千冬が流し始めた映像は、『白虎』と『レオ』を纏った一夏と諒兵の戦闘記録が主になっていた。
「一夏と諒兵の頭上に注目しろ」
「頭上、ですか?」
「そうだ。そこにすべての異常が集約されている」
そういわれて視線を向ける鈴音、セシリア、シャルロットの三人。
確かに二人のISは普通とはあまりに異なるので、改めて映像を見ること自体には興味があった。
そしてまず、鈴音が違和感を持つ。
「光った?」
「黙って見ていろ」
「あ、はい」
嗜めた千冬ではあったが、気づいたらしいと安心した表情を見せる。
そのまま映像が進むにつれ、三人の顔が驚愕に染まっていく。
そして、すべての映像が見終わっても三人は呆然としたままだった。
「なんですか、これ?」と、シャルロットが震える声で尋ねかける。
「一夏と諒兵の戦闘記録だ」
「そんなのわかっていますわ。しかしここに残されている記録には……」
「冗談よね。こんなの……」
見たものを信じたくないセシリアと鈴音は必死に否定の言葉を紡ぐが千冬はばっさりと切り捨てた。
「映像には一切手を加えていない。すべて事実だ」
「だってッ、それじゃなんで一夏と諒兵の頭の上に光の輪があるのよッ!」
「これではまるで天使の輪ですわ……」
「こんなの、ISじゃない……」
鈴音の叫びも、震える声で呟くセシリアとシャルロットの声も、かつて自分が通った道かと思うとどこか懐かしくもある。
そんなことを考えながら、千冬は説明を始めた。
「いったとおり、すべて事実だ。これはすべてのISコアが持っている単一仕様能力とのことだ」
「すべての?」と、セシリア。
「はっきりといえば、ISコアが持つ単一仕様能力はすべて同一。そこから操縦者に合わせたものが二次的に作られるらしい」
単一仕様能力とは、操縦者とISコアの相性がより深くなったときに発現する奇跡的な能力であることは以前にも語っている。
しかし、千冬にいわせればもともとISコアにはすべてに共通の単一仕様能力があり、それが操縦者に合わせた能力を作りだすということになる。
「なんなの、それ……?」と、鈴音。
「名称は『天聖光輪(エンジェル・ハイロゥ)』、つまり、オルコットがいったとおり、天使の輪だ」
千冬の言葉に三人は唖然としてしまう。
言葉どおりなら、一夏と諒兵が『白虎』と『レオ』を使っているときには天使の輪が出ているということになる。
「汎用的な効果はプラズマフィールド形成能力。つまりプラズマエネルギーの物質化になる。一夏の白虎徹と諒兵の獅子吼はまさにその典型だ」
「汎用的?」と、シャルロットが鸚鵡返しに尋ねると、千冬は少し口元を押さえた。どうも失言したと感じたらしい。
「ここから先は私にもよくわからんのでな。そこはあまり気にするな。そもそもプラズマフィールド形成能力だけでもかなりの力を持っている」
操縦者の思念に反応して自在に変化するため明確な実体を持たず、さらにイメージするほどに強くなる。
そのうえ、威力の上限もないという強力なエナジーウェポンだと千冬は語った。
「それじゃもう、世紀どころか、次元の違う力じゃないですか……」と、シャルロット。
「そうだ。別次元に進化してしまったんだ、あいつらのISは」
「なんでそんなことが……?」
「これに関してはわからん。ただ、二人のISは『AS』として覚醒してしまった。今後どうなるかはわからない」
「AS?」と、三人が首を傾げると、千冬はさらに続ける。
「ASとは『エンジェリック・ストラトスフィア』、『天使たちの高き空』といった意味になるか」
文字通り、ISとはまったくの別物になってしまっていることに鈴音、セシリア、シャルロットは言葉を失った。
千冬もこの話を聞いたときはまったく同じだった。
そして一夏と、その親友である諒兵が何故そんなことになってしまったのかと苦悩した。
しかし、戻す方法がわからない以上、これ以上の変化をさせないことが最善だと考えたのである。
「お前たちにこのことを打ち明けたのは、二人のASが少しでも変化しようとしたなら、報告してほしいからだ」
「監視、ですの?」
「そうとってもらってもかまわんが、今の段階なら一夏と諒兵の身体にはそれほど問題はない。ただ、二人に何か異常を感じたならば、私に報告してくれ。対処はこちらで考える」
「わかりました」と、三人は声を揃える。
三人としても、一夏と諒兵が異常な世界に行ってしまうことなど看過できないからだ。
そこで、ふとセシリアが気づく。
「織斑先生は何故、天使の輪やASとやらのことを知ってらっしゃるんですの?」
「博士に聞いてな。正直、私も最初は言葉を失ったよ」
「博士って、篠ノ之博士のことですか?」
と、シャルロットが尋ねるが、千冬は首を振った。
てっきりISの開発者であり、この世で唯一ISコアの制作ができる『天災』篠ノ之束のことだと思ったのでシャルロットは驚いてしまう。
