ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第184話「確かな一歩」

一時間後。

IS学園上空での戦闘が終わると、他の場所に行っていたメンバーも程なく戻ってきた。

白式が進化することがアンスラックスの目的であったのだから、それが果たされれば他の場所での戦闘も続ける必要はない。

使徒のほうもわかっていたのか、今回は素直に戻っていった。

逆に言えば、使徒たちはそれだけ『天使の卵』に対して危機感を持っているということだ。

今後の戦闘、より正確にいえば『天使の卵』から孵化するものが如何に危険なのかわかろうというものである。

とはいえ。

「まどかはまだ来ねえってか?」

「うむ。ティンクルに今回の戦闘についていろいろ聞きたいといっていたぞ」

諒兵の問いかけに対し、ラウラが答える。

アメリカ、ワシントンDCで戦っていたメンバーの中にはまどかもいたのだが、IS学園には来ていない。

その場で別れてしまったのだというので、その理由を尋ねたのだ。

ラウラの答えを聞いていた千冬が残念そうにため息をつく。

「心配ではあるが、我々としてもティンクルに関しての情報が欲しいからな。もうしばらくは待とう」

そして千冬は改めて他の場所での戦闘について尋ねる。

ワシントンDCではまどかがシアノスとなかなか良い戦闘を行っていたという。

「荒削りでしたけど、今まで見たいな暴力的な印象が抜けてきてましたね」とシャルロット。

「実戦で成長するタイプなのでしょう。シアノスの剣から学んでいたようにも見えましたわ」

セシリアの言葉になるほどと納得したのは千冬ばかりではなく、一夏もだった。

「俺はかなり太刀筋が固まってきてるからなあ」

『経験を積む段階に入ってるんだよね』

そう白虎が解説したように、一夏は既に太刀筋が自分の型として固まっている。

悪い意味ではなく、いわば完成しつつあるということだ。

ここからの成長は、様々な経験を積んでいくことで、自分の剣を如何に相手にぶつけていくかということになる。

相手の剣から型を学ぶのではなく、自分の戦い方を固める段階に入っているということだ。

そうなるとシアノスと戦うことも、今回のようにアシュラと戦ったことも実のところ同じ意味を持つ。

様々な敵と戦って自分の剣を鍛えることが重要だからだ。

だが、まだ剣そのものが成長途上のまどかは違う。

純粋な剣士から剣を学び、もっと自分の剣を自分に合わせて変化させていく必要がある。

その意味で考えるならば、今回まどかがシアノスと戦ったことは剣を学ぶ上で非常にプラスになっただろう。

今後もまどかが乱入してくるかどうかはわからないが、できるならばしばらくはシアノスにまどかの相手をしてほしいところである。

「経験を積むってゆーなら、ナターシャさんのほうが良かったみたい」

『初の実戦だかんなー。ナタルの奴にゃーありがてーだろーよ』

ティナやヴェノムの言うとおり、今回のワシントンでの戦闘で一番良い経験をしたのはナターシャだろう。

今後を考えても、もっと実戦を積むべきだといえるナターシャだが、女性権利団体がうるさすぎてめったに前線に出られない。

ある意味一番不運なAS操縦者だけに、今回はナターシャを中心に学園のメンバーはサポートに徹したという。

「ファイルスを中心にしたのは正解だ。アメリカでの協力体制を整える上でも、もう少しファイルスや現場のIS操縦者たちの意見を通せるようにしておかなければな」

そう言って千冬は苦笑する。

アメリカで一番難しいことだが、できないなどとは言っていられないのだ。

(ファイルスとクラリッサの協力は不可欠だからな……)

