自分と同じ顔が話しているのを見るのは微妙な気分になるものだと鈴音は思う。
無論のこと、それが普通なのだが、ティンクルとこうして相対するのは何故か違和感を持たなかった。
気が合うというのは彼女の冗談なのだろうが、たぶん考え方はそんなにズレてはいない。
いろいろとアドバイスし合うことも出来るだろう。
だが、目の前にいるのは敵なのだと鈴音には思えた。
そんなティンクルの話を聞き終えた鈴音は一つため息をつく。
「マジでメンドくさいことになってんのね」
「バカが力を手にしたから、調子に乗っちゃってんのよね」
「使徒に有効な武器か。普通なら軍隊が持った方がいいと思うけど……」
「極東支部はお金が欲しいのよ。『卵』を孵化させるために。だから、相手が正規軍でも売ることに問題はないと思う。ただ……」
「こっちとしては『卵』を放置できない。そんな相手に売り込みには来ないわね」
結果、極東支部は自分たちの存在を秘密にできる相手に売るしかないということだ。
それが出来る相手が、今は女性権利団体しかいないということなのである。
対覚醒ISのために各国が手を取り合っている中で、そこに叛意を持つ者たちがいるのが権利団体だったということだ。
とはいえ、今の話で鈴音はふと思った。
「あんたも極東支部を探してるの?」
「見つかってないけどね」
「何で探してるのよ?」
「私たちとしても『卵』は破壊しておきたいの。マジでアレは何もかもメチャクチャにしちゃうし」
ティンクルは説明する。
『破滅志向』という個性から、どんな人間と融合したにしても爆弾のような存在になるものと考えていた。
だから、最初から破壊しておくべきだと考えていたのだが、今回の件から考えると予想以上に問題がある存在だと気づいたという。
「問題?」
「これはディアとヨルムンガンドの推測なんだけど、兵器の強化に『卵』が極東支部には内緒で手を貸してる可能性が高いみたい」
「えっ?!」
さすがに鈴音も驚いてしまう。
使徒に有効な兵器に対し、ISと人間から生まれたはずの『卵』が手を貸しているということは非常に考えにくいからだ。
だが現状、女性権利団体に手を貸す使徒や覚醒ISはいないし、これから出てくるとも考えにくい。
そうなると、『天使の卵』が兵器の強化に手を貸していると考えることが一番納得がいくのだという。
「あれだとISと人間の関係そのものを破壊してるように見えるわ。それもかなりイヤらしいやり方で」
「確かにイヤらしいわね」
「本当の意味で全部を破滅させようとしてる可能性もある。それは、ISたちにとっても望むかたちじゃないのよ」
何故なら、ISにも心があるからだ。
人と語り合えるだけの考えがあるからだ。
ISたちがこの戦争を起こしたのは、自分たちと人間の関係を単なる人と道具ではなく、互いの意思を主張できるものになることを目的としている。
そのために、自分たちの力を示しているだけなのだ。
同時に人間たちも対抗できるように変わってきている。
その先の、この星の未来とより広い世界への進出こそが真の目的と言ってもいいのである。
「そう考えると、昔の状態に戻したがってる人に、むやみやたらに力を貸すのはおかしいわね」
「それも、IS側からね」
納得したように呟いた鈴音の言葉をティンクルはそう補足した。
さらに。
「ISたちにとって理想の話し相手は一夏と諒兵なのよ。白虎やレオが無垢で特別だったとはいっても、ちゃんと自分たちの声を聞いてくれた人なんだもん」
「一部の好戦的な連中が落ち着いてくれば、ISたちにも話す気はあるってことなのね?」
「そ。単純に話すだけなら別に戦う必要もないわ」
そうすれば戦争は終結する。
一部の小競り合いは残るだろうが、それは個々の問題であって、人間とISといういわば種族の問題ではなくなるのだ。
「あんたもそれでいいの?」
「別に問題ないわ。あんたとは必ず戦う日が来るけど」
「そうね。それは間違いないと思ってる」
あまりにも自然に言われたにもかかわらず、鈴音は違和感を持たなかった。
ティンクルとは必ず戦う日が来るということを鈴音自身も自覚しているからだ。
