IS学園、指令室。
「簪お嬢様の欠点?」
そういって、いきなり口を開いたのは虚だった。
自分も気づかないでいた点に、鈴音が気づいていたというのが驚きだったらしい。
「アイツも言ってるけど、箒と似てるんですよ」
「篠ノ之さんと?」
「周りが助けてくれるのが当たり前になっちゃってる。特に人間関係作りで」
言われて見れば、と虚は思い返す。
確かに簪も、自分から積極的に友人を作るようなタイプではないからだ。
その分、本音が友人関係作りには積極的で、彼女は決して簪と縁を切ろうとしない。
結果として、本音を通じての友人が多くなっているということだ。
ただ、自分から関係を作ろうとしないため、本音が簪と縁を切ってしまうと、簪は一気に孤独になってしまう。
「刀奈さんは優秀だし、本音もそのあたりは凄くデキるから、その分、更識さんが努力する必要が少ないんですよ」
「結果として、簪お嬢様は対人関係の創り方が上手くならなかった。いえ、ならずに済んでしまった」
「はい。それが、今の撫子との関係につながってるんです」
同じASでも、エルとの関係が良好なのは、簪とエルの間に弾がいるからだ。
弾もそういった友人関係におけるバランス感覚はいいのである。
「箒との違いは、本音の存在です。あの子がいるから、更識さんは周りとの付き合いも何とかなってる。けど、本音がいなかったら、最悪引きこもりになるタイプですよ?」
「それは……、間違いではありませんね」
ズバッといってくる鈴音だが、虚には反論できなかった。
確かに、IS学園入学当初は、専用機の件もあり、ほとんど引きこもりのような学園生活を送っていたからだ。
誤解されがちだが、特撮物やヒーローものが好きという趣味は友人作りにおいてはまったく関係がない。
同じ趣味の人と話せばいいだけだし、そうでない人にはそこそこにこういう趣味だと話せばいいだけだ。
簪もまた、友人となる相手との距離感を上手く感じ取れないのである。
「たぶん、撫子との関係を修復しないと、第3世代武装は創れない。正念場ですよ」
「はい」と、そう答える虚だが、一つだけ気になる点があった。
「いつから本音のことを名前で呼ぶようになったのですか?」
「へっ?あー、整備受けるようになってからは、ずっとこんな感じでしたけど?」
「えー……」
全然気づかなかったことに少なからずショックを受ける虚だった。
こうまで言われて黙っていられるほど、簪は大人ではない。
ましてティンクルは外見どころか話し方まで鈴音そっくりなので、同世代のリア充にバカにされているような気がしてくる。
「エル、弾くん、後は自分でやるから」
「お、おう」
『うん、信じてる』
さりげなく弾のことを名前で呼んでいるのだが、簪の雰囲気のせいで誰も突っ込めない。
「撫子、私が弱くないって証明する」
『やってみぃればぁー?』
唯一、やる気の無さそうな大和撫子だけが、いつもどおりの雰囲気だったが、今の簪は気にしない。
「凰さん、覚悟してもらう」
「私はティンクルだってば」
そんなティンクルの突っ込みをあっさりと無視して、簪は上段から石切丸を振り下ろす。
さらに返す刀で切り上げ、胴薙ぎと連撃を繰りだした。
「おーっ、やるじゃないっ♪」
だが、ティンクルはかなり余裕の表情で冷艶鋸を振るって捌いてみせる。
やはり実力が相当違う。
ただ、簪は違和感を抱いた。
(こんなものなの?)
気合いを入れ、戦闘に集中したことで、逆に相手とのレベル差が明確に見えてきたのだ。
正直に言えば、ティンクルのレベルは自分がもっと努力すれば届きそうなところにある。
ただ、その努力自体はとてつもないレベルなので、簡単に届く位置ではない。
しかし、不断の努力を行えば、決して届かないわけでもない。
簪は最初、ティンクルのレベルを神がかり的なものだと思い込んでいたため、余計に違和感があった。
「あなた、そんなに強くない?」
「あら、言ってくれるじゃない♪」
どうやら挑発してきたと思ったらしく、ティンクルはニヤリと笑う。
そういう意味ではなかったのだがと思いつつ、戦うことに変わりはないのだから簪は訂正しない。
むしろ、今は無理だとしても、倒せる可能性がゼロではないことがわかったのだ。
気持ちは高揚している。
「はぁッ!」
その気持ちを刃に乗せ、簪は一気に迫ると、下段から切り上げた。
意外なほど負けず嫌いの簪の性格は、実はけっこう戦闘向きだと言える。
また、けっこう諦めが悪いのだ。
コレが悪い方向に行くと、一人で悶々と悩み続けるのだが、一度戦闘に向けば果敢に攻めるという攻撃的な姿勢に変わるのだ。
「あんたのそういうトコは好きよッ!」
「そんなこといわれても困るッ!」
ティンクルとしては素直な感想を述べただけなのだろうが、簪としては敵対する相手に好かれてもどう答えればいいのかわからない。
そもそもティンクルは外見や口調が鈴音そっくりなのだ。
自分とはほとんど接点がない上に、箒が敵愾心を抱いている鈴音に似たティンクル相手にどう接すればいいというのか。
「簪ッ、惑わされちゃダメよッ!」
「あっ、うんッ!」
悩み始めていた簪の気持ちを律するように、刀奈が声をかけてきてくれる。
アンスラックス相手にオプション機体で奮闘している刀奈のほうが、状況はかなり悪い。
それでも、自分を案じてくれるのだ。
こういう関係に自分は甘えてきたのだと簪は思う。
(応えなきゃッ!)
