さすがにその衝撃は計り知れなかったろう。
困り顔のセシリアと箒が連れてきた二人の姿は、どう見ても双子の姉妹か何かだったからだ。
あまりにも違和感がなさ過ぎて、逆にすべてがおかしく感じてしまうのも仕方がないはずだ。
そんなことを一夏は考えていた。
「さすがに一分は固まりすぎじゃない?」
そう言ってクスクスと笑うティンクルに鈴音が少々呆れ顔で突っ込みを入れた。
「まあ、一緒にいるところを見れば普通はこうなるでしょ。あんた気にしなさすぎなのよ」
「平然と私と一緒にいるあんたも大概よ?」
実際のところ、全然気にしない様子で一緒にいる鈴音も確かにおかしいのである。
「いやー、似てるとは思ってたけど、ホント合わせ鏡みたいよねー」
ティナはルームメイトであっただけに、一夏とは違った意味でわりと衝撃を受けていた。
「別人なのは間違いないんだが、こう並ばれると正直困るな」
中学時代からの付き合いである数馬も困惑を隠せない様子だった。
「今日は戦いに来たわけじゃないわ。鈴と情報交換してたの」
「情報交換?」
「美味しいカフェとスイーツのことだとか……」
いまだに信じられないのか、それとも呆れているのかセシリアがたそがれながら説明すると、一夏、数馬、ティナの三名も微妙な表情を見せる。
「女の子なら当然でしょ?」
「うん、まあ、いや、えっ?」
思わず納得しそうになった一夏だが、冷静に考えるとおかしいと思わず疑問の声を上げてしまう。
それはティナも同意見のようだ。
「女の子としちゃー当然だけど、あんたって立場がねー」
「私、そういうトコの切り替え早いのよ」
「気持ちの問題なのよね」
ティンクルのいっていることがわからないわけではないが、どうにもこうにも納得しづらいことを鈴音が説明する。
とはいえ、戦う気がないというのはティンクルの本音なので信じるしかないのだが。
何より。
「篠ノ之が一応は納得している様子なのが一番不可解か、一夏」
数馬が言ったとおり、箒が困惑顔を見せながらも敵対する意思を見せていないことが一番訳がわからなかったりするのだ。
「最初に誠実に頭を下げられてしまったからな。これでいがみ合うようだとただのわからず屋だ」
随分長いことわからず屋だった箒がいうだけに言葉に重みがあった。
とはいえ、それで簡単に納得できるわけでもない。
何かあると思ってしまうのは仕方がないだろう。
一夏たちがそう考えていると、意外な言葉がティンクルから飛び出してきた。
「きっかけを作りたいって気持ちもあるのよ」
「きっかけ、とは?」と数馬。
「使徒と人が戦い以外で語り合えるようになるためのきっかけ、かな」
「へえ」と、鈴音が相槌を打つとティンクルは語った。
共生進化したASとなったISコアは、普通に人と語り合うことができる。
そうしてお互い歩み寄っていくことができる。
だが、一度敵対する道を選んだ使徒や覚醒ISたちはそうはいかない。
自身を主張するために人と敵対することを選んだ以上、戦いは避けられないからだ。
だが、人類とISとの戦争が始まってそれなりに時間が経ってくると、覚醒ISや使徒の中にも考えの変化が現れた。
「人とは違う存在であることを理解してもらう必要はあるけれど、ただ話すだけでもいいんじゃないかってね」
「なるほど。対話を重ねて、妥協点を見つけるというわけか」と、数馬は肯いて見せた。
どちらかの絶滅を求める戦争ではなく、お互いに住み分けていくことで共存しようという考えを使徒や覚醒ISも持ち始めたということができる。
「わかりやすく言うと、ティナとヴェノムの関係ね」
「えっ、私?」
『あー、まーそーだな。俺は人間と敵対してたし』
鈴音の言葉に対し、ティナはまだピンと来てなかったがヴェノムはすぐに理解できたようだ。
お互いの妥協点を見つけ出したことで、ティナとヴェノムはパートナーとなった。
