ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第189話「邂逅」

IS学園で真耶が千冬の監視の下、新しいPSの訓練をしているころ。

外出してこいと言われた一夏や諒兵たちは、ようやくショッピングモールまで辿り着いた。

ショッピングモールとしてはかなり大きいこの場所には、シネマコンプレックスもあった。

一日楽しむなら十分な施設だと全員が思う。

とはいえ。

「この人数は多すぎね?」

「だな。ガキじゃねえんだし、一緒に回ってもしょうがねえ」

サークルか部活でまとめて遊びに来たような大人数であることに、弾と諒兵が呆れたような声を出す。

この人数で一店舗ずつ回っていくのでは店に迷惑がかかってしまうことが容易に理解できる。

というか、年齢的に考えてもこの人数で遊ぶというのはどうにも気恥ずかしかった。

「それなら、集合時間と場所を決めてみんな好きなところ回った方がいいんじゃないかな?」

そう言ってきたのはシャルロットだった。

さすがにまとめ役は上手い。

全員、納得したように返事をしてきたので、案内板を使って集まりやすそうな場所を決める。

ふむと目当ての場所を見つけたラウラが意見してくる。

「ここにあるカフェを最終的な集合場所としよう。時間は……」

現在、午前十時であるため、遊ぶとしてもどのくらいの時間が必要かがわからない。

ラウラはあまり遊ぶということをしてこなかったため悩んでしまう。

助け舟を出してきたのはセシリアだった。

「門限が午後六時ですから、午後五時くらいでよいのでは?」

「そうだな。午後五時にここにみんな集まったら学園に戻ることにしよう」

一夏がそう決めたことで最終決定となり、各々目当ての場所に向かい始めるのだった。

 

 

さて。

シネマコンプレックスまで来たのは弾、簪、本音の三人。

「おっ、デッ○プールやってんじゃん。こりゃ観とこう」

「だ……五反田君もこれ見たいの?」

「おう。ヒーローっぽくはねーけど、こういうの好きだからな」

アメリカンコミック、いわゆるアメコミのヒーローものの実写映画だった。

お金のかけ方が違うのか、アメコミ映画はいわゆる特撮でもスケールが違う。

日本の特撮が悪いというわけではないが、アメコミ映画は一般人でも十分に楽しめる内容が多いのだ。

もっとも、簪はもともとヒーローものが好きなので、素直に観たいと思える作品でもあった。

「私も観たかったし、一緒に行こう」

「私も~」

まる一日時間を潰すなら、映画を観るのは有効な手段でもあるので、三人はとりあえず中に入っていく。

なお、その後ろを二つの影が額に青筋を浮かべてついてきていた。

 

 

女子御用達のお店に意外な組み合わせで入っていったのは、箒とセシリアの二人だった。

しばらく目的のものを吟味する。

「これなど良さそうですわね♪」

「サイズもちゃんとある。良かった……」

ぶっちゃけランジェリーショップだった。

二人して新しい下着を探しに来たのである。

当然、男子禁制だった。

「通販だとしっかりと探せないし、つけられないから失敗したとき大損するからな」

「デザインを吟味することも出来ないのが悲しいですし」

「私たちのサイズだと可愛いデザインが少ないから……」

「実用一辺倒の下着だと着替えてても楽しくありませんものね……」

と、大きいゆえの悩みで共感する二人。

何しろ、生徒たちの中ではぶっちぎりでトップクラスのバストサイズの持ち主たちである。

平均的な女子たちにも羨ましがられるサイズで、平均以下の一部の娘たちは血の涙を流して悔しがるサイズである。

少々、大げさのような気がしないでもないが。

とはいえ、彼女たちには彼女たちの悩みがあるのだ。

「重くて肩が凝りますし……」

「狭いところだと真っ先につっかかるし、先が擦れやすくて痛いし……」

「それでいて羨望の視線を受けるのですから理不尽ですわ」

「好きで大きくなったわけじゃないのに……」

何故か、愚痴大会となってしまったが、それでも自分にピッタリの好みの下着を探すこと自体は楽しかったりする。

意外と和やかな雰囲気で、仲良さそうに箒とセシリアはショッピングを続けていた。

 

