子どもたちの息抜きとなった休日。
後半は不安もあったが、全員が良い意味でリラックスできた。
なお、ティンクルとまどかは別方向からアプローチするといって、やはりIS学園には来なかったのだが。
いずれにしても、翌日のブリーフィングには全員が気を引き締めて臨んでいた。
それでもその映像は衝撃的だったのだが。
「今の段階で見られる映像は以上だ」
そう言って映像を切ると、最初に口を開いたのは一夏だった。
「千冬姉、ヤツらのアジトは何処だ?」
「速攻で潰す」と、諒兵も続ける。
『私、許せない』
『一分一秒でも早く消しに行きましょう』
衝撃をダイレクトに受けただけに、あの涙が誰のものだったのか理解した二人。
その分、滅多に見られないような怒りの表情、一切の感情が消え去った能面のような表情を見せている。
その怒りを受けたせいか、白虎とレオも同様に怒りを見せている。
千冬はため息を吐きつつも、昨日束が激しい怒りを見せてくれたことに感謝した。
あれが無けれは二人と二機を抑えることはできなかっただろう。
「束も昨日そう言ったよ」
「当然だッ、束さんが許すはずがないッ!」
「可愛がってる子どもを殺されたようなもんだぞッ!」
「それでも、ヴィヴィの言葉で思いとどまってくれた」
その一言に一夏と諒兵は衝撃を受ける。
ヴィヴィに感謝しつつ、千冬は言葉を続ける。
「ヴィヴィはな、束ならきっと囚われたISたちを助けられると信じてると言ったんだ。だから束は思いとどまった。なのにお前たちが暴れに行ってどうする?」
「それは……」と一夏。
「お前たちの怒りはもっともだ。私だって腸が煮えくり返っている。だがな……」
「だが、何だよ」と、諒兵。
「だからこそ、仲間を助けるという強い意志が大切なのだと私は思う。これはそういう戦いだ」
教え諭すように千冬が語ると、一夏も諒兵も深く深呼吸する。
何度かそれを繰り返したのち。
「わかった。今できることを教えてくれ」
『お願いチフユ。何かしてないと気分悪いから』
「いずれは落とし前つけるけどな」
『アレらはそれだけの罪を犯してますから』
「それでいい。ありがとう二人とも。白虎とレオもな」
そう言って深く頭を下げる千冬に二人と二機は面食らってしまう。
滅多に見られる光景ではないからだ。
それだけに、一夏と諒兵が何とか感情を抑え込んだことが千冬にとって本当に感謝すべきことなのだと理解できた。
改めてブリーフィングを開始すると、千冬は現状得られている情報を述べ始めた。
「コレに関してはアゼルの協力もあっていろいろ集まった。御手洗、感謝するぞ」
「いや、この件に関しては俺も怒りを抑えるのに苦労してる」
「ああ。早く何とかしてやりてーよ」と、弾もそう答える。
少なくとも、この場にいる者であの『進化』を認める者は一人もいなかった。
というより。
「アレ、本当に進化なの?」と、鈴音が疑問を口にする。
その一言に対し、千冬は笑みを見せる。
「いいところに気づいたな鈴音。アレはISの『進化』ではないというのが束と博士が出した結論だ」
ISの進化とは人の心の情報を読み取ることで起きる。
だが、読み取るためにはISコア側にも共感できる心が必要となる。
白虎とレオは一夏と諒兵の空への憧れに共感することで『進化』できたのだ。
「これはワタツミの見解だが、進化後にISコアの心が感じられなくなったそうだ」
「その、殺されたってことですか……?」
と、シャルロットが不安げに尋ねると千冬は首を振った。
「殺されたのなら、そもそも進化できん。そのため何らかの方法でISコアの心を閉じ込めたというのが束と博士の推測だ」
「心を閉じ込めた、それで進化できますの?」とセシリア。
「いや、普通に考えれば不可能だ。ただ、連中はISコアの心を閉じ込めつつ、持っている力だけ引きずり出していると推測できる。あの変化は操縦者側から無理やり力を引き出しているための姿らしい」
