アメリカ、ワシントンD.C.
この地にはアメリカ空軍本部が置かれているボーリング空軍基地がある。
そして、この基地にアメリカのIS部隊が所属している。
アメリカ国防総省であるペンタゴンが近郊に存在することを考えても当然のことであった。
現在、アメリカ唯一のAS操縦者となったナターシャ・ファイルスもこの基地に所属していた。
「ナタル!」
ナターシャに声をかけてきたのは、彼女の幼馴染みであり、同時にアメリカ国家代表でもあるイーリス・コーリングだった。
見た目はかなりの美女だが中性的な面が強く、女子の人気も高い。
国家代表であることを考えても、アメリカでの人気は千冬を上回る。
自分の国の代表選手を誇りに思うのは、どの国でも同じということだろう。
そんな彼女に、ナターシャとそのパートナーはいささか驚いた様子を見せた。
「イーリス、久しぶりね」
『ケガはいいの?』
「さすがにそろそろベッドの上も飽きたからな。イヴも見舞いに来てくれてありがとな」
イーリスはISに深く接してきただけに、ASに対する理解も深い。
対等な相手がいれば、共生進化も可能なタイプの操縦者だったと言えるだろう。
『ISにケガさせられたのに、仲良くしてくれるのは嬉しいの』
「アイツと上手く話ができなかったのはあたしの方だしな。どうせならファングと拳で語ってみたかった」
「相変わらずね」とナターシャは苦笑してしまう。
イーリスは性格ゆえか、戦いとなると周りが見えなくなるところがある。
実はヘリオドールとなったファング・クエイクとは似た性格をしていたために、共生進化も決して不可能ではなかっただろう。
彼女の場合、離反はタイミングの問題であったところが大きかった。
「まあ、国防をナタル一人に押し付けることになったのは、悪いと思ってるけど」
「気にしないでいいわ。ティナも立場上はアメリカのAS操縦者になったから、負担はそこまで大きくないし」
「何がどうなるか、わからないもんだなあ」
『人間関係と同じなの。上手くいくかどうかなんて誰にもわからないの』
「だな」とそういってイーリスはにかっと笑う。
国家代表まで登りつめただけあって、イーリスは無理に力を欲するようなことはないらしい。
苦労を幼馴染みや後輩に押し付けることになってしまったことを悔いてはいるが、AS操縦者となったイーリスはナターシャやティナに嫉妬するような狭量な性格ではなかった。
「それで、今日はどうしたの?」
「鍛え直しさ。進化できないとしても戦えないんじゃホントにお前を苦労させるだけだからな。日本のセブン・カラーズもPSで戦ってるそうだし、負けてられない」
真耶の場合は別の不幸に見舞われてしまったが、それでもPS部隊の隊長として戦っているのは間違いない。
頑張ってるかといわれると、最近は微妙な気がしないでもないが。
とはいえ、そんなイーリスのやる気に水を差すほどナターシャは空気が読めなくはなかった。
「訓練はいいけど無理はダメよ。病み上がりでしょう?」
「リハビリも兼ねて、だよ」
『ほどほどに頑張るの』
「ああ。と、もう一つ。ナタル、最近、連中は何か言ってきたか?」
イヴの言葉には笑顔を返したが、切り替えるかのように真剣な眼差しで聞いてきたイーリスにナターシャも真剣な表情になる。
「最近は静かね。ブリュンヒルデからの情報だと壊滅したはずの亡国機業の支部、いわば亡霊から武器を買っているらしいけど」
「かなり使えるって噂の武器らしいな。こっちに回す気はないみたいだけど」
「そうね……」
あえて二人とも明言はしないが、アメリカの女性権利団体を指しての会話である。
彼女たちが購入している武器は使徒にも有効だと噂されている。
だが、その武器が本来もっとも使いこなせるだろうナターシャやイーリスたちアメリカのIS部隊には回ってこない。
その意味を考えると嫌な気分になるのは、普通の人間なら当たり前のことだろう。
「連中、何と戦う気なんだろうな?」
「今の世界が間違っていると思っているようだし、敵対する使徒や覚醒ISに銃口を向ける気があるとは思えないわね……」
『というか、誰にも向けてほしくないの』
「そうね、イヴ……」
使徒に有効な武器。
その銃口が、極端な女尊男卑思想が修正されつつある社会に、そしてその社会に生きる人々やISたちに向かないことを祈る二人と一機だった。
ところ変わってIS学園。
