ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第21話「獅子と子兎」

休み時間、諒兵は千冬を呼び止めた。

「どういうつもりだ、千冬さん」

「織斑先生と呼べ」

「答えろよ、千冬さん。鈴とセシリアのこと聞いてんだろ」

諒兵の目に明らかな怒りの色を感じ、千冬は一つため息をついた。

「タッグマッチも、お前とラウラを組ませることも以前から考えていたことだ」

「なんだと?」

「お前が一番、ラウラの気持ちがわかると思っていたからな」

ただ、タッグマッチを発表にこぎつけるまでに少し時間がかかり、その間にラウラは鈴音とセシリアを襲ってしまったのだ。

諒兵の気持ちを千冬は知っている。

それだけに悩みもしたが、やはり適任は諒兵しかいないと千冬は考えていた。

「これは予想外だった。謝罪しよう」

「つまり、組むこと自体は変えるつもりねえってことか?」

しばらく沈黙する千冬に、諒兵は肯定の意を感じ取る。

「一夏と出会ってお前は変わった。その思いを伝えられればラウラも変わると私は信じている」

「一夏じゃダメなのかよ?」

「そもそもラウラが組まん。そして適当な生徒ではダメだ。ラウラの気持ちを理解できるお前以外、タッグパートナーを任せられる者がいなかった」

単純な消去法ではない。

ラウラの気持ちを考えた末に決めた人選だったのだと千冬は語る。

「頼む。ラウラは私にとって大事な教え子だ。助けてやってほしい」

頼めないか?といってくる千冬の姿に諒兵はため息をつく。

「わかったよ。やってみる。けど千冬さんの思い通りにいくかどうか保証はしねえぜ」

「すまん」

そういうと、千冬は離れていった。

諒兵が深いため息をつくと、一夏が近づいてくる。

「悪い、聞こえた」

「気にすんな」

「やれるのか?」

「やってみるだけだ」

それにトーナメント自体はやる気がある。

性格とやってしまったことはともかく、ラウラはIS操縦者としては高い能力を持つ。

不満はあるが能力的にはパートナーとして不足はない。

「どこで当たるか知らねえが、手え抜かねえぞ」

「抜かせるか。こっちも思いきりいくさ」

そういって笑い合う二人の姿を箒が離れたところから見つめていた。

 

 

昼休み、諒兵は再びラウラを探しだした。

彼女は同じところで昼食を取っていたが、諒兵を一瞥しただけですぐに食事に戻った。

そして。

「貴様の力など必要ない。アリーナの端で座っていれば私が終わらせる」

「そんなタッグパートナーがいるかよ。それに決めたのは千冬さんだそうだ」

「教官が?」

「俺が一番、お前の気持ちがわかるとさ」

驚いたような表情を見せるラウラに、諒兵は千冬にいわれたことをそのまま伝えた。

実際、ラウラが親のいない孤児らしいことは聞いているし、かつての自分と同じように力を示すことで自分の居場所を守ろうとしているのも見ていてわかる。

だが、鈴音とセシリアにやったことは許せない。

限度を超えてしまっているからだ。

何より諒兵としては鈴音を傷つけた者をそう簡単には許せない。

しかし、トーナメントで組む以上、わだかまりを残したくなかった。

だからこうして話に来たのである。

「気分よかったのか?」

「何がだ?」

「鈴とセシリアをボコボコにして気分よかったのか?」

そう問われたラウラは少し逡巡した様子を見せる。

その態度で、根は決して悪人ではないことがわかる。

だが、すぐに尊大な態度になって答えた。

「虫けらを一蹴するくらい、わけはない」

「アリーナで見てたやつがいうには、二対一とはいえ一蹴されるとこらしかったじゃねえかよ」

「クッ……」と、ラウラは悔しそうに唇を噛む。

偽悪者、なのだろう。

とにかく自分を強そうに見せることで、必死に周囲を威嚇している。

だけどラウラの本質は見た目どおりの小さな獣で、本当は誰かに守ってほしいのだ。

「私は、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長だ。代表候補生程度に負けるわけにはいかん」

「なんだそりゃ?」

「ドイツ軍のIS部隊だ。日本語だと黒い野ウサギという意味になる」

ぴったりだなと諒兵は感じた。

確かにラウラはウサギというか子兎という印象だったからだ。

必死に身を寄せ合って自分たちを守ろうとする子兎の姿が、今のラウラに重なった。

「相手が『無冠のヴァルキリー』だろうと『スナイピング・クィーン』だろうと、私は負けられなかった。だから、あの結果には納得している」

と、ラウラは震える声で告げる。

いつの間にセシリアにそんな通称がついたのかは知らないが、意外なほど決死の覚悟でケンカを売ったことが、諒兵にはよくわかった。

そして、言葉に反して、実のところ納得していないこともよくわかる。

自分の実力を思い知らされて、ラウラは焦ったのだろう。

そこに二人の機体不調というチャンスが来たために、徹底的に攻撃してしまったのだ。

「不器用なやつだな」

「何が言いたい?」

「素直じゃねえっつっただけだ」

ラウラとしては己が強者であるということを示したいだけなのだ。

負けられないという意地からでも、負けたくないという意志からでもない。

負けるということが、ラウラにとっては恐怖の対象だということなのだろう。

ラウラが必死に目を背けているものと向き合ったなら、彼女はきっと変わることができる。

そうさせるためにも千冬は自分と組ませようとしているのだろうと諒兵は理解した。

それならまだ組める余地はある。

鈴音やセシリアにしたことは許せないが、千冬がそこまで考えて自分を選んだというのであれば、少なくともパートナーとしてやっていくことはできそうだと諒兵は安堵の息をついた。

