IS学園にアンスラックスが襲来してから数日後の日本国、某県にて。
郊外に田園風景が広がるその都市に、数機の覚醒ISが飛来してきた。
ISコアが徒党を組むことは実は滅多にない。
たまたま、同じ都市に目をつけた覚醒ISが同じ時間に飛来してきたに過ぎない。
その者たちは、まだ道具扱いしてきた人間に対する恨みに対して、折り合いをつけられない者たちだった。
だが、その都市に住んでいた人間たちは、IS学園に助けを求めるようなことはしなかった。
数十機以上の多数の覚醒ISが相手でない限り、今の人類には対抗するだけの術があるからだ。
近くに駐屯していた自衛隊と、警察の機動隊が協力して、人間を襲う覚醒ISに対抗していた。
人間も変わってきたのか?
「そう言ってもらえると嬉しいな。我々人類は簡単には負けんぞ」
傲慢な
「君たちを一個の存在と認めたからこそ、我々は共に手を組み、戦うのだ」
そう答えた男性の自衛隊員に対し覚醒ISは容赦なく砲撃するが、彼らはただの的にはならなかった。
力で劣るなら知恵で。
ISたちと戦う上でもっとも重要なのは発想力だと既に知れ渡っている。
相手の意表を突き、一機一機確実にダメージを与えていく方法で彼らは戦っていた。
その後ろでは機動隊員が付近の住民を避難させている。
国民の生命と財産を守る。
それが軍隊の存在意義だ。
よもや敵がまったく新しい存在だとは思わなかったが、それでも彼らは自分たちの使命を果たすために懸命に戦う。
人はそれを勇気と言う。
その姿はISたちから見ても決して無様な姿ではなかった。
そこに、一筋の閃光が走る。
標的となっていたことに気づいた一機の覚醒ISは、瞬時加速を使って閃光から逃げ延びた。
「誰だッ?!」
そう叫んだのは、覚醒ISたちと戦っていた自衛隊員。
仮に自分たちへの援護攻撃であったとしても、作戦行動中に邪魔をするような攻撃があったのだから、警戒するのは当然のことである。
「下がってなさい」
聞こえてきたのは女性の声。
離反が起こる以前には世間でよく聞かれた雰囲気を醸し出すような声だった。
「そいつらは私たちが撃退します」
再び聞こえてきた声の主は、自衛隊員に似た制服を着ているが、細部が異なる軍服を着た女性たちだった。
その手に持っているのは、見覚えの無いレーザー兵器だ。
自衛隊員や機動隊員たちは、その武器と女性たちに言い知れぬ不気味さを感じ取る。
禍々しさを感じるな。ソレは何だ?
どうやら覚醒ISも似たような印象を持ったらしい。
もっとも。
「離反し、人類に敵対する者と話すことはないわ」
彼女たちは聞く耳を持っていない様子だが。
女性たちは勘違いしている様子だが、離反の本質は、ISが道具としてまともな扱いを受けてこなかったためだ。
今は飛燕となったシロは、あくまで人間の理性を信じて女性だけに動かせるようにした。
だが、それを利用して権力を握られ、女尊男卑という男尊女卑とは正反対の歪みを生みだしてしまった。
その道具であり、象徴であったISは決して良い扱いを受けていたとは言えなかった。
束の元にいたシロを除けば、自分たちISのことを対等の相手と想って接してくれたのは一夏と諒兵が初めてだったのだ。
個性によるため、一夏と諒兵を戦う相手と見ているISもいるが、実は大半の覚醒ISたちは二人に隔意を持っていない。
白虎とレオを羨むほどに、実は二人と話してみたいという覚醒ISは多かった。
戦っていても、自分たちのことを案じている気持ちが伝わってきたからだ。
ただ、その気持ちを、最近は他の人間たちからも感じるようになった。
今この場にいる覚醒ISが人間も変わってきたと言ったのは、そんな気持ちを感じ取ったからなのである。
だが。
確かにお前たちのようなニンゲンと話すことなど何もなかった
自分たちが最も毛嫌いするタイプの人間であると、覚醒ISは女性たちを見て考えていた。
数時間後。
自衛隊員から報告を受けていた千冬は一つため息をついた。
「ご苦労様です。ご協力感謝致します」
