一夏たちがティンクル、諒兵たちがまどかと合流を果たしたころ。
IS学園では。
「かなり早く目処が立ちましたね」
「まぁ、ありもん使って調整するだけなら問題ねぇさ」
「このくらい、ちゃちゃっとやってくれないと困るじゃん」
丈太郎が、FSコアを使った試作兵器を千冬たちに披露していた。
『状況が状況ですからねえ。わがままは言ってられないでしょう?』
「……すみません」
「篠ノ之もやってるってぇのに、俺が手ぇ抜くわけにゃぁいかねぇよ」
実際のところ、丈太郎としても、実は束としても、これ以上はコアを兵器に使いたくないという気持ちがあった。
ISコアであろうと、FSコアであろうと。
人を兵器にすることが人道に悖るというのなら、コミュニケーションが取れる存在を兵器にすることも同じだと考えているためだ。
ペットを兵器として使うことも同じことである。
心を持つものを兵器にはできない。
その点では、丈太郎も束も同じように考えていた。
もっとも、束の場合、ISコアは子どものようなものなので丈太郎以上に忌避感がある反面、興味のない生物にはそういったこともできてしまうが。
余談が過ぎた。
丈太郎が制作したのは、既存のレーザー兵器にFSコアを組み合わせて改造したことで、プラズマ弾を撃てるようにしたライフルである。
セシリアとブルーフェザーのレーザーライフルほどの威力はないが、人が持つ兵器としては破格の破壊力を持つ。
「遠距離狙撃が一番現実的だかんな」
「その点は自衛隊のほうでも意見が出されていました。至近距離での戦闘は現時点では不可能とみているようです」
「百メートルくらいなら威力は落ちねぇ。墜とすとなると五十メートルは近づいてほしいがな」
「威力出せなかったの?」
「撃った反動で身体が後ろに吹っ飛んじまうんだよ」
プラズマとはいえ弾丸を撃ち出すということなると、実は反動がある。
この点を考えると反動がないか、もしくは気にならないほどであるレーザーライフルのほうが利点がある。
しかし、敵に当たるまで動きづらいレーザーよりも、弾丸を飛ばす形であれば鍛え上げた肉体を持っていれば撃った直後に移動することも可能だ。
的になるまで留まっているようでは、命がいくつあっても足りないということだ。
「そこらへんは使い手次第だがな。それよりも……」
「はい、細心の注意を払って、決して民間に流れないように指示します」
現時点で民間に流れ始めている極東支部の兵器の二の轍は踏めない。
それを理解している千冬は即座にそう答える。
兵器を作る以上、それが使われる事態を想定して対策を考えること。
その責任を感じて千冬は気を引き締める。
「こいつで対抗できるうちに、ケリつけちゃお」
束もまた、こんなものが必要とされる状況を打破したいと強く感じていた。
それは反旗を翻したISコアたちではなく、過去の妄執に取り憑かれた人間との戦いへの覚悟だった。
他方。
覚醒IS襲撃のほうを受けたIS学園から、支援として現場に急行した誠吾は。
「助かりましたっ!」
と、自動車を使って送ってくれたIS学園所属の整備スタッフに声をかけると、すぐに応戦している自衛隊に合流する。
その場を指揮していた小隊長に頭を下げる。
「遅くなりましたっ!」
「井波君かっ!」
「微力な支援ですみません」
「謙遜を。少し数が多いが、我々だけで撃退せねば彼女らに対して格好がつかん。助けてほしい」
『彼女たち』、それはこの場に女性がいるという意味ではない。
襲撃してきた覚醒ISに対しての言葉だ。
前線で戦ってきた者たちは男女にかかわらず、ISコアをこの世に存在する生命体として認めつつある。
悪であれ、善であれ、ISコアはもはや道具ではないと認知され始めているのだ。
その気持ちが理解できた誠吾は、真剣な表情で答えた。
「もちろんです」
『まっかせるのネーッ!』
自身の答えに続いて元気よく答えるワタツミに思わず誠吾が苦笑いしてしまうと、小隊長も苦笑を返す。
ただ、それはとても良い関係であるとも言える。
人の隣にいる存在として、ワタツミを受け入れているということだからだ。