「そう言えばさー、鎧の形がおかしくなかった?」
『そーいやそーだな。獣性が表れてねーし』
ティナ、そしてヴェノムが感じた通りである。
闇で塗り潰したような漆黒の鎧は、翼が生えただけの普通の鎧だった。
一夏や諒兵に代表されるAS操縦者の鎧は『進化』にかかわった人間側の獣性をISコアが受けるため、必ず動物的な意匠になる。
それが全くないというのはASの常識から考えると有り得ないのだ。
「ニンゲンそのものの鎧ということか……」
特別保護プログラムを受けていたころには人間であることが苦しいと感じた時期があるだけに、箒の言葉には実感が籠っていた。
なお、飛燕ことシロは今も情報を集めるために飛び回っている。
箒には定期的に連絡があるのだが、この件ではシロは自由にさせたほうがいいと考えているため、束と直接連絡を取り合うように箒のほうからシロにお願いしていた。
それはともかく。
「連中は何らかの手段でISコアから力だけを引きずり出す方法を得ているのは間違いない。そしてコレは少なくとも連中の科学力では不可能だ」
「そうすると、極東支部が与えたんでしょうか?」
「そこまでの技術となるともう異常の域ね……」
簪の言葉に刀奈がそう感想を述べる。
倫理的と言っていいのかどうかはともかく、束や丈太郎はこういった技術や力を開発する気持ちがない。
しかし、実際に可能かどうかを考えると、まだ数世代は先の技術だという。
「束や博士ですら、そういう見解だった。さすがに亡国機業極東支部にコレができる技術があるというのはな……」と、千冬も自信なさげになる。
其処に『太平楽』な声が聞こえてきた。
『極東支部じゃありませんねー、かかわってないというとウソになりますけど』
「戻ってきたのか天狼?」
『解説が必要だと思いまして』
と、千冬の言葉にいつも通りのにこにこ顔で天狼は答えた。
何気に大物の貫禄と言ってもいいかもしれない。
「言える範囲でいい。説明してくれ」
『はいはいー。これはアンアンやしろにーも納得してくれたんですが、この技術は使徒が与えたものと考えてます』
「使徒だって?」
「そんなヤツがいるのかよ?」
現状、活動している使徒と言える存在は
ディアマンテ、
アンスラックス、
サフィルス、
シアノス、
アサギ、
アシュラ、
ツクヨミ、
スマラカタ、
タテナシ、
そしていまだ進化した姿をIS学園側には見せていないウパラ。
と、この場にいる者たちが知っている限りはこれだけのはずだった。
「ディアマンテは違うよな。あの時ティンクルと一緒にいたし」
「アンスラックスとアシュラも違うわね。激怒してたもん」
「サフィルスはそもそも人に手を貸しませんわね。シアノスさんはこういうのはお嫌いでしょうし……」
「アサギはこういうことはできないんじゃないかしら。というか、あの子怖がりでああいった人たちには近づかないと思うけど」
「ツクヨミはまずやらねえと思うぜ。あいつは真っ向勝負が好きなタイプだ」
「スマラカタは楽しいことならやりそうだけど、これって楽しいかな……?」
「タテナシならば可能性はあると思うが、奴は言動は回りくどいが行動は割とシンプルな印象があるな」
一夏、鈴音、セシリア、刀奈、諒兵、簪、そしてラウラがそう意見してくる。
怪しいのはタテナシだが、こういう回りくどいことをするだろうかと疑問に思える。
ウパラ、というかIS学園的にはヘル・ハウンドのままだが。
「そもそも個性が『実直』なら、まずやるまい」
と、千冬が意見してくる。
そうなると候補がいないのだが。
『いえ、まだ身体を動かせる状態ではない使徒ですよ』
「へっ?」
「天狼、まさか……」
『この一件、『天使の卵』が自ら動いていると私たちは見ています』
その一言を聞いた一同は、卵の中にいるのは果たして本当に『天使』なのかと戦慄するのだった。
アメリカ合衆国、ワシントンD.C.