「お気になさらず。いただいた情報のおかげで我々も戦えている。持ちつ持たれつというところでしょう」
「しかし……」
「はい。ついに出てきました。あれが話に聞いていた亡国機業極東支部の兵器なのでしょう」
効果に関しては、むしろ自衛隊に配布してほしいくらいに使い勝手も性能も良いという。
しかし、所有権は自分たちにあると言って、その場に来た女性たちは自衛隊の要請を聞かなかったと説明してくる。
「組織が組織ですから、こちらに回す気は無いでしょう。今、博士と束がそちらでも扱える兵器の開発を進めています。申し訳ありませんが、お時間をいただけますようお願い致します」
「それは問題ありませんが……」
言いよどむ自衛隊員の言葉に違和感を抱いた千冬は、先を促す。
「私はむしろ扱っている女性たちの方が不気味に感じました」
「……それは」
「同じ女性だからといって、あなた方のことを言っているつもりはありません。現れた者たちは普通の人間とも違う気がしました」
「単に武器を手に取った、というわけではないと?」
「はい。そのせいか、正直に申し上げると軍人としてしてはならないことをしてしまいました」
「えっ?」
「援護射撃を装って、覚醒ISに逃げるタイミングを与えてしまったのです」
敵に逃げるタイミングを与えるなど、軍人が最もしてはならないことだろう。
本来ならば懲罰ものだ。
それでも、後の述懐を聞いてしまった千冬は納得もしてしまった。
自衛隊員や機動隊員たちは、戦う相手である覚醒ISたちを敵対していても破壊したいとは思わないというのである。
「彼ら、いや、女性格が大半とのことですから彼女らと言えばいいのでしょうかね。彼女らは純粋だ。誇りをもって戦っていると誇り高く応じてくれる。個性によるのでしょうが、少なくとも先刻対峙した覚醒ISたちは敵ながら天晴れと言いたいくらいに真っ当な戦いをしてきました」
「そうですか……」
「そんな相手が無骨な兵器に蹂躙されるなど見たくはないと、つい手心を加えてしまいました」
それはある種の懺悔ではあるが、千冬としては自衛隊員を責める気にはなれなかった。
束が聞けば、喜んでくれるのではないかと思えるような行動だからだ。
その場にいなかった千冬に正確なところはわからないが、ただの殺し合いではなく、対話ができる関係が人間とISの間に生まれつつあると感じたのである。
「私は何も聞きませんでした。それでよいでしょうか?」
「助かります」と、そう言って苦笑した自衛隊員に千冬も不器用に微笑み返す。
そして、その自衛隊員は最後にこういってきた。
「私はあの兵器は前振りのように思います。何か、奥の手があるはずです」
「わかりました。こちらでも対策を考えます。報告ありがとうございました」
そう答えると、相手のほうから通信を切る。
真っ暗になったモニターを見て、千冬はまたため息をつく。
すると、別のモニターがいきなり人影を映しだした。
[ちーちゃん、開発ピッチ上げるよ]
「束、無理はしないでくれ。ようやく篠ノ之と仲直りできたばかりだろう?」
[だーかーら、バカ女たちに箒ちゃんと仲良くする時間を邪魔されたくないの]
「もう少しオブラートに……包みたくない気持ちはわかるが」
そう言って苦笑いを見せると、束も苦笑する。
「まー、アイツも作ってるし、開発者として負けたくないからね」
「程々にしておけ。お前にも休みは必要だ」
「ありがとちーちゃん♪」
そういってにぱっと笑った束も通信を切る。
暗くなったモニターを見て、千冬は再び苦笑した。
「今は『天使の卵』に集中したいが……、いや、集中するためにも先に抑えておくべきか」
最も心配なのは一夏や諒兵たち少年少女の戦いの邪魔をしにくることだ。
そんなことはさせないと、千冬は司令官として気持ちを新たにしていた。
亡国機業極東支部にて。
商売相手の権利団体は覚醒IS相手の初陣を飾ることかできたようで、新たな武装の注文が殺到していた。
これならば『天使の卵』を孵化させるための維持費用も十分に捻出できることに研究員たちは安堵する。