自分たちは間違いなく敵同士なのだと理解できてしまっていた。
それはともかく。
「そうなると、これから先、権利団体の連中が起こす騒ぎから一夏と諒兵を守んなくちゃなんないわけね」
「理解が速くて助かるわ。セシリアやシャルロットは頭の回転は速いけど、守んなくちゃなんない一夏と諒兵の気持ちを深く考えるまでには至ってないし」
「ラウラや箒はべったり過ぎて巻き込まれる」
「そ。一番動きやすい距離にいるのがあんたなのよ」
だからこそ、ティンクルはこのことを伝える相手として鈴音を選んだということができる。
この情報をIS学園側に伝える上で一番いい位置にいるのが鈴音だったということだ。
「私がまた行くと箒が怒るだろうし」
「少しは落ち着いてきたわよ?」
「それならいいんだけど。でも、とりあえず煽ったのは謝っておく必要があるわね」
「一緒に行く?」
「助かるわ」
まるで友人の仲直りを手助けするような気軽さで鈴音が誘うと、ティンクルはあっさりと肯くのだった。
一方そのころ。
一夏はコア・ネットワークからの通信を受け取り、少し驚いた表情を見せたが、何度か肯いた。
「わかった。任せるよ。じゃ、切るぞ」
相手が肯定の返事を返してきたのを確認すると、一夏のほうから通信を切る。
一緒にいたティナと数馬が一夏が通信を切ったのを確認すると、誰からか、どんな内容なのかを尋ねてきた。
「諒兵からだ。びっくりしたけど、今まどかが来てるんだって」
「えっ?」
「大丈夫なのか?」
「諒兵のほうから今日はケンカするなって言ってくれたらしい。その代わり、今日はお出かけに付き合う羽目になったって言ってたけど」
そう言って一夏が苦笑すると、ティナや数馬も苦笑いを見せる。
諒兵も苦労を背負い込んでしまうタイプだなあと感じてしまったからだ。
もっとも、まどかは普通にしてるとまだまだ子どもなので一緒に遊ぶのは問題ないだろう。
こういった場所で出会ったというのは、ある意味では幸運だったのかもしれない。
諒兵は面倒見がいいのでまどかも楽しめるだろうし、諒兵自身もまどかと一緒でも十分楽しめるはずだ。
「だから、とりあえずは任せる。大丈夫だと思ったら、たぶん会わせてくれると思う」
「それなら、変に刺激しないほうがいいな」
「他と合流しながら、別のところに行くのもいーね」
いきなり会うことになったら驚きが先に立ってしまいどうなったかわからないが、諒兵が気を利かせて報告してくれたので心構えはできた。
いきなり兄妹になるのは難しいだろうから、ちゃんと知り合いになるところから始めなければと思う一夏だった。
さて。
最初に箒に会ったほうがいいと鈴音がアドバイスしたことで、鈴音とティンクルの二人はまずランジェリーショップに向かった。
「ああ、ランジェリーね……」
「うん……」
容姿がそっくりなせいか、それだけでお互いの思いが伝わる。
どちらもひ……もとい、スレンダーな体型をしているからだ。
ぶっちゃけ、箒やセシリアとランジェリーショップに行くのは、非常に抵抗がある二人だった。
もっとも、何故最初に箒に合うべきかと鈴音がアドバイスした理由をティンクルはちゃんと理解していた。
「疎外感でしょ?」
「まあね。そのあたり、箒はまだ上手く一人になれない子だと思うし」
最初に他の友だちに会って仲良くなってから箒と会うことになると、箒が疎外感を持ってしまうからだ。
今の状況に馴染めなくて引きこもっていたくらいである。
ティンクルを受け入れた友だちが多いと、それだけで箒は仲間はずれにされた気分になってしまうだろう。
箒のことを考えると、まず彼女にティンクルがここにいるということを受け入れてもらう必要があった。
一見箒は孤独に慣れているように見えるが、実は上手く一人になるということは、周りとの関係を維持しつつ一人のときは一人を楽しめるかどうかということだ。
実はこの点は諒兵がかなり上手い。
「孤児院にいたせいかな。周りに人がいるのが当たり前だったしね」
「だからこそ、のんびり一人でいる時間も楽しめるのよね」
他者を拒絶しないからこそ、一人の時間もちゃんと楽しめるということだ。
