権利団体の人間たちが自衛隊と覚醒ISの戦闘に現れてから数日後。
何度かの小規模な戦闘において、彼女たちは幾度も顔を出してきた。
そのたびに頭を悩ませる千冬だが、今のところは対応策がなく、また一応は撃退するための役には立っているので黙認している状態が続いていた。
そんな頃、コア・ネットワークにて。
さすがに自分が顔を出すと騒ぎになるとわかっているのか、その使徒は向こうから呼び出してきた。
其処に行ける人間はほとんどいないが、行けるとしても今は忙しすぎるため、代理の者がその場を訪れる。
『お久しですね~』
『相変わらず軽いな』
と、現実世界で見せる人形とは異なり、紅いドレスを纏った美女の姿でその使徒は、訪れた者を出迎える。
『あなたから名指しで呼び出されるとは思いませんでしたよ』
『こういった話ができる者はそうおらぬからな』
『じゃからこの三機というわけかの?』
『そう考えてもらってかまわぬ』
呼び出したのはアンスラックス。
そして呼び出されたのは天狼と飛燕ことシロだった。
天狼はいつもの姿で、シロは白い和装を纏った美女の姿になっていた。
『この場ではどう呼べばよい?』
『シロで良いぞ。ホウキにはまだ話せぬようなことじゃろう?』
『知られるのはかまわんが、年若い者では理解できぬだろうな』
『最近の権利団体のことですかー』
アンスラックスは重々しく肯いた。
彼ら使徒側でも権利団体が持ち出してきた兵器については話題になっているらしい。
『サフィルスですら警戒していた。アサギはいつもどおりに怖がっているだけだが、シアノスはあからさまに嫌悪感を示していたな』
シアノスは『公明正大』を個性基盤としている。
だが、現れた権利団体の人間たちはどう見てもそれとは正反対の意識を持っているとシアノスは感じたらしい。
気持ちがさっぱりしているせいか、気に入った人間には本当に気さくだが、嫌う場合もはっきりと嫌うようだ。
『あれはただの兵器ではないと考えてます』
話題が話題だけに、天狼もかなり真剣な表情を見せてくる。
そして天狼が真剣になるということは、問題はかなり深刻だということだ。
『理由は?』
『FSコアを使っているとしても、一般人が扱うには威力がありすぎます。何らかの手、それも使徒の手が加えられているのでしょう』
『スマラカタやツクヨミといった者たち……ではないと考えているか』
天狼の表情から、そう察するアンスラックス。
その言葉を否定しないことが、逆に何者が動いているのか見当がついていることを雄弁に語っていた。
『じゃとすると孵化は本当に間近じゃぞ』
『というより、孵化を早めさせているのかもしれぬ』
『そのこころは?』
『兵器に取り付けられたFSコアを利用して、孵化のために多数の人の心を自分とつなげようとしていると見ている』
『でしょうねー』
もはや、『天使の卵』は身体を動かすことはできなくても、自力で行動できる段階まで成長しているとこの場にいる三機は考える。
その状態で、やっていることがあまり褒められたものではない人間に手を貸すという行動となると、『天使の卵』の危険性は跳ね上がる。
『人間を利用するのは我々もやってきたことゆえ責められぬが、褒められる遣り方とはとても思えぬ』
『妾には、『天使の卵』はISたちも利用しようとしているように思えるがの』
『ほう?』
『行動に妾らの同胞という意識を感じぬのじゃ。己以外は全て敵と考えているんじゃないかのう』
シロの言葉にアンスラックスも天狼も難しい顔を見せる。
だが、否定はできなかった。
何しろ『天使の卵』と話をしたことがある者が普通であれば人の中にもISの中にもいない。
そんな状況で『天使の卵』がアプローチしたのが女性権利団体となると、人間ともISともまともに対話しようとしているとは思えないのだ。
『チフユに話して権利団体に何が起きてるか探ってもらいましょうかねー』
『IS学園側の人間じゃと接触は難しかろうのう』
『そうなると極東支部側の人間のほうが良いかもしれぬな』
『伝手がありませんよ?』
『スマラカタやツクヨミならば回線は持っている』
以前、極東支部に行く前はスマラカタとも普通に話していたし、ツクヨミは面白い戦場を探すために回線をオープンにしているので会話なら可能だとアンスラックスは説明した。
『どう動くかはわからんが話をしてみる価値はあるじゃろうな。頼めるかの?』
『任された。ただ動かせると保証はできぬが』
『やらないよりはマシでしょう。お願いしますねー』
そう言って会議がまとまったことに安堵した一同。
だが、この場にいてもおかしくないのに、この場にいない者について気になる天狼がアンスラックスに尋ねかけた。
『マンテんには声をかけなかったんですか?』
『……正直、もっとも理解できんのはディアマンテとティンクルだ。この件については予想通りに動くとも思ったが、アレは根幹のところが不明瞭すぎる。ゆえ、秘とした』
