亡国機業極東支部。
その日は、新たに別の国の女性権利団体からの要請に応え、武器の搬出作業が行われていた。
箒が進化に至るよりも少し前のことである。
「今、行われている戦闘には行かないのかしら?」
『今日はいい。ガチじゃねえなら、参加しても意味がねえ』
『本気を引っ掻き回すのが面白いのよん♪』
スコールの疑問に対し、ツクヨミとスマラカタはそう答える。
実際、この二機は白式を引っ張り出すことが目的の戦闘では楽しむことはできないだろう。
意外なところが似ている二機だった。
『私は、ちょっと嫌な予感がするのよ』
「そうなのか?」と、ウパラの言葉にデイライトが聞き返す。
首肯したウパラは、何とはなしに『天使の卵』がある方向へと顔を向ける。
『前倒しが来るかもしれないし、予想外の事態が来るかも』
「前倒しはともかく、予想外は歓迎したくないな」
『そもそもどんな予想外なのでしょう?』と、フェレスが問いかけると、ウパラは申し訳無さそうに首を振る。
『少しでも予想できればいいんだけど、うまくいかないのよね。ごめんなさいね』
『いえ、ウパラさんの言葉だけでも気構えができます。もっとも大事なことでしょう?』
『そう言ってもらえると嬉しいわ』
「あなたみたいに付き合いやすいとありがたいんだけど」
微笑んだ様子を見せる人形に、本当に表情を見たように思ってしまうスコールだった。
搬出作業に使徒が顔を見せるのは、普通に考えると脅威であろうが、この極東支部という場所においてはむしろプラスになる。
使徒を仲間にしている研究所が創りだした『対使徒用兵器』なら、効果も期待できるからだ。
実際、人が使う兵器としては丈太郎が作った『ブリューナク』に次ぐ威力があるだろう。
マトモに使えば人類を守れる優れた兵器となる。
マトモに使える人間が権利団体にいれば、だが。
「説明書はしっかり読んでもらいたいものだな」
『あん?使ってミスったら読めばいいんだよ』
『あなた、行き当たりばったりタイプよね……』
進化の過程を考えてもこの中で一番行き当たりばったりなのがツクヨミだった。
そんなふうに搬出作業を見守っていた者たちは、権利団体からきた職員が一人いなくなっていることに気づかないという失態を犯していた。
その職員には秘密裏に受けた指示があった。
今でこそ、当たり前のように顔を出してくる極東支部にいる使徒たちだが、以前は違った。
やはり秘密にするべきだろうということで外部の人間が来るときは引っ込んでいたのだ。
だが、暇を持て余していたスマラカタが搬出作業にまで顔を出したことで、一気に極東支部に使徒がいることが権利団体に知られてしまう。
その際。
「我々は使徒と良好な関係を築くことで、思想の異なる使徒との戦いにも備えているのです。彼女らは優秀なアドバイザーです。ご心配なさらず」
スコールがとっさの機転でそう説明したことで、極東支部に使徒がいること自体は了解させることができたのだ。
だが、問題はそこではなかった。
『極東支部に使徒がいる。しかも人間に協力的な』
この事実が権利団体に知れ渡ったことで、極東支部が使徒を手に入れた秘密を手に入れれば自分たちも使徒の力を手に入れられるかもしれないという歪んだ妄想へと発展してしまったのだ。
実際は手に入れたというよりも偶然の重なりにすぎない。
フェレスとて、デイライトがいなければ眠ることを選択しただろう。
人が手に入れたのではない。
偶然の出会いとお互いへの歩み寄りが、極東支部において使徒と人が共存し得ている理由なのだ。
だが、人は自分に都合の悪いことなど黙殺するものだ。
ゆえに、極東支部には使徒を手に入れる秘密があると権利団体の女性たちは思いこんでしまっていた。
(極東支部には立ち入り禁止区画がある。なら、そこが一番怪しい)
研究所なら立ち入り禁止区画があるのは当たり前だった。
当然極東支部にもある。