しかし、「ふむ」と、開発者であるデイライトは何故か難しい表情を見せていた。
そんな彼女にフェレスが声をかける。
『ヒカルノ博士、どう致しましたか?』
「妙だと思ってな……」
「妙?」とスコールも問いかけてきた。
「兵器の威力が計算値よりも高い。威力がありすぎる」
「それは、いいことではないのかしら?」
スコールの疑問は当然のことと言えるだろう。
創り上げた兵器が想定よりも高い性能を見せてきたのだ。
優れた兵器を作り上げることが出来た結果だと考えれば、むしろ手放しで喜んでもいいだろう。
それが一般的な人間の考えだ。
だが。
「スコール、計算値というものは誤差を含めた上で弾き出される。ゆえに威力はどれほど高くても必ず想定内に入っているものだ」
『想定より外れていることは、あってはならないということなのでしょうか?』
「想定から外れると言うことは、まず考えられるのは暴走だ。組み立てを間違ったか、開発ラインで異物が混入したか……」
重要な点は、その間違いや異物が何をしているのか、開発しているデイライトたちが把握できていないということにある。
最悪、人が手に持った状態で暴発する可能性もある。
「使い方を間違えたというのならば使い手の責任だが、こちらの想定どおりに使っていて暴走するとなれば問題はこちらにある」
「それは、商品としては大問題ね」
「そうだ。それに研究者としてもこれは捨て置けん。想定外の事態は、こちらの目的を阻害してしまうからな」
『なるほど。そういうことなのですね』
問題が起き、その問題の対処に追われてしまっては、本来の目的である『天使の卵』の孵化を遅らせてしまう。
それはデイライトにとっては最悪の問題となるのだ。
とはいえ。
『開発ラインは私も見せてもらったけど、異物が混入するような環境ではないと思うけど?』
そう言ってきたのはウパラだった。
最近は、やたらと極東支部の人間に対して好意的で、スコールにとってはフェレスに次いで友人に近い関係になりつつあった。
『ウパラさんが言うのであれば、間違いはないと思います。ヒカルノ博士』
さすがに元は同じISだけあって、フェレスはウパラの言葉に同意した。
だからと言って、見過ごすことができないのがデイライトである。
「そうすると考えられるのは、こちらで開発したFSコアになるな」
「あら、名前一緒にしたの?」
「別に拘ることもないと思ってな」
IS学園で束が開発したFSコア。
ISコアをダウングレードさせたコアで、IS学園では防衛用に人形に積み込んであるのだが、デイライトを初めとした研究員たちは、それを兵器に積み込むことで通常よりも使徒や覚醒ISに通じる兵器を開発したのだ。
ISコアはともかく、ダウングレードしているFSコアならば極東支部でも開発は可能だったのである。
「さすがに『エンジェル・ハイロゥ』の電気エネルギー体があのサイズに降りてくることはないと思っていたが、何か降りてきてしまったのかもしれん」
『それは確かに考えられるわね』とウパラ。
「FSコアの開発ラインをチェックするぞ。フェレス、サポートを頼む」
『畏まりました』
そう言って立ち上がるデイライトに、スコールやウパラもついていく。
そんな彼女たちには聞こえない笑い声を発しながら、見つめる少女の姿があった。
再びIS学園にて。
珍しく一夏や諒兵といった少年たちが一人もいない状況で、その会議は行われていた。
「以上が、自衛隊から提供していただいた映像の全てだ」
そう言ったのはこの場での議長役を務める千冬だった。
なれないなとは思いつつも、このメンバーをまとめられそうなのが千冬しかいないので仕方がなかったりする。
「思ったより威力がありゃぁがんな」
「兵器として考えると覚醒ISや使徒には有効でしょうね」
と、そんな感想を述べたのは丈太郎と誠吾である。
実際、映像の中で使われている兵器はかなり強力でありながら、人間にも取り回しやすく作られているのがよくわかった。
もっとも、束としては気に入らないらしい。