『あやつは妾もわからんの。敵ではないが味方とも思えんし』
『あの方々はホントに不思議なんですよねー』
天狼にこう言わせるほどに不可解なティンクルとディアマンテ。
目的がどこにあるのかまったくわからない一人と一機に対し、その場にいた三機はため息をついていた。
とある都市にある一軒のカフェテラスにて。
じゅーと小さな音を立てつつ、まどかがジュースを飲んでいる。
ただし、その視線は目の前の少女に釘付けだった。
普段のどこか楽しげな様子はどこへやら。
あからさまに不機嫌だとわかるほど、むすーっとしているのである。
「どうした、ティンクル?」
「ムカつくのよ」
「何が?」
「バカ女ども」
ズバッと言い切ってしまうほど、ティンクルが誰かを嫌っているのが良くわかる。
今日まで付き合ってみて、ティンクルは本当に普通の人間のように感情表現できることがまどかには理解できた。
もっとも相棒であるヨルムンガンドに言わせると「それ自体が異常だ」ということらしいのだが、まどかにはまだそこまではわからなかった。
「この間、上から見てたあの連中か?」
「そ。ホント、ムカつくったらっ!」
「私も別に好きじゃないけど……」
ああいった連中を相手にしていると弱くなるという諒兵の言葉を律儀に守っているまどかである。
そのため、特に絡むつもりも、相手にするつもりもなかった。
「まー、諒兵の言葉が正解なんだけどさあ……」
「別に私たちを襲ってくるわけじゃないし」
「そりゃ襲ってきたら思いっきりぶん殴るし」
「そうしたら、おにいちゃんに怒られるからヤだ」
「あんた、ホントお兄ちゃん子ねえ……」
少しばかり呆れた表情を見せつつも、そんな会話で気持ちが紛れたのかくすっと笑うティンクル。
とはいえ、ティンクルがムカつく理由は決して放り置けるものでもない。
『あの兵器の威力は我々にとっても厄介だからな』
『倒されることはありませんが、正直に申せば出てこられると邪魔です』
と、ヨルムンガンド、そしてディアマンテが意見してくる。
実際、ティンクルがムカつく相手、つまり女性権利団体の人間たちが持つ兵器は、地味に厄介な兵器である。
倒されることはないとしても、相手をすることになると鬱陶しいのだ。
「極東支部の連中、そこまで考えてバラ撒いてんのかしら?」
『否だ。おそらく極東支部の人間たちの考えからも外れている』
『何故、そう断言できるのです?』
『アレは、我々に対する兵器という側面と、もう一つの側面があると考えられる』
「何それ?」
『人間を堕落させようとしている気がするのだよ』
あくまで憶測に過ぎないがと断った上で、ヨルムンガンドはそう告げてきた。
努力して進化してきた者たち、その傍で助けてきた者たちとは異なる方向に人間を導いているということらしい。
そう説明されると納得できると思うティンクル。
『かつてアンスラックスの行動をイヴの林檎の話に例えた者がいたが、むしろこちらの方が相応しいと私は思うがね』
「そう言ってもさ、イヴの林檎は知恵をつけるためのものでしょ?」
『世の中には奸智という言葉もある』
『それは、言い得て妙かもしれません』
と、珍しくディアマンテがヨルムンガンドの意見に同意する。
権利団体の人間たちが身につけた知恵は、奸智、すなわち悪賢い知恵だということだ。
「それ、ろくでもないことするんじゃない?」
『可能性は高いぞ。我々、つまりISコアばかりではなく、こちら側の人間にとも敵対する者がいるのかもしれん』
『急ぎ対策を講じねばなりませんね』
その存在に不穏さを感じ取った一人と二機はそう言って議論を始める。
そんな中。
「やだなあ。おにいちゃんに怒られたくないのに……」
どこまでも諒兵の可愛い妹でいたいまどかだった。
そして。
「外出OKっ?!」と、素っ頓狂な声を上げてしまったのは鈴音だった。
現在、IS学園にいるAS操縦者を含めた生徒たち全員に、千冬がプレゼントと称して外出許可を出したのだ。
休日扱いとするので、今日は外出しても良いというか、外出してこいという指示だった。
「私も~?」
「私もですか?」
「ああ。布仏たちもたまには遊んで来い」
なんと整備担当の本音、指令室のオペレーターをしている虚まで許可が出ていた。
今日一日くらいなら職員で十分対応できるからとのことである。
「まあ、緊急の場合は呼び出すことになるから、あまり遠出されると困るが」
「そう言われても、今日になっていきなりだからなあ」
「計画もなんもねえよ。近場をぶらつくくれえだろ」
千冬の言葉に対し、一夏や諒兵が答えたとおり、今日の朝になっていきなりの外出許可なので、遊ぶ計画など立っていない。
せいぜい、ショッピングモールに行って買い物をするか、近くの海浜公園や自然公園でのんびりするといったところだろう。
「でも、久々にショッピングできるし、僕としては嬉しいかな」
「そうですわね。たまには洋服なども吟味したいですわ」