今、一番頭を悩ませている問題を解決するためには、生徒たちの力では難しい。

どうしても、ナターシャやクラリッサの協力が重要になることを千冬は理解していた。

「一番気になっていたのはサフィルスだが、奴はどうしていた?」

そう千冬が問いかけると、ワシントン組が一様に生暖かい笑みを浮かべる。

「どうした?」

「いやもう、アレはアレでいいんじゃないかな、と」

「突っ込みどころ満載の高飛車ぶりが、何かもう微笑ましくて」

「むしろそっとしておきたい気がします、教官」

『アンスラックスが頭を下げたのが余程嬉しかったのでしょう』

「煽てればそのまま天に昇りそうな感じでしたわ」

「そ、そうか……」

深く突っ込んではいけない世界があったようで、千冬は話を変える。

一番気になっているのは、一夏たちとアシュラ、そして諒兵たちとタテナシの結果のほうだからだ。

「アシュラは確かに強いな。連撃はまず効かない」

『手数の勝負はしないほうがいいみたい』

「あー、俺たちが戦ったときも連続攻撃に対しては余裕だったな」

そういって諒兵がため息をつく。

まどかとのお出かけのとき、簪と共にアシュラと戦ったが、腕を増やしたつもりでも難なく対応されていたことを思い出したのだ。

やはり、左右三対、六本の腕を持つのは伊達ではない。

『文字通り、手数が違います。剛剣一発のほうがいいでしょうね』

そう言うのは諒兵と共に戦ったレオである。

やはり実感、むしろ痛感しているらしい。

手の数を増やしただけでは、決して勝てない相手だということだ。

そして。

「こういっちゃなんだけどよ、タテナシはけっこう面白え戦い方しやがるぜ?」

「「えっ?」」

と、声を揃えたのは更識家の姉妹。

諒兵の評価を意外に思ったらしい。

『暗部に対抗する暗部、つまり暗殺者としては超一流です。それだけに戦い方が諒兵に近いんですよ』

「あ、そうか。一度生徒会長さんと一緒に戦ったとき、アイツ状況に応じてコロコロ変わってた」

『変幻自在はリョウヘイと一緒なんだね』

暗殺者と呼ばれる者たちは、一を極める求道者の対極にいる。

『殺害』という目的を果たすためならば、様々な方法をとってくる。

臨機応変と言ってもいいだろう。

実は諒兵の戦い方が、コレに近いのだ。

無論、『殺害』などといったことはしないが、『勝利』するという目的のためであれば、その場にあるモノを何でも利用する。

自分の力すらも。

「持ってる力を自分と状況に合わせて変えてくる。だからけっこう面白え。……けどよ」

「あー、おっかねえとも思ったんだな、お前?」

「おっかない?」

弾の言葉に、数馬が問いかける。

諒兵が怖いと思うというのはどういうことかと思ったからだ。

「情けねえ話だけどよ、アイツ、経験値が桁違いだ。輪っかの情報なんか?」

『いいえ、おそらく、タテナシ個人の経験でしょうね』

『エンジェル・ハイロゥに戻らず、妖刀として過ごしてきたんだ。おそらくその情報を独り占めしている』

『ズルい』

『ていうか、セコい?』

レオ、アゼル、エル、そして白虎が続けて評価してくる。

タテナシは、自身が妖刀として過ごしてきた経験を、自分だけの情報として使っているのだろうという。

そうすることで、他の者たちとは違う力を持つようにしたということだ。

「厄介な強みを持つな……」

そう言って千冬はため息をついた。

経験から来る変幻自在の戦い方が出来るということは、非常に倒しにくいということだからだ。

「アシュラもそうだが、タテナシも一騎打ちは今後避ける。特にタテナシは平気で命を狙ってくるからな」

アシュラには自分を壁として人間を乗り越えさせようという意識がある。

だから、そこまでの非道はしないといえる。

しかし、タテナシは自分の命すら平気で賭けることができるような個性をしている。

場合によっては命に関わるような敵を前に、一騎打ちなど無謀の極みだろう。

「わかってくれるか?」

「あいよ」

「わかったよ千冬姉」

問いかけた千冬に対し、苦笑いを見せる二人に千冬も苦笑を返していた。

 