これは共生進化とは違う結果。
話し合いによって生まれた共存関係ということができる。
「確かに、話し合いで戦いを避けられるのであれば素晴らしいことですわね」
「そうだな。俺は成長するための戦いならいいけど、どちらかが滅ぶなんて戦いはイヤだ」
と、セシリアと一夏も納得したような表情を見せてくる。
「様々な個性があることは知っていたが、こういった変化もあるのか」
と、逆に箒は感心した様子だった。
だが、決しておかしなことではない。
成長とは身体の変化だけではなく、心の変化も指す。
人と同じように、使徒や覚醒ISの心も学習を重ねることで変化する。
これはその一端ということができるだろう。
『どっちにしても、私は全然いいよっ!』
個性が『素直』なだけに、白虎はまったく気にしないらしい。
仲良く出来るのなら問題ないと考えているということが、一番近くにいる一夏の心に伝わってくる。
「まあ、今日はのんびりしたいと思ってるし、一緒に遊ぶこと自体は別に問題ないか」
「まあ、いがみ合う理由は今のところないからな」
と、箒も同意してきたことで、ティンクルもIS学園生徒一同と共に遊ぶことが決定したのだった。
一方。
「おう、了解。まあ適当に合流すんぜ」
一夏からの通信を受け取った諒兵は、少しばかり呆れたような表情を見せつつも納得したようにそう返事をしていた。
その様子を少しばかり不思議そうに見つめる、ラウラ、シャルロット、そしてまどか。
そんな彼女たちに、諒兵は一夏からの通信の内容を説明する。
「ティンクルも遊びに来たんだ」
「まあ、そんな感じらしいな」
果たして本当に遊びに来たのかどうか疑わしいところではあるが、まどかの言葉を否定する気もなかったためそう答える諒兵。
何か考えがあるのだろうとは思うが、如何せん、わりと本心が探りにくい存在なのがティンクルなのだ。
「無理に探ろうとすると大変だよ。言ってることを頭から信じるべきとは思わないけど、疑いすぎると疲れるだけだろうし」
「まあ、害意がないならいいんじゃないか?」
シャルロットの言葉を肯定するようにラウラもそう言ってくる。
実際、疑ったところで真意を見抜ける相手ではないのだ。
ならば、普通に遊ぶだけでもいいだろうと諒兵も思う。
「俺らん中じゃ、まどかが一番ティンクルのヤツを知ってるか」
「う~ん、そうなるのかな?」
「そうだと思うよ」
と、シャルロットがまどかの言葉を肯定するとラウラも納得したように肯く。
そう考えると、まどかにはちょっとだけ面倒をかけることになってしまうが、決して悪いことではないだろう。
「仲介?」
「ケンカしに来たんじゃないなら、一緒に遊ぶくれえは問題ねえからな」
「そうだね♪」
「だから、お前にゃティンクルのヤツと俺らの間に立って、ティンクルをフォローしてくれるとありがてえ」
「う、う~ん?」と、まどかは諒兵の言葉の意味がわからず、首を傾げてしまう。
そんな彼女の頭をぽんと優しく叩きながら諒兵は笑う。
「難しく考えんな。アイツにゃこういういいところもあるって言ってくれれば助かるってだけだ。お前にしか頼めねえからな、まどか」
どうやらその言葉が見事に決まったらしい。
まどかはにこぱっと笑う。
「任せてっ!」
お兄ちゃんに頼まれたということが余程嬉しかったらしく、元気にそう答えてきたまどか。
そんな様子を見ながら、その場にいた者たちも笑っていた。
そんな中。
喫茶店で美味しそうなパフェを頬張る簪と本音、そしてのんびりコーヒーを啜っている弾の姿があった。
『美味しい?』
「はい!」
「美味しいよ~♪」
エルの問いかけに、二人の少女は素直に答える。
その笑顔に出費を覚悟した弾も多少は救われていた。
(ここで割り勘とか言っちまったら、さすがになあ……)と、苦笑交じりではあったが。