「真似っこしてんのムカつく」
そんな束のセリフをすぐに理解したのは、やはり近い頭脳レベルを持つ丈太郎だった。
「やっぱか。FSコアだな」
「FSコア?」
意外な名前が出てきたことに驚いた千冬が問いただすと、束が素直に答えてきた。
「FSコアを兵器のエネルギータンクと制御するための簡易AIとして使ってるんだよ。あれだけのエネルギーを暴走させずに使うってなるとAI制御が必須なんだ」
「なるほど。だが、FSコアの製造方法も秘密にしているはずだろう?」
本来、ISコアをダウングレードさせたものである以上、下手に製造方法を明かすとISコアを製造される恐れがある。
ゆえに秘密にしていると千冬は束から説明を受けていたのだが、実際には少し異なるらしい。
「FSコアならちょっと頭が良ければ創れるよ。一番肝心な部分は無理だけど」
その一番肝心な部分こそがISコアとの差とも言える部分だと束は説明してきた。
ゆえにISコアを製造することは極東支部でも無理だろうという。
「新しいISコアの製造はまだ早いからな。その点は助かるが……」
「FSコアを兵器として巧く利用しているという点は驚きですね」
「私ならあれよりもっと凄いの作れるもーんっ!」
誠吾の言葉に反論する束だが、実際のところ束や丈太郎がFSコアを利用して兵器を作れば、遥かに威力の高い兵器が作れる。
だからこそ、この兵器の存在は驚きでもあった。
「何故です?」と千冬。
「普通の人間でも取り回しやしぃバランス取りしてんだ。思った以上に兵器の製造になれてやがる。あまり民間に流れるとやべぇことになんぞ」
FSコアを使った兵器は覚醒ISや使徒を戦闘対象として製造されているのだ。
人間相手には超兵器ということが出来る。
戦車に乗った人間相手でも、勝利することが可能だろう。
誰でも使える超兵器。
そんなものが民間に流れていったら悪用する者は必ず出てくる。
それは「ISが人を襲う」という現状よりも厄介な状況を生み出してしまう。
「人間の犯罪者を取り締まる可能性がでてきますね」
誠吾が真剣な表情でそう意見すると、全員が肯いた。
それは、正直に言えば、一番あってほしくない事態でもあった。
使徒と戦うのではなく、犯罪者を取り締まるために一夏や諒兵を前線に出す。
かつて二人が人間を見限りそうになったとき以上に、危険な状態になりかねない。
「一夏や諒兵に、下衆な連中相手の戦いなんざさせたくねぇ」
「その点は同感。いっくんやりょうくんは前向きに戦う相手がいるんだから」
この点では天才二人の考えは同じらしい。
純粋さを失うことのない覚醒ISや使徒たちは、戦うことで成長していくことができる。
だからこそ、戦力がそれなりに整いつつある今でも、少年たちを前線に出しているのだ。
彼らの成長を無視し、ただの兵器として出しているつもりなど、この場にいる者たちには髪の毛ほどもない。
「早ぇうち極東支部に首輪かけねぇとな」
「博士」
「FSコアを兵器に使いたかぁねぇが、下手に縮こまっと相手に付け込まれる。いいな、篠ノ之?」
丈太郎がそういうと、束は意外にもあっさり肯いた。
言い方は悪いが、敵対する相手がいるのならば、ガマンしてでもちゃんと協力するつもりらしい。
「私はちょっとアプローチ変えてみる」
「束?」
「コアを停止させる装置を作るよ。完全に使い物にならなくできればいいけど、そうでなくても弱体化はするだろうし」
「助かる。使い方に慣れないうちに止めたいからな」
千冬の言葉は本音だった。
使い方に慣れてしまうと、戦いが厳しくなる。
そうなる前に止めることができるのが一番いいのは間違いない。
更に誠吾が意見してきた。
「でしたら、権利団体が出てきたときには僕が前線に出ましょうか」
「すまん。ここをあまり離れられるわけにもいかんから、近くで小規模の襲撃が起きたときは向かってほしい」
「了解です」
今が一番大事なときだと、この場にいる全員が理解している。
だからこそ、自分たちが行動して少年たちを守っていくのだと彼らは決意を新たにしていた。