ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第179話「簪と大和撫子の問題点」

IS学園上空。

蝶のように舞い、蜂のように刺すという動きをまさか間近で見られるとは思わなかったと簪は驚愕していた。

「ほらほらどーしたのっ!」

「くぅっ!」

ティンクルが放ってきた下段からの切り上げを簪は石切丸を使って必死に逸らす。

そして即座に脇腹を狙って石切丸を突き入れるが、ひらりとかわされた。

その動きを見るとまるで羽のようだ。

重力を感じさせないのである。

飛んでいるのだから当然だとしても、ティンクルはかなり空中戦に慣れており、掴みづらい動きでこちらを翻弄してくる。

驚くべき点は、接近戦では宙を駆けるのだ。

武器が冷艶鋸という青龍偃月刀であるせいか、しっかり踏み込んで一撃を出してくる。

それだけではなく、野山を駆け回るかのように宙を駆け、軽やかに跳ねてから、今度は身体を捻った力を利用した空中攻撃も放ってくる。

踏み込みからの強烈な一撃と、身体を捻っての空中殺法をうまく組み合わせて使ってくるのだ。

(想像以上に強いっ!)

声には出さないが、簪はそう感じてしまう。

ディアマンテは元は広域殲滅型のシルバリオ・ゴスペル。

当然のこととして、戦い方は遠距離中心になる。

第3世代武装である『銀の鐘』の機能を考えても、中距離以上の距離が戦闘において必要になる。

だが、そんなディアマンテのパートナーであるティンクルは、驚くほどに近接戦闘に長けている。

それでいて、ティンクルはまだ『銀の鐘』を使ってきていないのだ。

想像以上に分が悪い戦いになっていることを簪は思い知らされていた。

 

 

そんな光景を見ている指令室では。

「あーもーっ、あんにゃろーっ、私がぶっ飛ばしてやりたいっ!」

『今は無理ニャ。落ち着くのニャ、リン……』

鈴音が吠えていた。

ティンクルが軽やかな戦いを見せるたびに大声を上げているので、千冬や誠吾が耳を抑えるハメになっていた。

「気持ちがわかるとは言えんが、本当に落ち着け。お前はまだ戦える状態ではないんだ」

「うぅ~、今日ほど悔しい日はないわ~……」

『後悔先に立たずニャ』

「ぐやぢい~……」

モニターを涙目で睨みつける鈴音を、極めて冷静に突っ込む猫鈴。

そんな一人と一機を苦笑しながら、眺める千冬たちである。

そこに冷静な声が聞こえてきた。

虚である。

「凰さんには悪いですが、今回の戦闘でティンクルとディアマンテの戦闘能力をできるだけ収集しましょう」

「うむ」

「うにゃ~……」

最後に鈴音が泣き声を出したことは華麗に無視して千冬が話を進める。

「武器の冷艶鋸についてはそこまで気にする必要もあるまい。ヨルムンガンドの話から考えると、ディアマンテが以前憑依していたものとは違うからな」

「でも、そうなるとあの子が作ったってこと?」と束が尋ねると、千冬は微妙な顔を見せた。

もともと使っていた手刀を変化させ、冷艶鋸を創りだした。

それは人間の発想力に近いからだ。

そのあたりが本当にわからないのがティンクルという存在である。

「そこを論じると埒が明かないから、今は置いておこう。それよりも……」

「あの動き、ですか?」と誠吾が尋ねる。

その表情から察するに、彼は気づいたらしいと千冬は思った。

「一夏と諒兵の戦闘データもエンジェル・ハイロゥに蓄積されてしまっているのだろうな」

「えっ?」と鈴音。

「踏み込んでからの一撃は一夏の動きを参考にしている。空中での身体の捻りは諒兵の空中殺法だ」

わかりやすく言えば、一夏の剣と諒兵の格闘術の両方のいいとこ取りをしたうえで、冷艶鋸という武器を振るうことに生かしているのがティンクルの戦い方なのだ。

(鈴音の戦闘スタイルが完成されるとあんな感じだろうな)