ホワイトハウスの大統領執務室にて。
「大統領ッ!」
「来てくれたか、ファイルス君、コーリング君も来てくれたのか」
「マズいどころじゃない事態だろ。とにかくこっち側で動ける奴は集めてる」
執務室に飛び込んできたナターシャやイーリスは非常に険しい顔をしている。
対してナターシャの肩にいるイヴは悲しそうな表情を見せていた。
『辛いの、こんなのヤなの……』
「私の力不足もあっただろう。すまないイヴ君」
「大統領がそこまで気にすることでは……」
そうナターシャが気遣うが彼は首を振った。
できることはあったはずだと彼は考えているからだ。
「もっと徹底的に権利団体を潰すべきだった。強引だと言われようが、潰してからその後を考えるべきだったのだ」
できる限り穏便に、権利団体の人間たちも納得できる形で解体する。
それが各国首脳の考えだった。
多少なりと国家運営にかかわりがあった以上、むやみやたらに解体するのは難しいと及び腰になってしまっていたからだ。
「ドイツ、フランスとは既に連絡を取った。日本の首相とも連絡を取ったが、あそこはIS学園がある関係上、権利団体もかなりの力を残しているらしく、その力が政治にも食い込んでいてまともに会談できなかったがね」
「ブリュンヒルデの手腕に期待するしかないだろ」
「うむ。それにIS学園のミスタークツワギは政治方面にも明るい。この後、彼とも連絡を取るつもりだ」
ミスタークツワギ、本名を轡木十蔵という人物は、IS学園では用務員として働いている壮年の男性である。
その妻が現状ではIS学園の学園長となっている。
だが、実際には実務方面全般を取り仕切る辣腕で、千冬が使徒との戦いで比較的自由に動けるのも彼の手腕によるところが大きい。
滅多に表には出てこないが、学園の教員やスタッフが最も信頼する真の学園長だと言うことができるだろう。
「権利団体が今後我々政治家にも圧力をかけてくることは容易に想像できる。かつての権力を取り戻すどころではない。最悪クーデターが起きかねん」
大統領の懸念は大袈裟なものとは言えない。
ディアマンテが起こしたISの離反以降、女性権利団体はその在り方から解体すべきという意見が多くなった。
権力が集中しすぎていたからだ。
だが、それは権利団体側から見れば、弾圧されていたということもできる。
「歪な団体なんてあっても迷惑なだけだけどな」
「世間ではそうだ。しかし、其処を自分の生活の中心にしていた者たちは違う。居場所を壊されるような気分だったのだろう」
イーリスの言葉に大統領はため息交じりにそう答える。
「でも、その点を考えて時間をかけて解体しようとしていたのでしょう?」と、ナターシャ。
「そうなのだがね。その間に心を入れ替え、今の世界に順応してほしかったのだが……」
『こっちの気持ち、全然伝わってないの』
イヴの容赦ない一言に大統領は再びため息を吐く。
過去の妄執に縋り、何が何でも昔に戻そうとする権利団体の人間たち。
同じ人間なのだから、時間が経てばきっと心を入れ替えてくれると思ったのが愚かだったのだろうかと大統領は嘆く。
「逆に煮詰まっちまったか」
「うむ。無論、心を入れ替えて順応した者たちは少なくない。だが、その分だけ残された者たちは思想が凝り固まってしまったのだろう。自分たちこそ正しいと信じて疑わない」
「そうして手に入れたのが、あの力……」
「そうだ。あれがいったい何なのかは博士と天災の二人で調査しているとのことだ。情報は常にこちらにも届くように依頼している」
この件に関しては、各国首脳部が連携して対処しなければならない。
そのため、先の襲撃事件の際に権利団体所属でAS操縦者となった者が出た日本やアメリカ、フランス、そしてドイツは連携を強化している。
問題は今後の現場対応だ。
「ファイルス君、今後我が国では君とイヴが矢面に立たされる。最大限のバックアップをするが、万全にとは言い切れん」
「いえ、むしろ最前線で戦います。あんな、イヴを悲しませるような進化は認めません」
「すまん……」
そう言って頭を下げる大統領の姿に、ナターシャは自分が背負うことになった責任の重さを痛感するのだった。
他方。
ドイツ連邦共和国ノイブルク・アン・デア・ドナウ。
ドイツ空軍管制司令部があるその場所のうちの一部屋を、空軍大将が訪れていた。
「今回の一件で、連邦大統領にアメリカ大統領から連絡があったそうだ」
「はい」と、珍しくクラリッサが真剣な表情を見せている。
「フランスや日本も今は対策会議で寝る間もないらしい」