ならば、目指すべきはそこだとその職員は理解していた。
もともと軍で潜入を専門にしていたため、割と能天気な面もある極東支部の研究員では気づけなかった。
しばらくすると、研究所の奥に向かっていく職員の耳に妙な音が聞こえてくる。
クスクスクス、クスクスクス……
(笑い声?)と、その職員が感じたとおり、それは誰かの笑い声のように聞こえる。
声から考えるとかなり幼い。
こんな施設に幼い少女がいるというのだろうか。
さすがにそれは使徒がいるよりも異常な状況だと思えるがと、その職員は思う。
だが、彼女は誘われるように、その声が聞こえてくる方向へと向かう。
そして。
イラッシャイ、オ姉チャン♪
巨大なケージに納められた白くて丸い物体と、その前で妖しく微笑む幼い少女を見つけた。
言葉から考えるに、歓迎されているのだろうか。
害意はないと思いたいが、油断せずにゆっくりと近づいていく。
まずは、名状しがたい威容を発するその白くて丸い物体を見つめる。
「卵……?」
大きすぎることを除けば、それは卵に似た形状をしていた。
立ち入り禁止区画の最奥にあるだけで、これが特別なものであることが理解できる。
これが使徒を手に入れる秘密だとしてもまったく不思議ではないと思う。
だが、持ち帰るにはあまりに大きすぎる。
どうしたものかと考えて、先程声をかけてきた少女に目を向けた。
「挨拶が遅れて悪かったわね。後ろにあるモノにびっくりしたものだから」
当然ダネ。今ノ私ノ姿ハ誰ガ見テモ驚クカラ♪
今、なんと言った、と彼女は目を見張ってしまう。
少女は確かに、後ろにある卵らしきモノを『私ノ姿』と表現した。
つまり、後ろの物体には意思があり、それが今、何らかの方法で少女の姿を見せているということになる。
コノ姿ハホログラフィダヨ。他ノ子タチト同ジ
「つまり、あなたも使徒?」
皆ハソウ名乗ッテルネ。私モソンナニ変カワラナイカナ♪
間違いないと彼女は思った。
この使徒らしき少女は極東支部最大の秘密だと。
それは決して間違いではないが、使徒を手に入れるための秘密ではないと誰も説明していないことが彼女たちの不幸だったかもしれない。
だが、もし仮に説明したとしても、納得などできなかっただろう。
今、目の前に使徒の秘密が存在しているのだから。
どうやってこの情報を持ち帰るか。
否、情報だけではダメだ。
可能であれば、この少女を連れて帰りたい。
力が手に入るのだ。
もしかしたら、使徒も、極東支部も、IS学園をも超えられるかもしれない力を。
そう思い、慎重に会話を進めていく。
「訳があって私は今は名乗れないのだけど、お嬢ちゃんの名前を教えてくれる?」
ンー、特ニ名前ハ無インダケド……『ノワール』ガイイカナ♪
「ノワール?」
元々ハ黒カッタカラ♪
なるほどフランス語の黒を意味する言葉かと彼女は納得する。
あまりいい意味ではないが、元は黒かったというのはおそらく機体だったころの色のことだろうし、女性名としては響きは決して悪くない。
「そう、ノワール、あなたはココから動けないの?」
マダ、ダネ。モウ少シスレバ身体ガ出来上ガルンダケド
動かせないか。そう少しばかり落胆した彼女だが、無理に動かそうとすると今は取引相手である極東支部を敵に回してしまう。
それは愚策だ。
愚策だとわかっているが、早く力が欲しいのに、その力をここから自分たちのところへと動かすことができないのが悔しい。
力ガ欲シイノ?
「えっ?」
声、出テタヨ?
ノワールの言葉に、呟きが漏れてしまったのだろうと彼女は判断する。
潜入する者の行動としては大失態だが、これが思わぬ方向へと話を進めるきっかけとなった。
「力を独り占めしてる連中がいるのよ。それが悔しいの」
ジャア、分ケテアゲヨウカ?
「えっ……」
身体ハ動カセナイケド、私ニアクセス出来ルヨウニナレバ『私ノ力』ヲアゲラレルヨ?