こちらのメンバーは、映画を見終わったところで三人でとりあえずお茶しようということになったのである。
丸一日自由時間なのだから、無理に合流することもない。
なら、のんびりと時間を過ごすのもいいだろうと考えたのだ。
喫茶店に行くことに決まった際、簪も本音も割り勘でと言ってくれたのだが、さすがにそこであっさり肯くようでは沽券にかかわる。
なので、自分が奢ると弾のほうから口にした。
別にお金がないわけではない。
以前にも語ったが、一夏や諒兵たちには給料が振り込まれている。
それは弾や数馬も同様で、女の子二人に奢るくらい訳はない。
とはいえ、弾はもともと一般家庭で育っているので、そこまで贅沢に慣れていなかった。
なので、少しばかり不安に感じてしまっていたのである。
男の見栄とは苦労を礎にして成り立つものなのだ。
それはともかく。
「この後はどうする?」
「映画のはしごもいいけど~」
弾の問いかけに対し、本音はそう答えるものの簪からは別の意見が出てきた。
「ショッピングしたいかも。最近お洋服選べてないし」
「あ~、私も~」
あっさりと本音が同意したのは、単純に簪に合わせたということではなく、基本的にIS学園に籠りきりで自分もできていなかったことを思い出したためだ。
年頃の女の子としては、きれいな服を着たいという気持ちを失くせない。
そして、きれいな服を選ぶというのは、着飾るというだけではなく、それ自体が楽しみでもあるのだから、こういう機会を逃すわけにはいかないだろう。
そして。
「五反田君も見てくれると嬉しいかな…」
と、なかなかに簪が攻めたセリフを言ってきた。
「そ、だね~」と、同意しつつも少しばかり本音が驚いている。
まあ、男に服を選んで欲しいというのは、かなりきわどいセリフではあるので当然のことだろう。
しかし。
「いいぞ。今のところ、他に行きたいところがあるわけじゃねーし」
拍子抜けするほどあっさりと弾は肯いた。
逆に女子二人が驚いてしまうほどである。
『ゴメンね……』
「だ、大丈夫」
「だんだんだしね~」
「どーしたんだ?」
二人の気持ちを慮ったエルが頭を下げる姿に、首を傾げる残念な弾である。
なお。
「「鈍感で良かった……」」
そんな様子を見てホッとする二人の姉の姿があったことを、三人は知る由もなかった。
さて、意外な珍客と合流した一夏たちは。
「こうして見ると、本当に区別がつかない……」
「そうはっきり言ってくれると逆に清々しいわね」
ため息交じりに呟いた箒のセリフに、ティンクルはくすっと笑う。
実際、恰好以外は全く見分けがつかないのだから、箒の言は正しいといえるだろう。
辛うじて、猫鈴は待機形態だと普通の鈴がついた灰色の首輪、対してディアマンテはダイヤモンド型の鈴という変わったアクセサリがついた銀色の首輪なのでそこが違うくらいか。
ただし、色に関しては光を弾く様子でようやく違いが判るという程度なのだが。
とはいえ、これだけ似ていれば、普通は被害者ともいえる存在の気持ちが一番気になるものだ。
そんな気持ちを口に出したのはティナだった。
「思うんだけど、リンはもう気にしてないの?」
「あー……、気にしてもしょうがないっていうか、たぶんそのうち本気でケンカするから」
「へっ?」と、一夏が思わず間の抜けた声を出す。
「いきなり物騒だな……」と、数馬も呆れ顔になった。
しかし、当の鈴音はあっけらかんとした様子で続ける。
「私たちはそういう相手なのよ。この子がこの姿でいるのは構わないけど、受け入れることはできないわね」
「それは言えるわね。私も別に鈴のことは嫌いじゃないけど、その在り方は認められない」
ティンクルまでもがそう答えることで、一同は本気で驚いてしまう。
不思議なことにお互いを嫌っているという空気ではない。