『天使の卵』について説明を受けた一同は、戦う可能性がある極東支部側についた使徒やASについて、天狼から説明を受けていた。
「フェレス?」と、問い返したのはシャルロットである。
やはりこういった情報収集と分析においては彼女が一番であり、貪欲に情報を集める面があった。
『極東支部の人間をパートナーとしたASです』
「ならば、一緒に戦っている方がいるということですわね?」
『それが、少し違うようです。聞く限りASではあるのですが、レっすんが自分のためのアバターを作って戦闘をしているため戦場にパートナーは出てこないとか』
『共生進化したのに?』と、白虎が不思議そうに問いかける。
白虎やレオは一緒にいることを目的に共生進化したため、それがASであると考えている。
そのため、わざわざアバターを作るのは不思議なのだろう。
とはいえ、向こうには向こうの理由があるのだ。
『身体を別にすれば、物理的にお手伝いも出来るんでしょう。どうもパートナーは生粋の研究者らしいので』
『もともと戦闘をする気も、させる気もなかったということか?』と、オーステルンが問いただすと、天狼は肯いた。
実際、それが一番理由として考えられるのだ。
『戦っているというより、極東支部を守っているのはレっすんの意志でしょうね。パートナーは戦闘をするようになったあの方にバックアップとして協力しているのでしょう』
「協力とは?」と、ラウラ。
『理由は明確にはわかりませんが、レっすんは武装をいくつも積み替えられるようです』
「えっ、ホントっ?!」
これまでの常識から考えると相当な異能であるだけにシャルロットが驚く。
もっとも驚いているのは他の者たちも同じだが。
基本的にASは武装の積み替えができないからだ。
『パートナーの方には戦闘に対する興味がまったく無かったんでじょう。そのために得た能力なのかもしれませんねえ』
まして、極東支部は研究開発の支部だ。
武装を創るくらいのことは、たいした手間にはならないだろう。
もっとも、こちら側にとっては面倒なことこの上ないとシャルロットが呟く。
「一度戦っても、次は別の戦いを見せてくる可能性があるんだ……。厄介かも」
『そうですねえ。一番厄介かもしれません。出会うたびに武装が違うのでは、攻略の糸口を掴むのが面倒ですし』
「めんどくせえヤツだな」
『性格はとても良いらしいですけどね。極東支部側にいることを除けば、人そのものには害意を持っていないとか。一番近い性格のISコアはマンテんになるでしょう』
「……なんで敵側にそういったISコアが行っちゃうかなあ」
鈴音が苦笑いしつつそんな気持ちを明かすと、全員が同じような微妙な表情になってしまう。
敵側に性格の良い者がいると、どうにも戦い辛くなってしまうからだ。
『それもまた戦いなんですよ。お互い譲れないものがあるということです』
「できれば、倒さずに止めたいな」と、一夏も思わず本音を漏らしてしまう。
だが、逆にフェレスは戦闘では倒せないと天狼が告げてくる。
『本体はパートナーの方と一緒にいるはずです。仮に身体が破壊されたとしても時間をかければ再生できるでしょう。この方を倒すとなると……』
『パートナーってヤツを殺っちまわなきゃなんねーってことか』
さすがにこういったことをはっきりいうのはヴェノムしかいないが、ASは全員わかっていた様子で肯いた。
ただ、これはある意味では朗報である。
「そうなると、ある程度破壊すれば時間稼ぎになるのか」
『そうですね。死なせるわけではありませんし、逆に容赦しない方がよいでしょう』
いずれよしても、フェレスは面倒な相手ではあるが、倒せれば時間を稼ぐことが出来るし、死なせることは少なくとも今のIS学園の戦闘部隊ではできないので、戦っていて心理的負担は少ない相手なのである。
性格が良いので戦い難くはあるだろうが。
さらに。
『カーたんとつっきーは確実に向こう側で戦うでしょうね』
『スマのヤツの炎は厄介だぞ』
「ツクヨミのでけえ剣もな」
スマラカタの同僚であったヴェノム、そしてツクヨミと戦ったことがある諒兵がそう口を揃える。
実際、スマラカタは炎を自在に操ることが出来るため、実はかなりの万能型の戦闘が出来るのだ。
前衛から後衛までこなせる優秀な使徒なのである。
対してツクヨミは剣を持っていることを考えても完全な前衛型だ。
ただし、サフィルス陣営のシアノスと違って、その戦い方は自由奔放すぎるのだが。
