ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第178話「銀の少女の参戦」

ハワイ、マドリード、ワシントンではそれぞれ戦闘が始まっていた。

ワシントンは少々微妙なところだが。

だが、タテナシが語ったように、この三ヶ所での戦いに意味はない。

ただの足止めに過ぎないからだ。

単純な力比べ程度でしかないかもしれない。

実際、使徒たちもIS学園側も自分たちの敵は他にいることを理解している。

今回の決戦は、あくまでも白式を引きずり出すためのものであって、生死を懸けたものではないのだ。

ゆえに、多くを語る必要はない。

その場所を除いては。

 

刀奈は自らの二刀流がまだ、あまりにも未熟であることを痛感した。

完成されていたザクロの剣を真似て、さらにアレンジされたアンスラックスの二刀流は、一本で刀奈の刃を捌いて見せていたからだ。

「ここまで差があるなんてね……」

『自分を卑下するものではない。二刀流でそなたに比する使い手はそうおるまい』

「その余裕が癪に障るわね」

アンスラックスの言葉は、まさに強者の余裕から出てくるものであり、ナチュラルに見下されているということだ。

だが、それだけの実力差があることは間違いなく、一対一では決して勝てる相手ではない。

だからこそ、この場には二人いるということだ。

「セィッ!」

裂帛の気合いと共に、簪は石切丸を振るう。

一撃の力は簪のほうが勝っているのか、アンスラックスは白い刃、童子切月丸で受け止めることはなく、刃を滑らせるように流していた。

もっとも、片腕で流されるだけで十分に力量差を感じてしまうのだが。

そのため、その力量差を覆せるだけの力を持つ存在に、簪は必死に声をかけ続けていた。

「なでしこお」

『メンドいぃー……』

「何でえ?」

『コイツぅ、どぉーせシロキシ狙いじゃぁーん。マジになってもしょぉーがないしぃー』

「あうぅ……」

つまり、大和撫子は自分たちがオードブル扱いなのが非常にムカついているのだ。

自分たちを倒しにきたというのならともかく、白式を戦場に引きずり出すためにやってきた。

オードブルにしたって、扱いが酷すぎると大和撫子は感じているのである。

『てきとーに相手してればぁー?』

「てきとーで戦える相手じゃないのお」

先ほどから、簪はぶっちゃけ涙声である。

むしろ泣きそうである。

そんな簪に対し。

『ゴメン、ナデシコにやる気を起こさせるのは難しい』

エルがわざわざ気遣ったのか脳内で謝ってきてくれる。

エルにはまったく問題ないどころか、そもそも関係ないことだというのに、そうしてきてくれたことが嬉しくて余計に泣けてきそうだった。

さらに。

(力になれなくて悪いな)

(ごっ、ごたんだくんっ?!)

(いや、別に名前で呼んでいいぞ?それより、撫子自身が動いてくれないとエルも干渉できないらしい)

(だっ、だいじょうぶっ!)

(ホント悪い。ゴメンな『簪ちゃん』)

(えうっ?!)

(まあ、お姉さんに聞こえないところなら、名前でもいいだろ?)

弾はあくまで苗字で呼んでいると刀奈と混同するために名前で呼んでいるだけなのだが、簪にはかなり衝撃的だったらしい。

『むっ?』

アンスラックスが小さな驚きの声を漏らす。簪の一撃の威力が上がっているのだ。

『……らぶらぶぱわー?』

エルが誰にも聞こえないようにしつつ、そんな感想を漏らす。

すると。

『ほう?協力してるためか?』

どうやら刀奈のほうも、一撃の威力はともかく技の回転数が上がっている。

ただし、頬を赤らめながら戦う簪と違い、額に青筋が浮かんでいるのだが。

「何だか凄くヤバいって感じたのよ」

「ぜっ、ぜんぜぜんっぜっぜぜんぜんぜんヤバくないよっ!」

挙動不審な簪の言動を聞き、刀奈の青筋が一本増える。

「戦いをさっさと終わらせて五反田君を尋問しないと」

「なんでっ?!」

「何でか」

妹に悪い虫が付きそうな気がしてならない刀奈だった。

 