 

ショッピングモールと言っても、かなり広いのか遊戯施設も充実していた。

その一角にはバッティングセンターまであった。

さすがに何人も打てるわけではないが。

そのうちの一つ、時速120キロのレーンにてカーンッといい音を響かせているのは。

「飛ばすなー」

「昔から運動神経は良かったからな」

と、ティナと数馬が感心したような声を上げる。

打った本人はたいしたことでも無さそうに笑ってるが。

「真に当てるってのは大事なんだ。剣は切っ先三寸、その応用にちょうど良くてさ」

一夏である。

剣の応用でというが、意外にもバッティングはかなりのセンスがあった。

驚いたことに、今は左打席に立っている。

一夏は右利きだ。

ならば右打席に立つのが普通なのだが、逆の打席に立っているのだ。

その理由を数馬が看破する。

「引き手を鍛えるためか」

「うん。バッティングは引き手が大事だからな。右でも左でも引き手を鍛えると、剣にも応用できるんだ」

要は右の胴薙ぎ、左の胴薙ぎを鍛えるための鍛錬でもあるということだ。

以前の箒が見れば、呆れるか、怒るかのどちらかだったろう。

だが、動くものを捉えるということを考えると、小さなボールを叩くバッティングは確かに有効な鍛錬だった。

「遊びながら鍛えるっていうのは楽しそーだね♪」

「ていうか、考え方だよ。遊びでもやり方次第で自分を鍛えられる。ガマンしてガマンして鍛えるっていうのは苦しいだけだし」

「なーるほど♪」

ティナが嬉しそうにいうのも当然のことだろう。

苦労に苦労を重ねれば立派になれるというのは残念ながら幻想に過ぎない。

現状を楽しみながら頑張るほうが、結果として長続きもしやすいからだ。

トップアスリートは確かに常人から見れば厳しい訓練を続けてきているが、本人はそれを楽しんでいるということがけっこうある。

自分が楽しいと思える。

それが、自分の持つ能力を知る一番良い方法だろう。

「頑張って遊ぶっていうのも変な話だな」と、数馬が苦笑する。

とはいえ、それはある意味では人生そのものを楽しむために一番重要なことだろう。

その点でいうと、一夏は何事も前向きに考えて進むことができる、強いメンタリティを持っている。

「でも、自分の取り得は大事にしたいからな」

「そうだな」と、笑みを交わす少年たちを見て、ティナも微笑んでいた。

 

 