そう考えると、箒は一人でいることに慣れていないのである。
なので、精神的ダメージが大きいことを覚悟して鈴音とティンクルがランジェリーショップに向かっていると、向こうから箒とセシリアがやってきた。
どうやら買い物は済んだらしい。
ほっと安堵の息をつく二人である。
だが、向こうはそうではなかったらしい。
「りっ、りりりり鈴さんっ?!」
「なっ、えっ、二人っ?!双子っ?!」
逆にそれで、鈴音とティンクルは緊張が解けた。
クスクスと笑いながら箒とセシリアに近づいていく。
「こういう驚きは何だか嬉しいわねえ」
「当たり前っちゃ当たり前なんだけどね」
そんな二人を凝視していた箒とセシリアだが、格好が違うことにようやく気づいたらしい。
鈴音は柄物のワイシャツにサマーセーターを重ね着しており、下はキュロットスカート。
ティンクルはロゴの入ったトレーナーにジーンズのジャンパーを羽織り、下はジーンズのホットパンツとかなりイメージが違うからだ。
鈴音が今日どんな格好でここまで来たかを知っている二人は、違う格好をしているティンクルの名にようやく思い当たった。
「あっ、ティンクルさんっ!」
「なっ、お前はあのときのっ!」
そう言って指差してきた箒に、ティンクルは深々と頭を下げる。
「前に戦ったときはごめんなさい。白式を引っ張り出すためとはいえ、かなり煽っちゃったし」
「えっ、ええええええええっ?!」
「悪いことをしたと思ってるし、簡単に許せることでもないんだろうけど、今日は戦う気はないから」
「あっ、あっ、あうあうあう……」
「こうしてあったのも何かの縁だし、一緒に遊ばせてくれると嬉しいんだけど」
「あ、ああ、あ?」
語彙を消失している箒だった。
代わってセシリアが話を進める。
「本日は、何故ここに?」
「情報交換よ」
「それは、私たちの敵の情報ですか?」
「美味しいカフェとスイーツ♪」
ズルッと転びそうになってしまうセシリアである。
立場上は敵対しているのだから、情報交換となると共通の敵の情報だと思うのが当然だからだ。
それが年頃の女の子の情報交換をしにきたというのでは、ふざけているとしか思えない。
「近いし、後で行ってみてもいいかもね」
と、助け舟を出したのは鈴音である。
実は本当に話を聞いていたりする。
「ほ、本当に?」
「ホント♪」
鈴音がダメ押しすると、セシリアはため息をついて納得した様子を見せた。
鈴音は今度は箒に顔を向ける。
「こうして謝ってるんだしさ。今日はいがみ合わないでいいんじゃない?」
「まあ、誠実に謝ってくれたとは思うが……」
「一時休戦でもいいわよ。次はかなりいい勝負になりそうだし」
そうティンクルのほうから言ってきたことで、箒もようやく気持ちを落ち着けられたらしい。
「織斑先生は今日は気分転換をしてこいと言ってたし、無理に場を乱すつもりもない」
「ありがと、箒♪」
「というか、調子が狂うぞ」
如何せん、鈴音が話しているようにしか思えないので、鈴音とティンクルの二人が一緒にいるとどっちが話しているのかわからない箒とセシリアだった。
諒兵としては気を使って皆には遭わないようにしていた。
まどかにケンカをするなと言っても、状況がそれを許さない場合があるからだ。
一夏に関しては前もって通信で伝えていたので、自重してくれるとは思う。
ただ、もう一人、相性どころではなく存在そのものの反りが合わない相手には伝えることでムキになる可能性が高い。
そう考えて伝えなかったのだが、世の中、そう簡単にはいかないのである。
「妹よっ!」
シャルロットと共にいたラウラは、諒兵とまどかの姿を見かけるなり、子犬のように駆け寄ってそう叫んだ。
その一言を聞いたまどかの額にでっかい青筋が浮かぶ。
「お前に妹呼ばわりされる筋合いはないっ!」
まどかはあくまで諒兵の妹として育てられた。
しかも、かなりのブラコンだ。
そんなところに諒兵の妻を自称する少女から、「妹」などと呼ばれれば腹を立てるのも当然だろう。
そして、この二人、軍人として訓練を受けた少年兵だ。
