IS学園への通信を終えたティンクルはすぐに声をかける。
「鈴、そっちは?」
その問いかけに答えたのは鈴音ではなかった。
「うん、だいぶ落ち着いてきた。心配かけてゴメン」
「カッコわりいトコ見せたな」
そう答えた一夏と諒兵は並んでベンチに座っていた。
さすがに大人数なので、全員で施設の屋上のフリースペースに集まることにしたのだ。
この状況で一夏への対抗意識を燃やすほどまどかは聞き分けが悪いわけではないので、おとなしくしている。
というか、泣いていた諒兵が心配だったのか、ずっと傍についていた。
対抗するようにラウラも密着しているが。
一夏に対しては箒が傍についている。
少し離れたところから、鈴音や他の者たちが見守っていた。
さすがに異変をダイレクトに感じたのか、一夏が真剣な表情で問いただす。
「何があったのか知ってるのか、ティンクル?」
「今、千冬さんたちがIS学園で情報を集めてるところよ」
「動いてるのは天狼?」と、鈴音。
「みたい。もっともアンスラックスや……箒、シロはいる?」
声をかけられて少しばかり驚いてしまったが、この状況だと動いていないわけがないと箒はシロこと飛燕に声をかける。
「返事がない。どうやら何処かに行ってるみたいだ」
「あいつらが動いてるってなると、よっぽどのこったな?」
動いているメンバーから察したのか、諒兵がそう問いかけると肯いたのは鈴音だった。
「すぐにどうこうしなくちゃいけないわけじゃないと思うけどね」
「うん、千冬さんも時間かかってもいいから気持ちを落ち着けろって言ってたわ」
「ヤバいことが起きてるが、腕っぷしで解決できることじゃねーんだな」
鈴音の言葉を補足するようにティンクルが続けると、確認するように弾が独り言ちる。
「というより、その段階まで行けてないんだと思うわ」
「だとすると、今は戦略を練る必要があるってことだね?」
「そのための情報収集なんですわね……」と、シャルロットに続けてセシリアも肯いた。
「そうなると俺たちも情報を集める必要があるんじゃないのか?」
冷静に数馬が意見してくる。
今は情報収集の段階にある以上、集められるだけの情報を集め、そしてまとめておく必要があるだろう。
「アゼル」
『ああ。任せておけ。集めた情報はヴィヴィに預けるが構わないな?』
「頼む」
何かしら行動しないと落ち着かないという気持ちもあり、数馬がアゼルに依頼すると、アゼルはすぐにネットワークへと駆け出した。
こういう状況で重要なのはまず冷静であること。
その点、個性が『沈着』であるアゼルはうってつけだった。
ただ。
「何もできないっていうのは落ち着かないな……」
一夏としては自分の心に叩き付けられた『ナニか』のこともあり、何かしたくてしょうがない気分だった。
できることがあるなら自分も行動したいのだが、情報収集や分析などは正直得意な分野ではなかった。
同じことを諒兵も感じている。
「だな。ゲーセンでパンチングマシーンでも叩きてえ気分だ」
なので、そんな適当な言葉が口を衝いて出たのだが、意外にも肯定してくる者がいた。
「いいんじゃない?思いっきり憂さ晴らししましょ?」
「おいおい……」
「鈴音、不謹慎だぞ」
思わず突っ込んでしまう諒兵に、珍しく箒も意見を合わせてきた。
さらにはティナが呆れ顔で突っ込んでくる。
「りーんー、さすがにのん気すぎない?」
「今はそんな時だとは思えないが……」
諒兵が涙を流していたことが相当にショックだったのか、ラウラさえもそう思ったらしい。
だが、鈴音もいい加減な意見を出したわけではない。
それが理解できたのはティンクルだった。
「何にもできないならスポーツで身体を動かすのは有効よ?」
「考えるときには考えるけど、それができないなら身体を動かして頭を空っぽにしておくのよ」と、鈴。
「ああそっか。悩んでると必要な情報が頭に入らなくなるもんね」
シャルロットも鈴音の意見の正しさに気づいたらしく、憂さ晴らししてもいいかもと意見してくる。
「どうせ今は待ちなんだしいーんじゃねーかな?」
「そうね。私たちは前線部隊だもの。ここでみんなで悩んでいても仕方がないわ」