とりあえずということで書店に赴いたのはラウラとシャルロットの二人。

シャルロットはIS開発関係の勉強をするための参考書を、ラウラは。

「やはり日本の家庭料理も学んでおきたいな」

「諒兵、ドイツの料理嫌いじゃないでしょ?」

「だが育ちは大事だ。せめて肉じゃがは作れるようになりたい」

諒兵の胃袋を掴むための参考書として料理のレシピ本を探しに来ていた。

その手にあるのはどちらかと言えば、簡単に作れる家庭料理の指南書である。

ラウラ自身は料理をしたことがなかったが、シャルロットに教えてもらい、ある程度はできるようになっている。

壊滅的なセシリアとは違い、ちゃんと食べれる物を作れるレベルではある。

「まあ、諒兵好き嫌いはないし、どんなものでもちゃんと食べてくれるよ。まずは出来そうなものから作れるようになるのがいいと思う」

「うむ。訓練は段階を踏んでいくものだからな」

「でも何で、また料理を頑張る気になったの?そこそこは作れるようになったじゃない」

手料理自体は振舞えるのだから、実践で作り続ければ実力は身につくとシャルロットは思う。

もちろん、それもやっていくがラウラが危機感を持ったのは別のところに理由があった。

「先日、だんなさまに妹のことを聞いたのだが、母君に料理の手ほどきを受けていたらしい」

「妹ってまどかって子のこと?」

「ああ。本人曰く、お菓子作りに入る前に離反が起きたので、それっきりだそうだが料理の腕前はかなりのものだそうだ」

「……織斑先生の妹とは思えないけど、一夏の妹って考えると才能はあるんだね」

家事方面に関してはわりと散々な評価の千冬だった。

とはいえ、千冬とて簡単な料理なら作れるようになっている。

嫁力、女子力を鍛えている最中らしい。

それはともかく。

「姉としての威厳を保つためには私もそれなりの料理を作れなければならん」

ラウラとしては諒兵の妻になる予定なので、妹になる予定のまどかに嫁力や女子力で負けるわけにはいかないらしい。

常に向上心を持って自分を鍛えられるのはラウラの魅力であり、長所といえるだろう。

問題は余計なちょっかいが入ると、とんでもない方向に邁進してしまうことだが。

主にクラリッサあたりから。

「それなら一緒に練習しようか?」

「助かる。ありがとうシャルロット」

「どういたしまして」

シャルロットとしては諒兵とラウラの仲を応援しているので、まっすぐに頑張る彼女を応援したいのは素直な気持ちだった。

実は千冬からできる限り真っ当な常識を教えてやってくれと頼まれているのは、今はまだ秘密である。

 

 

施設の屋上にはフリースペースがあった。

半分は駐車場だが残り半分はベンチが置かれている。

今日は平日なため利用者はいないようだが、休日ならここで一休みする人たちも見られるのだろう。

そのベンチのうちの一つで、諒兵が寝転がっていた。

『こんなところまで来て一人で昼寝ですか?』

「んだよいきなり?ここに来るまで静かだったじゃねえか」

呆れた声でレオが声をかけると、意外そうな表情で諒兵は答える。

実際、一夏や諒兵たちと一緒にいるはずのASたちはここに来るまで黙っていたし、他の者たちは今もあまり話に加わってこない。

『気分転換といってましたし、私たちもコア・ネットワークでお茶会してました』

「茶が出るのかよ」

言葉の綾だとは思うが、聞いてみると仮想上のものとはいえお茶もお菓子も作れるらしい。

あくまでも嗜好品として作ってるだけで飲食の必要性はASたちにはないのだが。

『普通に遊ぶなんて最近は珍しいですから』

全機が気を遣い、普通の高校生らしいお出かけにしようということでコア・ネットワークに引っ込んでいたらしい。

そんな中、諒兵が一人で昼寝しようとしていたので、レオは呆れて出てきたのだという。

「そうだな……」

『何がなんでものんびりしたいんですね?』

「こういうところで空を見られんのは久しぶりだからな。まあ、ずっとじゃねえよ」

気が向いたら、飯を食うか、身体を動かす遊びでもしようかと考えている諒兵だが、今はただのんびりしたかった。

実は諒兵はこういう時間が好きだ。

友だちと一緒に遊ぶ時間も嫌いではないが、ぼんやりと空を見上げている時間が、自分が一番自由でいられる気がするからだ。

かつて、まどかにも話したことだが、雲を眺めているのが好きなのである。

『ガマンできなくなったら、また文句いいます』

「お前もいい根性してきてるな」

そう言って苦笑する諒兵に困ったような笑みを返すとレオはホログラフィを消す。

何だかんだといって一番諒兵のことを考えているのはレオなのだろう。

ありがたく思いながら目を閉じる。

だが、どうやら諒兵にのんびりさせる気は世界にはないらしかった。

 

「おっ、にっ、いっ、ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ♪」

 