「まだ詳しくはいえん。このままなら知る必要もない。ただ、ISコアに関しては束よりも詳しい人だ」
ちなみに男性だというと三人はさらに目を見張った。
「もしかしてあの『博士』なんですか?」
「知っているか。その『博士』だ」
と、シャルロットの質問に答える千冬。鈴音、セシリアもそれで納得していた。
とはいえ、女尊男卑の世界となってから、特にISの関わる世界では、女性のほうが強く、有能だという風潮がある。
そのためすぐには出てこなかったのだ。
「私は女性が強くなったとは思っていない。むしろ、以前より弱くなってしまったと考えている」
「ええっ?」と、三人は千冬の言葉に驚愕してしまった。
「強さとは秘めたるものだ。ほとんどの女性が弱くなったことは女として悲しいと感じているよ」
逆に男は強くなったという。
ただ、そのことを黙して語らず、ひけらかしもしない。
無論、強い女はいるし、弱い男もいる。
ただ、全体としてみると、真の意味で強くなった女は少なく、弱くなった男もまた少ないと千冬は語った。
「研ぎ澄まされた刀は普段は鞘に収まってこそ価値あるものとなる。できればお前たちにはそうあってほしい」
「「「はい!」」」
そう答えた鈴音、セシリア、シャルロットの表情を見て満足そうに肯いた千冬は、寮長室から三人を送りだしたのだった。
学生寮のラウンジに人気がなかったため、鈴音、セシリア、シャルロットの三人は、飲み物を買い、隅のテーブルの一つに腰かけた。
「もー、わけわかんないわよ……」
「変わった様子っていってもね」
疲れたような鈴音の呟きにシャルロットがそう答える。
そこでふと鈴音が気づいた。
「前にいってたっけ、セシリア?」
「何をですの?」
「一夏と諒兵が自分のISに呼びかけてるみたいなとこがあるって」
と、以前セシリアと二人きりで話したときのことを打ち明ける鈴音。
シャルロットは今は間違いなく仲間なので、打ち明けたのだが、セシリアは気にしない様子で肯いた。
「ええ。ありますわね。戦闘中は顕著ですわ」
「そういえばさっきの映像でも、声が拾えたときなんかはそういう印象があったよ」
ただ、会話しているとまではいかないけど、とシャルロットは続けた。
確かに会話しているというより、一方的に呼びかけているだけだとセシリアも思う。
そこから考えついたのか、シャルロットが呟く。
「それなら、独り言で会話するようなところがあったら何か変わったって思うべきかな?」
「あ、そうね。そうかも」
「つまり、完全なコアとの対話を果たしたらということですわね」
セシリアの言葉にシャルロットは肯いた。
ただ、コアとの対話自体は、決して前例がないわけではないらしい。
噂に過ぎないのだが、コアと対話している者がいたといわれているし、実際にISに呼びかける者もいるという。
「うん、IS自体、それができる人がいるっていうけど一夏と諒兵にとってはたぶん相当、他よりよっぽど重要なことだよ」
「なら決まりね。一緒にいてそんなそぶりを見せたら報告」
と、鈴音が決を採ると、セシリアとシャルロットは肯いた。
とはいえ、何故ISがASとして進化したのか、その理由がわからない。
そう語るシャルロットに対し、セシリアが意見を述べる。
「そら?」
「ええ。先ほど織斑先生がいった『天使たちの高き空』という言葉と、お二人が空を飛ぶこと自体をお好きなことから思ったんですわ」
「確かに、あいつら空が好きだったっけ」
そうなの?と尋ねるシャルロットに鈴音は遠い目をして答えた。
「諒兵の癖なのよ。よく空を見上げてるの。子どものころに教えられて、辛いとき、悲しいときはずっとそうしてきたんだって」
「素敵ですわね」と、セシリアは微笑んだ。
「そしたら一夏も辛いことがあったときとか、よく空を見上げるようになったのよ」
特に第2回のモンド・グロッソ以降、一夏も空を見上げることが多くなったという。
「何故ですの?」
「一夏は自分が誘拐されたせいで千冬さんが優勝できなかったって責めてるからね」
そういって詳しく説明するとセシリアは納得した。
内容はシャルロットが一夏と諒兵から聞いたことと大差ないが。
「一夏や諒兵にとって空は、辛いことや悲しいことを吸い取ってくれる大切な存在なのかもね」
「その思いを、コアが見抜いたということかもしれませんわね」
「コアには心があるっていわれてたけど、今なら否定する気になれないよ」
そういって三者三様に笑うと、その場でそれぞれの部屋に戻るために別れた。
その途上、鈴音は呼び止められた。
「あれ、箒?」
「いや、さっきラウンジで話し声が聞こえたんだ」
一夏は空が好きだったのか?と、箒は尋ねてくる。
聞いてみると、重要な部分は聞こえておらず、ただ、一夏と諒兵にとって空が大切な存在だったという部分から聞いていたようだった。
「そうよ。今でも気がつくと空を見上げてるし」
「そうだったのか。ぼんやりしてるな、とは思ったが」