「戻る必要があれば指示が来るでしょう。改めて報告しつつ、私たちは気持ちを落ち着かせるために気分転換に集中してもいいかもしれません」
本当に、非常に珍しいことに弾の意見を肯定してきたのは刀奈と虚の二人の姉だった。
「そうだね~、考えるのはいいけど、悩むのは良くないよ~」
「うん。織斑先生に動く必要があったら呼んでもらえるように連絡だけしておこう?」
と、本音と簪も賛成派に回ったことで、どんな酷い事態なのかを知ることになっても強い意志で受け止めるために、今は気分転換ということで話はまとまった。
そして、とりあえず移動しようと皆が立ち上がったのだが……。
「あれ?」
「どしたの、かんちゃん~?」
「撫子も何処かに行ったみたい……」
ネットワーク上で動くこと自体は制限していないため、そういうことがあってもおかしくはない。
だが、基本的にやる気を出さないとまったく動かない大和撫子が何故今いないのだろうと、小さな疑問を感じる簪だった。
先の覚醒ISの襲撃で衝撃を受けたのはIS学園の者たちばかりではない。
彼らもまた、少なからぬ衝撃を受けていた。
『ヒカルノ博士、お客様です』
フェレスの言葉を無視しているわけではないのだが、篝火ヒカルノことデイライトはモニターを凝視したまま答えない。
その場にいた者たちは誰も口を開かない。
スコールさえ驚愕の表情でモニターを見つめている。
仕方なく、一緒に映像を見ていた研究所員の一人が代わって答えた。
「誰かね?」
『……女性権利団体の渉外担当の方です』
少し逡巡したのち、フェレスはそう答える。
『どの面下げてやってきたのかしらねえん?』
その場にいたスマラカタが呆れたような声を出す。
『ウパラさんやツクヨミさんが追い返せと言っていますが……』
「動きが早いな。コレは予定通りということか」
ようやく口を開いたデイライトは、深いため息を吐く。
「フェレス、ネットワークで二機につなげてくれ。スマラカタもお願いできるか?」
『いいわよん』
「あと、障壁を張ってくれ。フェレス、お前とスマラカタ、ウパラ、ツクヨミ以外のASには聞かせたくない」
『はい、承知いたしました』
「スコール、同席を頼む」
「わかったわ」
「さて、どんな無茶振りをしてくるのやら」
そう言いつつも薄く笑うデイライトの頭脳には、新たなる進化の姿が鮮明に映っていた。
応接室にて。
突然訪問してきた権利団体の女性たちと、デイライト、スコール、そしてフェレスが対峙する。
フェレスの恰好はいつもの透き通る人型に白衣を纏ったままの姿となっていた。
羨望の眼差しがいまだフェレスに注がれているが、口角がわずかに上がっている。
元々が研究者のデイライトはそういった点の観察力が高く、それが獲物としてフェレスを見据えているための表情だと理解できた。
(耐えろ。もうお前とのつながりを切る気は毛頭ない)
通信でそう伝えるとフェレスは心なしか嬉しそうに『はい』と答えてきた。
そして、極東支部の渉外担当としてスコールが話を切り出した。
「突然のご訪問に少なからず驚いています。本日は何用でしょう、次の搬入まではまだ日がありますが」
「今回は兵器の話をしに来たわけではないわ。新しい仕事の要請よ」
ほぼ一言で、スコールは相手の精神状態を見抜いた。
明らかに興奮している。
それも、自分たちが正しいと信じて疑わないような、傲慢さを感じさせるようなものだ。
商売は互いに敬意を持つことで成り立つのだが、女性の態度は隠しきれない高圧さが感じられるのだ。
これは面倒な交渉になる、とスコールは気を引き締める。
そんなスコールや冷めた目で見つめるデイライトに気付いていないのか、女性は話を続けた。
「ようやく世界が我々に追いついたのよ。権利団体で結成した軍に進化した者が現れたわ」
「それは幸運でしたね。進化に至れる者は少ないというのが、世間一般の認識です」
「いいえ、我々の実力からすれば当然の結果ね。世界の動きが鈍かっただけよ」
ふふんと鼻を鳴らすところを見ると、本当に自分たちの実力で進化できたと信じているらしい。
突然デイライトの頭で愚痴大会が始まった。