 

指令室にて。

千冬が戦いの様子を見ながら、少々呆れていた。

「何をしているんだ?」

「さあ。後で五反田君を尋問すればわかるでしょう」

「いや、どうしてそうなるの?」

何故か虚までが弾を尋問しようというので、思わず誠吾が突っ込んでしまう。

姉二人には完全に敵視されている弾である。

「まあいい。いずれにしても白式を動かすためには最後のピースが揃わんとどうにもならん」

「最後のピースですか?」

「……だいたいの予測はついている」

「織斑先生?」と、誠吾が尋ねると、千冬は黙り込んでしまう。

千冬にはわかっていた。

白式が何を待っているのか。

「でも、それだとその最後のピースが揃わない限り、この戦い自体、まったく無駄になりません?」

そう聞いてきたのは鈴音である。

そんな彼女にちらりと視線を向けると、千冬は肯いた。

「そうだ。この戦いはあくまでそのためだけのものだ。最後のピースは全ての鍵を握ってしまっている」

それだけに、最後のピースとやら動かない限りまったく意味がないまま終わってしまう。

そして千冬には最後のピースを動かせる存在に気づいていた。

だが、その存在は動けない。

もし動けていたら、もっと早く終わらせることができるのだが、動かすことができないのだ。

どうにかできないものか。

千冬がそんな益体もないことを考えていると、画面の一つに変化が起きた。

「織斑先生ッ、ワシントンに乱入者がッ!」

「ツクヨミかッ?!」

虚が慌てた様子で叫ぶので、千冬もすぐに視線をワシントンを映す画面に向ける。

その画面には、新たに参戦してきた者の姿がはっきりと映っていた。

 

 

突然現れ、斬りかかってきた相手をシアノスは自分の剣で吹き飛ばした。

そして、まるでニヤリと笑ったような顔を見せる。

『あなたが来るとは驚いたわ』

「お前とは一度戦ってみたかった」

そう答えたのは、その手にティルヴィングを握るまどかである。

意外と素直にワシントンに来たらしい。

「オリムライチカと互角に戦える相手なら、倒せば私のほうがヤツより強いことになる」

まどかはやはり一夏を敵視というか、ライバル視している。

自分のほうが諒兵と共に戦う相棒に相応しいと考えているからなのだろう。

『なるほど。それが理由なのね。いいわ、相手してあげる』

『すまんね。世話をかける』

『あなたに労われるのは気味が悪いわ』

『やれやれ。やはり聖剣は頭が固いな』

そんなヨルムンガンドのため息混じりの言葉を合図に、シアノスとまどかの剣は火花を散らしてぶつかるのだった。

 

 