「昨日もいったけどよ、一人の力には限界があるんだよ。それを知ることができたのはお前にとってプラスだと思うぜ」

「何を……」

「無理に訓練しようとかいう気はねえ。これでも器用なほうだからな。合わせられる自信はある」

「いらんといっている」

「親ウサギはいつまでも子ウサギを守っちゃくれねえよ。子ウサギは一緒に戦ってくれるパートナーを自分で探すんだ」

その気があるならパートナーになる、そういって諒兵は立ち上がる。

「何が、パートナーだ。そんな、もの……」

そんな呟きを耳にして、少なくともまだ救いはあるなと諒兵は感じていた。

 

 

鈴音は持っている電話ではなく、公共通信網を使ってどこかに連絡していた。

その隣では連絡を終えたらしいセシリアが息をついている。

そして鈴音が息をつくと「どうでしたの?」と尋ねかけてきた。

「バッチリよ。うまくいったわ」

「こちらもです。『無冠のヴァルキリー』との戦闘データが功を奏しましたわ」

「そういわれると恥ずかしいわね」と、鈴音は顔を赤くしてしまう。

そして、その場を離れた鈴音とセシリアに、一夏が声をかけてきた。

シャルロットと箒も一緒である。

「何してたんだ?」

「国に連絡してたのよ。今度のトーナメント、出るわ」

「何ッ?」

甲龍とブルー・ティアーズは今は修復中で展開できない。

にもかかわらず、無理やり出るというのだろうかと一夏は思う。

だが、回答は意外なものだった。

「私たちのISは整備課に一時預けることにしましたわ」

「つまりね、訓練機で出るのよ」

そういった二人に一夏はなるほどと感心した顔を向ける。

確かに訓練機で出てはいけないというルールはない。

ただし、IS学園には、だが。

理解しているらしきシャルロットが疑問の声を上げる。

「国がよく許したね。専用機持ちが専用機使わないなんて威信に関わるでしょ?」

「そこはちょっと強引に説得したわ」

と、そう答える鈴音にセシリアが補足するように解説した。

「専用機を持つ者は、量産機でも優秀であることを証明する。そんなIS操縦者が駆る機体ならば今は修復中でも優秀であるといえますわ。国家の威信を保つに十分でしょう」

「なるほど」と、今度はシャルロットが感心したような顔を見せた。

つまり自分たちの実力を見せることで、操っている専用機の力をさらにすごいものだと錯覚させようというのだ。

「錯覚とは思いませんわ」

「私もセシリアも、自分のISは最高だって自負があるもの」

だから甲龍とブルー・ティアーズのためにも勝つのだと鈴音は宣言した。

「そうか。でも、それなら楽しみだな。鈴とセシリアが出るなら、今度こそきっちり決着つけたいし」

ライバルといえる二人がトーナメントに出てくるのならば、一夏としてもやりがいがある。

そう思うため、そんな言葉が口をついて出たようだ。

そこに「マジかよ」と、諒兵の声が聞こえてきた。

ラウラのところから帰ってきたところで、みんなが話しているところに遭遇したのだ。

「出るのか、鈴。セシリアもか?」

「訓練機ですが自信はありますわ」

「あんたはあいつと一緒にだっけ。私たちは二人で組んで出るわ」

不敵に笑う鈴音とセシリアに諒兵はニッと笑う。

「手え抜かねえぜ。一夏やシャルも出るし、まとめて倒してやる」

「あんたとは戦ったことないし、実力の差ってやつを思い知らせてあげるわ」

「それに、ボーデヴィッヒさんにはリベンジさせていただきますわよ」

「負けられないな、シャル」

「そうだね。僕も気合い入ってきたよ」

そういってトーナメントに向け、楽しそうに話し合うみんなの姿を、箒はどこか疎外感を感じながら見つめていた。

 

 

