ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第183話「飛燕抜刀」

IS学園の上空に舞い上がった光の球は、徐々に人の形へと収束していく。

それを追うかのように、ティンクルもディアマンテを展開して空へと舞い上がった。

『やはりシロキシはあの娘を待っていたか』

「あっ、気づいてたの?」

『何となくではあるが、な。あの娘、我とは決して相容れんが『一徹』のシロキシとは相性が良かろう』

白式のコアであるシロの個性は『一徹』

その意味は思い込んだらあくまで通そうとする我の強いことや、かたくなというものだ。

まさに箒の性格そのままだと言えるだろう。

そう考えるならば、シロは非常に箒と相性が良いISコアだったということができる。

『ただ、シロキシはもともとはシノノノタバネと共にいたISコア。なぜ、シノノノホウキと共生進化したのかが理解できません』

「それこそ束博士のためよ」

『それは?』

「ホントは普通の家族になりたいけど、なり方がわからない。自分の夢も捨てられない。そんな束博士のために、白式は箒と束博士の絆になったのよ。束博士に心から笑ってもらうためにね」

『なるほど。相性だけの問題ではなかったか』

束と長く一緒にいたシロだからこそ、束が本当に心から笑えるようになるために一番大切なモノがなんなのかを理解していた。

周りが理解できないほど、頭脳の出来に差がある天才である束だが、その前に人間から生まれた人間であることに変わりはないのだ。

普通に接してくれる家族がいればよかった。

だが、束はその頭脳の出来のせいで、普通ができない。

結果として周りとの間に壁が出来てしまう。

『その壁を取り払えるのが、シロキシということなのですね』

「そういうことね。束博士と普通の人の差を埋めてくれる存在なのよ」

『あの娘を選んだのは?』

「束博士が気にかけている妹だからよ」

そういうと誤解を生みそうだが、実際、血のつながった家族と他人を平等に扱える人間がいるだろうか。

かつて箒が紅椿を束にねだったことを、束が妹である箒のために第4世代機を作ったことを不公平だという生徒はたくさんいた。

だが、血のつながった家族のために何かしたいというのは、本来家族への愛情と言われるものだ。

不公平でもなんでもない。

ただ家族を大切にしているというだけの話なのだ。

箒には問題があったが、束が箒のために第4世代機を作ったことはおかしくもなんともない。

問題は箒のほうで、束とコミュニケーションをとろうとしたわけではないことが問題だった。

自分が何かをしたいと想える相手を今まで誰一人として見つけられない。

箒がようやく問題に取り組める姿勢を得たことで、シロは共生進化を認めたということができる。

「ここからどうなるかは箒次第、まずはどんな進化をしたかを見極めないとね」

そう呟くティンクルの視線の先で、箒と白式を包んでいた光が弾けた。

 