そんなことを千冬は考える。

一夏と諒兵のいいとこ取りをしたうえで完成されたスタイルになっていると感じるのがティンクルの戦い方だった。

実際、千冬だけではなく、誠吾もそう感じているらしい。

「虚と実が巧く織り交ぜられてますね」

「ああ。正直言って大和撫子が非協力的な更識簪にとってはかなりきつい相手だ」

純粋に実力だけを見るならば、接近戦は僅かにティンクルに分があるといったくらいだろう。

簪もかなり高レベルの薙刀の使い手なので、そこまで大きな差があるわけではない。

ただ、問題はここからだ。

ディアマンテはティンクルをパートナーだといった。

つまり、ティンクルの戦闘をサポートしてくるということだ。

そうなると、戦力差が大きく広がってしまう。

大和撫子と連携できない簪に対し、ディアマンテが的確にサポートしてくるティンクルでは勝負にならないといっても過言ではないのだ。

だからといって、他にいっている者たちを呼び寄せるわけにもいかない。

さすがにそれはさせないだろうからだ。

いっそのことツクヨミが乱入してきてくれたほうがいいかもしれないとすら思う。

「大和撫子が勝手に戦ったりしないのならばまだいいが、勝手に動くようなら更識刀奈と入れ替わったほうがいいかもしれん」

『だネー、ティンクルとディアマンテのコンビ相手に足の引っ張り合いしてたら勝てないヨ』

ワタツミの言葉に千冬も肯く。

これが他のメンバーであればまだいい。

実は一番理想的なのは、鈴音と猫鈴のコンビになる。

近接から中距離を得意とするからだ。

ただ。

「まあ、大和撫子が更識簪に協力してくれるなら、それがいいのだが……」

その可能性が低いということが、千冬にとって一番の悩みの種であった。

 

 

整備室で弾は複雑そうな表情をしていた。

無論のこと、ようやく大和撫子が動き出してくれたので、エルには簪のサポートを頼んでいる。

頼んでいるのだが、その簪が戦っている相手を見るとどうしても口を出しそうになってしまう。

「相手に集中できる一夏や諒兵が羨ましいな」

「だんだん~」

「いくらなんでもそっくりすぎだ。鈴が戦ってるとしか思えねーし」

ティンクルを見るたびに、鈴音が重なるのだ。

もし、ティンクルと戦っているのが一夏や諒兵だったらと思う。

「あいつらじゃ絶対本気出せねーぞ」

「そうかも~、あんなに顔似てるし~」

鈴音の外見の量子データをコピーしたというのだから当然といえば当然なのだが、実は弾が気になるのはそこではなかった。

『にぃに?』

「身体の動かし方、仕草、表情、そういった部分まで鈴そっくりなんだよ、アイツ」

「そうなの~」

「ああ。アレじゃまるで双子だ。諒兵ならもっとはっきりわかるんじゃねーかな」

鈴音を良く見ていた諒兵であれば、ティンクルがやけに鈴音に似ていることを理解できるだろう。

それほどにティンクルは鈴音に似すぎていた。

『外見を似せたせいで引きずられてるのかも』

「そうなのか?」

『量子データには、外見だけじゃなくて中身のデータもある。そのあたりもコピーした可能性がある』

単に見た目を似せただけではなく、透き通る人形のときは最低限だった人格や行動パターンのデータもコピーしてしまったのかもしれないとエルは説明する。

そうすることで似てしまったのではないか、と。

「計算じゃないの~?」

『たぶん。自信ない』

「まあ、推測しかできねーからな。相手がどんなに鈴そっくりでも簪ちゃんには頑張ってほしいよ」

そのためには大和撫子が協力してくれるのが一番いいのだが、あの一人と一機はなかなかそうはいかない。

エルがどこまでサポートできるかという点も重要なポイントになってしまう。

「頼むぜエル」

『わかってる』

「お願いね~」

そう言って本音もエルや弾ががんばってくれることを期待する。

期待している。

期待はしているのだが。

(かんちゃんばっかり心配してる~、なんかずるい~)