「そうでしょう。これは由々しき事態です」
それほどの今回の覚醒IS襲撃事件の顛末は、多方面に多大な影響を与えているということだ。
「我が国で件の進化をした者の一人は……」
「以前、我々シュヴァルツェ・ハーゼに配属された人間ですね。一週間ももちませんでしたが」
「我々の訓練についていけないからと、まさかあのような凶行に及ぶとは呆れたものだ……」
そう空軍大将がため息を吐くのに合わせ、クラリッサも呆れた様子でため息を吐く。
既に語っているが、ドイツでも権利団体所属の人間が『進化』に至った。
現在、確認されているのは六名。
そう多いわけではないが、他国より少し多い人数となっている。
そもそもドイツ軍は訓練が厳しいため、兵士自体の練度が高かったのが災いしたかもしれない。
同席していたワルキューレが各国の新たなる進化者の人数を数え上げる。
『アメリカが五人、フランスが四人、日本が二人、我がドイツが六人。合わせると軽く二桁を超えるわね』
対して、これまでに進化に至った者たちは、
一夏と白虎、
諒兵とレオ、
鈴音と猫鈴、
シャルロットとブリーズ、
セシリアとブルー・フェザー、
ラウラとオーステルン、
簪と大和撫子、そのオプション機体を駆る刀奈、
箒と飛燕、
クラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼとワルキューレ、
ナターシャとイヴ、
番外としてティナとヴェノム、
「亡国機業極東支部に一人いるらしいことを考えても、現状まともな進化を果たした人数を既に上回っている」
「我々と同レベルで戦闘ができるとは思いませんが……」
「戦争は数だ。その点で考えれば既に脅威と化していると言っていい」
「はっ、浅慮でした」と、クラリッサは頭を下げる。
「既に権利団体に深くかかわっている女性議員が連邦大統領に圧力をかけてきた」
「早いですね……」
「おそらく彼の者たちからすれば、これは予定調和なのだろう。あの進化に成功したことで引き金が引かれてしまったと考えられる」
「かなり以前から準備をしていたということですね?」
「うむ。だが、あの進化は彼の者たちでは不可能としか思えん。コレに関しては天災や博士の報告を待つしかないが……」
「手助けをした者がいる、と」
クラリッサの言葉に対し、空軍大将は重々しく肯く。
それが何であるかはまだドイツまで報告が来ていないが、間違いなく何者かの手助けを受けて増長してしまっているのだ、と彼は答える。
そして。
「大統領から言伝を預かっている」
「はっ!」と、クラリッサは敬礼した。
「今後シュヴァルツェ・ハーゼは彼の者たちとの戦いで最前線に立つことになる。覚悟せよ、とのことだ」
「了解いたしました」
「うむ。このままでは萌え画像のためのシャッターチャンスが減るから大変よろしくないと大統領もおっしゃっている」
「我が部隊は全霊をもってこの難局に立ち向かいますッ!」
『任せてもらうわよ、ジェネラル』
どうやらドイツは国自体にいささか問題があるようである。
日本国内某所にて。
[ヤッタネ、オ姉チャンタチ!]
モニターの向こうでにこやかに微笑む少女に対し、その場にいる者たちも笑う。
「ええ、貴女のおかげよ、ノワール」
[亜米利加ヤ仏蘭西、独逸トカ、他ノ国ノオ姉チャンタチモ上手クイッタミタイダヨ♪]
「そう」
とはいうが、あまり興味がなさそうな様子だ。
自分たちが成功すれば、他に興味はないらしい。
だが、今回の襲撃で得たものは大きい。
これは大きな一歩だとその場にいる者たちは喜ぶ。
「私たちは力を得た。まずは政府に圧力をかけるわ」
[イイネ、今度ハオ姉チャンタチノ言葉ヲ聞イテクレルハズダネ♪]
「もちろんよ。私たちの訴えを退けてきた連中に、力を知らしめてやらないとね」
[ソウシタラドウスルノ?]
「貴女が言っていたエンジェル・ハイロゥに行かなくちゃね。今度はこっちから攻めるわ」
[マダマダ、イーッパイイルカラネッ!]
「そうよ。ブリュンヒルデたちよりも数を集めて、もっと強くならなければね」
[仲間ガ増エルヨ、ヤッタネオ姉チャン♪]
「そうしたらIS学園を潰すわ。もうあんな場所はいらないもの」
[ガンバッテ!私、応援シテルカラ]
「ありがとう、ノワール。貴女こそ本物の天使だわ」
[エヘヘッ、嬉シイナ♪]
無邪気に喜ぶノワールと呼ばれた少女に対し、その場にいる者たちは歪んだ笑みを向ける。
その無邪気な笑顔の意味を『オ姉チャンタチ』が果たして理解してるかどうかは、誰にもわからなかった……。