そういったのはシャルロット、そしてセシリアだ。
実際、ほぼ毎日、IS学園に缶詰になっているのだから、外に出ることができるだけでもありがたい。
「できれば一度実家に帰りたいが、無理なら書店を回ってみたいな」
と、意外な意見を出してきたのは箒だった。
引きこもっていたころに身についてしまったのか、読書が趣味になってしまっていた。
また、こういったことの重要性を理解しているラウラも口を挟んでくる。
「気分転換は重要だ。ここはありがたく外出させてもらうべきだと思う」
「そーねー、ショッピングもいいし、スイーツめぐりもしたいな♪」
またとないチャンスだけに、ティナとしては完全に賛成派である。
「私も書店に行きたいな」
「どうせなら映画なんか見に行くのもいいんじゃねーかな」
「そうだな。外出するのなら楽しみたい」
簪に続いて、弾がそう言うと数馬も同意してくる。
何故か、簪が「でででっ、でーとっ?!」と思わず声を出してしまうと、殺気が弾に向けられてしまったが。
とはいえ。
「まあ、出られるのなら、やりたいことはけっこうあるわね」
「そうですね。私たちはなかなか外に出られませんし」
刀奈や虚としても、せっかくの機会をふいにはしたくないと思う。
ただ。
「マジでいいんですか?」
「大マジだ。しょっちゅう出かけられると困るが、こういうときには遊ぶことも大事だからな。気にせずに出かけてこい」
鈴音が少しばかり心配そうな表情を見せると、千冬はいつもより三割り増しの頼もしげな笑顔を見せ、彼らを送り出したのだった。
そして。
「これだけお膳立てしたんだから、ちゃんと訓練してくれ」
「わ、わかってます……」
「井波も小規模な覚醒IS襲撃の報が入ったから現場に向かっている。頼むから上がり症を発症させるなよ」
「はい……」
IS学園のアリーナにて。
千冬が、真耶とPS部隊の訓練の様子を見ていた。
その動きは、さすがにISほどではないが、これまでのものよりも軽やかになっている。
「急造のわりには上手くハマってくれたな」
[微調整ですんだからねー。このくらいはちょちょいでできるよ]
「どこまで動かせるかと思ったが、コレなら十分なレベルだ。FSスーツの製造は、このまま進めていこう」
千冬が言ったとおり、真耶たちが纏っているのはPSではない。
正確には、PSにFSコアを積み、簡易AIを使ってパワードスーツを動かしているという代物だった。
既存のパーツの組み合わせで製造できるため、束が急遽組み上げたのである。
今はまだIS学園のPS部隊のパワードスーツを改良しただけだが、今後どうするかについても既に考えを進めている。
「まずはFEDとの連携機能を強化したいな」
[一機につき、一人が限度だよ?]
「オプションがあるだけで戦闘は変ってくる。敵の意表をつくことも出来るだろう。それに御手洗の負担が減るからな」
本来、FSコアを載せた人形であるFEDとの連携によって、動きが単純でも戦術を複雑にすることと数馬の負担を減らすことがまず一つ。
そして。
「男のも?」
「そろそろ男性用が必要な時期に入っている。さすがにデザインから見直さなければならんが製造は必要だ。こちらに関しては博士に依頼するがかまわないか?」
男性用のPSを作ること。
これに関しては以前から女性権利団体が強固に反対してきたのだが、ようやく押し切ることが出来たので製造を開始することになった。
男女平等にするといったことではなく、空で戦闘できる人数を増やすことを考えた結果である。
また、男性と女性では戦い方が異なるため、組み合わせることでより高度な戦術を構築する必要があると千冬は考えていた。
「りょーかい。まあ、バカ女どもよりはマシだからいいよ」
そんな束のセリフに対し、千冬は苦笑いを見せる。
どうやら束の中で人間の優先順位ができつつあるらしい。
大事な家族、大切な友だち、知り合いといった順に優先順位が出来ているため、嫌いに属さない限りは手を貸す意識があるということなのだろう。
微妙ではあるが、親友も成長していることが嬉しかった。
もっとも。
「依頼してくれればちーちゃんのならオリジナルで作るよ?」
「スマンが今は乗る気になれん。もう少し待ってくれないか?」
「ん、わかった」
その短い答えには、束が千冬の気持ちを理解していることが込められている。
まだ、千冬はザクロ、すなわち暮桜のことを忘れられないのだ。
それだけ大切に想っているということは束としても嬉しい。
ゆえに、無理に創るとは言わなかった。
「後手に回ってしまった以上、対応策はより練り上げる必要がある。そのための力もな」
[早いうちに抑えたいね]
「ああ」
極東支部の兵器を得て、動き出してしまった女性権利団体を抑えるため、千冬は準備を進めていた。
だが、それはこれまで戦ってきた使徒や覚醒IS相手の戦争が、より複雑なものへと変容してきているという証明でもあった。