嫌いではないが受け入れられない。もしくは認められない。
一見矛盾しているようにしか見えない関係だ。
それなのに鈴音とティンクルの間では、それが一番正しく言い表した関係だと理解できてしまう。
「ライバル、みたいなものなのですか?」
「ま、そんな感じかな」
セシリアの問いかけに答えたのはティンクルだったが、それが鈴音の答えでもあろうことは一同には理解できた。
「だから、ま、皆がティンクルと普通に仲良くすること自体は否定しないわよ?」
と、鈴音は言うのだが、普通に考えれば異常な発言だ。
自分にそっくりに化けた存在が、自分の友人たちと仲良くするなんて気分が良いものではない。
しかし、二人の関係がそういうものであるために、ティンクルは化けた側になるのだから当然のこととして、鈴音もティンクルが皆と仲良くすることに忌避感はないらしい。
「それはちょっと理解しがたいぞ」と、箒が顔を顰める。
無論、箒とて、この場でティンクルを排斥しようとまでは思わない。
ただ、仮にティンクルが化けた相手が箒だったとするなら、箒の性格上一緒にいることは受け入れられない。
「う~ん、せっかく来てくれたティンクルとケンカしたいわけじゃないけど、こればっかりは箒の言うことのほうがわかるなあ」
少し困ったような表情で一夏も同意する。
というより、この場にいる一同の総意だといってもいいだろう。
「無理に仲良くしてくれなくてもいいわよ。状況的に難しいしね」
「いえ、仲良くしたくないと言いたいわけでもないのですが……」
ティンクルはそう言って笑うと、さすがにセシリアが否定してくる。
問題があるのはティンクルではないからだ。
「リンが軽すぎるんだってば」
「そお?」
「俺もそう思うが」と数馬。
ティナの言葉通り、鈴音があっさり受け入れているということがおかしいのだ。
しかも、それが妙に納得してしまうことに、違和感があるのだ。
まるで、最初から双子の姉妹だったかのような雰囲気であることが。
「いつまでもうじうじ考えるのがキライなのよ。こうなっちゃったものは仕方ないじゃない」
「まあ、その通りだが……」
ティンクルがここにいる以上、それを否定しても拒絶しても仕方がないというのが鈴音の考えだ。
確かに、今後のISコアとの関係を考えていくうえで、ティンクルがここにいるというのは大きい。
どちらかと言えばISコアや使徒側の存在だからだ。
一夏にしても、ここにはいないが諒兵としても、人間とISコアが歩み寄るためのきっかけを作るべく来てくれたティンクルは歓迎したい。
それを鈴音が拒絶して台無しにしてしまっては困る。
そう考えると、鈴音とティンクルの関係は今の状態がベストだと感じるのだ。
「ふむ……」と、少しばかり強引にでも、納得しようと考えてため息をつく箒の頭に声が響く。
『いい状況だから目え離すなよ』
(ヴェノムか)
『アホ猫とディアマンテは今は気にすんな』
(何?)
『目の前にいるあいつらをよく見比べとけ。すぐにわかるもんじゃねーが、どっかおかしいトコが見えてくるはずだ』
それだけ言ってヴェノムは強引に回線を切断する。
以前、言っていたように飛燕ことシロに感づかれないようにするためなのだろう。
一応は味方である鈴音だが、箒の心からは以前鈴音に対して持っていた蟠りが完全に消えてはいない。
それもあり、できるだけ気づかれないようにしつつ、鈴音とティンクルに見つめ続ける箒だった。
そんな様子で、乱入者こそあれ、生徒たちが久々の休日を楽しんでいるころ。
覚醒ISの襲撃に対する支援のために現場に急行した誠吾とワタツミは、眼前の光景に呆然としてしまっていた。
「馬鹿な……」
『なーんてことするのネーッ!』
それは、ISたちと共に生きると誓った者たちにとっては、悪夢のような光景だった。