ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

214 / 273
第181話「流れ星の掴み方」

IS学園の上空にて。

刀奈が流星と共に空を舞う姿を、簪は呆然と見つめていた。

否、それは正しい表現ではなかった。

刀奈が銀色の流星に幾度も弾き飛ばされている姿を、簪は見つめていたのだ。

そして。

「あちゃ」と、そんな場違いな声が聞こえてきたかと思うと、刀奈は解放される。

だが、力なく落ちていく刀奈の姿を見て、簪はすぐに正気に戻る。

「おねえちゃんッ!」

すぐに刀奈に近寄り、落ちる前に受け止める簪だが、見れば刀奈の鎧はボロボロになってしまっていた。

「うっ、くっ……」

呻き声を上げるところを見る限り、気を失ってはいないらしいが、かなりのダメージを受けているのは間違いない。

「おねえちゃんッ、しっかりッ!」

「な、んとか……」

簪の声に対し、刀奈は苦しそうにしながらも答えてくる。

ダメージを受けてはいるが、応答できるということは、其処まで酷いものではないらしい。

一応だが、浮くことは自力でできるようだ。

だが、もう戦えないのは明白だった。

「さすがね」

「えっ?」と、ティンクルの意外な言葉に簪は疑問の声を上げる。

ここまでのダメージを受けていることを考えれば、さすがといえるとは思えないからだ。

「刀奈さん、『流星』の攻略法に気づいてたのね?」

「……はんぶんは、かんよ……」

「さすがは元国家代表ね」

刀奈の答えに、ティンクルは苦笑いを見せる。

半分は勘だというのであれば、もう半分は予測を立て、攻略法を考えていたということだからだ。

だが、今の会話に対し、簪は大きな違和感を抱いていた。

「何で、あなたが『流星』を使えるの……?」

「練習したもん」

そうあっさりと答える。

エンジェル・ハイロゥには、装着者の戦闘方法、戦闘術の情報も蓄積される。

その点から考えれば、ティンクルは鈴音の必殺技ともいえる『流星』の情報を得て練習し、習得したということができる。

「教科書はあるんだもん。他の使徒でも覚えられるわ。アンスラックスならもう使えるんじゃない?」

『まあ、使えぬということはないが……』

そう答えるアンスラックスだが、ティンクルが使った『流星』には、疑問を抱いている様子である。

だが、気にすることもなくティンクルは続けた。

「だから、私が使えてもおかしくはないでしょ?」

「そう、だけど……」

「それより、二回見ただけの刀奈さんが攻略法を掴みかけてたほうが驚きよ」

「あ」と、簪は間抜けな顔を見せてしまう。

確かに、刀奈が『流星』を見たのは、学年別タッグトーナメントと、鈴音が猫鈴と共生進化した二回だけだ。

それなのに、攻略法を掴みかけていたと仕掛けたティンクルはいう。

本当なのだろうか?

簪がそう思っていると、別のところから声が聞こえてきた。

 

「確かに『流星』の攻略法としては間違いじゃないわ」

 

そう言ってきたのは、『流星』を生みだした本人である鈴音。

今の攻防をしっかりと見ていたらしかった。

 

 