そこから現れたのは、まさに純白といっていい色の侍だった。

燕を模した鎧を纏い、大きな白い金属の翼を広げている。

頭上に光の輪を頂き、その表情はこれまでと違って凛としていた。

一番の特徴は、腰に帯びた大刀だろう。

柄から鞘まで真っ白に染まった太刀が強く輝いているのがよくわかった。

意外なほど、というよりも、紅椿を着た姿よりも箒に似合っていると進化を見ていた簪は思う。

それはまるで白無垢を着た花嫁のように見えたのだ。

「篠ノ之さん……」

「すまない更識、私たちも参戦させてくれ。特にアンスラックスには一矢報いたい」

『ふぅ~ん、恨んでぇーん?』

興味が湧いたのか、そう問いかけてきた大和撫子に、少し考えるそぶりを見せた箒。

だが、すぐに首を振った。

思えば、紅椿の行動は決して間違いではなかったのだ。

「個性が『博愛』なら、私とは合わない。まして道具以下の扱いでは不満があるのは当然だ」

「じゃあ、どうして?」

「それでも、空中でいきなり放り出すのはやりすぎだろう。こっちにも殴る権利はあるはずだ」

実際、紅椿に乗ってシルバリオ・ゴスペルと戦っていたときの高さを考えると、下が海でも身体がぐしゃぐしゃになっていた可能性がある。

自分は確かに間違っていた。

でも、放り出されて死にそうになったのだから、少しは仕返ししてもいいだろうと思う。

「私のわがままかもしれない。でも、押し通す」

『かまわぬ。だが、座して受ける気はないぞ』

「黙って殴られろとはいわない。それに戦いたい相手はお前だけじゃない。仇敵が揃ってるからな」

ディアマンテとアンスラックス。

つまり、シルバリオ・ゴスペルと紅椿。

あのときの敵とIS。

この場にそろっているのはいい機会だ。

あのとき、海の上で止まってしまった時間を動かすためには、この二機を撃退することが一番だろうと箒は思う。

「付き合ってくれ、飛燕」

『良いぞ。篠ノ之の娘と戦場に出るのは久しぶりじゃ。勝利で飾るのが至高じゃろ』

そう答えてくれた白式改め飛燕の言葉に、引っかかるものを感じる。

飛燕がかつて出たのは十年前のミサイル迎撃のときだけだ。

戦場という言葉は間違いではないが、飛燕の言葉には『篠ノ之の娘』という一言がある。

以前出たときに乗ったのは千冬なのだから、篠ノ之の娘ではない。

そうなると、それ以前に『篠ノ之の娘』と戦場に出たことがあるということになる。

「飛燕。お前、昔は何処に居たんだ?八咫鏡とは聞いてるが」

『今、腰に帯びとるじゃろ?』

「は?」

『さすがにかつての身体を捨てるのは忍びない。ゆえ、雪片弐型と融合させたのじゃ』

そういわれて箒が周りをキョロキョロと見回すと、同じように見回していたらしい簪が声を上げた。

「落ちてた刀がないっ!」

「えっ!」

『じゃから、今の進化に巻き込んだのじゃ』

「お前っ、『緋宵』だったのかっ!」

さすがに、ずっとこんなに近くにいた存在だったとは思わず、箒は呆然としていた。

 

 

指令室にて。

「……私のこと知ってるわけだー……」

「お前のところに伝わっていた名刀だったのか……」

シロがその正体を明かしたことで、束はシロが何故自分のことを気にかけてくれたのか。

何故、最初から自分のことを知っていたのか理解できた。

理解できたが、呆然としてしまう。

一度もそんなことを言ったことはないからだ。

「ずっと篠ノ之家を見つめてきていたんですね」

「なるほど。更識家の妖刀『楯無』と同じような存在だったということですか」

誠吾の言葉に対し、虚は刀奈と対立することになったタテナシを思いだす。

同じような名家に伝わる護り刀でも、タテナシと飛燕ではまったく在り方が違う。

飛燕は篠ノ之家に寄り添うモノであり、タテナシは更識家を縛るモノだ。

こんな所に似た点があると、運命的なものを感じずにはいられない。

「簪お嬢様と箒さんが友人になったのも、偶然とは思えません」

「簡単に運命とはいいたくないが、飛燕がタテナシと引き合ったのかも知れんな……」

結局のところ、偶然としか言いようがないのだが、それでも何か大きな力が働いたように感じて仕方がない。

「箒もこれで自分が護られてたってことに気づいてくれればいいんだけど」

『大丈夫だと思うニャ。ヒエンはその辺りは厳しいのニャ』

パートナーは助け合う関係だと言える。

それはただ単に護るだけではない。

欠点を指摘し、道を正すのもパートナーとしての関係の一つだ。

その意味では、飛燕は箒にしっかり意見できるだろう。

むしろ、関係的に見れば母親に近いかもしれない。

その点で心配は要らないだろうと一同は思う。

そして、その結果は、今まさに上空で箒と飛燕が見せてくれていた。

 

 