「まあ、傍目にはそう見えるわよね」と、鈴音は苦笑いを見せる。
諒兵と同じような癖がついたなと思ったころには、一夏と諒兵は親友兼ライバルとなっていた。
だから、別に気にすることもないかと鈴音は考えた。
そのころには、鈴音も諒兵とは友人といえる関係になっていたからだ。
もっとも、今は。
と、そこまで考えて鈴音は口を開く。
「もとは諒兵の癖だったんだけどね。まあいいじゃない。女の子見て鼻の下伸ばしてるよりは」
「そんな顔を見せたら叱り飛ばすだけだ」
そうね、と笑いながら鈴音は自分の部屋へと戻っていった。
その背を見ながら箒は思う。
(日野の癖などうつって、いい気はしないな……)
そして、そのことを好意的に受け止めている鈴音に対しても、あまりいい気はしないと箒は感じていた。
部屋に戻ってきたシャルロットは、思い思いに暇を潰していた一夏と諒兵の姿に苦笑してしまう。
どう見てもどこにでもいそうな男子高校生の姿だったからだ。
先ほどの話とのギャップについ頬が緩んでしまったのである。
「お帰り、シャル」
「おう、お帰り」
「ただいま」と、そう返すと一夏が尋ねてくる。
「何の用事だったんだ?」
「これまでの戦闘記録を見ての勉強会だったんだよ。鈴やセシリアも一緒だったんだ」
ウソはついていない。そのために二人ともあっさり信じた様子なのでシャルロットは安心する。
「事実上セシリアは1組の代表だしなあ。それと鈴と代表予定のシャルってことか」
「予定だけどね」
と、一夏の言葉にそう答えるシャルロットだったが、3組編入時は間違いなく代表になる。
実力では十分にトップクラスだからだ。
「千冬さんが個人的に目をかけるなんてすげえな」
「うん、光栄に思わなくちゃ」
感心した様子の諒兵の言葉にそう返すシャルロット。
実際、ISに関わる大きな謎を知る一人として選ばれたことは光栄に感じていた。
ただ、先ほどのASの話はやはり気になる。
せっかく今は同じ部屋で暮らしているのだ、人がいると聞きにくいことも聞けるかもしれない。
そう思って尋ねてみた。
「飛んでるとき?」
「うん、どんな気持ちなのかなって思って」
「いや、楽しいぜ、気持ちいいしよ」
そういった諒兵の言葉に一夏も肯く。
最初に見た映像には本当に楽しそうに飛んでいる姿が映っていたのでそれはわかるのだが、聞きたいのはそれではない。
どう聞けばいいだろうと悩むシャルロット。
ストレートにコアの声が聞こえるのかと聞くのはいくらなんでも問題である。
そこで少し婉曲気味に尋ねてみることにした。
「名前をつけた理由?」
「二人とも自分のIS大事にしてるなって思ったんだ。ほら、僕のは機体名でしょ。それにけっこう声をかけてあげてるみたいだし」
実際、ラウラが挑発してきたとき、一夏は自分と諒兵の武器を指してこういった。
白虎とレオが作ってくれた、と。
ISの武装はあらかじめ設計され、そして積み込まれるのが普通だ。
装着してからできる武装などない。
機体にしろ武装にしろ自分で名前をつけているのは大事にしている証拠だし、どんな気持ちなのかとシャルロットは尋ねたのである。
とりあえず、一夏が答えてきた。
「それはまあ、白虎は俺と一緒に飛んでくれるパートナーだし」
「翼って印象じゃないの?」
「最近は違うな。誰かが手を引いてくれてる感じがするぜ」
諒兵がそういうと、一夏も肯いた。同じように感じているのだろう。
だが、諒兵の口から出た言葉は、核心に迫っていると直感したシャルロットはそこを突いた。
「どんな人?」
「マジメそうな、おとなしそうな、それでいて怒るとちっと怖い優等生って感じだな」
「えっ、そうなのか?」
そう一夏がいってくるので、諒兵は「違うのか?」と尋ね返す。
「俺は無邪気で、元気で、自分の気持ちに素直な頑張り屋って感じだ」
「へー、同じかと思ってたぜ」
「俺もだ」
互いに顔を見合わせる一夏と諒兵を見ながら、シャルロットはいい情報が手に入ったと確信した。
(同じじゃないんだ。もしかして個性があるのかな?)
二人は、コアと対話しているのかどうかはわからないが、『白虎』と『レオ』にそれぞれ違う印象を持っている。
さっきの映像を見ているときに、千冬やセシリアがいったが、どちらのISももとは同じ打鉄だという。
だが、コアに個性があるのなら、印象も変わってくるのだろう。
とりあえず、うまく話をまとめて終わらせておこうとシャルロットは口を開く。
「僕のコアはどんな感じなのかなあ?」
「一緒に飛んでりゃわかるんじゃねえか?」
「俺たちがそうだしな」
「そっか。もっと僕のISの気持ちを考えながら飛ばないと、だね」
と、シャルロットは一夏と諒兵に意見を合わせるようにして、会話を終わらせる。
ただ。
(本当に僕のコアも同じだっていうなら、どんな感じなのかな……)
話ができたら楽しいのに、と、そう思いながら、シャルロットは自分のベッドに潜り込んだのだった。