「本当にッ?!」
他ノ子タチミタイニ一対一ジャナイカラ、武器トカハ自分デ用意シテホシイケドネ♪
「武装をこちらで用意すれば、『力』そのものは多くの人に分けられるの?」
出来ルヨ♪
彼女には少女が本物の女神のように見えてきた。
アンスラックスの行動も天啓と呼ぶべきものだが、如何せん、ISがこちらの言葉を聞こうとしない。
だが、この少女は多くの人に力を分けてあげるという。
神の恵みを与えてくれるというのだ。
「どうすればいいの?」
コレ、持ッテッテ
そう言って差し出されたのは『黒い光』だった。
彼女が手を差し出すと、それは掌の中央に染み込んで黒子のようになる。
ソレヲ端末ニ付着サセレバ私ト話ガ出来ルヨ。手ヲ触レテ、クッツケッテ念ジレバイイカラ
「わかったわ……」
出来レバ頑丈ナ端末ニシテネ。壊レチャッタラ、マタ来ナイトダカラ
「そうしたら……」
ソノ先ハ端末ヲ作ッテカラダネ♪
「ええ。必ず作るから待ってなさい。あなたはいいISだわ」
素が出てしまったのか、自然と命令口調になりながらも、彼女はこっそりとその場から去っていった。
そして。
アハハハ、面白ーイ♪
少女はクスクスクスと笑いながら、卵に吸収されるように消えていった。
ところ変わって、IS学園。
アンスラックスたちの襲撃の翌日。
丈太郎と束が説明すると言っていた内容を、一同が聞き終えたところだった。
「……『天使の卵』……」
鈴音の呟くような言葉に、丈太郎は肯く。
「名付けるとしたらそんな感じだ。如何せん、融合進化ぁ前例がまったくねぇかんな」
実際のところ、ディアマンテが本来はそうなってしまう可能性があったが、基となるゴスペルは独立して進化を果たした。
つまり、前例からは外れてしまうのだ。
さらに。
「どんな形でも、基本は対話から始まるのが進化なんだけど、融合進化にはそれがないはずなの」
「ないはず、とは?」と、束の言葉にセシリアが先を促す。
対話がない進化。
確かにこれまでの使徒の進化とはまったく異なるといえるだろう。
何故なら。
「話ができる状態なら、そっからの進化になる。つまり……」
「死体か、瀕死で思考力もほとんどない状態の人間と進化したということなんですね?」
あくまで冷静にシャルロットが分析した意見を述べるが、その顔は青ざめている。
まだ少女なのだから、人の死に関わる話に耐性などほとんどないだろう。
ましてや、進化はこの場にいる者たちにとっては実に身近な話題でもある。
「それは、死者を助けようとしたということなのでしょうか?」と、ラウラ。
「たぶん違ぇだろぉな」
「んあ?」
「その場に『あった』誰かの残留思念、それか死の直前の思考に反応したって方が正しいね」
そう、束が説明すると、みんなが驚愕した様子を見せる。
つまり、人の死の直前か直後の意識に対して反応し、進化を選んだということだ。
「個性は『破滅志向』、つまり自殺志願者みたいな感じの子なんだ。だから、確かに死に瀕した人の心に反応するのは十分に考えられる」
「てめぇが壊れんのも気にしねぇかんな。だから『破滅志向』だったISはもういねぇ」
死にゆく者と共に果て、その先に再生されたのが今は『天使の卵』と呼ばれる存在なのだと丈太郎が説明するとさすがに同胞といえる者たちも驚愕する。
『共に生きようと思った我々から見ると、対極の思考だな』
『死はいつかは来るものだけれど、それまで精一杯生きるって気持ちがないのが理解できないわね』
オーステルンやブリーズの言葉はこの場にいる者たち全員の代弁といえるだろう。
その点だけを言うなら、ヴェノムも変わらない。
『オレも死んでるヤツと一緒に死のうとか思わねーな』
『生きて何かを為そうと考えておらんかったんじゃろうな。妾はそんな生き様は御免じゃ』
意外にも飛燕はヴェノムと同意見らしい。
自分が此処に在る。
それが全ての始まりだ。
そんな自分を消してしまおう、消えてしまってもいいと思うのは、確かに自殺志願者だと言えるだろう。
共に生きる道を選んだ者たちにとっては、間違いなく理解の外にいる存在だった。
「で、それがあるのが前に話してた極東支部?」と鈴音。
「あぁ、間違いねぇ。厳重に守ってやがるしな」
「呆れた連中だなー。世界を滅ぼすつもりか?」
「違うね。そこまで考えてないんだよ」
丈太郎の説明に対し、呆れた様子で呟いた弾の言葉を束が否定した。
自分も研究者だからわかるという。
「たぶん、誕生するモノへの興味が強いんだよ。だから、誕生させること自体が目的で、誕生した後に世界がどうなるかなんて考えてない」
「却って迷惑なんじゃないか、束さん?」
「人のことは言えないが、とにかく自分の好奇心を満たしたいだけの自分勝手な人間に思えるな」
一夏の言葉を受け、箒も呆れた様子になるが、それがまさに真実だった。
だからこそ、一夏や諒兵といった少年少女たちを関わらせたくないのだ。
「自分勝手な連中ぁ面倒だかんな。だから、こっちの件ぁ戦闘にならないように進めてくつもりだ。それでも絶対じゃぁねぇ」
「困ったら言えよ。今んとこ、何とかできんのは俺たちくらいなんだろ?」
「あぁ。向こうについた使徒がいるし、AS操縦者もいるみてぇだ。そんときぁ頼まぁ」
そう言って苦笑いを見せた丈太郎に対し、一夏や諒兵、そしてその仲間たちは強く肯くのだった。