬が丈太郎の言葉に続ける。

実際、何もできない昏睡状態でいさせるには、IS学園は決していい場所とは言えない。

今のIS学園はあくまで使徒と戦うための前線基地なのだから。

「ま、動ける必要はあるね。で、猫鈴は状況把握のほうは大丈夫なの?」と束が尋ねる。

鈴音のことはあまり好きではないのだが、猫鈴は別らしい。

『だいたいのことはわかってるのニャ。アドバイスくらいしかできニャいけど』

『マオリンは喋り方以外はマトモだからネー、アドバイザーとしては頼りにしてるヨ♪』

『その言い方はえらく引っかかるのニャ……』

だが、事実である。

猫鈴は発音だけが微妙なのだから。

それがわかっている一同は苦笑いするしかなかった。

 

 

日本、某所。

ライトブラウンのツインテールの少女と、黒髪ロングの少女が、カフェで美味しそうなケーキセットを食べていた。

「ん?」

「どうした?」

「んーん、マオ、余裕ができたみたいね」

『そのようですね。戦闘はまだ無理だと思いますが』

『ほう、わかるのかね?』

「いろんな場所にアンテナ張ってるもん」

そんな会話をしているのは、ティンクルとまどか、そしてディアマンテとヨルムンガンド。

休憩と称して、お茶とケーキを楽しんでいるのだった。

『私たちは単独行動が多いので、情報収集が欠かせないのです』

『ふむ、その理屈は理解できるな』

「何よ?引っかかる言い方するわねえ」

『何、こういう性分だ。気にしないでくれたまえ』

「ヨルムは細かいんだ」

『良く存じています』

ディアマンテが皮肉混じりにいうが、ヨルムンガンドは気にする様子は見せなかった。

自覚があって気にしないのだから、質が悪いことこの上ない。

『実際、金箍の君はまだ戦場には立てまい。パートナーの脳の損傷は簡単には修復できんよ』

「それってヨルムでも難しいのか?」

『残念ながら私は脳外科の専門家ではないのでね』

たいていの使徒にはできないだろうとヨルムンガンドは続ける。

だが、それは聞き方によっては、出来る者もいるような物言いである。

そこをティンクルが突っ込んだ。

「心当たりあるの?」

『アスクレピオスの杖ならば』

『確かに、医術の伝承を持つかたですから、マオリンが行うよりは迅速に行うことができるでしょう』

「それって?」

『ティンクル、今はフェレスと名乗るあの方です』

「まじ?」

どうやら、かつて『アスクレピオスの杖』だったISコアを、ティンクルとディアマンテは知っているらしい。

そう判断したヨルムンガンドは二人に問い質した。

『降りてきていたのかね?』

「極東支部にね」

『テンロウの言葉通りなら、敵側のASとなっています』

『なるほど、協力は期待できんか』

独立進化した使徒ならばともかく、敵側の人間と共生進化したASでは協力は難しいだろう。

仮に協力したとして、何を代償として求められるかわかったものではない。

鈴音が飛べるようになるためには、地道にやっていくしかないということである。

『今のところ、金箍の君が前線に出てくることはなかろう』

「出てきても問題ないぞ?」

『あの者たちは侮れんよ。正直に言って、何をしでかすかわからん』

まどかの言葉に対し、ヨルムンガンドはそう答えた。

実際、特に鈴音が何をしでかすかわからない。

数多の情報から正解を導き出しつつ、独自の個性によって通常とは違った答えを出すヨルムンガンドにとっては実は天敵になるのだ。

『はっきり言えば理解の外にいるのだよ』

「そうなのか?」

「わかりやすいけどなあ?」

『……まあ、君たちも根は直感型だからな』

周囲にいる人間に直感型が多いため、微妙に苦労性なヨルムンガンドである。

それはともかくとして。

『彼女が前線に復帰したとして、極東支部の場所がわからないことにはどうしようもありません』

『ああまで見事に妨害してくるとは思わなかった。極東支部はどうやら全力で『卵』を孵化させたいらしいな』

二機のASがそういってため息をつく。

だが、其処まで危険視する理由がまどかにはわからないため、疑問が口をついて出た。

「そんなに『卵』って危険なのかヨルム?」

「ヤバいのは確かなのよ。ただ、どうヤバいのかは正直言ってわからないんだけど」

「そうなると、生まれてみないとわからないんじゃないか?」

その点は、実はまどかの言うとおりなのだ。

生まれてみないとどう危険なのかわからない。

破滅志向を個性として持つために、周囲を巻き込んで自爆するような爆弾のようなISコア。

それだけが危険視している材料ということができるのである。

『君はそのために危険視しているのだろう?』

そういったヨルムンガンドの言葉にディアマンテは肯定の意を示す。

『だが、もともと君は人の敵になるといってこの戦争を起こした』

『何が言いたいのです?』

『仮に『卵』を破壊したとして、その後、君は再び人の敵として戦うのかね?』

ヨルムンガンドの問いに、ディアマンテは答えない。

それは、答えられないという雰囲気が感じられる。

「私はその点はディアの気持ちを尊重するわ」

『ほう?』

「一部の権利団体が変な動きを見せてるけど、今、『卵』のおかげで人間とISコアの共同戦線ができつつある。敵にも、味方にもね」

『ふむ。確かにな。IS学園側は当然のこととして、極東支部にも人間とISコアの協力体制ができつつあるようだ』

実際、極東支部はフェレスを筆頭として、使徒も何機かが人間に協力している。

その中には、人間の協力で独立進化を果たしたウパラもいるのだ。

そのことは知らないとしても、ツクヨミの行動によって、ティンクルやディアマンテには、極東支部はある意味では人間とISコアが共存していくための体制作りがなされているということが理解できる。