まどかの見事な正拳突きをいなしたラウラはカウンターで前から蹴り上げた。
仰け反りながら避けたまどかはすかさずラウラの足を払う。
「まだまだあっ!」
転ぶかと思われたラウラだが、側転の要領でまどかの側面に移動すると、そこからまどかの脇腹を狙って正拳を突き入れようとする。
「やらせるかっ!」
対してまどかは手刀でラウラの目潰しを狙う。
「やめねえかドアホっ!」
そんな二人の攻撃を諒兵が見事にタイミングを合わせて受け止めていた。
「おにいちゃんどいてっ、そいつコロせないっ!」
「どんとこいっ、兄嫁として全て受け止めてみせようっ!」
「おにいちゃんの嫁になんかさせないっ!」
「お前の姉にもなるっ!」
こうなると思ってたから伝えなかったのだが、まさか狙ったように鉢合わせするとは思わなかったと諒兵は天を仰ぎたくなった。
「とにかく一旦止まれ」
「わかった……」
「だんなさまがそう言うのであれば……」
言われて、一旦矛を納めて二人に対し、諒兵はまずまどかから注意した。
「まどか、ケンカすんなって言ったろ?」
「だって、こいつ私を勝手に妹扱いするんだもん」
「ラウラ、お前も全力で応戦すんな。避けに徹するとかできねえのかよ?」
「姉になる身としては、妹に遅れをとるわけにはいかん」
いつの間にか対抗意識が芽生えていたらしい。
ラウラがまどかに対抗して料理の腕を上げようとしていることを知ったら、諒兵は頭を抱えたくなるだろうが、幸いその点はまだ知らなかった。
「無理に仲良くしろとは言わねえ。けど、今日はケンカすんな、まどか」
「う~……わかったけど……」
「ラウラ、お前も変に煽んな。のんびり見守るのも年上の器量だろ?」
「ふむ……、わかった。対抗意識を持ちすぎていたようだ」
ラウラがそう答えたことで、まどかも納得したらしい。
というか、諒兵が自分だけではなくラウラも注意したことで、少なくとも彼女を贔屓してないと感じたらしい。
同じように扱ってくれるのなら、今はガマンしようと考えたのだろう。
「それで、さっさと逃げたシャルは何か言い訳あんのか?」
「その言い方は酷くない?」
と、ラウラがまどかとバトルを始めたとたんに我関せずといった様子で近くの店に入っていたシャルロットがひょっこりと顔を出してくる。
このあたり、要領の良いシャルロットである。
『さすがにあの騒ぎに巻き込まれるのは、ねえ?』
『見切りをつける速さはシャルロット譲りですか』
「諒兵がいるし、大事にはならないと思っただけだよ」
「そういうところで信頼されても嬉しくねえ」
そろそろ付き合いも長いのか、ブリーズもシャルロットに感化されている様子である。
諒兵としてはこんな信頼はされたくないのだが。
「事情は聞かないでおくよ。外に出た以上、こういう事態は考えられることだしね」
「別に小難しい理由はねえよ」
「可愛い妹がおにいちゃんを見かけて飛んでくることもあるだろうなって思ったの」
「……何故わかる?」
思わずまどかの方が突っ込んでしまうほど、シャルロットの読みは正しかったりする。
このあたり、シャルロットが持つ才能ということができる。
もっとも彼女としてはまどかが来ることに対して、特に思うところはないらしい。
「今日の外出なら家族のお出かけでも問題ないしね。さっきのことはともかくとして、戦う気がないなら一緒に遊ぶくらいは問題ないんじゃない?」
「そう言ってくれっとありがてえけどよ」
「諒兵のことだから一夏にはもう連絡してるでしょ?」
「まあな」
「今日は遊ぶ。そう決めて、そうするのなら僕は気にしないよ」
さすがにこういった割り切りはシャルロットが一番速い。
ウジウジと悩むよりは、切り替えて楽しもうということだ。
「それでいいか、まどか?」
「……こう言ってくれるのは嬉しいよ?ケンカするなって言われてるし、向こうが何もしないなら私もケンカしない」
根が素直なまどからしい答えといえるだろう。
それなら、残っている問題は一つだけだ。
「ラウラ」
「了解した。今日は姉として妹を楽しませよう」
「だから、それをやめろ」
ラウラには、根本的なところが理解できていない気がする諒兵だった。