微かな嫉妬が湧き上がってきてしまうのを抑えられなかったりしていた。

 

 

一方、再びIS学園上空。

刀奈は焦ってはならないと思いつつも、アンスラックスを何とか倒そうと踏ん張っていた。

今の簪にとって、ティンクルとディアマンテは強敵すぎるからだ。

アンスラックス以上に二対一の状況に持っていかないと勝てる可能性が少ない。

そう思いながら、必死に二刀を操ってアンスラックスを倒さんとばかりに斬りかかっているのだが、全て捌かれてしまってまったく効果がない。

「マジメにどいてくれない?」

『妹を案じるその気持ちは良い。ただ、ここは引けぬ。わかってはもらえぬだろうが』

「わからないわよっ!」

わかるはずがない。

刀奈は簪が心配でたまらないのだ。

相手の気持ちを理解している余裕などなかった。

ただ、刀奈だけは違和感も抱いていた。

アンスラックス相手に集中していても、簪とティンクルの戦いはしっかりと把握している。

これは集中力がないということではなく、刀奈が更識楯無としてのお役目で培ったマルチタスクということができる。

多対一の状況で迎え撃つことが多かった更識楯無は、一人の相手に完全に集中するようなことはできないからだ。

常に全体を把握していなければならない。

それゆえに手に入れた刀奈の能力ということができる。

その能力で感じたのが、ティンクルの戦い方というより、戦闘時の動作だった。

(凰さんそっくりなのよね……)

実は弾が感じたのと同じ違和感を抱いているのである。

以前、鈴音が棍術を鍛えたいというので相手をしたときに見た動きと良く似ているのだ。

得物が長柄だけに、余計に似て見える。

もちろん、青龍偃月刀と棍では攻撃方法が変わってくる。

変わってくるのは当然なのだが、根本的なところの動きが良く似ているのだ。

エルがいうには、動作関係の量子データもコピーしたのではないかということだが、本当にイヤになるくらい良く似ていた。

ただ、だからこそ、簪が相手をするよりも、刀奈が相手をするほうがティンクルの攻撃を捌きやすいということができる。

一度見た相手の動きに似ているからだ。

だから、何とかしてアンスラックスを撃退して簪の援護に行きたいのだが、それがどうにもならない。

『焦りは動きを鈍らせるぞ』

「わかってるわよっ!」

この場を引く気がないアンスラックスに、刀奈としては文句をいってやりたいところだった。

 

 