再び、IS学園指令室にて。

「まーちゃん、向こうにいったんだね」

「戦力的に考えるとありがたい。特にシアノスと剣で戦える者があの場にはおらんからな」

剣と言えば一夏だが、今はマドリードでアシュラと戦っている。

単純に接近戦をするというのなら、ラウラなら対応できるだろうが、シアノスを抑えるよりも、部隊の前衛として戦ってもらわなければならない。

だが、シアノスはその性格からか、一騎打ちを好む。

部隊を率いて戦う状況だと、却って邪魔になってしまう可能性が高いのだ。

ゆえにまどかがシアノスと一騎打ちで戦ってくれるのは戦力的にありがたい。

そんなまどかとシアノスの戦いを見ながら、誠吾が感心したような声をだした。

「荒削りですが才能ありますね、あの子」

「私の妹だからな、と言いたいところだが、見る限りまどかの剣は私とはだいぶ異なるようだ」

「どういうことなんです?」と鈴音。

『おそらくヨルムンガンドが英雄の剣術を教えているんでしょうねー』

「来たか解説役」

『便利屋みたいに呼ばないでくださいよ』

突然現れた天狼が解説すると、千冬は任せたとばかりは視線を各モニターに向けた。

「どゆこと?」と、いきなり砕けた様子で問いかける鈴音に、天狼は素直に答えた。

『まー、魔剣だけあってヨルムンガンドは英雄の剣術を知ってますからね。その情報を教えてるんです』

「その、教えるって表現がいまひとつわかんないんだけど?」

『映像とかを見せてるのニャ』

「マオ?」

『記録映像とかを見せて、練習させてるってことニャ。時間はかかるけど負担が少ニャいのニャ』

鈴音がやったのは直接自分の身体に叩き込むインストールだ。

それに対し、まどかは映像などを見て、剣術を真似つつ、自分の剣術にしていこうと鍛錬しているということになる。

当然、時間はかかる。

だが、特に肉体も成長途上のまどかにとって、英雄の剣術をインストールして使おうとすれば、鈴音よりも早く身体が壊れてしまう。

『成長に合わせて地道に努力させてるのニャ。いいことニャ』

「まお~」

『リンももともとはそうやって頑張ってきたのニャ。大事ニャことは忘れちゃダメニャ』

涙目になってしまう鈴音に、猫鈴はそういって窘める。

何だかんだで一番パートナー想いのASは猫鈴なのかもしれない。

「お前が復活してくれて本当に良かったよ、猫鈴」

『そういってくれると照れるニャ♪』

本当に照れているような様子を見せる猫鈴に鈴音以外の面々はクスクスと笑う。

『とはいえ、ナチュラルに私の出番奪いましたね?』

『隙ありニャのニャ♪』

『マオリンはけっこー気が強いのネー♪』

天狼の突っ込みに対してもわりと容赦ない猫鈴に、ワタツミが感心していた。

 

 

まどかがワシントンに行ったことは、アンスラックスにもわかったらしい。

『オリムライチカ以外に剣でシアノスと一騎討ちができるとすればあの少女くらいか。これは僥倖というべきか』

「向こうを心配しないですむのはありがたいわね」

「私たちはあなたに集中する」

『それはかまわぬ。だが、このままではシロキシは出ては来なかろう』

実際、均衡を保っている今の状態では、白式が出てくる可能性は低い。

これでは意味がないのだ。

何とかして今の均衡を崩す必要があるとアンスラックスは考える。

だが、下手に周囲への影響が大きい攻撃を繰り出すと、被害が出てしまって白式を引っ張り出すどころではなくなってしまう。

均衡を崩すために必要なのは、この場にもう一機、使徒が現れることだ。

そうなると期待してしまうのはツクヨミだが、あの使徒は戦場を引っ掻き回してしまう。

どうしたものか。

そんなことを考えていると、上空から無数の閃光が簪目がけて襲いかかってきた。

『むっ?!』

「なっ?!」

「簪ちゃんっ?!」

すぐにアンスラックスから離れた簪は、閃光を弾き落とすが、その動きに違和感を覚えた。

「追ってきてるッ?!」

簪が感じたとおり、閃光は簪を追いかけてきていた。

この能力を持つ使徒は、再現できる大和撫子以外には一機しかいない。

「撫子ッ!」

『んにゃろぉーッ!』

さすがに大和撫子もやる気を出したらしく、翼を広げて閃光を放ち、襲ってくる閃光をすべて撃ち落した。

一息ついたところで、閃光が放たれてきた場所に簪は視線を向ける。

そこにいたのは銀色の鎧を纏い、ライトブラウンの髪をツインテールにしているスレンダーな少女。

「やほー♪」

彼女は人懐こい笑みを浮かべつつ、軽く手を振りながら明るく声をかけてきた。

「なっ、凰さんっ?!」

[違うッ、鈴音ではないッ!]