『権利団体のところに自分から行ったISなんて一人もいないわよッ!』
『さっきのアレだろ。この女、頭沸いてんのか?』
『私男好きだって自覚あるけどお、いくら女でもこいつはソレ以下だわあ』
『皆さんっ、ヒカルノ博士の頭がパンクしてしまいますっ!』
フェレスが必死になって愚痴を止めてくれているのが、むしろ楽しいと感じてしまうデイライトだが、さすがに表情には出さなかった。
沈黙を守り、スコールが交渉するのを黙って聞く。
「仕事の内容をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「整備よ。我々のASの整備を依頼するわ」
「整備か。確かに重要な仕事ではあるな」と、この場では初めてデイライトが口を開く。
確かにASにも整備は必要だ。
IS学園では、連日の戦闘もあり毎日の整備は欠かさない。
ASを手に入れた権利団体としても、整備をせずに今後やっていけるとは思っていないのだろう。
「我々はIS学園を、特に司令官のブリュンヒルデは信用できないと判断しているの。各国の軍も同じよ。ブリュンヒルデを盲信していて話にならないわ」
特にドイツは、と続けるのだが、ドイツ軍は別方向に問題はあっても、その科学力はIS学園、というか『天災』や『博士』にも一目置かれるほどのものがある。
とはいえ、交渉する気にもなれないとその女性は切り捨てた。
「でも、此処は優秀な科学力を持ちながら安易に各国に与せず独立を貫いている。我々はあなた方極東支部こそが最も優秀なISの研究所だと認めてあげたのよ」
「光栄です」
と、スコールは答えるが、言葉の端々に居丈高な雰囲気を感じてしまい、どうにも気持ちが冷めていくのを抑えられなかった。
「確かにそれなりの自負はある。整備することもやぶさかではないな」
「篝火博士、一存で決めるのは組織として問題があります」
スコールが窘めるのも当然だろう。
デイライトは極東支部ではあくまで一研究員、組織の運営を決められる立場にあるわけではない。
「いや、ただの客観的な感想だ。この仕事を受けるかどうかに関しては皆の意見を無視できない」
『当り前よッ!さっさと追い返しなさいよデイライトッ!』
『ウゼェし関りたくねえっつうの』
『ていうか、こいつめちゃくちゃ偉そうだけどお、何様のつもりなのかしらん?』
『ですからっ、抑えてくださいっ!』
何だかフェレスが涙目で皆を抑えている様子が想像できて、笑みが浮かんでしまうデイライトだった。
「我々の依頼を聞く研究所は他にも山ほどあるわ。その中で、あなた方を選んであげたというこちらの心遣いは汲み取るべきではないかしら?」
報酬も払うと、その女性は続ける。
むしろ報酬は当然支払われるべきなのだが、それすらも高圧的に言えるあたり、先の進化の件は驚くほど権利団体に自信を植え付けたのだろう。
「前向きに検討しますが、この場での返答は難しいことをご了承くださいませんか。何分、急な訪問のためにこちらも準備ができておりません」
とりあえず仕事の内容は聞くことができたので、スコールは交渉を終わらせるよう口を開く。
度し難いとデイライト、そしてスコールも思うが、口には出さなかった。
「……そうね、一日待つわ。こちらも忙しい身なのだから考慮してちょうだい」
「了解した。明日返答しよう」
「えっ?」と、勝手に回答したデイライトに驚くスコールだが、気にすることもなく彼女は言葉をつづける。
「一日あれば返答するくらい問題ない。すまないが会議が必要なので、この後の対応はできない」
「わかったわ。どう返答するかはわかってるけど、あまりこちらをイラつかせないでちょうだい」
そう言って立ち上がり、さっさと帰って行った女性たちを二人と一機は冷めた目で見送るのだった。
さて、数分後。
亡国機業極東支部の会議は紛糾していた。
今後の付き合いはやめるべきだ。
アレは明らかに異常だ。
しかし、あの進化を研究したいとは思わないか?
でも、これまでの態度を鑑みると、より高圧的になってくる可能性が高いわ。
我々は連中の部下ではない、あくまで独立した研究機関だぞ。
あいつフェレスちゃんを狙ってるから近づかせるなっ!