今まで自分に優しくしてきてくれた人たちに応える。
そのためにも、ティンクル相手に引くことはできない。
だが。
「いいお姉ちゃんね」
そう言って微笑んだティンクルは、踏み込んだ足に力を込めると一気に冷艶鋸で突いてきた。
それも。
「くうぅッ!」
まるで槍衾といえるような凄まじい連撃で。
本来、槍衾とは槍を持った一部隊が隙間なく突き出して構える姿を指す。
それを単身でやってくるとは、やはりティンクルのレベルはかなり高い。
(捌き切れないッ!)
対抗するほどの刺突を簪には出すことができない。
ならば逃げるか。
だが、それでは追われるだけだ。
ゆえに。
「せぇぃッ!」
「くッ?!」
槍衾の僅かな隙間に突き入れた強力な一撃はティンクルの頬を掠める。
さすがにティンクルの連続突きも止まった。
「槍衾に一突きで対抗するなんてやるじゃない」
「負けたくないから」
ギャンブルに近い無謀な賭けではあったが、その僅かな隙を見いだせないようでは使徒には対抗できない。
勝つ以上に強くなるための一撃は、簪を少しだけ前に進めさせてくれていた。
整備室にて。
「大丈夫かな」
『簪、頑張ってる』
「二人ともありがとね~」
弾とエルがホッと息をついたところに、本音がお礼の言葉を伝えていた。
実際、簪のことを一番心配していたといえる人間がいるとするなら、本音になるだろう。
特に人間関係の点では刀奈よりも案じていたといっていい。
更識家と布仏家の関係を知っていたからなおさらだ。
「まあ、女の子の助けになれるなら嬉しいからな」
『にぃに、下心見え見え』
「ちゃうわっ!」
さすがに下心があるといわれるのは心外らしく、ド真剣な表情で突っ込む弾である。
とはいえ、縁の下の力持ちポジションとはいえ、弾や数馬の存在も、もはやIS学園には欠かせない。
それぞれ得意なポジションで助けてくれているからだ。
前線で戦う一夏や諒兵。
サポートや訓練をしてくれる誠吾。
研究と極東支部の探索で動いている丈太郎。
そして大半の生徒は気づいていなかったが、学園の経営を行っている学園長も男性だ。
実は、司令官として千冬が動きやすいように、日本や諸外国政府との交渉を一手に引き受けている。
現在だけではなく、ずっと前から男性が支えていた面がIS学園にもあるということだ。
「男の人って~、何でそういうところ主張しないのかな~?」
「ん?」
「なっ、何でもないよ~」
本音は思わず顔を赤らめながら、ブンブンと長い袖を振る。
(主張してくれるなら~、適当にあしらえるのに~……)
普段はそんな態度を見せないのに、でも、自分たちをしっかりと支えてくれている。
それがカッコいいとでも思っているのだろうか。
困ったことに、カッコいいから性質が悪い。
「どうしよ~」
「何か困ったことでもあるのか、本音ちゃん?」
「あるけど~、説明できない~」
特に弾には説明のしようがない。
『あなたを好きになってしまいそうです』なんていったら、自分と簪と弾の関係がどうなるかわからない。
『旗立った?』
「そうじゃなくて~っ!」
冷静に突っ込んでくるエルに対し、必死になって反論する本音だった。
箒は、シェルターの隅でモニターに映る戦いの様子を見つめている。
その耳に、生徒たちの驚きの声が聞こえてくる。
ホントに鈴じゃないの?
あれで別人?そっくりどころじゃないよ?
何か、双子の姉か妹っていうほうがまだ信じられる。
鎧が同じだったら絶対見分けつかないって。
ほとんどが、ティンクルに対する感想ばかりだ。
そして、その内容は箒が感じていることと同じだった。
白銀に輝く鎧、ディアマンテを纏っていること以外は、鈴音を見ているように錯覚してしまう。
外見や性格だけではなく、戦闘スタイルまで似た印象があるのだ。
スマラカタが真耶の外見を奪って進化し、たしかに外見は髪の長さ以外はそっくりになっていたが、その表情や仕草から別人であることはすぐにわかる。
真耶とスマラカタの性格や戦闘スタイルが大きく異なるからだ。
しかし、鈴音とティンクルは性格まで似通ったところがあるため、ティンクルを見ていると鈴音が戦っているように錯覚してしまう。
まして、相手は簪だ。
自分にとっては数少ない友人といえる存在だ。
それだけに、箒は苛立ってしまう。
(何なんだあの女っ!)