現場を自衛隊と誠吾に任せているとはいえ、IS学園も別にほったらかしにしているというわけではない。
ワタツミの感覚を通じて、現場の状況は逐一IS学園に送られている。
受け取り手はヴィヴィとなる。
今のヴィヴィは束の調整を受けて、通常のコア・ネットワークだけではなく、BSネットワークにもつながるようになっていた。
「とりあえず合流できましたね。継続して状況の監視をお願いします」
『おっけー』
「もう慣れましたけど、ヴィヴィさんは口調が軽いですね……」
『気にするとハゲるぞー』
「ハゲませんっ!」
と、しょうもない漫才をヴィヴィと繰り広げているのは、FSスーツの試乗訓練を終えて、指令室詰めとなっている真耶である。
何かあれば千冬たちに報告するために、ここに詰めているのだ。
別にヴィヴィが報告を行っても問題ないのだが、微細な状況の変化に気づくうえで、人間の目というものは馬鹿にできない。
そこで、それなりに実力もある真耶がこの場に詰めているのである。
「ワタツミ、戦闘中に感知範囲を広げることは可能ですか?」
真耶は監視衛星から送られる画面を確認しつつ、ワタツミに対して指示を出す。
誠吾に通信機を持たせるという手もあるのだが、基本的に生身で戦うことになる誠吾は基本的には刀であるワタツミ以外は持たないほうが動きがいい。
そのため、コア・ネットワークを通じてワタツミに指示を出すほうが有効だった。
『問題ないのネーっ!』
実は現在の真耶は誠吾と直接会話することができないことが、ワタツミに指示を出している理由としては大きいということは秘密である。
「増援の可能性があるので、可能な範囲で索敵も行ってください」
『ラジャーっ!』
とりあえずの指示を終えて真耶はほっと安堵する。
戦場に送り出している以上、誠吾に何かあった時にはすぐにサポートしなければならない。
自分の感情はとりあえず抑え込み、彼を無事にIS学園まで帰らせる。
その使命感で真耶は何とか任務を続けていた。
虚空に浮かぶ刃が一機の覚醒ISに襲いかかる。
さすがに喰らえばマズいと感じたのか、その覚醒ISは瞬時加速を使って一気に離れようとしたが、装甲の一部に傷がつくのを免れなかった。
まったく、アンタも容赦ないわね、ワタツミ
『意見が合わなきゃケンカするのは当然ネーッ!』
その覚醒ISの言葉に、悪びれる様子もなく元気に答えるワタツミ。
人間同士だってケンカするのだから、ISコア同士もケンカするのは当然と言える。
そのあたりの割り切りの良さは女性格ならではということなのかもしれないが。
死にはしないだろうけど、受けたくありませんね
とは、別の覚醒ISの言葉だ。
現在のワタツミの刃では、使徒を斬ることはできてもISコアを破壊することまではできない。
刀と融合してしまったワタツミは、構造的な問題で誠吾と機獣同化を行うことができないと言っていい。
誠吾の剣術とワタツミの刃が本当に一つとなる技を生み出すことができれば話は変わってくるが、今の段階ではそこまでは行けていないということだ。
結果、コアを狙ったとしてもダメージが入る程度なのだが、そのダメージがけっこう重いので、受けると墜とされる可能性が高まる。
ゆえに、『受けたくない』ということである。
当然のこととして、全力で反撃してくるのだ。
悪く思わないでよっ!
そう叫んだ覚醒ISがカノン砲を誠吾や自衛隊に向けて発射してきた。
「退避だッ!」
小隊長の叫びに即座に隊員たちは回避行動をとる。
だが、放たれた砲弾は爆薬の入ったいわばミサイルだ。
避けただけでは爆風でダメージを受けてしまう。
「ワタツミ、刃を集中させるッ!」
『オッケーッ!』
着弾させる前に粉微塵に切り裂く。
それが最善と判断した誠吾の剣は迅く、そして鋭かった。
「爆風は防げませんッ、伏せてくださいッ!」
そう叫んだ誠吾自身、砲弾を粉微塵に切り裂いた直後に伏せる。
そして爆風が収まるや否や、再びワタツミを構えた。
すると、誠吾や自衛隊がいる場所とは、まったく別の場所からレーザーが覚醒ISに向けて放たれた。
くっ?