思わず叫んでしまった簪に対し、千冬がすかさず否定してきた。

鈴音は今、指令室にいるのだから、鈴音であるはずがないのだ。

そもそも纏っている鎧は、形状こそ似ているが、色がまったく違う。

「そーそー、千冬さんの言うとおりよ。私のパートナーはディアなんだから。私のことはティンクルって呼んで」

現れたティンクルはいったん戦闘が止まったIS学園上空にゆっくりと降りてきた。

『お騒がせ致しますがご容赦願います』

今度はディアマンテがその場にいる者たちに声をかけてくる。

その声で、目の前にいるのがティンクルとディアマンテだと簪や刀奈には理解できた。

『よもや其の方が来るとは思わなんだな』

「そお?」

『私たちは今の段階ではあなたの考えに賛同致します。シロキシには出てきていただかないと困りますので』

ディアマンテがはっきりとそう告げる。

ティンクルにしてもディアマンテにしても、白式には参戦してきてほしい立場なのである。

そうなれば、今回の戦いで白式の件は終わりにしたい。

『その意は?』

「更識さんは私が相手するわ」

そう言いつつ、ティンクルは自分の武器を発現した。

「薙刀ッ?!」

「違うって。これは青龍偃月刀、中国の武器よ」

「それ、まさか伝説の武器?」

刀奈がティンクルの青龍偃月刀を見て、呻くように問いただす。

対してティンクルはニコッと笑うだけだ。

しかし、その笑みは見た目の可愛らしさに反して、簪や刀奈の背筋を凍らせた。

「けっこう有名なんじゃない?これ、冷艶鋸を模して創ったのよ」

「また、大物が出たわね……」

古代中国の武将、三国志にも出てくる関羽雲長が愛用したという武器である。

もっとも、ティンクルには武将の戦闘技術をインストールできる力はない。

「無理できないしね。戦闘データを参考に技術は学んでるけど」

だが、それだけでも十分に強いということが理解できる。

まともに戦ったことはこれまで一度もない。

軽い遊び程度でしか、その力を見せことがないティンクルとディアマンテ。

だからこそ、今回は参戦することにしたのだという。

「殺し合いは好きじゃないわ。白式を引っ張り出すのが目的なんだし」

「本気は出さない?」

「そう思う?」

にまっと妖しい笑いを浮かべるティンクルを見る限り、とても本気を出さないとは考えられない。

殺しはしないだろうが、かなりの力を見せてくる可能性が高い。

何故なら。

「悪いけど、あんたが落とされればさすがに白式も出てくるんじゃない?」

そう答えつつ、ティンクルは冷艶鋸を構え、一気に突撃した。

「くぅッ?!」

下段から振り上げられる冷艶鋸を、簪は石切丸で何とか受け止める。

「簪ちゃんッ!」

「アンスラックス、刀奈さん頼むわ」

『よかろう。だがあまり相手を傷つけるのは我は好まぬ』

『それは私も同じです』

アンスラックスの言葉に答えたのはディアマンテのほうだった。

だが、これで均衡が崩れるというのであれば、たしかにティンクルとディアマンテの参戦は歓迎したい。

そうなると、アンスラックスは刀奈を抑えるのがベターだろう。

『すまぬ。だが今回は引けぬ』

「冗談じゃないわっ!」

刀奈にとっては冗談ではすまない。

アンスラックス相手に二対一で互角だったのだ。

正直に言えば、量産機が来ても均衡が崩れる可能性があった。

落とされはしないだろうが、苦戦は免れなかっただろう。

その状況で、よりによってティンクルとディアマンテが参戦してきた。

最悪、二人とも落とされてしまう可能性が出てきてしまったのである。

「こういうときばっかり邪魔しに来るんだからっ!」

『我としてはありがたいのだがな』

白式参戦は、実はIS学園側でも願っているだけに、その可能性が上がったことは喜ぶべきことだが、ティンクルとディアマンテの参戦は正直言って、嬉しくないのだった。

 

 

 

 

 


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