夜。

箒は自分の部屋で物思いに耽っていた。

簪が叩くキーボードの音には既に慣れてしまっている。

自分の専用機を自分で作ろうという気概には驚いたが、なかなか目処が立たないようで少し哀れみを感じていた。

そんな箒に簪のほうから声をかけてくる。

どちらも他人とはあまり会話しないのだが、既に二ヶ月ほど一緒に暮らしているためか、それなりに会話するようになっていた。

「どうしたの?」

「いや、今度のトーナメント、どうしようかと思っているんだ」

昼間の一夏たちを見ると、どこか疎外感を持った。

自分だけが輪に入れない。

編入してきたばかりのシャルロットですら、まるで昔からの友達のように会話に入っているのに。

専用機持ちたちとそうでない者の差なのだろうかと箒は感じていた。

「更識はどうするんだ?」

「悩んでる」

日本の代表候補生で、本来ならば専用機持ち。

4組代表の更識簪は、こういったトーナメントでは実力を示すためにも本来は出るべきIS操縦者だ。

ただ、専用機がいまだに完成の目処が立たないために、ここ最近の彼女はトーナメントなどには出ないし、模擬戦すらあまり行うことができていない。

腕を錆付かせている覚えはないが、どこか取り残されてしまっているような思いは抱いていた。

「専用機は……」

「早くても、2学期」

「そうか」

そうなると専用機での出場はできない。

そして専用機無しということになると、出てもそこまで期待はされないだろう。

簪としてもそんな状態で出たくはないだろうし、箒もその気持ちは理解できる。

そこで箒は鈴音とセシリアが訓練機で出ることを思いだした。

「そう」

「わざわざ国の上層部を説得したそうだ。よほど出たかったらしい」

それなら、と簪は考える。

現時点で1年生の専用機持ちは、

織斑一夏、

日野諒兵、

シャルル・デュノア、

そしてラウラ・ボーデヴィッヒの四人。

少なくはないが、現在学園で専用機持ちとして有名人となっている凰鈴音とセシリア・オルコットが訓練機で出るのであれば、自分にまだ専用機がなくてもそれほど気にはされないだろう。

何より、出たくても気後れしてしまっているようなルームメイトの箒の姿が気になった。

「一緒に出る?」

「いいのか?」

「うん」

そして翌日、トーナメントに出ることを決めた篠ノ之箒と更識簪の名前が出場申込書に書かれることになった。

 

 

そして、学年別トーナメント、初日。

アリーナの巨大モニターに映しだされた対戦表を見て、それぞれが期待に胸を高鳴らせる。

「俺はBブロックか」

「鈴とセシリアはAブロックに入ったんだね」

諒兵の言葉に続き、シャルロットが対戦表を見ながら肯いている。

トーナメントは出場者の多さから、A、Bブロックに分かれ、それぞれのブロックを勝ち抜いた者が決勝戦に赴くことになる。

今年は出場者が例年より多いため、学園に四つあるすべてのアリーナで試合が行われることになった。

一夏とシャルロット、諒兵とラウラはBブロックで、第3、第4アリーナ。

そして鈴音とセシリアはAブロックに名前が書かれており、第1、第2アリーナで試合をすることになる。

さらにAブロックには箒と簪の名前もあった。

「箒も出るんだな」

「ああ。更識が出るといったのでな」

少し驚いた様子だったが、一夏は箒と戦うのも楽しみだという。

その言葉に箒が嬉しそうに笑うと、意外なところからも歓迎の声が上がった。

「箒も驚いたけど、4組代表が出るのね」

「あ、ああ。訓練機だが」

「私たちもそうですし、問題ありませんわ。実力のほど、拝見させていただきましょう」

鈴音とセシリアも戦うのが楽しみだといって笑う。

こんなにあっさりと受け入れられるとは思わなかった箒は、少しばかり面食らっていた。

「一夏とはBブロック決勝か。負けんなよ」

「誰にいってる」

と、そういって男二人が不敵に笑いあう。

そして、各自が対戦のため、そして観戦のために各々目的地に向かうのだった。

 

 

そしてAブロック一回戦、第一試合。

勝敗はあっさりと決まった。

すべてのアリーナの様子をモニターで見ることができる特別観覧室で見ていた真耶と千冬が感心している。

「まさに圧勝でしたね」

「凰とオルコットでは相手がかわいそうになるな」

と、千冬が苦笑している。

基本どおりの戦術で、鈴音とセシリアは相手を圧倒していた。

「だが、いろいろと学べたようだ」

「そうですね。仲良く手を取り合うところなんて、教師として見ていて嬉しかったですよ」

余裕があったといっては失礼だが、鈴音とセシリアは倒した相手を助け起こすなどのフェアプレー精神を見せている。

相手も悔しがりはしたものの、決して暗い眼差しではなかった。

いろいろと学べるところがあったのだろう。

少女たちが見せる爽やかな姿に、観客は一回戦から拍手を送っていた。

近くにいる中国、そしてイギリスのIS関係者も感心している様子だ。

 

出場を許可して正解だった。

さすが我が国が誇る『無冠のヴァルキリー』だ。

オルコット嬢は優秀な選手に成長したな。

これは試験機を改良すべきか。

 

仕方ないこととはいえ、やはり上層部となるとそこに意識が行くのだろう。

そんな声を聞きつつも、千冬は生徒たちが懸命に戦うことを願ってやまなかった。

ただ。

 

データは間違いなく取得できるな?

問題ありません、システムは正常に稼動します。

 

ドイツのIS関係者の微かな呟きが耳に入り、千冬はいやな予感がするのを抑えられずにいた。

 

 

 

 

 

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