極東支部の人間たちはもともとが生粋の研究者たちだ。かなりのマッドサイエンティストではあるが。
しかし、だからこそ、以前デイライトが語ったようにISに対しては好意的に見ている。
だが、あの進化はISの尊厳を踏み躙るようなものだった。
それが理解できたために、権利団体にこれ以上は協力したくないという気持ちでいる者が少なくない。
それはスコールも同じだった。
「私としてもこれ以上の協力はすべきじゃないと思うわ」
『あらん、意外ねえ』
「あなたはともかく、フェレスやウパラは良い友人と思うもの」
『辛辣ねえん♪』
スマラカタとスコールでは性格が合わないのだからどうしようもないが、極東支部で働くようになって、ISコアの個性次第では自分も親しく付き合えることをスコールは実感している。
そうなると気持ちは彼女たちのほうに傾くのだ。
だが、先ほどの交渉の雰囲気から、デイライトは権利団体のASの整備に対して前向きだとスコールは感じていた。
「何故なのかしら?」
「いや、せっかく理想の実験材料が手に入りそうだというのに、門前払いもないと思ってな」
「実験材料?」
確かにマッドサイエンティストな気質の篝火ヒカルノことデイライトなのだから、そう考えても仕方ないとは思うが、フェレスと共生進化したことを考えると少なからずショックを受けてしまう。
『実験って何のこと?』と、ウパラが尋ねる。
だが、思い当たるふしがあったのが、唐突にフェレスが叫んだ。
『ヒカルノ博士ッ、まだ諦めてなかったのですかッ?』
「諦める理由がないぞ。私がそういう人間であることは理解してるだろう、フェレス」
『おい、フェレス、何か知ってんのか?』
ツクヨミがフェレスを問いただそうとすると、デイライトのほうが答えてきた。
「そうおかしなことでもない。単なる『分離』だ」
「分離?」と、スコールや会議の場にいる研究所員たちが首を傾げると、デイライトは楽しそうに答える。
「私は共生進化した人間とISを『分離』することができるのではないかと考えている」
会議の場が一気に静まり返った。
誰もがそこに考えが至らなかったからだ。
せっかく共生進化したというのに、分離するということは退化するということができるはずだからだ。
だが。
「共生進化は融合進化と違って物理的に一つになるわけではない。ならば『分離』することも可能なはずだ」
『考えたこともなかったけどお、確かに不可能とは思えないわねえん』
「ああ。そう考えた私は以前、共生進化者のいるアメリカやドイツにこの研究を提言したが、今はそんなことを考えるべきではないと一蹴された」
「それはそうでしょう」と、呆れ顔のスコール。
「IS学園に提言しようかとも思ったが、あそこの連中はISとの関係が良好だからな。肯くわけがない」
『当然だな』とツクヨミ。
「で、仕方なく私自身を実験台にしようかと思ったのだが、フェレスに猛反対されたのだ」
『当たり前ですっ!』
せっかく共生進化したというのに、分離させられてはたまったものではない。
そういう性格だと理解して共生したとしても、これだけはフェレスには納得できなかったのだ。
「だが、『分離』の研究と実験のためには進化そのものをより深く理解する必要がある。科学の未来のためにもやるべきだと私は思う。そして権利団体のASの整備というのは絶好の機会だろう。そのために連中でやってみたいと私は強く願っているのだが、異論は?」
再び静まり返る会議場。
その中で誰かが口を開いた。
やってみる価値はあるかもしれん。
進化の深淵を理解することになるなら、むしろ興味深いぞ。
連中で実験するなら、我々に実害はなかろう。
フェレスちゃんに色目使ったヤツは許さん。
さらに。
『面白そうね』とウパラ。
『どんな顔するか見ものだな』と、ツクヨミ。
そして。
『まあ、あの子たちは反対しないでしょおねえ♪』
権利団体に進化させられた覚醒ISのことを想ってか、スマラカタはそう言って妖しい笑みを見せる。
そして、デイライトはフェレスに顔を向ける。
「フェレス」
『今回は反対しません。いえ、私からも推奨します。やりましょう『分離』の研究と実験を』
その答えを聞き、デイライトは満足げな笑みを浮かべると、スコールに声をかける。
「スコール、連絡と今後の交渉を頼む」
「任せなさい。得意分野よ」
そして、翌日、スコールは権利団体に対し、整備の仕事を請け負うことを連絡したのだった。