そして。

「ちょっと難易度上げよっか♪」

「えっ?」

「ディア、三十発」

『仕方ありません。こちらにも引けない理由があります。恨むなとは言いません』

ディアマンテはティンクルの言葉に答え、『銀の鐘』から三十発のエネルギー砲弾を撃ち放つ。

それは当然、簪と大和撫子を追尾し始めた。

「くぅっ!」

『うぎゃぁー、メンドいぃーっ!』

「がんばってねー♪あと、私の攻撃もキチンと捌きなさいよ」

『銀の鐘』から放たれたエネルギー砲弾は、セシリアの意思どおりに動かせるブルー・フェザーの羽とは違う。

そのため、動きは相手を追尾するというのが基本となる。

要は相手に合わせた単調な動きしかしないということだ。

だが、常に自分を追いかけ続けるため、鬱陶しいことこの上ないということができる。

「撫子っ、やられたくないなら落としてッ!」

『命令すんなぁーっ、わかってるってぇーのッ!』

翼を広げた大和撫子は、自らもエネルギー砲弾を撃ち放ち、『銀の鐘』のエネルギー砲弾を落としていく。

だが、狙いに甘さがあるのか、撃った数のわりに直撃で落とした数はそう多くない。

だが、不規則な動きを見せた幾つかの砲弾が、フォローするかのように落としていく。

「おーっ、さっすがエルね、やるじゃない♪」

『カンザシは友だちだから』

ティンクルが誰の仕業かをすぐに看破すると、エルがそう答えてきた。

「空間を歪めて砲弾の軌道を作ってるのね」

『はい。砲弾そのものに干渉しているわけではないようです』

ティンクルが見抜いたとおり、エルは砲弾が放たれた空間を歪めて砲弾の通り道を創り、軌道を変化させていた。

さすがに『不羈』の大和撫子の能力自体に干渉はできないらしい。

それだけ大和撫子のポテンシャルが高いということができるのだが、逆にこういった方法でサポートできるエルにティンクルは感心したらしい。

「何故?」

「撫子を尊重してんのよ」

「えっ?」

「エルが撫子の能力にまで干渉するのは失礼だわ。実際、撫子の実力は相当高いのよ?」

『わかってんじゃぁーん♪』

「だから、撫子が本気を出せば、私ともいい勝負できるでしょうね」

ただ、簪と撫子が合わないためにうまく協力できていないのだ。

それも、単に性格の問題ではない。

実は、もっと別のところに大きな問題があった。

「はっきりいうとね、更識さんが撫子の実力を引き出せてないのよ」

「えっ?」

「全力で戦いたいのにパートナーがついて来れないからムカついてるのが今の撫子なの」

『アンタ、よくわかってるしぃー』

「そんなあなたでもエルは友だちだから助けたいと思ってる。でも、撫子の気持ちを考えたら極端な干渉はできない。だから見つけだした妥協点が今のアレよ」

はっきりとそういわれたことで、簪は少なからぬショックを受けていた。

自分が撫子についていけない。

確かに撫子が持つ『不羈』の才能は凄まじい。

しかし、ついていけないといわれるほどとは思っていなかったからだ。

「エルは口数少ないから、気づかなかったみたいだけど、あなたはエルに感謝する前に撫子に謝んなきゃ。あなたのパートナーはエルじゃなくて撫子なのよ?」

さすがに、簪は声を発することができなかった。

今までエルが助けてくれたことで、本当にエルには感謝しているし、できるならば自分のパートナーになってほしいと思ったこともある。

だが、それは自分のパートナーである撫子を無視していたといってもいいことだ。

自分は今、誰と一緒に空を飛んでいるのか。

そのことを理解しないと、簪はこれ以上強くなれないとティンクルは説明してくる。

「私は……」

「更識さん、箒と良く似てるわ。あえて欠点っていうなら、そこがね」

『欠点とは?』

「自分に優しいモノしか見ようとしないのよ。だから刀奈さんとも拗れたし、撫子ともうまく関係を築けてないの」

ここまではっきり言われるとは思っていなかったと簪は動きを止めてしまう。

もっとも、追尾していたエネルギー砲弾はどこかに飛び去ってしまったが。

だが、それは事実だった。

結局自分は甘えている。

自分に優しくしてくれる人たちに。

だが、だからこそ、簪のパートナーとなったのは大和撫子なのだ。

決して合わない相手でありながら、大和撫子は簪が纏うASとなった。

簪がぶつかり合いながら関係を築ける唯一の存在でもあるのだとティンクルは話す。

「エル、それと弾。これ以上、撫子の攻撃に干渉するのはやめときなさい。更識さんが成長できないわ」

「あのさ。お前の顔と声でそう呼ぶな。鈴はこっちにいるんだ」

『気になってしょうがない』

「気にしない気にしない♪」

そう、弾、そしてエルが言ってくるのに対し、ティンクルはけらけらと笑う。

だが、弾やエルとしては、まるで鈴音が教え諭しているようで、凄く微妙な気分になってしまうのだろう。

ただ。

 

「あんた、よく気づいたわね。更識さんの欠点……」

「そりゃあね♪」

 

鈴音が感じていて言わなかったことであることがその会話ではっきりとしたのだった。

 

 

 

 

 


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