指令室にて。

「本当なのですか?」

そう聞いてきたのは虚である。

さすがに見えなかったらしい。

『流星』は発動の瞬間はともかく、鈴音、またはティンクルが最初の『瞬時加速』を使ってからは高速移動が続くため、目が追いつかないのだ。

むしろ、中国最強、無冠のヴァルキリーとまで呼ばれた鈴音の必殺技を簡単に見切られると沽券に関わるのだが。

「はい。対処法としては間違ってないです」

「いいのか、鈴音?」

そう口を挟んできたのは千冬だった。

さすがに、刀奈が掴みかけていただけに、千冬には攻略法がほぼ理解できていたらしい。

だが、たいしたことではないかのように鈴音は笑った。

「必殺技ってのは当たれば倒せる。でも当たんなきゃ倒せないじゃないですか」

「なるほど、それがわかってるなら知られても問題ないね」

そう誠吾が言ったとおり、必殺技とは当たれば相手を倒せるものだ。

しかし、当たらなければ倒せない。

現に、刀奈は辛うじて意識を保っている。

つまり。

「当たらなかったんですよ」

「でも、お嬢様はかなりのダメージを受けてますが」

「だから、それじゃダメなんです。私が箒に使ったとき、あの子どうなりました?」

そう言われ、虚は当時のことを思いだす。

『流星』を喰らった箒は、地面に落とされたのだ。

シールドエネルギーをゼロにされてしまって。

「あっ!」

「わかりました?『流星』は相手のシールドエネルギーをゼロにするまで続くんです」

「それが途中で終わってしまったんだ。鈴音が当たらなかったというのはそういう意味だ」

そう千冬が解説してきた。

本来、鈴音が使う『流星』は相手のシールドエネルギーがゼロになるまで続く。

ならば、喰らった刀奈はもう浮く力も残っていない状態であるはずなのだ。

だが、彼女はまだ浮くこと自体は可能だという。

つまり、完全に決まらなかったということができる。

「私の『流星』は、最初の打点が決まってるんです。一つじゃありませんけど」

「打点?」

「連続反転瞬時加速で、相手の身体を弾き飛ばす。そのためには瞬時加速を使いながら相手の位置を追いかけ続ける必要があるんです」

「それは、お嬢様も気づいていました」

「でも、完全にフリーだと私の認識が追いつかないんですよ」

「そうか。続けられるポイントをいくつか見つけたんだね?」

そう誠吾が問いかけると、鈴音は肯いた。

その説明で虚にも理解できた。

つまり、鈴音が使う『流星』という必殺技は、最初に相手に接触しなければならないポイントが決まっているということだ。

もっとも、それは一つではないということだが。

だが、もし、そこを外されてしまったらどうなるか。

何のことはない、予想外の方向に相手が弾かれてしまうだけである。

そうなったら、鈴音が瞬時加速を使っても追いつけなくなる。

それが今のティンクルと刀奈の攻防で起こったということだ。

「アイツが接触する瞬間、刀奈さんが祢々切丸で少しだけ打点をずらしたんです。そのせいで途中から追いつけなくなったんですよ」

最終的には、ターゲットであるはずの刀奈を、ティンクル自身が明後日の方向に弾き飛ばしてしまったということである。

そして、共生進化した今でこそ鈴音は普通に使えるし、見る限りティンクルも問題ないようだが、もともと『流星』は使用すると鈴音の疲労も大きいという諸刃の剣だ。

実のところ、相手が飛んでいられる状態を保たれれば、その後に落とされる可能性が大きい技でもある。

「実際、それで落とされたこともありますよ。まあ、まだ未完成の時期だったんですけど」

「ならば、あなたが接触する瞬間に打点をずらすということを行えば、誰でも防げるということですか?」

「はい」

「いいんですか、そんなことを打ち明けて?」

虚の言葉ももっともだろう。

自分の必殺技の攻略法を、公衆の面前で説明するなど、正気とは思えないからだ。

だが、鈴音はあっけらかんとしたものだった。

「必殺技なのは変わりませんから」

「ですから、攻略法が知られたら必殺ではなくなるでしょう?」

「布仏虚、その考え方が間違いだ」

そこに千冬が再び口を挟んできた。

先ほど鈴音がいった「当たれば倒せる」という言葉の真意について解説するためだ。

「先ほど鈴音もいったが、当たれば倒せる技なのは変わらない。ならば重要なのは……」

「当て方になるんだよ」と、誠吾。

「当て方?」

「必殺技を出すまでの前段階、つまり当てる準備だ。それができれば『流星』は当たるし、当たれば倒せる」

「なるほど、そういうことなのですね……」

説明を受けて、虚も理解できた。

どんな技でも当たらなければ意味がない。

ボクシングにワン・ツーというコンビネーションがあるが、最初のジャブが当たらなければ、次のストレートを放っても意味がない。

一概にそうとはいえないが、ジャブで牽制しストレートを叩き込むという攻撃をするならば、大事なのは最初のジャブでもあるのだ。

「だから、中国じゃみんな知ってます。だからめったに出させてくれなかったんですけど、でも……」

「でも?」

「だからこそ、さっき千冬さんや井波さんが言った当て方の練習は必殺技である『流星』の十倍以上練習したんですよ」

鈴音は当て方の重要性を理解しているので、今、刀奈が攻略法を示したとしても『流星』の威力が変わるわけではないのだ。

「中国最強と呼ばれるだけはあるな」

「あはは……」

千冬がそういって微笑むと、鈴音は逆に苦笑いを見せた。

世界最強に最強と呼ばれるとくすぐったくて仕方がないのだ。

さらに。

『その努力を思いだしたのはいいことニャ』

「そうねマオ。私、初心に帰らないと」

猫鈴の言葉に、鈴音はモニターに映るティンクルの姿を改めて見つめるのだった。

 

 

指令室の会話を利用しつつ、ティンクルも簪に説明していた。

「ま、そういうこと。実際、今のは更識さんを狙って出したんだけど、刀奈さんが割って入ってきたからね」

最初から刀奈と戦っていれば、刀奈相手にどのタイミングで出すかを考えながら戦うことになる。

ならば、発動すれば倒せるということは変わらない。

簪を庇うという行動が、結果として刀奈自身も落とされない程度のダメージで済んだということである。

もっとも、刀奈が戦えそうにないことは変わらないが。

「で、まさかコレで終わりとか思ってないわよね?」

「え……?」

「私とディアの目的忘れちゃった?」

そう言ってニヤリと、どこか恐ろしさを感じさせる笑みを浮かべるティンクルの言葉を、ディアマンテが補足してくる。

『私たちはシロキシに表舞台に出ていただくことを目的としています。ですから……』

「あんたが倒されなきゃ出てこないってんなら、そうしなきゃならないのよ。ゴメンね♪」

二本の手刀を再び冷艶鋸に戻したティンクルが、簪に向かって迫ってくる。

「くぅッ!」

刀奈を抱えたまま、簪は瞬時加速を使ってティンクルから離れようとする。

だが、さすがに一人抱えたままティンクルから逃げるのは容易ではない。

ゆえに、刀奈自身が千冬に依頼をかける。

「おりむらっ、せんせいっ……」

[束ッ、緊急転送だッ!]