それはともかくとして、本日の主役は。

「あでぃがどー、じろー」

『今はヒエンじゃ。というか妾はどこぞの樺太犬か、たわけ』

涙声でしがみつく束でも、冷静に突っ込むシロこと飛燕でもない。

「あー、姉さんも感謝してるんだ。大目に見てやってくれないか?」

一人と一機に挟まれたまま苦笑いする箒である。

「でもー、ずっどじんばいだっだがらぁー」

『ママ泣かないでー』

束の頭をよしよしするヴィヴィが妙にはまっているのが微笑ましい。

そんな姿を見て、箒は思う。

今まで、姉である束のいったい何を見てきたのだろうか、と。

今の姿は本当に妹思いのただのお姉ちゃんでしかない。

『天災』と呼ばれるような超越した科学者の印象などない。

でも、間違いなく束なのだと箒には確信できる。

家族だけでも何とか大事にしようと、理解できなくても関係を作ろうとしていたのだとわかる。

それをさせなかったのは周囲なのだ。

束を理解できない者たちが、束を壁の外に追い出してしまっていただけだ。

(私も、その一人か)

理解できないなら、理解しなければいい。

使える部分だけ使っていけばいい。

かつて箒はそうしてしまったのだ。紅椿をねだるというかたちで。

そんな態度に束が気づかないはずがない。

だからこそ、あのとき二人の関係には大きなひびが入るはずだった。

だが、計算してのことではないと思いたいが、紅椿が離反したことでひびが入るどころではなくなってしまった。

箒にとっても、束にとっても計算外の事態になったことで、二人の姉妹関係など考える余裕がなくなってしまったのだ。

結果としてそれが束が自身の在り方を見直すきっかけにもなった。

問題があったとしたならば、箒が自身の在り方を見直すのに時間がかかりすぎてしまったことだ。

もし、もっと早く箒が自身を見直せていれば、姉妹関係は既に良好になっていたかもしれない。

とはいえ、それは推測でしかないのだが。

(いずれにしても、私自身が止まっていたせいで、何も進まなかっただけだ。その点は反省しなくては……)

そう考えられるようになったことが、箒の成長だと言えるだろう。

まだまだ途上ではあっても、第一歩は確かに踏み出せたのだ。

ここから『どうなるか』は、今後の付き合い方次第。

ゆえに、箒は次の目標は決めている。

今の勢いを利用するのではなく、戦士として戦えると自身が納得したときには。

(一夏に告白しよう。ちゃんと想いを伝えて、そこから始めよう)