白式の武器として搭載されていた雪片弐型と篠ノ之家の家宝でもあった緋宵が融合したその武装には名前はない。

ただ、抜き放った刃を見たものは箒を含めて一様に見惚れた。

純白の柄と鞘から現れた刀身は紅の色に染まっていたのだ。

白い衣から放たれた紅いその身は鮮やかなコントラストを見せる。

ゆえに。

「紅鬼丸(あかおにまる)だ」

『鬼丸国綱じゃな。なかなか良いの♪』

「ああ。悪くないと思う」

「その鎧、白無垢っぽいイメージがあるんだけど」

と、簪が苦笑いする。

実際、『紅鬼丸』では花嫁が着る白無垢とはイメージがかけ離れすぎているだろう。

だが、むしろぴったりだと大和撫子は言う。

『鬼嫁じゃぁーん?』

「あっ、確かにぴったりね♪」

「納得するなっ!」

大和撫子の一言にティンクルが楽しそうに納得すると、箒は思わず突っ込んだ。

箒のイメージがまるで鬼嫁だと言っているようなのだが、実のところ違和感はなかったりする。

『確かに違和感はないな』

「失礼だぞっ!」

二刀を構えるアンスラックスに、箒は紅鬼丸を振るい、斬りかかる。

私怨が混じってしまっているが、今回に限っては許されるだろう。

それでも、今までのように剣を力では振るわない。

篠ノ之の家を見つめてきてくれたシロこと飛燕と共に戦うのに、力技で戦えるはずがない。

『奉納の神楽舞を思い出せばよいのじゃ、ホウキ』

「ああ。ありがとう」

その言葉に従い、箒はただひたすらに舞う。

それは先ほどティンクルと簪が見せた舞に決して劣らない。

純粋な神楽舞とは違うが、紅鬼丸がまるで箒の身体の一部のように見えてくる。

だが、対峙するアンスラックスも決して劣らぬ舞で応戦していた。

このあたりの情報はエンジェル・ハイロゥに幾らでもある。

ただ、単純にインストールしているだけではなく、自分の今の身体に合わせてカスタマイズまでしているあたり、いったいどこまで進化するのかといいたいような高機能ぶりだった。

「さすがに単純な剣じゃ届かないッ!」

『そう容易くはやられぬ。だが、運よくここまでこれたのだ。ならば『その先』を見てみたいとも思う』

「その先?」

剣をまじえながら、アンスラックスがいった言葉に箒は疑問を持つ。

どうやら、何か期待しているらしい。

しかし、さすがに進化したばかりで、その答えが見いだせるほど箒は使徒戦に慣れていなかった。

『えらく自信があるのう、アンスラックス』

『そういうわけではない。対策をしっかり講じておきたいのだ。準備は万端整えねば心もとない』

『そこまで恐れる相手なのかの?』

『アレの恐ろしさは、我々ではなくその半身にあるはずと我は見ている。予想がつかんのだ』

会話の意味が、箒にはわからない。

無論のこと、ティンクルと刃を交えながら聞いていた簪にもわからなかった。

『ま、やばぁーいよねぇー』

「何か知ってるの、撫子?」

『せつめぇーメンドいぃー』

まともに聞こうとするとまったくやる気を出さないのが大和撫子だった。

実のところ、この件に関しては今回の戦闘が終われば説明されるだろう。

そのことは千冬が確信しているというか、確認している。

[だから、今は戦闘に集中しろ]

「「はいッ!」」

いずれにしても、アンスラックスは箒が『その先』を見せない限り、撤退はしないだろう。

篠ノ之流の剣術で戦えればいいというだけではない。

「たぶん、零落白夜が使えるかどうかだと思うっ!」

「それか……」

簪のアドバイスに箒は納得した。

もともとアンスラックスは単一仕様能力を使える数少ない機体として、白式の進化を望んでいた。

白式が箒と共生進化を果たし、飛燕となった今、単一仕様能力が使えるかどうかは重要なのだろう。

それ以上に、箒が単一仕様能力を使いこなせるかどうかを見極めようとしているということだ。

だが、箒には単一仕様能力を使うイメージがまったく湧かない。

機体に搭載されているとはいえ、もはやISではなくASとなった今、モニターに起動キーが出るといったことはない。

あくまでも箒が単一仕様能力を放つイメージを強くもたなければならないのだ。

(どうすればいい……)

 