通信から聞こえてきた千冬の声も焦った様子が感じられたが、さすがに行動は速い。

簪の腕の中の刀奈は光と共に転送される。

刀奈が消えたことを確認した簪は、すぐに石切丸を発現させ、ティンクルの刃を受け止めた。

「さて、頼りになるおねえちゃんはいなくなっちゃったけど、平気?」

「私は負けないッ!」

「気合い入れてるトコ悪いけど、今度は一騎打ちはしないわよ?」

力を込めて石切丸を握る簪に対し、ティンクルはクスッと笑ってそう言った。

一騎打ちをしないということはどういうことか。

答えは簡単だった。

「アンスラックス、援護お願いするわ」

『良いのか?』

「それが私たちの目的でしょ?」

『そう、だな』

ティンクルの言葉に対し、呟くようにそう答えたアンスラックスは、四枚の翼を広げると、そこから大きな弓を発現させる。

かつてIS学園を狙って放たれた弓、『天破雷上動』

『さすがに以前のときほどの威力では撃たぬが、気をつけよ』

そういうや否や、アンスラックスはまるで隙間を縫うようにティンクルを避け、簪のみを狙って矢を放ってきた。

「きゃあッ!」

「恨まれるのは覚悟してやってるからね。簡単には終わらせないわよ?」

アンスラックスの矢を避けた隙を狙い、ティンクルは冷艶鋸を振るってきた。

簡単に終わらせないどころか、確実に落とそうとしていることが理解できる。

実質的に二対一になった状況では、簪が決して弱くないとしても苦戦は免れない。

しかも相手はティンクルとディアマンテのコンビとアンスラックスという使徒最強の存在だ。

簪と大和撫子が協力できたとしても落とされる可能性がある相手だ。

刀奈の不在は、それだけで大ピンチを招いてしまう。

だが、ティンクルはそういったことを気にしていない様子だ。

それを疑問に思ったのか、アンスラックスが再び尋ねる。

『落とすのか?』

「必要ならね。エネルギー切れになってくれるのがベストかな」

『必要以上に傷つける意志はありません』

ならば、まだいいといえるだろうか。

だが、この状況で二対一だと嬲り者にしているようにも感じてしまう。

できれば、簪のような前向きでマジメな人間に対してはそんな行為はしたくない。

したくないのだが、白式が出てこないことにはせっかくお膳立てをした意味がない。

そう思い悩んでいると、何故か通信でディアマンテの声が聞こえてきた。

『泥は私たちが被ります。正確にはティンクルの発案なのですが』

『ほう?』

『何としても今回でシロキシには参戦いただきたいのです。このことはティンクルにも話していませんが、孵化は予想以上に早まりそうです』

『何?』

『あなたは一週間前に半年と仰っていましたが、早ければ一ヶ月後になる可能性があります』

そうなると、確かに今日、この場で白式が進化してくれないと戦力をまとめきれない。

だが、何故そうなったのかと疑問に思う。

『民間の女性権利団体を極東支部が利用している様子です。それが、どうやら『天使の卵』にも影響を及ぼしているのでしょう』

あくまで推測に過ぎないがと断った上でディアマンテは説明してきた。

『おそらく、女性権利団体の人間が極東支部の近くまで来たことで、『卵』がその脳波を受け取り、影響が出ている可能性があります』

『直接触れなくとも、か?』

『直接触れる必要はありませんから』

単純に、脳から放たれる微弱な電磁波でも、『卵』ほどデリケートならば影響が出てくるとディアマンテはいう。

そして、それは間違いなく正しいとアンスラックスは思う。

ゆえに、ティンクルは今日、決めてしまおうというのだろう。

『そのために泥を被るか。礼を言う。あの娘には後で頭を下げよう』

『お気になさらず。できれば、援護は少し強力に願います。シロキシに出てきていただけますように』

『わかった』

ディアマンテに対し、そう答えるなり、アンスラックスは先ほどまでよりも多くの矢を簪に向けて撃ち放つ。

「きゃああッ!」

「わおっ、がんばりすぎっ♪」

さすがにティンクルも驚いたらしい。

そんな攻撃を簪はとにかく必死になって捌くが追いつかない。

このままでは簪が落とされる。

誰もがそう思い、おのおのができる方法で簪を助けようと行動を開始した。

そんな中、IS学園から怒号が響き渡った。

 

「降りてこいッ!」

 

その声に、誰もが唖然としてしまう。

声の主は学園の中庭から、空に浮かぶ者たちを睨みつけている。

その手には、鞘に納められた日本刀が握られている。

その場に出てきたのは、怒りの表情でティンクルを睨みつける箒だった。

 

「降りてこい鈴音ッ、私が相手をしてやるッ!」

「私はティンクルだってば」

[私は指令室にいるわよ、箒……]

「ややっこしいから鈴音でいいッ!」

 

そんな突っ込みを華麗に無視するどころか、二人を一まとめにしてしまうあたり、わりとムチャクチャな箒だった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。