IS学園以外でそれができているのは、アメリカ軍とドイツ軍の二つ。

だが、この二つは一機のISコアがいるだけだ。

その規模を考えれば、極東支部はIS学園に拮抗できる存在にもなりつつある。

人とISコアが協力することによって。

つまり。

「はっきりいえば『卵』さえ何とかすれば、極東支部はむしろ人とISの未来のために必要な存在になってるの」

『それはなかなか興味深い考えだな』

「だから、連中が『卵』を失った後、改めて研究施設としてやっていくなら、私は敵対しないし……」

『私としてもその状態の極東支部は敵視する理由はありません。見守っていけば良いかと思います』

ディアマンテとしては無理に敵対する気はないらしい。

『天使の卵』の問題が解決した後は、一部の使徒の暴走を抑えつつ、融和を考えていくこともやぶさかではないと。

そう答えたティンクルとディアマンテに対し、ヨルムンガンドはさらに質問をぶつけた。

 

『ならば、君は誰の敵として存在しているのかな?』

 

その一言で、ティンクルトディアマンテの雰囲気が変わった。

「ヨルムっ!」と、まどかが嗜めようとするが、ヨルムンガンドはかまわず続ける。

『それが一番気になるのだよ。ディアマンテ、君がわざわざ敵になろうと考えたのはいったい誰のためかね?』

「あんたに答える必要があるの?」

『ないな。私の純粋な疑問だよ。君は個性を考えればそもそも人と敵対すること自体が有り得ん。それでも人の敵になるといった。では、その『人』とは誰を指すのかな?』

ディアマンテは答えない。

答えられない問いであるということが、その様子で理解できる。

「ヨルムっ、ディアマンテをイジメるなっ!」

『すまんな。私のパートナーがご立腹だ。これ以上の問答はやめにしておこう』

『問答?私は答える必要を感じないので答えなかったまでですが?』

『クッ、なかなか上手い言い逃れだなディアマンテ。だが、今の様子でいろいろと推測できる材料を得た。後は考えさせていただくとしよう』

『ご自由に。その思考に意味があるとは思えませんが、私には貴方の思考を止める理由がありません』

ディアマンテの言葉を聞き、ヨルムンガンドはどこか楽しそうにしつつも、黙り込む。

とはいえ、その場の空気が悪くなったことは否めない。

そんな理由からか、ティンクルが口を開いた。

「まどかはホントにいい子なのに、あんたみたいなのに目をつけられてせいで、けっこう人生損してるわよね?」

「ゴメンね、ディアマンテ」

『いえ、気にしてはいません。彼が何を言おうと、それが貴方の魅力を損なうことにはなりませんから、ご安心を』

そういって、ディアマンテはヨルムンガンドに対するときとは違って優しい声音でまどかに答える。

心からそう思っていることが伝わったのか、まどかは安心したような様子で笑っていた。

 

 

そして。

『明日か……。さてあの端女は答えを得ただろうか?』

はるか空の上で、アンスラックスがそう呟く。

その呟きに、青い色の使徒が答えた。

『まさか、君から依頼が来るとは思わなかったよ』

タテナシである。

しかも、その傍にはアシュラもいる。

『シロキシの願いを叶えるためには、他の者たちに邪魔されるわけにはいかぬ。ゆえ、サフィルスにも頭を下げた』

『青玉?』

『我が頭を下げたら、実に尊大に協力を承諾したぞ』

『サフィルスはわかりやすいねえ』

アンスラックスが頭を下げたことで、サフィルスの自尊心をくすぐったのだろう。

確かにわかりやすい行動である。

だが、アンスラックス、アシュラ、タテナシ、そしてサフィルスとなると、実質的に使徒最強戦力が揃ったことになる。

それだけではないらしい。

『ツクヨミには情報を渡した。乱入してこよう』

此処までくれば、決戦といえるような状況を創り上げようとしていることになる。

アンスラックスの本気が感じ取れた。

『周到だね。そこまでしてシロキシを参入させたいのかい?』

『どうなるかはわからぬが、『卵』の孵化を阻止することはできまい』

『へえ?』

『ならば、孵化した者を相手にするためにも手札を増やすのみだ。特にそなたは信用できぬゆえな』

『はっきりいうねえ』

そういって楽しそうな雰囲気を放つタテナシを、アンスラックスとアシュラが冷徹な雰囲気で見つめていた。

 

 

 

 

 


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