簪の欠点を指摘してきた姿は、以前、腹立たしいのをガマンして話をしてきたときの鈴音の姿に似すぎている。
鈴音と話をする仲で、鈴音の特に一番受け入れられない部分については多少理解できたから、多少気持ちの上では許してもいいかと思えるようになった。
しかし、ティンクルの話は正しいけれど、気に入らない。
鈴音もそうだったが、意外なほど人間に対する観察能力が高いのだ。
そこから出てくるティンクルの言葉は、どうにも上から目線に感じてしまう。
正しいから余計にそう思うのだ。
(甘えてばかりじゃダメなのはわかるけど、お前にいわれる筋合いはないっ!)
実際、ティンクルにいわれる筋合いはないのだ。
赤の他人なのだから。
(友人をたくさん作ったって、上手く付き合えなければ他人と変わらないしっ!)
人間一人一人のキャパシティは異なる。
本音や鈴音のようにバランス感覚が良ければ多くの友人とも上手く付き合って行けるだろう。
だが、箒や簪のようなタイプは上手く付き合える相手を探すことから始めなければならないのだ。
その極端な例が箒の姉の束である。
単純に、ただ友だちになるということができないのだ。
その差は決して小さくない。
スタートラインそのものが違うのだから。
ただ。
(お前みたいな奴とは、きっと絶対わかり合えない)
それだけは間違いないと箒は思う。
だからこそ、やはりティンクルや鈴音には負けたくない。
負けられない。
自分の力で倒したいと思う。
同じ土俵で戦いたいと箒は願う。
ゆえに。
「我侭なのはわかってる。でも、誰か力を貸してほしい。言われっ放しで終わりたくない」
痛切なほどの大きな願いを、消え入りそうな小さな声で呟いていた。
IS学園上空にて。
ティンクルと打ち合っていった簪は、意外なほど手応えを得ていた。
届かない距離ではない。
大和撫子がサポートしてくれるのならば、ティンクルは撃退できるレベルだと思う。
倒すのは難しいが、手傷を負わせるくらいならば今のレベルでも届く。
「はぁあッ!」
「威勢がよくなったわねッ!」
石切丸を手に、まるで日本舞踊を舞うような美しい動きで連撃を繰り出す簪に、ティンクルは京劇のような舞いで冷艶鋸を振るい、対抗してくる。
和と中華の競演は、見る者を魅了していた。
簪の成長を見て、刀奈は思わず手を止めてしまう。
「あっ!」
『良い。あれは魅了されよう。見事な舞いだ』
アンスラックスも、簪とティンクルの競演を称賛しているらしく、隙をついてくるような無粋はしなかった。
「わかるの?」
『人間的な感情が起こることはないが、あの舞が素晴らしいものであることは理解できる』
エンジェル・ハイロゥに存在する情報を検索すれば、たいていの知識は手に入る。
ましてアンスラックスは第4世代機なので、そのあたりの機能は充実している。
それと比べてみて、優秀な舞であることが理解できるということだ。
『だからこそ、解せんのだが……』
「えっ?」
『いや、独り言だ。しばらくはあの舞いを見物しよう』
そう言ってアンスラックスは言葉を濁す。
簪の舞が非常に優秀ではあるが、人間ゆえの動きの違いからの揺らぎを感じられる。
それは当然だ。
簪は人間なのだから。
問題は、同じ印象をティンクルの舞いにも感じるということだ。
人間として成長途上にあるかのようなティンクルの舞いは、使徒から生まれたものとしては有り得ない。
何故、あそこまで人間くさいのか。
スマラカタに同じ印象は抱かない。
遠目に見ただけだが、ツクヨミも同様だ。
外見はほぼ人間になってしまった二機だが、あくまで外見だけで、中身は使徒のままだ。
それなのに、ティンクルはまるでディアマンテから人間として生まれてきたように思える。
『あの娘、いったい何者だ?』
人間側に理解できる者はいないだろうが、使徒側でも理解できない。
存在そのものが異常であるティンクルを、アンスラックスは黙って見つめていた。
簪の連撃を捌き続けていたティンクルは、ここに来てニヤッと笑う。
「正直驚いたわ。吹っ切れると強いところが似てるのは姉妹だから?」
「そうかもしれない」
「否定しないんだ?」
「お姉ちゃんに勝てるくらい強くなりたいから」
「そういうのいいわね。私一人っ子だから羨ましい」
「一人っ子も何も……」
そもそも同類がいるとすれば使徒だろうに、兄弟姉妹がいるはずがないと簪は突っ込みたくなる。
とはいえ、ここで調子を狂わせられるわけにはいかないと、少し呼吸を整えて再び連撃を放つ。
それを受けたティンクルはふわっと羽が舞うように宙返りをして距離を取ると、冷艶鋸を消す。
そして、まるで逆手持ちのような位置で手刀を発現させた。
「あんたに敬意を表するわ、更識さん。歯を食いしばってよ?」
「えっ?!」
いきなりの言葉に簪が疑問の声を上げると、直後に声が響いた。
「簪ッ!」
その声が聞こえた直後の光景を、簪は呆然と見つめていた。