「先のフェレスと合わせると、部隊としての基本は揃っているのか」
『そうね。マジメに戦うならきっちり組み合わせを考えてくるでしょうし、こっちも部隊として力を合わせていかないと勝てないわ』
そして、その点を考える上で重要なポイントは、いまだ姿を見せないヘル・ハウンドだ。
どうなっているのかがわからないためである。
『私は進化していると思いますよ?おそらくは独立で』
「そう考えるのが無難だろうね。ただ、そうなると極東支部でどうやって進化したのかって問題が出てくるけど」
シャルロットの言葉どおりである。
今ここでヘル・ハウンドの進化後の機能などについて論じても意味は無い。
むしろ、どうやって進化させたのかということが重要になってくるのだ。
「独立だと思われた根拠は?」と、セシリアが問い詰める。
『おそらくですが、『天使の卵』から進化のパルスのみを抜き出し、ヘルさんと同調させることは可能と思います。このパルスは保存できるでしょうし、今の極東支部なら覚醒ISを独立進化させることは可能なはずです』
「それ、とんでもない技術じゃない?」と鈴音が驚くと、天狼はあっさり肯いた。
『この点も含め、実は極東支部を叩き潰すのは得策ではないんですよ』
「そうなのか?」と、一夏。
『彼らは覚醒ISと良好な関係を築いたうえで、IS学園とも違う優れた研究をしてきています。『天使の卵』さえ何とか出来るなら、むしろ提携したいくらいですよ』
単純に『天使の卵』に対する考え方の違いが敵味方に分かれている理由なのである。
そして、彼らは邪魔をしなければ、こちらの邪魔をしない。
潤沢な資金を提供すれば、更に優れた研究結果を出してきてくれる可能性もある。
「IS学園の研究だけでは足りない点を補ってくれます。今後、私たちと人が共存して行く上でも、彼らは叩き潰すべきではありませんね』
「なんかややっこしいな」
「悪い人じゃないけど厄介なのかあ」
と、男二人が首を捻ると天狼を含めASたちは苦笑いを見せる。
ISコアのことを大切に、それでいてしっかり研究しているという点は一夏と諒兵にとってはむしろ共感できる部分だということだからだ。
ある意味では純粋な人間たちの集まりである極東支部は、特に一夏と諒兵が『憎悪』の感情を向ける相手ではない。
実は戦う相手としては決して悪くないのだ。
人間の醜さを知るには、この場にいる戦士たちは若すぎるため、逆に極東支部のような純粋さを持つ人間たちと、お互いの考えをぶつけるほうが少年少女たちには向いているといえる。
語弊はあろうが極東支部は『きれいな敵』なのである。
ゆえに。
『ヘルさんも性格は良い方ですから極東支部との戦いでは妥協点を見つけることが重要です』
「妥協点?」と、一同が口を揃えて聞き返すと天狼は重々しく肯いた。
『正確には『天使の卵』を省いた状態で、お互いの在り方を受け入れるということなんですよ』
邪魔をしなければ邪魔をしない。
それがIS学園と極東支部の関係だ。
そして極東支部は積極的に犯罪的行為をすることは多くない。
そもそもが研究開発の支部だからだ。
納得がいく研究が出来るならスポンサーが誰でも気にしないし、研究結果をどう使われても気にしない。
「使う人間が問題なんですね」というシャルロットの言葉に天狼は再び肯く。
『彼らが開発するものは私たちにとっても有用です。そして有効な使い方をしているなら、彼らは私たちに害意を持たないでしょう』
「だから、相手の言い分を受け入れつつ、こっちの主張も受け入れさせるってことなのね?」
『はい。それが妥協です。でも、コレはあなたたちにとっても決して悪い内容ではないと思いますよ?』
確かに、人間相手に戦争するなどということになれば少年少女たちにはキツすぎる。
あくまでも話し合いの延長線上に戦闘があるだけで、殺し合いをするということではないということだ。
『その点では、現在の使徒との戦いも同じです。アンスラックスやアシュラの在り方は受け入れられないものでもないでしょう?』
「まあ、ね」
やりすぎという感は否めないが、それでも其処まで悪意があるとは思わない一同である。
『人間と私たちは異なりますが共存は可能です。それは極東支部の人間たちも同じです。命を懸けるのではなく、想いを懸けて戦うということなんですよ』
「なんか、天狼がマトモなこと言ってる……」
『これでも長生きしてますから』