最強の技を放つ。

 

言葉にすればたったそれだけのことだが、そのそれだけのことが難しい。

考えすぎているのはわかるが、何が『自分にとっての最強の技のイメージ』なのかがわからないのだ。

「飛燕、わがままばかりですまない。もう少し力を貸してほしい」

『ホウキよ、力は既にあるのじゃ。『抜け』ばいいだけじゃ』

「それは……、そういうことか」

飛燕の言葉で、箒の頭に閃くものがあった。

否、自分自身でいったことではないかと自嘲してしまう。

刀を手にしたときから、戦いは始まっているのだ。

ゆえに、箒はいったんアンスラックスから距離を取り、刀を鞘に納める。

「あ」と簪も何かに気づいたかのように声を上げた。

対峙するアンスラックスがにやりと笑ったような雰囲気を出し、ティンクルは本当にクスッと微笑んでいる。

『来ます』

「そうね。全力でガードするわよ、ディア」

『来るがよい』

敵の言葉に従うというのも微妙な気持ちになるが、箒は相手の言葉に肯くと、高らかに叫んだ。

 

「飛燕抜刀ッ、零落白夜ッ!」

 

音速を超える速さで抜き放たれた紅い刃から、光が放たれる。

それは扇状に広がりながら、空を真っ二つに切り裂いた。

 

「全弾放出ッ!」

 

『天破雷上動、地軍破撃』

 

ティンクルはディアマンテの翼を広げるとそこから百を越える砲弾を打ち放ち、アンスラックスは持ち替えた弓から、まるで大砲のような巨大な砲弾を撃ち放って迎撃する。

その二つの攻撃を喰らってなお、箒と飛燕が放った『零落白夜』は、僅かに隙を作り何とか回避できる程度にしか弱まらなかった。

半端な威力ではない。

『確かに『その先』を見せてもらった。認めよう、シノノノホウキ』

その言葉を聞き、箒は心なしか嬉しくなってしまった。

自分を斬り捨てた相手に一矢報いることができた、そう感じたからだ。

「でも、気をつけなさいよ?」

「は?」

「落ちるから♪」

「えっ?」

ティンクルの言葉に疑問を感じていると、いきなり箒は地面に引っ張られ始める。

「ひっ、ひえぇーんっ?!」

『すまんのう。エネルギー切れじゃ』

「しっ、篠ノ之さあんっ!」

慌てて簪がその手を掴んだことで、何とか墜落は免れた箒だが、トラウマになってしまっていることだけに心臓がドキドキしてしまう。

「なっ、なんでいきなりっ?」

『進化した上に大技放ったからのう』

「たぶん、あんたたちの『零落白夜』はエネルギー相当使うわよ?」

「そうなのか?」

「ディア」

『一撃のエネルギーから換算して、総量の八十パーセントは使用するでしょう』

「完全に一発勝負っ?!」と、簪も驚いてしまう。

総量の八十パーセントということは、放てばそれで終わりだ。

まともに飛び続けられるかどうかも怪しい。

ティンクルは楽しそうに、アンスラックスが呆れた様子で呟く。

「超ピーキーねえ♪」

『何を考えて作ったのやら』

[私が設計したんじゃないもーんっ、完成させただけだもーんっ!]

と、束が叫ぶ。

実際、設計したのは倉持技研の研究者なので、束のせいではない。

だが、せめてどう考えても欠陥といえる部分は修正してほしかったと箒は思う。

「ま、目的は果たしたでしょ。引き上げない?」

『うむ。今後、我の力が必要なときは通信してくるが良い。回線は開けておこう』

ティンクルの言葉にそう答えるなり、アンスラックスは上空へと飛び去っていく。

そして。

「んじゃね♪」

『お騒がせ致しました』

そう言って、ティンクルとディアマンテも飛び上がろうとすると、指令室から声が響いてきた。

「あんたの相手は私だからね」

『……いずれ、決着をつけるニャ』

鈴音と猫鈴の声にニヤリと笑ったティンクルは、そのまま空へと飛び上がっていった。

 

 

 

 

 


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