とんでもない勢いで、まどかが空から降ってきたのである。

「うおわっ!」

さすがに諒兵も飛び起きて、すぐに身をかわした。

まどかはベンチにぶつかる直前で急停止すると、ふわっと鎧を消して私服へと着替える。

だが、その表情は不満げだった。

「避けなくてもいいのにぃ」

「避けるわドアホっ、ミサイルみたいにぶっ飛んでくんなっ!」

まともに喰らったら腹に風穴が開くレベルのスピードなので、諒兵が避けるのも当然だった。

「つーか、いきなりどうしたんだよ?」

「この近くのカフェでティンクルと話してた。で、お別れしてから飛んでたらおにいちゃんの姿が見えたんだ♪」

諒兵はいつもはIS学園にいるので、まどかとしてはいきなり入ることができない。

帰ってきていいと言われてもまだ納得行かないことがあるため、その気にもなれない。

そんな状況で、街のショッピングモールに諒兵の姿が見えたのだから、まどかが飛んでこないはずがなかった。

こういう状況も考えないわけではなかったが、さすがに勘弁してほしかった思う諒兵だが、まどかが来てしまった以上、相手にしないわけにはいかない。

そのあたり根っから兄貴分な諒兵だった。

「で、どっか行きてえとこあんのか?」

「そこ」と、まどかが指差したのは諒兵が寝転がっていたベンチである。

「へっ?」

「のんびりしたかったんでしょ?」

「まあな」

「寝てていいよ」

「お前はどうすんだ?」

「膝枕してあげる♪」

さすがにそれはヤバい。

なんというか、見られたときにどう言い訳したものかわからない。

「とりあえずそれは待て」

「えー?」

「ホントにヤベえから待ってくれ」

そう言って諒兵がベンチに座ると、まどかもちょこんと腰掛ける。

「ここにゃ他の連中も来てる。特に一夏がいる」

「う」と、思わず嫌そうな顔を見せるあたり、やはりまどかはまだ一夏には隔意があるようだ。

だからこそ、しっかりと釘を刺す。

「今日はケンカすんな。俺もお前が暴れるところは今日は見たくねえ」

「でも、いつかはちゃんと勝負したい」

「その約束をするくれえなら俺もガマンする。アイツもちゃんとした勝負なら受けるだろうしな。でも、今日はケンカすんな。そしたら帰るまで一緒にいてやるよ」

午後五時に集合の約束なので、緊急事態でない限りはほぼ一日一緒にいられるというと、まどかの表情がぱあっと明るくなった。

「この前のお出かけの埋め合わせだ」

「うんっ、わかった♪」

のんびりするのは難しそうだと思いつつも、可愛い妹が嬉しそうな表情を見せるので諒兵も何だか嬉しくなっていた。

 

 

そして。

集合場所に決めた場所とは異なるカフェで、鈴音は一人コーヒーを飲んでいた。

その手には最近購入した棍術の指南書がある。

いつもなら、こういった遊びのときは皆と一緒に騒ぐのが鈴音だが、今日はそんな気になれなかった。

そこに人影が差す。

「相席していい?」

「どうぞ。ここで待ってれば会えると思ってたわ」

「へー、何で?」

「女の勘」

「さすがに気が合うわね。ここに来れば会えるって私の勘も言ってた」

そう言ってきたのは、鈴音そっくりの容姿をした少女、すなわちティンクルだった。

二人揃うと双子の姉妹としか思えないほど良く似ていることがわかる。

ティンクルがコーヒーを頼むと、店員もさすがに驚いた様子だったが、問い質すことはなくコーヒーを運んできた。

その様子を見ていた鈴音は指南書を閉じると自分のコーヒーを一口含む。

少し苦味の強いブラックをゆっくりと嚥下してから、口を開いた。

「何が起きてるか知ってるわよね?」

「まあね」

「一夏や諒兵には言えないことよね?」

「そうね」

「私には?」

「伝えようと思ってたのよ。たぶん、IS学園側で対応できるAS操縦者だとあんたくらいだと思ったし」

ただ、どうやって伝えたものか悩んでいたところ、生徒たち皆で外出する姿を発見したとティンクルは語る。

そのため、一人になったときにこっそり伝えようと思ったのだが、鈴音が自ら一人になるとは思っていなかったという。

もっとも先ほどの会話で、自発的に一人になってくれたということがよくわかったとティンクルは感謝の意を述べてきた。

「権利団体がらみなんだけどね。すんごくメンドくさいことになってるわ」

「それでか。千冬さん、けっこうピリピリしてたし。話してくれる?」

肯いたティンクルに視線を向けると、鈴音は真剣な表情で話を聞き始めるのだった。

 

 

 

 

 


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