「奈良の大仏様だったそうだな。イメージが正反対だが」
箒の素直な感想は、全員の心の代弁であった。
さらに。
ドイツ軍、総司令部にて。
クラリッサが珍しく緊張した面持ちで報告を受けていた。
目の前にいる偉丈夫はドイツ空軍の大将なのだから、当然と言えば当然なのだが。
「我が国ではそこまで大きな顔をさせていませんでしたが……」
「だが、不満分子は何処にでもいるものだ。我が国とて例外ではない」
「嘆かわしい。権利団体とはいえ、ドイツ国民が怪しげな組織から武装を購入するなど……」
「同感だ。我が国の科学力は優秀。相手がなんであれ、他国から、しかも裏組織から購入するなど常識で考えればありえん」
「はい」
「だが、我々軍部が抑え込んでいた反動があったのだろう」
「大きな顔をさせなかったことが、今、反動として出ていると?」
「そうだ。大仰に女性を崇めていた以前の他国を羨むような者はいてもおかしくなかった。そこに他国から亡国機業の亡霊の情報が入ってしまった」
「ゆえに、我々を無視してあくまで民間として購入している」
「そういうことだ。連邦大統領が頭を抱えている。何しろ責任者の中には大物女性議員の名があったそうだからな」
「口出しをさせないということですか……」
ドイツにも女性権利団体はある。
だが、軍部の力が強いことと、軍所属の女性の意識が意外なほど女尊男卑に凝り固まらなかったため、権利団体の意見は大抵が封殺されていた。
無論のこと、国家運営や国防において役立つ意見は取り入れている。
だが、それはドイツにおける女性の権利を増長させるまでには至らなかったのだ。
ある意味でドイツという国は国家としては良識的な進歩を遂げたといえるだろう。
反面、権利を主張して楽をしたい、チヤホヤされたいと考えるような女性にとってはあまり歓迎できない状況だったと言える。
『どんな状況でも不満は出る。これは人間社会なら当然のことね』
「その通りだワルキューレ君。その不満の捌け口をうまく作れなかったことが、我が国の失態だろうな」
とはいえ、失態を嘆いてばかりもいられない。
既に大統領は権利団体の増長を抑えるために動いている。
軍部が何もしないわけには行かないのだ。
「それで、今後の対処はいかがなさいますか?」
「実はその点でブリュンヒルデからある要請が入った」
「織斑教官から?」
「うむ。だがあれは要請というより懇願と言う方がいいかもしれん。土下座しかねん勢いだったからな」
「なっ?!」
そこまでして千冬が何を要請したというのだろうかとクラリッサは驚き、空軍大将の言葉を待つ。
「今後考えられるのは、テロ行為、もしくは対使徒戦、覚醒IS戦における権利団体からの武力行使による横槍だ」
『そうね。力を手に入れれば使いたくなるわ』
「それを止めなければならないことは理解できるな?」
「はい。もちろんです」
「だが、ブリュンヒルデはその際、IS学園の遊撃部隊を出さない。いや、出したくないと言ってきたのだ」
その理由はただ一つ。
大人の、もしくは人間の醜さを生徒たちにはまだ見せたくないということだ。
あくまでも大人が対処するべき問題であり、子どもたちには使徒や覚醒ISとの戦闘に集中させたいということなのである。
「なるほど……。確かにあの子たちに人の醜さを見せるのは躊躇われますね」
「ただ、その分ハルフォーフ大尉やアメリカのファイルス女史の負担が大きくなる。それでも、権利団体が出てきた際には自らも出るので少年たちの出撃を要請しないでほしいと言ってきた」
その意見に真っ先に賛成してきたのはワルキューレだった。
千冬の言葉に感銘を受けたらしい。
『ブリュンヒルデらしいわ。私はいいわよ、クラリッサ』
だが、それはクラリッサも同じだった。
若人をまっすぐに育てたい。
純粋さを失わずに、立派な人間になってほしいと思う気持ちがあるからだ。
「問題ありません。ラウラに人間の醜さなんて見せたくありませんから」
「すまない、ハルフォーフ大尉。有事の際は頼む」
そう言って頭を下げてくる空軍大将をクラリッサは慌てて止める。
「気にしないでください大将閣下。私たちの思いは一つでしょう」
「うむ」と、空軍大将がそういった後、クラリッサ、ワルキューレ、そして空軍大将が口を揃える。
「『「我々はあくまでも萌えを尊ぶ」』」
いろいろと心配なドイツ軍であることに変わりはないのだった。