鈴音が何歩も先を行ってしまっているのはわかっているけれど、だからこそ、スタートラインに立つためにも自信を持って告白することが大事だと箒は理解している。

ゆえに。

「一夏」

「ん?」と、いつもよりもいささか晴れ晴れした様子の一夏の顔に、箒は微笑みかける。

その理由も何となくわかる。

一緒に強くなっていく仲間を求めている少年にとって、箒が飛燕と共に進化できたことは喜ばしいことなのだ。

だからこそ、今、一夏が仲間として近くに存在していることが箒にも理解できる。

だが、まだまだだ。

「私はしばらくは更識と共に学園の防衛をしたい。前線で戦うには経験が少なすぎる」

「それでいいのか?」

「私はいいよ?」と、簪はあっさりとOKを出す。

「私としてもそう言ってくれるのはありがたい」

「千冬姉」

「今まで共に訓練をしてきたことを考えても、篠ノ之は更識簪と連携を組み立てていくほうがいいからな」

同時に、学園防衛であれば、エネルギー切れになったときの対応が早いのだ。

何しろ雪片弐型と緋宵が融合して進化した『紅鬼丸』の『零落白夜』はエネルギー消費が激しすぎる。

必要に迫られれば撃たざるを得ないが、撃った後、エネルギー切れになるような武装など、敵地どころか少し離れたくらいの遠距離でも使わせたくないのだ。

「つまり、撃たずに倒せるだけの剣を身につけてほしい」

「はい」

「それに更識刀奈は国内である場合、前線に飛ぶ必要があるからな。防衛力強化は必須なんだ」

「すぐに、とは言えません」

「すぐに、とは言わん。そのためにも、学園で戦い方を学んでほしい」

「わかりました」

そう言って、箒は素直に頭を下げる。

今までの箒を見てきた者たちからすれば、驚くような光景だろう。

だが、箒自身は実はそれほど変わっているわけではない。

自分を知り、そして自分を好きになろうとしているだけなのだ。

それは、傍目には激変したように見えても、本人にとってはほんの僅かな変化なのである。

「変われば変わるもんねー」

と、鈴音が感心したような表情を見せると、箒は苦笑いを見せた。

「そんなことはない。たいして変わってはいないんだ。ちょっとだけ、自分を好きになってみようと思っただけだ」

『それでいいのじゃ。そんなおぬしだからこそ、気にするおのこも現れようぞ?』

「いやっ、箒ちゃんにはまだ早いんじゃないかなっ?!」

『何を姉バカになっとるんじゃ、たわけ』

飛燕のセリフに対し、束が焦った様子を見せるので、みんながどっと笑っている。

そんな光景も、今の箒ならば余裕をもって見ることができる。

環境に馴染むことができないと思い込み、ただ一人悶々と過ごしていた六年間はまさに無意味な時間だった。

変わりたいけど変われない。

そんな自分を嫌い続ける悲しい時間だった。

だが、変わる必要はないのだ。

 

自分は、自分のままでいい。

 

それはごく当たり前の考え方でしかない。

だが、それを見つけ出すことが箒にはできなかった。

見つけさせてくれる友が箒にはいなかった。

そんな友を作ろうとしなかった。

厳しい言葉で自分を奮い立たせてくれるような存在を避け続けていた。

(鈴音のような……あれ?)

一瞬、考えてはいけないような想像が思い浮かぶ。

自分に厳しい言葉をかけてきた相手がティンクルだということは理解しているが、その言葉は鈴音と会話したときにも聞いた。

似ているからだろうか。

そんな理由ではないような気がする。

そこに。

『おめー、いーとこに気づいたな』

いきなり頭の中に声が響く。

(ヴェノム、だったか?)

『わんころに聞こえねーよーにするのはきちーから、要点だけ話す』

わんころとはシロだのじろーだのと呼ばれている飛燕のことだろう。

そんなことはどうでもいい。

まさかヴェノムが自分に話しかけてくるとは思わなかった箒は、少なからず驚いてしまう。

『アホ猫と飼い主、ティンクルとディアマンテから目ぇ離すな。おめーなら客観的に見られるはずだ』

(何故だ?)

『用件はそれだけだ。話すときゃーこっちから声かける』

それだけを言うと、ヴェノムは話しかけてこなくなる。

箒がティナに視線を向けると、鈴音たちと談笑しているだけだった。

どうやらヴェノムが独断で話しかけてきたらしい。

必要以上に追求すると、話が拗れるかもしれないと感じた箒はヴェノムの言葉だけを記憶して、再び、焦ったままの束と肩に乗って呆れ顔を見せる飛燕に意識を向ける。

 

そして。

「それと、博士と束から、今起きている新たな問題について説明がある」

「今日は無理だよー」

「明日でいい。ただ、あまりのんびりはしていられないんだろう?」

『そうじゃな。アンスラックスが言った期限より確実に前倒しが起こる。準備は急ぐべきじゃぞ、チフユ』

「やべえんかよ?」と諒兵。

一夏や他の者たちも表情を厳しくしている。

「我々にとってもASたちにとっても大きな問題であるらしい」

「ちょっと一言じゃ説明できないんだよ。今日準備するから」

『我々もおぼろげに感じている。直接見に行った者もいるんだろう?』

と、オーステルンが問うと、飛燕が肯いた。

『妾とテンロウは直接赴いたが外観を見ることができただけじゃ。中身はさっぱりじゃったな』

『ならば、正確な情報を共有するべきですね』

そうブルー・フェザーが意見を提示すると、一同は肯く。

「ゆえに明日だ。いずれにしても今日は整備と休息を取ってくれ」

『了解』と、全員が声を揃えて返事をしたことで、その場は解散となったのだった。

 

 

 

 

 


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