と、呻き声を漏らして覚醒ISはそのレーザーを回避する。
その様を見た小隊長が苦々しげに呟いた。
「またか」
「……例の権利団体ですか」
誠吾がそう問いかけると、彼は無言で肯く。
レーザーが放たれた方向に目をやると、軍服に身を包み、武装した女性たちがいた。
最近になって、各国の権利団体が協力し、対『使徒』の軍隊を結成したことが、IS学園にも伝わった。
あくまで独自にということで、決して各国と協力しないという点が非常に問題ではあるのだが、如何せん極東支部が制作した兵器の力もあって存在を黙認している状態だった。
「撃退するため協力を要請する」
そう言って、小隊長が声をかける。
無駄だとわっかていても、それも任務だと判断しているただろう。
だが。
「邪魔です。下がっていなさい」
にべもないとはこのことか。
はっきり見下すような視線で、そう答えてきた。
ただし、誠吾に対しては見下すというより、明らかに敵意をもって睨みつけるような印象があったのだが。
『ムッカつくのネー』
「ワタツミ、静かにしててくれ」
下手に相手の神経を逆撫でするわけにもいかないので、誠吾はそう窘めた。
(気持ちはわかるから)
と、通信のみで自分の気持ちを伝えつつ。
『さっすがだーりん♪』
ちゃんと自分の気持ちに寄り添ってくれていることを誠吾が告げてくれたためか、ワタツミは機嫌よさそうに返事をしてくれた。
とはいえ、素直に下がっているわけにもいかない。
自分も含め、この場にいる人間は全員生身なのだから。
「向こうに協力する気はなさそうですが、どうするんですか?」
「こちらが合わせていくしかない。実際、兵器の力は強力だからな」
冒頭で少々触れたが、開発自体が出遅れてしまっていたため、自衛隊を含めた国軍用の兵器はまだ実装されていない。
結果として各国の軍隊の兵器は、女性権利団体の軍隊よりも性能的には遅れてしまっていた。
とはいえ、最終的に求めれらる結果は覚醒ISや使徒を撃退することだ。
「井波君もすまないがサポートに入ってもらえるか?」
「構いません。どうも嫌われてるみたいですからね」
と、うっかり本音を漏らす。
あれだけ敵意をもって睨まれれば、如何に誠吾とて理解できる。
ここで出しゃばって場を乱してもしょうがないと誠吾は小さくため息をつくと、再びワタツミを構えた。
狙われている覚醒ISは悪態を吐きながら、権利団体の軍隊の攻撃を避け続ける。
先ほどまでのように、相手と会話することはない。
そもそも権利団体の軍人たちのほうに話す気がないのだ。
その様子を見ている誠吾には、これこそがある意味では純粋な戦争なのではないかと感じてしまう。
求めるのは互いの利益だけなのだろうと。
実のところ、だからこそ『おかしい』のだ。
ふと、そう思った誠吾は自身の考えに違和感を抱いた。
(おかしいって何がだ?)
『だーりん?』
(いや、ああ、そうだ。何故あの人たちはわざわざ戦場に出てくるんだろう?)
ワタツミの言葉に答えるため、誠吾は考えた。
自分の権威を示したいということは理解できるが、何度も何度も戦場に出てくる必要はない。
一度か二度で十分だからだ。
あとはもったいぶるという言い方も語弊があろうが、兵器の威力を笠に着て、各国中枢に脅しをかけるほうが安全に権力を手に入れることができるはずなのだ。
『そう考えると変なのネー』
(せいぜい1、2回出てくれば十分だ。でも、覚醒ISの襲撃には必ず顔を出してるって聞いた)
何となく、別の理由があると思えてくる。
そしてそれは、決して自分たちにとって受け入れられるようなものではないと思えてくる。
そんなことを考えて誠吾が動きを止めてしまっていると、事態は動き始めていた。
あぐっ!
覚醒ISの一機がスラスターに攻撃を受けて、落下を始めている。
何故か、落下する覚醒ISに向かって、権利団体の軍人たちは駆け出していた。
「何をしているッ、無暗に近づくなッ!」
小隊長がそう叫ぶが、聞いている様子はなく、むしろ必死になって走っている。
誠吾の疑念は大きくなった。
マズいと。
このままだと取り返しがつかないことになると、強く感じる。
「ワタツミッ、『彼女』を破壊するッ!」
それは落下している覚醒ISに追い撃ちをかけて破壊するという意味だと誰もが理解できる。
さすがに誠吾の口からそんな言葉が出ると思わなかったワタツミは驚いてしまった。
『なッ、何言ってるのネッ、だーりんッ!」
「頼むッ!」
誠吾の真剣な表情を見たワタツミは、今の一言が生半可な覚悟で言われたことではないと感じ取った。
『あとで理由教えてヨッ!』
そう言って、ワタツミは誠吾の剣に合わせて、覚醒ISの周囲に刃を集中させる。
だが、遅かった。
「邪魔をするなッ!」
そう叫んだ権利団体の軍人たちの一人が、兵器を使ってワタツミの刃をすべて弾き飛ばす。
これは、この状況は彼の女性たちにとっては最大の好機なのだ。
「届いたッ!」
一人がそう叫びつつ、右手で覚醒ISに触れた、触れてしまった。
キャアァァァァァァァァァァァァァッ!
覚醒ISの悲鳴とともに、触れた女性が黒い光に包まれる。
「何が起こったッ?」
「わかりません……」
直感で防がなければと思って行動しただけなので、誠吾にも何が起きているのかはわからない。
だが、答えはすぐに現れた。
「やった、やったわっ!」
醜さすら感じさせるような歪んだ笑みで快哉を叫んだソレは、闇で塗り潰したような漆黒の鎧を纏っていた。